Elementary algebra 
 
 ソーシャリストのための数学である。
 数学といっても、ちょっとした代数の範囲(えーと、要するに「文字式」という奴だ)で、たいていの話はおさまる。つまり中学数学(ほとんどが中1数学) の範囲である。必要な中学数学についても、ほとんどイチから説明してみた。その気になったら以下の参考図書を参照にされたし(ネット上にも多くの教材があ る、たとえばここな ど)。
 
 経済学には数学が必要だとされている(だから大学生が分数ができないという本を書いたのは経済学部の大学教員だった)。
 ソーシャリストにも「経済学」はあるから、そのあたりの話からやろう。
 というか、引き写せる数学ネタは、経済学の分野が一番多いのだ。ほかの分野からもネタを探したいと思っている。
 
 基本的には覚え書きみたいなものだから(ソーシャリストをテーマにしたサイトは少なくないが、数学ネタはあまりなかった)、元ネタはもちろん示すことに する。



元ネタ&参考図書
置 塩 信雄, 鶴田 満彦, 米田 康彦『経済学』(大月書店,1988); ISBN: 427211056X
マルクス経済学を数理的に扱ったものの内ではこれが一番数学的に軽い。しかも手に入りやすい。森嶋通夫の著作集が出る時代であ る。置塩信雄もまとめて手に入るようにしてほしい(とおもったら復刊ドットコムに特集ページができてました)。

「数学がわからない」という人は、「わからない」以前に基礎的な計算が苦手で、「わかる」ところまで行き着い てない場合も多い。その意味で、数学やり直しには中学数学あたりをまず固めておきたい。
間 地 秀三『中学3年分の数学が14時間でマスターできる本—きちんとわかる・スラスラ解ける総復習 通勤・通学電車の60分で頭の体操』(明日香出版社,1992) ; ISBN: 4870305739
など、最近はいろんな「やりなおし本」が出ているが、いずれも紙とペンを持って手を動かすのが肝心。その意味で、時間をもっと 使える人には
く もんの中学基礎がため100%数学(くもん出版)
のシリーズが基礎的な問題を大量にやれてよいかもしれない。
鍵 本 聡『高校数学とっておき勉強法—学校では教えてくれないコツとポイント』(講談社,1999;  ブルーバックス B1243); ISBN: 4062572435
は、勉強法本ではめずらしくタイトルに違わぬ有益な情報(コツとポイント)を与えてくれて、数学を学ぶすべての人にお勧めでき る。もう少し上の数学をやるようになったら
佐 藤 文広『これだけは知っておきたい数学ビギナーズマニュアル』(日本評論社,1994) ; ISBN: 4535782083
を手元に置くと役に立ってくれるだろう。

 
 関係を数式で表すところから、数学を思考の道具にすることは始まる。
 メリットのひとつは、思考の経済性(頭が楽できるところ)である。頭にかなり負担をかける(多くの要素を 含んだ複雑な)推論も、問題を数式によって表現できれば、半ば機械的に規則を適用することで、かなりのところまで代替することができる。これは込み入った 議論や推論を行うときに、そして議論や推論の過程を残して,他人による検証を受けるときに威力を発揮する。
 自分が楽できるというより(発案者は別のところでちゃんと苦労する)、自分が行った推論を、ちゃんとできているかどうか確かめようとする他 人が楽できるところが重要である。でないと他の人は見てくれないし、せっかくやったことが同時代人に、そして未来に伝わっていか ない。


Numeric Example
 
 ソーシャリストは何故だか数値例が好きだ。我々もひとつ、数値例からはじめることにしよう。

 話を簡単にするために、世の中に商品が1種類しかない、と仮定しよう。
1種類は少なすぎる、せめて2種類にしろ

2種類は少なすぎる、もっと多くしろ(→後述
などなどいろいろ反論はあるだろうが(貴方の批判精神に幸いあれ!)、ここは一つ飲んでもらいたい(あとで改めてやるから)。

 米を1kgつくるのに、米0.1kg と 10時間の労働が必要だとしよう。
米1kg ← 米0.1kg と 10時間の労働  
 勘どころは、米を作るのにも、また米が必要なところである。

 今、米を1kgつくるには、10時間の労働が必要だといった。直接的には確かに10時間である。
 しかし、加えて米0.1kgが必要なのである。だから米0.1kgをつくるのに必要な、0.1×10時間=1時間の労働もまた、間接的に必要なのであ る。
 しかし米0.1kgをつくるにも、0.1×0.1=0.01kgの米が必要で、だから米0.01kgをつくるのに必要な、0.01×10時間=0.1時 間の労働もまた、間接的に必要なのである。
 しかし・・・(以下繰り返し)
 
