1.商標は自由経済社会を支えている。
我々の自由経済社会における商品取引やサービス提供は御客様の「選択の自由」に依存している。この御客様の「選択の自由」は、その望んでいる商品やサービスに商品商標や役務商標(サービスマーク)等の識別標識(他と区別するための目印)が表示されることによって初めて可能になるものである。すなわち自由社会における商品取引やサービス提供の自由競争原理は商標によって支えられているといえる。
文字、記号、図形などの標識には、識別する機能とシンボライズする機能を有している。このことに着目して、これを商取引に際して自分と他人の商品やサービスを識別するための標識として使用してきた。このような商取引の際の自他商品役務識別標識のことを商標というのである。
このような商標は、市場において、二つの大きな役割を果たしている。その第一は、商品や役務の出所表示、品質保証、広告宣伝、財産的活用などの機能によって、商品やサービスを需要者の自由な選択の対象にする役割であり、第二は、商標に基づき商品取引したりサービス提供を受たりしている需要者の信頼に応えて、常に公正な取引市場を確保する役割である。
世界中の殆どの国々で商標を保護する制度を設けているのは、これにより商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護するためである。
2.商標の市場におけるはたらき
商標は、その本質である自他商品・役務識別力がもたらす本質的機能により需要者に選択のための決定要因を与え、市場において反復継続的に顧客を吸引する力を発揮する。 以下、この市場における商標の機能について説明する。
商標の機能とは、市場での商取引における商標の具体的はたらきをいう。即ち、商標には、自他商品・役務の識別という本質的機能に基づいて、出所表示機能、品質保証機能、宣伝広告機能及び財産的機能という4つの機能があるといわれている。
わが国の商標法では登録主義を採用するため形式的に法2条1項において商標を定義し、その意義を明確にし、法の正しい適用を担保している。この定義の中に、自己の業務に係る商品又は役務を表示し、他人の業務に係る商品又は役務と区別するための意思が必要といった主観的要件や、客観的に自他商品・役務の識別力が必要といった客観的要件を求めていないが、商標法1条、2条、3条の趣旨を総合すれば、現行法においても、商標は自他商品・役務の識別をその本質的機能と考えられる。商標のかかる機能には、社会的、経済的価値が有ることから、商標を保護することにより、当該商標を使用する者の業務上の信用を保護し、あわせて需要者の利益も保護することができるのである。
以上の観点から、法は商標の機能に関連する種々の規定を設けている。
イ)出所表示機能
商標は、その商品やサービスが特定の者の製造販売や提供にかかるものであること、あるいは特定の流通経路を経たものであることを需要者に認識させることができる出所表示機能を有している。
このため、商標は、商品やサービスを提供する企業の顔であり、成熟した市場においては、商品やサービスを提供する者と、提供される需要者とを結ぶコミュニケーション手段といわれている。
また、商標は、近年、市場戦略ツールとして見直され、ブランド戦略、ブランドの価値評価、ブランド経営などが提唱されて、大きな価値のある経営資源であると認識されるようになった。特に、このような商標の出所表示機能は、数多くの商品群やサービス群の中から自己の望むものを識別し選ぶことができるようにするし、当該商品やサービスについての責任の所在(提供者)を明らかにし、商品やサービスを提供する者とそれを受ける御客様との間の信頼関係(グッド・ウィル)を築くことが出来る。この商標による自由な選択と信頼感の確立が、商標を介した公正な商取引習慣と流通市場を築きあげてきたのである。しかも商標にその使用者の信用が化体され「信頼のブランド」になると、その機能と価値は飛躍的に大きくなる。ブランドが示す信頼感は単に提供される商品やサービスにとどまらず、その提供者である企業全体の信頼感にまで発展し、コーポレートブランドとして快い企業イメージを訴えることも出来るようになる。このようになると商標は、消費者の選択権行使を強く動機付けるものとなり、その商品やサービスの売り上げを増大させて企業に大いなる富みと発展とをもたらすことになるのである。
例えば「ニチロ」「ニッスイ」「トヨタ」「ニッサン」「キャノン」「東芝」「三越」「ダイエー」など一般にハウスマークと称されている商標は、「信頼のブランド」として強い出所表示機能を発揮している。
