9月初めワシントンDCに行って、今後の中国との経済関係をどう考えるべきか、米側識者と討議する機会があった。
筆者は進行中の貿易戦争に関して、2つの疑問を下げて出かけた。
1) 「制裁規模を500億ドル、2000億ドルと引き上げていけば、経済の調子が悪い中国は降参する」・・・トランプ政権はそう考えているのではないか。
2) そんな大規模制裁を実施すれば、米国企業の対中取引(現法との「社内」取引を含む)が痛打されるだけでなく、物価が上昇して消費者も打撃を被る。今年11月の中間選挙、2020年の大統領選にとって、かえってマイナスになるのではないか。
1)の疑問は、7月頃にトランプ政権の高官が「(米中双方の)輸出入額に大きな差があるので、この貿易戦争は米国の楽勝だ」と言っていると聞いて浮かんだ。
ほんとうにそう考えているなら大間違いだ。
中国にとって、これは経済的な損得では済まない問題だ。南宋が北方の金の圧迫を受けたAD900年前に始まり、遊牧民族による征服・支配、近くは西欧列強や日本の侵略を受けてきた中国には「外国の恫喝には徹底抗戦することが正しい道であり、宥和を唱える輩は売国奴だ……」という考え方がある。
一朝事が起きると、この考え方が暴力的な「社会の空気」にまで膨張する。権力を集中したと言われる習近平といえども、「米国の圧力に屈した」と見られれば、政治的な自殺行為になる。
だから、米側識者に「中国は降参しない(できない)」と伝えたが、今度はこっちが米側識者の答に意表を衝かれた。
トランプ政権の強硬派(ナバロ、ライトハイザー氏ら)は「中国は降参しないらしいが、それならそれで構わない。米中間で伸びすぎたサプライチェーンを制裁措置で断ち切って、製造業を米国に呼び戻す」と考えているというのだ(そうやってクロスボーダーの経済関係を縮小させることを「デカップリング(切り離し)」と呼ぶ習いになりつつあるという)。
そう聴いて唖然とした。正気ではない。
グローバリゼーション時代のビジネスに対する理解が欠落している。衣服雑貨だって海外から調達するには、環境保護・労働人権面の厳重なチェックが欠かせないご時世だ。
まして発注は大量、ウォルマートなどは調達ルートを簡単に変えられないだろう。その結果、かなりの小売商品が1割近く値上がりすれば、米国経済・社会は大騒ぎになるのではないか? それが2)の疑問だ。
しかし、そう問うた筆者に対しても、識者たちはこう答えた。「大幅減税と規制緩和が成功して米国経済が好調なせいで、総体としては『トランプの経済政策は、米国のためになっている』と感じている有権者が多い。今後消費財が値上がりしても、トランプは『短期的には痛みがあっても、アメリカに雇用を呼び返すための陣痛だと思って我慢してくれ』と言うだろう。いまの米国はそれが説得力を持ちそうな雰囲気だ」識者が暗い顔でそう話すのを、こちらも暗然たる思いで聴いた。
かくて、2000億ドルの追加制裁が9月24日に実施された。中国は直ちに600億ドル規模の対抗措置を講じた。全面的な貿易戦争が始まった。