 これでは切りがない(実はきりをつけることができるが、それは,少しだけややこしいので,後回しす る)。
 ここでめちゃくちゃ簡単な代数(文字式)をつかって考える。このきりなさそうな,言葉でいうとややこしい話を,シンプルに考えられるのが,数学のよいと ころである。
 
 米を1kgをつくるのに直接間接を問わず,全部あわせて必要な労働量を〈覚えやすく、あとで便利なように〉tと書くことにする。
 労働量は時間で計られるので、Timeの頭文字tを使うことにした。

文字を 使った式のお約束:

1 かけ算(×)は省略する         例)a×b=ab
数字で数をあらわすと、123とか45とか数字を並べなければならない。
なので、かけ算を省略すると、1×2が、12になってしまってややこしい。
しかし文字で数を表すと、どんな数も一文字で表せるので、かけ算を省略しても大丈夫。

                            a
2 わり算(÷)は省略して分数の形     例)a÷b = -----
                            b
数行にわたるのがめんどくさいので、このページでは分数をa/bと書くことがある。

3 数字は文字の前にかく          例)a×3=3a

4 文字の前の1は省略する         例)a×1=a

5 同じ文字のかけ算は指数(乗)で表す   例)a×a×a=a

6 かけ算の文字はアルファベット順     例)b×c×a=abc
 ならべる順番を決めておくと整理しやすい。
7 たし算、ひき算は省略しない       例)a+b=a+b(そのまま)



例題:具体的な数の代わりに、 文字を使った式で表してみる

1個a円の品物を10個買ったときの代金 ……10a(円)

100円でa個買える品 物b個の代金 …… 100b/a(円)

定価a円の2割の値段        …… 0. 2a(円)

定価a円の2割引の値段       …… 0. 8a(円)

定価a円の品物を2割引で買い、 500円だしたときのおつり …… 500−0.8a(円)
 


 

 米を1kgをつくるのに必要な労働量は、直接必要な10時間という労働量と、0.1kgの米を作るのに必要な労働量を足したものである。
 
1kgをつくるのに直接間接を問わず,全部あわせて必要な労働量をtとしたのだから、0.1kgの米を作るのに必要な労働量は、 0.1 t と書ける。
 
だから米を1kgをつくるのに直接間接を問わず,全部あわせて必要な労働量をtは、10と0.1tの合計と 等しい。これを数式で書くと
 
t=10+0.1t
 
である。
 
ここからtを求めると(最初なので,馬鹿らしいかもしれないが、くそ丁寧に解いてみる)、

              t=10+0.1t
  t−0.1t=10+0.1t−0.1t  
(両辺から
0.1tを引いている)
         0.9t=10
0.9t/0.9=10/0. 9       (両辺を0.9tで割っている)
       t=10/0.9

    ゆえにt=10÷0.9=11.1111・・・


まあ、だいたい11.1時間ほどが、米を1kgをつくるのに直接間接全部あわせて必要な労働量である。
 

例題:方程式の解き方(一次方程式

方程式
x+5=8のとき、
xを求めよ

 x+5=8とあるから、x+5と8は同じ数である
 x+5から5を引くと、x+5−5=xになる
 8から5を引くと、8−5=3になる
 要するに同じ数(x+5、8)から同じ数(5)を引いても、やっぱり同じ数だろう。
 
つまり
x+5  =8
x+5−5=8−5
x    =3

文字で数字を表してみる。
この場合も解き方は同じである。
x+a=bのとき、
x=b−a

理由は
x+a  =b
x+a−a=b−a
x    =b−a


方程式
4x=6のとき、
xを求めよ

 4x=6とあるから、4xと6は同じ数である
 4xを4で割ると、4x÷4=xになる
 6を4で割ると、6÷4=1.5になる
 同じ数(4x、6)を同じ数(4)で割っても、やっぱり同じ数だろう。

つまり
4x  =6
4x÷4=6÷4
x   =1.5

文字で数字を表してみる。
この場合も解き方は同じである。
ax=bのとき、
x=b/a

理由は
ax  =b
ax÷a=b÷a
x   =b/a




Labor embodies value  
 
 
 ところで、 米1kgに直接10時間必要だとかいう数字は、詳しいことは知らないままにあてずっぽしたので、実はまったくのデタラメな数字である。
 詳しい数字は後から調べることにして、aだとかτだとかと、これも文字にしておくと話を進めるのにも、また必要な労働時間が変わった場合を考えるのに も、便利である。

aはあんまり考えなかったが、直接必要な労働量はさっき使ったtと似ていてしかも違うものとして、ギリシア文字のτ(タウ)を使うことにした。これはアル ファベットのtに対応するギリシア文字である。  
米1kg ← 米akg と τ時間の労働

