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「情報」を抜き出し、思考し、カタチにする面白さ

「情報」を抜き出し、思考し、カタチにする面白さ

長谷川弘佳

八期生
アートディレクター ⁄  インターフェース&グラフィックデザイナー

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■情デ時代の一番の思い出を聞かせてください。


特に鮮明に思い出されるのは、3年次のゼミ制作で、「archive (design)2」という作品に取り組んだことです。今振り返っても、「情報デザインコース」で学んだからこそ発想できた作品だと思います。私は入学当初から「情報をデザインするってどういうことだろう」と模索を続けていましたが、この作品づくりを通して、その答えの一端を得たような気がしています。


「archive (design)2」は、ゼミのクラスメート各々30名のパーソナル情報をアーカイブ化した作品です。6種類の切り口から対象者の情報を収集したのですが、その一例が「筆跡」です。まずクラスメート一人ひとりに、手書きで自分の名前を書いてもらいました。筆跡鑑定という個人を特定する方法があることはもちろん知っていましたが、あらためてクラスメート全員の筆跡を目の当たりにすると、それぞれの個性がとてもよく表れていることに、興味をそそられました。


どこに最も違いが表れるのだろう? そんな疑問が生まれよくよく観察してみると、例えば右利きの人は、右肩上がりに文字を書く癖があることがわかりました。その上がり方の角度も、当然、人により差が生じます。漢字であれば、画数が多ければおおいほど、横の線、縦の線、斜めの線、「しんにょうへん(廴)」などのはね方にも、いろいろな角度が生じ、複雑になります。これは面白い、と思いました。そこで、各々の手書き文字から線の角度情報を抽出しました。


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■それは独創的ですね。抽出した角度から、どのような作品が生まれたのでしょう?


クラスメートごとに角度情報を集約すると、複雑な線の集合体が生まれました。各々、その人なりの特徴が表れていたので、個人の識別にも有効なのではないかと感じ、線の集合体を彫刻した判子(ハンコ)を作りました。


archive (design)2


他にも、みんなが着ている服の色をカラーチャートにして、個人ごとの色見本帳を作ってみたり...。最終的にチームメイト3名の合作で6つのメディア作品を完成させました。特に具体的な活用法を提案したわけではなく、パーソナル情報の抽出、分解、構築というプロセスを踏むことで、「人の個性ってなんだろう?」「人の特徴ってなんだろう?」という哲学的な問いも含んだ作品に仕上がったと思います。


ゼミを指導されていた永原康史先生は、タイポグラフィ(文字表記文化)の大家でもいらっしゃったんですが、私たちの実験的な作品づくりを大きな目で見守ってくださいました。最終的な答えを明確に提示しない、アートのような実験的な作品も歓迎されるのが、「情報デザインコース」の懐の大きさだと思います。


この作品づくりを通して、私は「情報」を扱い、「情報」を思考することの楽しさを初めて体感できたように思います。クラスメートの「情報」が判子や色見本帳など作品としてカタチになったことで、「情報をデザインする」ことの意義についても、よりクリアに理解できたような気がします。デザインを画一的な見方で捉えない思考のベースが出来上がるきっかけになったと思いますね。


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■卒業制作についてはいかがですか?


デザインの勉強をしていたとはいえ、私は一方で活字中毒でもありました(笑)。多摩美に入学する前は、登下校中に一心不乱に小説を読みふける高校生だったんです。大学に入ってからもそれは変わりません。毎月、小説や哲学書など10冊以上は本を読んでいました。ところが、まわりの友だちに目を向けてみると、読書に関心のない人があまりにも多くて。現代人の活字離れは確実に進んでいるんだな、と残念な思いを抱いていました。


そこで、「読書の魅力とは何か」、そこから考えてみることにしたんです。私が読書を好きな理由は、ひとつの文章から、自分の頭の中で自由自在にイマジネーションを膨らませることができるからです。どんな世界観、光景を思い浮かべるかは、読み手に委ねられています。視覚的イメージが限定されていないところにこそ、読書の魅力があるんです。その魅力を創りだしているのは、それぞれの作家による独自の表現、巧みな言葉の遣いかたです。


では、その言葉自体の魅力を伝える方法はないだろうか。本の楽しさを再確認してもらう手立てはないだろうか。そう試行錯誤を重ねるうち、日々、私たちが使っている言葉を作家ならではの独創性に富んだ表現に変換出来たら素晴らしいな、と思いいたりました。


