トルコでは日本の勝利が
ケマル・アタチュルクの
トルコ革命に連なっていった。
一方、米国では、
「行け、黄色い小さな男たちよ。
欲望の固まりのロシアを投げ飛ばせ」
などと日本を激励する詩が
黒人の新聞に掲載され、
黒人を人権要求運動へと進ませた。
また、レーニンは、
「旅順の降伏は
ツァーリズム降伏の序曲、
革命の始まり」と書いたが、
旅順陥落直後には
首都サンクトペテルブルクで
「血の日曜日」事件が起こり、
この事件を境に
革命の歯車が
止まることなく回り始めた。
このように日露戦争の日本の勝利は
世界史に大きな影響を与えたが、
特にアジアやアラブでは
民族的自覚が高まり
独立運動が高まった。
しかしこれらの独立運動は
西欧諸国の強力な力の前に
ことごとく弾圧され、
植民地支配から脱することはできなかった。
これを打破したのが太平洋戦争であった。
東南アジアの民衆は、
昨日まで君臨していた白人が、
日本軍のたったの一撃で
もろくも崩れ去ったのを
目前に見てしまった。
戦争初期の日本軍の快勝は、
日露戦争の時と異なり
知識人だけでなく、
一般民衆にも
独立への自信を与えたのである。
日本は3年8ヶ月後に敗退した。
しかし西欧諸国が
再び旧植民地に復帰することは
出来なかった。
覚醒され自信を付けた住民が
各地で一斉に立ち上がったのである。
西欧の史書は
フランス革命が民族国家を成立させたとしているが、
民族国家独立の夢を
アジアやアラブ、アフリカの国々に与えたのが
日露戦争であり、
その夢を実現するために
立ち上がる勇気を与え、
民族国家を建国させたのが、
「先の戦争」と呼称されている
大東亜戦争ではなかったか。
このように日本が歩んだ
日露戦争以来一世紀の歴史は、
人種平等と
民族独立との
「義」を掲げて歩んだ歴史であり、
20世紀の世界の
歴史に大きな足跡を
残した歴史であった。
*****
クラウビッツは著書の『戦争論』のなかで、
「戦争とは、
国家が政治目的を達成するための
究極の手段である」
と解きました。
日本の明治維新からの一貫した政治目的は「人種差別への挑戦」です。
古代から人は対等であるという社会を構築してきた日本人にとって、人が人を頭ごなしに支配するという差別主義は、決して容認できないものであったからです。
ここでいう差別とは、悪人を社会から区別することとは異なります。
人は人として、何人たりとも対等な存在であるというのが日本人の思考です。
「成績が良い人が上、良くない人が下」という思考は、日本人にはありません。
成績は悪い。
けれど、運動会の駆けっこなら、俺が一等賞だい!というのが、日本人です。
日本人は一寸の虫にも五分の魂なのです。
なるほど会社では、仕事の上ではあんたが上司だ。
けれど釣りの腕なら俺が一等賞だい!というのは「釣りバカ日誌」のはまちゃんですが、そういう心理というか、気風は、日本人なら誰もが持っているものです。
だから差別は良くないと言われると、日本人は妙に納得してしまいます。
これが日本人以外だと、西洋人であれ、特亜人であれ、そうはいきません。
「差別がいけない?
とんでもない!
力の強い者が弱い者を
差別することこそ
秩序なのだ」
というのが彼らの思考です。
そういう思考だから、植民地支配は当然のことだったし、黒人差別はあたりまえだったし、ゆすりやたかりを国是とする国があったりもするのです。
要するに差別は、秩序のための最低必要条件なのです。
問題は、その差別の根底に、人として対等という意識を置くのか、自分さえ儲かれば他人がどうなろうとしったことではないという思考を置くのかにあります。
後者は我々日本人には到底容認できないことです。
ただし一点注意が必要です。
それは、日本人の差別を嫌う意識を悪用する悪者をのさばらせることです。
それをしたら日本社会、および日本人の持つ日本精神が崩壊します。
悪しき者を養えば、養った者まで地獄に堕ちるというのは、江戸時代の教科書の『童子教』に書かれていることです。
「人は対等。
しかし悪は排除する」
これが日本流です。
明治維新の始期は、嘉永6年の黒船来航です。
その明治維新は、人種差別を世界秩序とした世界への、日本の挑戦でした。
そしてそれは、いまなお続いています。
つまり明治維新は、まだ終わっていない。
ということは、いまを生きている一人ひとりもまた、維新の志士です。
お読みいただき、ありがとうございました。

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読みながら、星をつけるとしたら、★★★★★だなぁと思いました。
魂を鼓舞させてくれる内容でした。実は、原因がわからず、悲しみの感情が湧いてきていたのですが、払拭されました。日本に生まれて良かったとしみじみ思いました。「CGS日本の歴史」を順番に拝見し、”大宝律令と平城京”まで来ました。動画と、新しい歴史教科書から挿絵を借り、ブログに載せています。歴史をもう一度勉強するのは、本当に楽しいです。日本史と世界史に分かれた高校では、日本史が楽しくなかったです。今は、わくわくします。それは、日本のすばらしさが分かるからです。多くの人が再び勉強したら、きっと誇りの思える先人が数多くいる日本に誇りをもてると思います。だから、転載させていただき、すこしでもお役に立てたらいいと思っています。