  米1kgをつくるのにakgの米とτ時間の労働が必要、ということである。
 
 あたりまえのことだが、大切なことに注意を払っておこう。
 たとえば米1kgをつくるのに10kgの米が必要だとしたら悲惨なことになる。つくればつくるほど、米が減っていくのである。
 こうしたことがないためには、すくなくともaについては1より小さくなっていてほしい(さっきの数値例でも0.1だった)。でないと縮小再生産になって しまう。
 また、もっとあたりまえのことだが、aはマイナスであってはおかしい。マイナス1kgの米から、1kgの米をつくるなんて訳が分からない。
 なので、結局、
0<a<1
であることが必要である。数字を文字で表したときは、こういう当たり前のこともきっちり書き出しておくことが大切なのである。


 さて、米1kg、消費財(パン)1kgをつくるのに、直接間接合わせてどれだけの時間の 労働が、計算しておこう。
 米1kgをつくるのに直接間接全部あわせて必要な労働量を とすると、
t=at+τ
という式ができる。

この式をさっきと同じように変形すると
           t=at+τ
        t−at=at+τ−at  
(両辺から0.1tを 引いている)
      (1−a)t=τ
(1−a) t/(1−a)=τ (1−a) (両辺 からを1−aで割っている。1−a≠0なのでできる)

         τ
   ∴ t=-------
       1−a

  解 けました。

これは、米を1kgをつくるのに直接間接全部あわせて必要な労働量である。これを「投下労働価値 labor embodies value 」という。


Infite Series

さっき(以下繰り返し)となった話にケリをつける。
米を1kgつくるには、直接にはτ時間の労働が必要で、しかし、加えて米akgが必要だから米akgをつくるのに必要な労働量a×τ時間もまた、間接的に 必要なのだった。しかし米akgをつ くるにも、a×a=a2kgの米が必要で、だから・・・(以下繰り返し)になるのだった。

数値例では、間接的に必要な労働量は1+0.1+0.01+0.001+・・・・といった具合に(以下繰り返し)になっていた。それぞれを見ると、間接労 働量はそれぞれ前の1/10になっている。これは0.1を掛けていたのだから当然である。
実は1+0.1+0.01+0.001+・・・・が無限に続くとすると、この足し算の合計は10/9と等しいのである。
10/9=1+0.1+0.01+0.001+・・・・
文字式でいうと
1+ a +a2+a3+a4・・・・は、1/(1−a)と等しいのである (10/9も、1/(1−0.1)だったのである)

1/(1−a)= 1+ a +a2+a3+a4・・・・
(ただし0>a>1)
これは公式になってるくらいの話なので、お受験用には「丸暗記」すればいいのだが、ちょっとだけ「なんでそういえるか」をやっておく。
 
分からないものは文字で表す、というのが代数の基本である。いま分からないのは、a +a2+a3+ a4・・・という無限につづくやつなので、
  S= 1+ a +a2+a3+a4・・・・
としてしまおう。
せっかく文字で表しても、そのままだと、どうしようもないので、
ここはひとつSにaを掛けてやる。すると
a×S=    a +a2+a3+a4 +a5 ・・・・
なんだか上のSと比べて、ひとつずらした感じがする。

  S= 1+ a +a2+a3+a4・・・・
a×S=    a +a2+a3+a4 +a5 ・・・・

なのでSからaSを引いて見ると,同じのは消えてしまって

  S−aS=1

S(1−a)=1
0>a>1だから、1−a>0である。1−a=0でないので、両辺を1−aで割ってかまわない。


S(1−a)/(1−a)=1 /(1−a)
(1−a)/(1−a)=1であるから、
S=1/(1−a)
結論は
1/(1−a)=1+ a +a2+a3+ a4・・・・
なのである。

扱いずらい無限に続く式を、やはり無限に続く式ををつかって(引き算して)消し去るのがキモであった。
この無限に続くものが有限におさまる、というのは、先に見たようにマルクスら古典派の投下労働価値の定式化に、それ以外にもケインズらの乗数理論や、ベー ム・バベルクの平均生産期間の定式化などにも用いられる。
 