そのようになると、例えば、「マルハ」「ニチレイ」「ソニー」「エプソン」「味の素」「サントリー」「花王」などのように「信頼のブランド」となった商標を後から会社の名称(商号)に変えるようになる。これは商標のもつ機能が商標を使用する者の信用を化体して会社全体の顔となってしまったためで、商標が商号より大きな価値を発揮するようになったことを示すものである。
ロ)品質保証機能
商標は、その商品やサービスの品質管理とマーケティング活動を通じて、その商品やサービスの品種と品位が常に同質であることや、それ以上にその商品やサービスのコンセプト、評価、人気までも、需要者に認識させることができる品質保証機能がある。
「見えぬ中身がマークで見える」といわれる所以である。このように品質保証機能を有する商標は、消費者にとって自己の好みや満足を繰り返し得る手段として、また消費者自身のパーソナリティーを表現する手段として、更に消費者のリスクを最小限にとどめるためのものとして価値がある。商標のもつこのような価値は、消費者にとって商品やサービス選択の大きな決定要因となるのである。
すなわち、品質等の保証機能とは、同一の商標を使用した商品等は常に同一の品質等を有することを保証する機能をいい、品質等の同一性を保証する機能である。商標は、当初主として出所を表示するものとして使用されていたが、消費者ニーズの多様化等に鑑み、商品等の出所の同一性よりも品質等の同一性が需要者の重大な関心事となってきた。すなわち、全く新しい商品等を購入する場合であっても、他の商品等を購入した経験により、満足するものであれば、同じ商標の付された商品等を購入することが考えられる。こうした消費行動から、営業者も商標の名声と蓄積された業務上の信用を確保すべく商品等の品質等を保持し、さらに優秀なものを供給しようと努力する。このことは同時に需要者の期待に応え、同一商標を付した商品等は少なくとも同一の品質等を有することを保証する機能を果たす結果となるのである。
例えば、鮭缶詰や蟹缶詰の「あけぼの印」、バッグの「ルイビトン」、香水の「シャネル」、時計の「ロレックス」などの「信頼のブランド」商品は、いずれも高品質の一流品であることが需要者の間に広く知られている。このため当該商標を指標としてその商品やサービスの価値と品質による満足を期待して消費者は繰り返し購買行動を起こす。つまり品質保証機能が強く働く商標は、消費者が求める質を提供し続ける限り商品の永続的な販売を増進することができるのである。
また、例えば、炭酸飲料の「コカコーラ」、缶詰の「デルモンテ」、コーンフレークの「ケロッグ」、ビスケットの「ナビスコ」、カミソリの「ジレット」、タイヤの「グッドイヤー」、醤油の「キッコーマン」、雪印の「バター」などはいずれも半世紀以上に渡って市場でトップブランドの地位を維持している。このようにブランドは物だけでなく消費者に品質と価値を提供するものなのである。提供された品質と価値に消費者が充分満足すれば、消費者はそれに対して誠実に答えてくれるものである。
しかも、前記「信頼のブランド」は、その高級性と高評価によって、いつも人気が高くその信頼性から商品に優先的な地位を与えるし、その価格の安定にも役立つ。ブランド品は、高くても良く売れている事実がこれを証明している。
更に一部の「信頼のブランド」、例えば「ベンツ」「ダンヒル」「カルチェ」などは、製品自体の性能を目的に購入するのではなく、そのブランド品を持つことによる所有者のプレステージを表現するための手段として、選択されることも多い。
いずれにしろ「信頼のブランド」は、企業に大きな利益と社会的地位をもたらすものであり、大きな価値のある経営資源である。
<各企業のブランド戦略例>
次に、各企業が商標を使用して市場でどのようなブランド戦略を行っているかを具体的に検証してきることとする。
まず、普通のグッズマーク(商品名商標)について見てみよう。例えば「鮭ちゃん」「ごはんですよ」「笹かま」「プリントゴッコ」「タフマン」「ゴキブリホイホイ」「ケロリン」「ジャンボ」「銀河」「名門」など、個別商品に使用されている商標をグッズマークという。その商品の特徴、コンセプト、品質、用途などをシンボライズして示すことが多い。しかもそれら商標には、消費者の思考、感覚、感情、直感に訴えて選択させるように様々な工夫がなされている。従来の商標は、論理的商標アピールをするものがほとんどであったが、宣伝広告におけるアピールの仕方の発達に伴い、商標アピールのタイプが多様化してきた。最近は、感覚的、感情的商標アピールをする商標が主力である。
