悟とモモンガ   作:ももちょこ
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第一話 悟とモモンガ

西暦2138年。DMMORPGの頂点とまで呼ばれたユグドラシルが、12年の歴史に幕を下ろそうとしていた。

多くのゲーム内ギルドが終焉の悲しみにくれたり、これまでの思い出に花を咲かせたりと、騒いでいる中で、ここナザリック大墳墓は通夜のような静けさに包まれていた。

 

ゲーム終了間近、ナザリックの通路を「アインズ・ウール・ゴウン」ギルド長であるモモンガがただ一人、NPC達を引き連れて進んでいた。目的地はギルド拠点「ナザリック大墳墓」玉座。そこでユグドラシルの終わりを迎えるつもりであった。

 

「結局、最後は一人か……」

 

「アインズ・ウール・ゴウン」は元々41人ものメンバーが在籍し、ギルドランキングにも載るほどのギルドであった。モモンガはギルド長として頑張っていたつもりであった。しかし、12年という決して短くない時の流れの中で多くのものがユグドラシルを去っていった。ほとんどの者は残ることはなかった。何人かは最後の挨拶にと、少し前に顔を出してくれたがそれだけだ。

モモンガ自身に至らなかったところもあったかもしれない、だがそれとは別にユグドラシルを離れた理由があることも知っている。

 

現実の過酷さだ。

 

現実の世界「リアル」は、昔に比べ人が生きていくには過酷な世界になっている。メンバーそれぞれには、その過酷な世界の中でやらねばならないことがあったのだ。モモンガ自身も、生きていくために必死で働いてきた。

ユグドラシルを捨てていったものに対して、怒りはあった。だが、それ以上に理解もしていた。

 

モモンガは自分に言い聞かせる。皆この虚構の世界よりも今生きる現実を取っただけだ……、次に進むことが出来ず、いつまでも、この甘い虚構に酔いしれている自分が悪いのだ……。分かっている、納得もしている。それでも、みんなで作り上げたナザリックを捨てていった者たちへの怒りは心に纏わりついている。

 

寂しさや怒りなどが混ざり合った気持ちで、モモンガは玉座へとたどり着いた。NPCに待機を命じ、悲しそうな骨構えで壮観な王座へと腰を下ろす。

一息ついたところで、隣に佇む純白のドレスを着た悪魔「アルベド」が気になった。

 

「どんな設定をしていたかな?」

 

モモンガは好奇心からコンソールを開き、設定を閲覧する。そこには圧倒的な文量の設定が書き込まれており、少し圧倒される。開けてはいけないものを開けてしまった気分になる。

 

(そういえば、タブラさんは設定魔だったな)

 

どうせ一人でやることはないのだ、暇つぶしにはなるだろうと読み始めていく。

その短編小説のような、設定を流し読みしていく。ようやくスクロールバーが止まり、最後の文が表示されたがその内容に思わず固まってしまう。

 

『ちなみにビッチである。』

 

「……えっ?何これ?」

その内容に思わず声が漏れ出てしまった

 

「ビッチって……あの意味のビッチだよなぁ」

あんまりの内容にモモンガは幾ばくか考え抜いた末に、自身のギルド長権限を行使して設定を変更することにした。NPCの頂点がビッチというのは、何というか、その、色んな意味で締まりがない、そう思うモモンガの考えだ。

 

「まあ、こんなもんかな」

 

書き換えたはいいものの、文が無くなったことでできた隙間に寂しさを感じる。

何か入れたほうがいいかな……、そう思い更に編集を加える。

 

「馬鹿だよなぁ」

そういいながら、付け加えた文は——

『モモンガを愛している』

 

(何をやっているんだ、俺は!?)

 

書いた後に猛烈な周知が身もだえさせる。しかし、今日はユグドラシル最終日。こんな設定もあと少しで消えていくと思うと、途端にさっきまでの熱が引いていく。最後の悪戯心として、アルベドの設定は変更を加えたままにしておいた。

冷めていく心の中で、アルベド以外にも指示を出そうと腰を上げる。そして、

『ひれ伏せ』

と指示を出す。すると、アルベドに「執事のセバス」、姉妹メイドである「プレアデス」6人が臣下の礼の格好をとる。これで良し。NPCを働かせたことに満足したモモンガは、終了時刻が迫っていたことを思い出し、慌てて時計を確認する。

23:55:48

あと、たったの4分でこれまでの12年が消え去っていく。

モモンガはただ過去を懐かしむかのように玉座から、天井から垂れる旗を眺めていた。

旗には41人それぞれを表す、紋様が描かれていた。

俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもっち、など至高の41人の思い出を、名前を口に出しながら振り返っていた。途中ある二人の名前のところで止まる。

 

「ぺロロンチーノ、ぶくぶく茶釜……」

 

ぺロロンチーノとぶくぶく茶釜。この二人は姉弟であり、その癖の強い性格はアインズ・ウール・ゴウンの中でも際立っていた。姉のぶくぶく茶釜は数少ない女性メンバーであり、その気さくな性格でギルドを引っ張ってくれた。弟のペロロンチーノはお調子者でエロゲ大好きなスケベであったが、仲間同士の和を気にかける良い奴だった。