Fundamental Marxian Theorem

 すこし寄り道したが、ここでいきなり「マルクスの基本定理(Fundamental Marxian Theorem)」を(中学生の範囲の数学で)証明してみよう。
 これは、正の利潤と労働の搾取との同値性を、つまり「利潤もうけがプラスであるならば、労働が搾取されている。労働が搾取されているならば、利潤もうけ がプラスである」ことを、数学的に示した定理である。

 利潤もうけを考えるためには、商品をつくるのにいくらかかり、それをいくらで売るのか、それぞれの値段を考える必要がある。
 なので、米1単位あたりの価格をp、それから1時間あたりの賃金(労働の価格)をwと表すことにして、話を進めよう。
 
 米1単位をつくるのにいくらかかるかと言えば、さっき見たように、
米1単位  ← 米akg と τ時間の労働
米1単位をつくるのに 、米akg と τ時間の労働が必要だった。

米1単位あたりの価格をp、1時間あたりの賃金(労働の価格)をwだから、米1単位をつくるのに必要な 米と労働の値段は合計でap+τwだということがわかった。
 さて、利潤もうけが出るためには、つくるのにかかった値段よりも、売る値段の方が高くなければならない。これを数式でかくと(売る値段)>(かかる値 段)だから、
p>ap+τw ……式(1)
という式がなりたたなくてはならない。

また
0<a<1   ……式(2)

であることも縮小再生産になったりしないためには必要であった。

 さらに米1kgをつくるのに、直接間接合わせてどれだけの時間の労働が必要かも計算した。米1kgをつくるのに直接間接全部あわせて必要な労働量を とすると、
 
t=at+τ  ……式(3)
だった。

この3つでこれでマルクスの基本定理を証明する材料はそろった。

式(1)
   p>ap+τw
の両辺からapを引いて
p−ap>ap+τw−ap
p−ap>τw

左辺をpでまとめると
(1−a)p>τw  ……式(1)’

式(2)0<a<1から、1−a>0

つまり式(1)’の両辺を1−aで割っても不等号の向きは変わらない。だから

     τw     τ
p > --------- =  --------- w ……式(4)
    1−a   1−a
ところで
 式(3)t=at+τから、
    τ
t=-------  ……式(5)
  1−a

というのをさっき求めた。

  この式(5)を式(4)
    τ
p > -------- w
   1−a

に代入すると
p > t・w
これで必要な計算はあらかた済んだ。

pは、(我々にとっての唯一の商品だった)米の1kgの値段であった。
そしてtは、米の1kgをつくるのに直接間接に必要な労働量だった。
wは1時間当たりの賃金だったから、t・wは米の1kgをつくるのに直接間接に必要な労働に支払われる賃金の合計である。
これが米1kgの値段pよりも小さいのだから、よくソーシャリストがこぼす「米1kgをつくって貰った給料で、米1kgが買えない」という状態をこの式は 示している。

つまりこの式 p>t・w は、搾取の存在を意味している。


この式が意味しているところを、いくつか見ていこう。

まず両辺をpで割る。
1>(w/p)・t
このw/pは実質賃金率と呼ばれるものである。
たとえば賃金が上がっても、それ以上に物価があがれば、ちっとも賃金が上がった気がしないだろう。
労働者が買うのは消費材の方だから、賃金wと商品の価格pとから、次のように 実質賃金率Rを定義する。
R=w/p
つまり賃金wを商品(ここでは唯一の商品である米)の価格pで割ったものが実質賃金率である。
いまは商品を1種類だけしか考えてないので、実質賃金率Rは「1時間あたりの賃金で実際にどれだけの商品が買えるか」を示すものである。

1 > R・t

この両辺にT(1日の労働時間)をかけると
T>TR・t
である。
実質賃金率Rは「1時間あたりの賃金で実際にどれだけの商品が買えるか」であった。Tは「1日の労働時間」だから、TRは「1日働いた賃金で実際にどれだ けの商品が買えるか」を示している。
tは、商品1単位(ここでは米1kg)をつくるのに直接間接に必要な労働量であった。だからTR・tは、「1日働いて買える商品」をつくる のに「直接間接に必要な労働量」である。これは、その筋の用語では「必要労働時間」と呼ばれる。