卒業制作

卒業制作「小説のコトバ辞書」

■そんな発想から生まれたのが、川端康成の小説『山の音』を題材にした「小説のコトバ辞書」なんですね。


川端康成は私の好きな作家のひとりでした。美しい日本語を操り、透明感のある世界観を描き出します。たとえば、川端は『山の音』の中で、「公園」を「あいびきの楽園」と表現しています。情緒的な表現でもあり、ピリッと皮肉というかユーモアが効いている点も、興味深いですよね。普段私たちが何気なく口にしている「公園」という言葉に、ミステリアスさが添えられます。


こういった川端独特の表現、語彙(ごい)を『山の音』から抽出し、一つひとつの言葉を同年代の私たちが日常で用いるシンプルな言葉に対応させた辞書を制作しました。「変換ボタンひとつで、小説家のコトバに」をキャッチコピーに、パソコン上の文字入力の際に、文字種を変更できるような専用プログラムも制作し、誰でも簡単に使用できるだけでなく、使用する際の負担も少ない作品を目指しました。


4年次の卒業研究制作は、一年間をかけてじっくりと作品に取り組みます。一年かけて取り組むのなら、大変な作業のほうがいい。地道にコツコツ努力を積み重ねられるもののほうがいい。そう思って、この作品に挑んだものの......、毎日、ただ黙々と『山の音』から気になる言葉を抜き出し、エクセルシートに入力していく作業は想像以上に骨が折れましたね(笑)。それでも、苦労の甲斐あって、卒業制作展では優秀賞をいただくことができました。今でも、この辞書は大切に保管しています。


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■現在の仕事について聞かせてください


プロダクトデザイナー&クリエイティブディレクターの早川和彦とともにH inc.という会社を設立し、平面・立体を問わず、様々なデザインの仕事を行っています。


ここ最近では、1964年創立の老舗広告制作プロダクション「サン・アド」のウェブサイトや、東京・渋谷に誕生したばかりの「hotel koé tokyo(ホテル コエ トーキョー)」のウェブサイト、また、資生堂(SHISEIDO)の期間限定プロジェクト「アイスクリームパーラー コスメティックス」のウェブサイトなどを制作しました。


「サン・アド」のウェブサイトは、制作期間に一年を擁し、全身全霊をかけて向き合い続けた渾身作となりました。

■「サン・アド」のウェブサイトは、どのようなテーマで制作されたのですか?


サン・アドさんは、作家・開高健をはじめサントリー宣伝部出身者が創業した歴史ある広告制作プロダクションです。私が情デの学生だった当時でも、「デザイン制作の巨塔」としてみんなの憧れの的でした。それから約10年。メディアの主流はあっという間に紙媒体からウェブへと移行しました。ところが、私がリニューアルを手掛ける以前のウェブサイトでは、これまでの実績があまり掲載されておらず、現在の仕事内容も含め、サン・アドさんが何を行ってきたのか、今、何を行っているのかが残念ながら見えにくくなってしまっていました。


サイトにも掲載されている開口健さんの「創立の言葉」はぜひ読んでいただきたいのですが、サン・アドさんのものづくりの姿勢には、日本人のある種の美徳がぎゅっと濃縮されています。それは「裏方」である制作者としての美徳です。ものすごく精魂こめて制作をしているけれども、その労を主張しない姿です。そこから、狩猟民族ではなく農耕民族ならではの継続性、持続性、慎ましさのようなものをイメージし、サイト全体を通して、「上品な素朴さ」といった雰囲気が伝わるようなウェブサイトを制作しました。


一見地味に感じられるウェブデザインかもしれませんが、余白バランスは綿密に計算されており、サン・アドさんの放つ緊張感と開放感を上手く融合させることを狙っています。縦組みゴシック書体を用いて、日本美の親しみやすさも表しました。先人の築いた「過去のサン・アド」に敬意を払いながら、「今のサン・アド」の魅力を伝え、「新しいサン・アド」へと踏み出す力強さを感じさせる、そんなウェブサイトに完成したと思っています。


SUNAD

サン・アドのウェブサイト

■ウェブサイトの企画やデザイン制作だけでなく、アートディレクションのお仕事も増えているそうですが、お仕事の幅が広がることで意識も変わりましたか?