現在使用されている商標は、殆どの場合、商品イメージに適合し、商品の特徴を示唆し、消費者が温かく好意を持って反応する商標というのが選定理由になっている。ところが、全く違う理由で、消費者は直感的商標アピールにも反応する。直感アピール型商標は、使用者に自分を主張させることが多い。その商標の主張が消費者のライフスタイルや主義主張、人生観などとマッチし、共感を得ると、消費者は本能的に反応するからである。従って、直感アピール型商標は、消費者が何かを広く社会に伝えるお手伝いをすることが多い。
日本の商標は、例えば、ホンダは「プレリュード」「アコード」など音楽用語が多く、トヨタは「クラウン」などステータス性を表現するものが多く、ニッサンは乗り心地を重視した「セフィーロ」「プレセア」など語感の柔らかいラテン語系が多いなど、感覚的、感情的商標アピールが多いが、最近は自分だけの存在(Be)を主張する共感のブランド「Be-1」、親しみ易く明るいイメージと新しい感性から選定された「トマト銀行」、水虫対策靴下での悩み解消をセンス良く社会に提唱する「通勤快足」、新しいライフスタイルを主張する「シンプルライフ」、物語性のある森永製菓の「きのこの山」など、商標アピールの多様化が進んでいる。
更に、企業活動の多様化に伴い、アンブレラ商標、ファミリー商標などと呼ばれる特定商品群商標も盛んに使用される様になってきた。例えば、外食の本格味を手軽に手ずくりで提供することをコンセプトとした味の素の「クックドゥ」、ニチロの業務用冷凍食品群の商標「アリスのレストラン」、ニチロの業務提携しているカナダからの輸入鮮魚商標「ピーターパン」などである。
商標は、これら多様な消費者の選択決定要因を表現できるものである。それ故、商標はその選定の仕方、使い方次第で、消費者の心をつかみ、購買意欲を喚起させて、自社製品を選択的に購買させることができる有力な手段なのである。
この様に商標は、マーケティング活動の有力な武器であり、これを無視したり軽視していては、厳しい販売競争に勝ち抜くことは極めて困難であると考えられる。
ハ)広告宣伝機能
また商標は「有能なセールスマン」といわれているように、商品やサービスに使用することによって商品の使用技術、品質、用途、コンセプトなどの特徴をシンボライズして需要者に記憶させ、その商品やサービスの広告宣伝作用をともなわしめることができる。このように、商標が需要者に商品をイメージさせる機能を商標の広告宣伝機能という。
つまり商標は広告宣伝の対象である商品やサービスを需要者に紹介や普及させる道具としてなくてはならないものである。一方、広告宣伝行為はその商標を選択させる力を与え、その価値を高める作用がある。両者は相互に関連してマーケティング活動を促進させる手段となっている。このため最近の商標は、このような広告宣伝機能を重視したペットネームやキャッチコピーの商標化、宣伝媒体を意識した色彩やデザインの商標化などが盛んにおこなわれている。
すなわち、宣伝広告的機能とは、需要者に商標を手掛かりとして商品等の購買意欲を起こさせる機能をいう。商標は、上述の出所表示、品質保証等の機能に基づき、商品等自体又は商標の所有者を需要者に印象づける作用を営む。従って、当該商標の使用を通じて需要者に商品等のイメージと共に記憶されるようになり、需要者は商標から商品等をイメージし購買意欲が喚起されるようになって、次の購買行動時のための商品特徴が記憶される。この意味で商標は宣伝広告的機能を発揮するのである。特にマスメディアの発達した今日では、商品等の売れ行きは、商標の宣伝広告的な価値に依存するところが大であり、商標の宣伝広告的機能が果たす役割は重要である。
二)財産的機能
このように商標は、それを使用する者の業務上の信用を化体して、市場における反復継続的顧客吸引力を発揮する。それ故商標は、企業にとって人的資産や物的資産と同様に企業に利益をもたらす価値のある経営資源であり、重要な財産である。すなわち、商標は無体財産として貸したり借たり譲渡したり、抵当権の対象にしたりできるのである。これを商標の財産的機能という。
<企業のブランド戦略例>
近代社会においては、この商標の財産的機能を認識し、これを利用したライセンスビジネスが盛んに行われている。
例えば製造業では、業務提携により相手先商標を使用して製品を販売したり、製品のOEM生産が度々おこなわれている。例えばニチロのペットフーズの「ロイヤルクラウン」、味の素の「クノール」はいずれも世界各国で展開している同商標を踏襲する商品であるし、ライオンの「マコーミック」も提携により世界的に著名なマコーミック社の商標を借りているのである。