T>TR・tは、要するに「1日の労働時間は、必要労働時間よりも長い」ということである。そして、これが普通にいう搾取の定義である。

なんとなれば、「1日働いて買える商品」を手に入れるのには、TR・t時間だけ働けばいいはずなのに(例えば6時間でいいはずなのに)、実 際には労働者は時間働いている(例えば8時間働いている)。逆にいえば、TR・t時間だけ(例えば6時間だ け)働けばつくることができる量の商品なのに、同じだけの量の商品を賃金で買おうとすれば時間(例えば8時間)働かないといけない。

 
さらに1>R・tから、両辺をt(商品1単位をつくるのに直接間接必要な労働量)で割ってやると、
1/t>R 
この1/tは、商品(ここでは米)の労働生産性である。
生産性(productivity)というのは、「生産過程に投入された生産要素(材料とか労働など、生産に必要なもの)が生産物の産出に貢献する程度」 をいう。
要するに労働生産性だと、商品を1単位つくるのに、どれくらい1単位あたりの労働が役に立っているかということである。
つまり労働生産性が上がると、同じだけの商品を作るのに、より少ない労働量で済む。

つまり 1/t>Rとは、
(商品の労働生産性)>(実質賃金率)
であることを示している。「その商品をつくるのに労働が役立ってる度合い」の方が、「その商品をつくるのに参加してもらえる実質的な賃金」よりもやっぱり 多い(役立ってるほどには賃金を貰えてない)ということである。

また1>R・tの両辺をR( =w/p:実質賃金率)で割ってやると、
1/R>t
R=w/pだったから、1/R=p/w。これを1/R>tに代入すると、
p/w>t
となる。p/wは、「商品の値段÷賃金」だから、商品1単位を売り払った金で雇える労働量を示し、支配労働量と呼ばれる。
つまり文字で書くと

(支配労働量=商品1単位の貨幣で雇える労働量)>(商品1単位の投下労働量=労働価値)
 
ということである。




これまでは経済の規模を全然考えてこなかった。

いま全体でN人の人間が雇用され、Xkgの米(我々にとっての唯一の商品)が生産されている、としよう。
Xkgのうち、aXkgは米の生産に投じられるので、我々が食べる(消費する)用に残るのはX−aXだけである。これをYとおこう。つまり
X−aX=Y
である。Xを総生産、Yのことを純生産と呼ぶ。
上で、aは、0<a<1という条件を満たさなければならないと言ったが、これは純生産がプラスでなければならない、つまり
X−aX=Y>0
がなりたたなければならない、ということである。
X−aX=Y
X(1−a)=Y
で、総生産Xも純生産Yも当然にしてプラスだから、1−aもプラスでなければならないのである。

さて、総利潤を考えると、これはつくった商品の合計金額(pX)から費用を引いたものである。
費用としては原料費と人件費が考えられる。
原料費は、生産に投じられる米の金額なので、p×aX=apXである。
人件費は賃金として払われる金額の合計なので、wτNである。
よって利潤Πは、
Π=pXー(apX+wτN)>0
p>0だから両辺をpで割っても不等号の向きはかわらない
XーaXー(w/p)τN>0
YーR・τN>0
Y>R・τN
Rはさっき見た通り実質賃金率、τは一人当たりの労働時間でNは雇用数だから、τNは総労働時間である。

利潤がプラスならば、実質賃金率と総労働時間の積は、かならず純生産より小さい。もし純生産が変わらずそして利潤に回される分も変わらないならば、雇用数 を上げるには(つまり失業を減らすには)、一人当たりの労働時間を減らすか(つまり時短である)、実質賃金を引き下げるか、それともその両方を行なうか、 いずれかを行なわなければならない。

 
 

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(ここからは中学数学の範囲を超えます)

行列・ベクトル初心者には
長 谷川 勝也『イラスト・図解 はじめての行列とベクトル』(技術評論社,2000) ; ISBN: 4774111279
瀬 山 士郎『ゼロから学ぶ数学の4、5、6—入門!線形代数    ゼロから学ぶシリーズ』(講談社,2003); ISBN: 4061546759
など、わかりやすく解き語る類書が随分増えてきたが、とくにソーシャリスト向きには、『ス ミス, マルクスおよび現代』(法政大学出版局, 1980)や『労働価値論史研究』(日本評論新社, 1957)など価値論研究で知られるマルクス経済学者のロナルド・ミークの遺稿をブラッドリーが整理・補筆した
イ アン・ブラッドリー,ロナルド・L・ミーク「社会のなかの数理 : 行列とベクトル入門』(九州大学出版会, 1992;新装版, 1996);ISBN: 4873784913
が、まったくの初歩から丁寧に論述し、かつ社会科学への応用にまで至っていて、練習問題もあり、おすすめできる。