そうですね。デザインだけを担当していた頃より、全体のプロジェクトを俯瞰して見なければなりませんので、意図的に視野を広げるくせがつきました。


一番意識の中で変わった点は、訴求するターゲット層の経験値や文化的価値観に興味が出てきたことです。人はデザインを受け止めるとき、無意識のうちに自分のこれまでの経験に照らし合わせて共感できる点を探ります。たとえば私たちは、日本に生まれ、日本で暮らしてきたからこそ、各々に「日本的とはどういうものか」という価値観が育まれます。その経験値や価値観が、その人の美意識におけるリトマス紙になっているんですね。アートディレクションのお仕事ではプロジェクトの軸をしっかり立てる必要がありますから、訴求したい相手の背景を知り、どういったものが心の琴線に触れるのか、すくい上げることが大切だと実感しています。


ice cream parlor


ice cream parlor

資生堂の化粧品 「ice cream parlor」 のブランドサイト

■情デで学んだことで、一番役に立ったことは何ですか?


特定のメディア(媒体)に固執せず、プロジェクトやシチュエーションごとに、最適なメディアを模索する楽しみを知れたことです。私は2017年に独立しましたが、ウェブ中心のデザイン業務から、次第にグラフィックやパッケージ、プロダクトなど、多種多様なメディアを対象としたデザインの依頼が増えてきたんです。


それでも、戸惑いよりも楽しさの方が大きかったです。情デに在籍中に「情報の抽出、分解、構築」を行う面白味を知ることができたので、各メディアの特質を考慮し、クライアントのご要望を形にする工程では、通常のデザイン業務とはまた違う面白さを感じます。


時代が変わると共に必要とされるメディアも変わります。時代の変化を敏感に察知しながら、ひとつのメディアにとらわれず、デザインを考える。情デで学ぶことができる、そんなフレキシブルな発想力は、これからの時代もっと必要とされていくと思います。


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■クリエイションを通じてどんな世界を作りたいですか?


私が惹かれるのは、機能性を最優先に考え抜かれたデザインです。それを美しいと感じることが多いと思います。たとえば、伝票です。これは国内外問わず、様々な種類の伝票について言えるのですが、限られたスペースの中にいかに情報を見やすく配置するかが緻密に計算されており、必要なものだけがギュッと凝縮されたような究極のプロダクトに感じるんです(笑)。伝票には、いわゆるデザイン性の高い商品に見られるような世界観や個性は表現されていませんが、逆に機能のデザインにおける美を感じます。


さらにそこに、男性的な力強さと女性的なやわらかさが融合したものが加味されていれば、より心が動かされます。なにか相反するものが融合しているところに魅力を感じるんです。でも、それは、現在の私の美意識であって、また年齢を重ねていくうちに、どんどん変わっていくような気もします。


ひとつ作品を作り終わると、すぐに次の課題が生まれ、ある意味、ものづくりには、GOALがないのかもしれません。いつか、自分にとって完璧に美しいと思えるような作品をつくりたい。そういう気持ちを抱きつつも、真に完璧を備えた美しいものは、一生作れないような気もしています。それを考え続け、アウトプットしていくのが、私のライフワークのような気がするんです。概念的な視点ではなく、現実的な面においては、これから海外でのお仕事もたくさん手掛けていきたいという希望を持っています。


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■情報デザインコースを一言で表すと何ですか?


先ほどの話と通じますが、私は、この世に「絶対的な美」というものは、そもそも存在しないのではないかと思っているんですね。なぜなら、時代と共に、人々の美に対する価値観は変わるものだからです。「情報デザイン」とは、時代の変化に呼応し、時代ごとの「美しさという価値観」を切り取りながら、その最適な回答を模索する行為そのもの、だと思います。それをぜひ情報デザインコースという学びの場で、養っていただきたいなと思います。

■来年度からの入学生に向けて一言お願いします。


もし今後の人生を「デザイン」という大きな枠組みの中で、自由にメディアの領域間を横断しながら、未来の美しさを作っていくような仕事をしていきたいならば......情報デザインコースは非常におすすめです。実践的なスキルは社会に出てからでも、いくらでも学べます。でも、「模作すること」の大切さを発見しながら試行錯誤に没頭できる学生時代は、誰にとってもかけがえのない4年間になるはずです。


そして、もし晴れて入学されたならば、情デから始まる自分のデザイン人生をぜひ楽しんでいってくださいね。社会に出たら、もちろん大変なことがたくさん待っています。でも、そこでくじけないでください。諦めないこと、辛抱強く粘ること、そして貫きたい思いを大切にしてください。みなさんに負けないよう、私もこのまま頑張ります。社会に出てデザイナーとなった皆さんと、いつの日か一緒にお仕事ができることを楽しみにしています。


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Text / Mayuko Kishiue
Photo / Yoshiaki Tsutsui
Web design / Ayako Ishiyama


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