よく姉弟で言い争いをしていたが、二人の仲の良さを知るモモンガはそれが羨ましかった。

モモンガに兄弟はいない。気の置ける友人もいない。両親が既に他界したモモンガは、天涯孤独の身の上だった。だからこそ、モモンガは欲しかった。一緒に遊んでくれ、一緒に悩み、共に歩んでくれる誰かが。

 

(俺にも一緒にゲームをしてくれるような兄弟がいれば……。もしかしたら、こうして一人でユグドラシルを終えることもなかったのかもな……。)

 

終わりの時まで、もう残りの時間はほとんどない。

モモンガは玉座にもたれかかりながら、ゆっくりと目を閉じていく。楽しかった日々。その思い出の結晶が今消え去っていく。それがただ寂しくて仕方なかった。

人は空想の世界では生きられない。悲しいが仕方ない。

 

視界の端に移る時計が時を刻んで行く。

(もしも……もしも、またユグドラシルのようなゲームに出会えたのなら、今度は誰かと一緒に終わりたいな。)

モモンガの思いを乗せ時計はついに、その時を示す。

 

時刻は0:00:00。ブラックアウトしゲームは終わる——

 

筈だった

 

予定時刻と同時にモモンガの体に激痛が走り抜けていく。これほどの痛みをモモンガは経験したことがなかった。まるで目玉を抉り出されているような、身体中の骨をすりつぶされているような、とにかく表現しえないような痛みだった。あまりのそれに視界が真っ白くなっていく。

玉座から転げ落ちるように、地面に伏すモモンガ。

(痛い!苦しい!何だ、何なんだこの痛みっ!ユグドラシルのエラーか、それともナノマシーンの故障!?だめだ、痛みで考えがまとまらない。)

 

「っっ!」

言葉にならない悲鳴が口から吹き抜けていく。誰かが自分の近くに駆け寄ってくる。

 

「モモンガ様!?」

 

誰かが自分を呼ぶ声が聞こえるが、視界が白く染まっていてわからない。

意識と感覚がなくなっていく。自分が今どのような状態にあるのか、それこそ立っているのか、座っているのかさえ分からない。まるで、深い水の中で沈んでいっているような感覚であった。

 

(このまま、俺は死ぬのか……、ユグドラシルの終わりと一緒に死ぬなんて……。こんなことなら、遺書の一つでも書いておけば良かった。どうせ誰も悲しまないだろうけど。)

 

走馬燈が流れていく。思い出すことは全てユグドラシルでの出来事だった。現実の思い出は何一つない。

モモンガは薄れゆく意識の中で死を覚悟していた。悔いはないと言ったら嘘になるが、悔いるほどのものは現実にはなかった。だから、ただ死を受け入れるだけだ。諦めとともに、精神は更に深い所へと沈んでいく。

そして、モモンガの意識が完全になくなるその瞬間だった——

 

頭の中に聞き覚えのある声が鳴り響く、

『何を諦めている!私がついている!だから、死ぬな!!』

 

誰かの声により少しだけ感覚が戻るが、相変わらず何も見えない。

『誰かわからないがもう無理だ……、心臓が止まりかけている。』

『それは、お前自身が生きることを諦めているからだ。心から願うのだ!もっと生きたい!もっと人生を楽しみたいと!』

『勝手なことを言うな!俺にはもう何もないんだ……、ユグドラシルもナザリックも。俺には、もう何も残ってないんだ。もう何も……何一つ……。』

 

『お前には確かに何もない。頼る家族も居なければ、信頼できる友もいない。だがそれはこれまでの話だ。これからは違う。友が欲しいなら私がなってやる、家族が欲しいなら私が一緒にいてやる、だから死ぬな。お前に死なれては私は——』

 

モモンガのさっきまで消えかけていた心に力がこもる。自分の命をここまで重く、そして尊く測られたことに驚いたからだ。

『お前は誰なんだ?』

 

モモンガの疑問に返答が返ってくる。

『それはお前自身が生きて確認しろ。もう少しで分裂が終わる。そうしたらもう一度新たな世界へと飛び込むことになる。私自身も皆目見当がつかない。だからこそ、お前が必要なのだ。力を合わせればどんな苦難も越えられる。さあ、共に行こう悟よ。』

 

誰かの声がそう言い終わった瞬間に、体が強く引っ張られる感覚に襲われる。

痛みは既になく、消えていた体の感覚が戻ってくる。

誰が自分に呼び掛けてくれたのか、それを確認するためにモモンガはゆっくりと目を開ける。

 

そして、目を開けた瞬間に見えたのは——

 

 

 

 

倒れている見慣れた骸骨のアバターだった。

 

 

 

 

そして直感で理解した。何故、誰か分からないのに声に聞き覚えがあったのか。何故、自分の本名を知っていたのか。それがやっと分かった。周囲から聞こえる声を無視して骸骨に語りかける。

 

 

 

簡単だ。

「俺自身だったんだな。」

 

「やっと分かったか。その通りだ。私はお前だ。」

 

 

 

この瞬間、二人で一人の物語が幕を開けた。

 

 








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