行列・ベクトルは「便利な道具」であって、「使いなれて手に馴染む」というのがとりあえず目指すべきところであるので、
有 馬 哲, 石村 貞夫『よくわかる線型代数』(東京図書,1986) ; ISBN: 4489001835
という証明のかわりにたくさんの丁寧な例題をつけた「やってみせるからアンタもやってみ」型演習書が、これも時間を使える人に はお勧めである(解き語りタイプの入門書から1冊読んでから、しかるのちに「よくわかる〜」に進むというのがよいかもしれ ない)


数学へのニガ手意識が拭えない人には
ブ ライアン バターワース『なぜ数学が「得意な人」と「苦手な人」がいるのか』(主婦の友社,2001);ISBN: 4072283355
あたりの本に目を通すのも手である。学生時代に数学できなくても、それは教師やテキストがわるかったせ いにすべきである。そう考えれば、何度でもやり直せる。また歳とってからの数学は、アタマの構造が変化していて、昔わからなかったものが結構わかったりも するものである。

経済数学の本はいろいろあるけれど、

という小さな本が新入門書としてコストパフォーマンスが高い。
G.C.アーチボルド, リチャード・G.リプシー『入門経済数学(1)(2)』 (多賀出版,(1)は1982、(2)は1983) ; (1) ISBN: 481151078X(2)ISBN: 4811510887
は、いわずと知れた「アーチボルド」。ほとんど数学の知識を前提にせず、ほんとに中学数学レベルから経済数学のトバ口まで、夢 に見るほどくどいほど丁寧な説明とユニークで豊富な問題で学ばせてしまう740ページ超。一念発起して腕まくりでやるという人なら、最初からこの2冊でい い。
 なお同じくアーチボルド&リプシー『入門経済数学(学生版)』(多賀出版、1995)ISBN: 4811512154があって1冊にまとまっているけど、こっちは重要な序文が省略されていたり練習問題の解答が無いなど全訳ではなくなってい るので(だから「学生版」らしいのである)、独習者は上記の2冊本を求めること。




ベクトルや行列を扱えると、いままでの議論を、商品を1種類だけに限定せずともやっていける。文字式の展開も、ほとんど先ほどのものをベクトルや行列に置 き換えたままである。
 
スタートは3つの式だった。
p>ap+τw ……これは利潤がある(もうかる)ための条件を示す式だった
0<a<1   ……これは縮小再生産にならないための条件を示す式だった
t=at+τ  ……これは直接間接にどれだけの労働量が必要かを示す式だった
これをベクトルと行列をつかった式に書き換えると(見た目はほとんどかわらないが)
Ap+wτ ……これは利潤がある(もうかる)ための条件を示す式だった
>0 ? ……これは縮小再生産にならないための条件を示す式だった
Atτ  ……これは直接間接にど れだけの労働量が必要かを示す式だった

>0というのがよく分かりにくい。

n財でのMarxian Fundamental Theorem
p>Ap+wτ……式(1)利潤の存在条件
x−Ax=y ……式(2)純生産可能条件
t=At+τ ……式(3)投下労働価値の定義式


式(1)から
(I−A)p>wτ……式(1)’

式(2)から
(I−A)x=y ……式(2)’

式(3)から
(I−A)t=τ ……式(3)’


式(1)’に
(I−A)p>wτ
上の式に式(3)’τ=(I−A)tを代入すると
(I−A)p>w(I−A)t
上の式の両辺にxをかけると
(I−A)xp>w(I−A)xt
上の式に式(2)’(I−A)x=yを代入すると
yp>wyt ……式(4)

yは任意の純生産ベクトルなので、
pb=w ……式(5)
となるようなベクトルbをyに代入しても式(4)は成り立つ。
(pは商品の価格ベクトル、wは1時間あたりの賃金だった。つまりpb=wとなるようなベクトルbは、1時間あたりの賃金で買える財(商品)のベクトルで ある。)

したがって
bp>wbt ……式(6)

さて式(6)の左辺に、式(5)pb=wを代入すると
w>wbt
上の式の両辺をwで割ると
1>bt
bは1時間あたりの賃金で買える財(商品)のベクトルであり、tはn財を作るのに直接間接に必要な投下労働量のベクトルである。この積が1より小さいとい うことは、「1時間分の賃金で買える商品の組合せは、1時間以下の投下労働でつくられたものである」ということである。

これでn財の経済についても、マルクスの基本定理は証明された。