いずれも、自社商標では売らず相手先の商標で製造販売するものである。相手先の商標がもつ財産的価値を利用して行う一種のライセンスビジネスである。
また、「ディズニーランド」ではレジャー施設での売り上げよりキャラクター商品販売の売り上げの方が大きいといわれており、商標のライセンスビジネスが主力になっている事業である。その他「Jリーグ」関連マークのライセンス商品の製造販売事業や、「森英恵」「サンローラン」などのデザイナーブランドのライセンス商品製造販売事業、或は「養老の瀧」や「ほかほか弁当」などのボランタリーチェーン店なども、商標の財産的機能を利用したビジネスである。
また、近年は、商標を譲渡することも盛んにおこなわれている。例えばマヨネーズの「キューピー」は昭和26年ニチロが中島薫商店に譲渡したものであり、ホンダの「プレリュード」は日産自動車が本田技研に譲渡した商標であり、ニッサンの「インフィニティ」はもとは本田技研が所有した商標である。
更に、最近は企業の合弁、買収(M&A)も盛んにおこなわれるようになった。例えば米国の巨大企業フィリップ・モリスはチーズのメーカーであるが、1988年にミラクルウィップス(Miracle Whip)のトッピングやブレヤーズ(Breyer's)のアイスクリームなどの有名商標を所有しているクラフト社を買収した。このときの価格が、クラフト社の有形資産の四倍の129億ドルであった。この有形資産を越える買収資金は無形資産、即ち商標に化体された信用(信頼のブランド)に対して支払われたものであるとも言える。このように優れた商標に化体された信用(信頼のブランド)は安定的な利益を確実に生み出すが、そのようなブランドをゼロから育てるのは至難のことである。M&Aにおいて支払われる巨額の金額は、このブランドがもっている将来利益の金額と競合会社がおなじようなブランドをつくるために必要な資金総額なのである。
3.商標の機能に関する商標法の規定
(1)自他商品・役務識別機能に関連する主な規定
①法3条1項各号は、自他商品等の識別力を本質的登録要件として要求している。これは識別機能が商標の本質的機能だからである。
②法3条2項は、本来識別力のない商標でも、長年の使用により市場において、識別機能を発揮するようになったものについては、使用による特別顕著性(自他商品・役務識別力)を認め、登録できるようにしたものである。使用による識別機能の発生により、保護価値が生じたからである。
(2)出所表示機能に関連する主な規定
①法4条1項10号から15号は、出所の混同を生ずるおそれのある商標は登録しない旨の規定である。これは出所の混同を防止し、競業秩序の維持を図るためである。
②法25条及び37条1号は、登録商標と同一・類似範囲内の第三者の使用を禁止する規定である。これは出所表示機能を発揮する商標を出所の混同から保護ためである。
③法51条、52条の2、53条は、商標権者等が出所の混同を招く使用をした場合はその登録を取消す旨の規定である。これは競業秩序を乱す不当な使用に制裁を課すためのものである。
④法24条の4は、商標権の移転に係る混同防止表示請求の規定である。これは商標権の分離移転や分割移転を認めたことによる出所の混同防止するためである。
(3)品質等の保証機能に関連する主な規定
①法4条1項16号は、品質等の誤認を生ずるおそれのある商標は登録しない旨の規定である。これは需要者の利益を保護するためである。
②法51条、53条は、商標権者等が品質等の誤認を招く使用をした場合は登録を取消す旨の規定である。これは需要者の利益を害する不当な使用に制裁を課すためである。
(4)宣伝広告機能に関連する主な規定
①法2条1項7号は、広告も商標の使用の一態様だからである。これは最近における商標の宣伝広告機能の重要牲を考慮したものである。
②法50条2項は、商標権者等の広告による商標の使用により不使用取消を免れる。
(5)財産的機能に関連する規定
①法24条の2、法24条の3、法24条の4には、商標権も財産権の一種として移転ができる場合、制限される場合などについて規定されている。
②法30条(専用使用権)、31条(通常使用権)、32条(先使用権)、33乗(無効審判請求前の使用権)、33条の2(特許権等存続期間満了後の権利者の使用権)、33条の3(特許権等存続期間満了後の使用権者の使用権)、34条(質権)などの規定は、商標権を財産権として取り扱い方が規定されている。