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【本 会】東京建築士会メルマガ9月号:小田圭吾法規委員長の法規コラムを掲載しました。
2018年09月21日
【東京建築士会・法規委員長・小田圭吾の法規コラム】
当会が配信しているメールマガジン「東京建築士会メルマガ9月号」(9/21配信分)の法規コラムを掲載いたします。
■住民エゴとシビルミニマム
シビルミニマムとは現代都市における市民生活環境の必要最小限の基準と言われています。1942年のイギリスの社会保障制度に関するベバリッジ報告書で使われたナショナルミニマムから来た和製造語で、日本では1968年12月の美濃部都政下での東京都中期計画で取り入れられ、革新自治体の計画策定指針の中心となった概念です。現代都市が市民のためにそなえるべき教育や医療、住宅、公園、緑など市民生活に関連する社会資本や社会保障の最低基準を数量的に明確化することにより政策実施するという考え方です。シビルミニマムについて書かれた代表的な著書に、元法政大教授松下圭一の1971年東京大学出版会「シビル・ミニマムの思想」、岩波新書「都市政策を考える」などが有ります。
当時の日本では、1960年代後半からの高度成長政策のひずみとして公害が普遍的な社会問題として顕在化し、乱開発や都市の過密化とモータリゼーションの激化ならびに都市の地価上昇などを招き、都市問題が重大な問題となっていました。経済優先で環境対策を怠ったことが公害を生んだとしてその規制や、ベトナム戦争の武器輸出などの規制を求め、学生運動としての70年安保闘争が行われていた時代です。光化学スモッグによる健康被害や多摩川が洗剤の泡で覆われていた頃の話です。公害等はナショナルミニマムでも規制できますが、地方公共団体ごとの規制はきめ細かく規制できるという点でより良く、シビルミニマムは国によるナショナルミニマムと違い、中央集権より地方分権を求める中心的な思想だったと考えられています。
建築基準法は1950年立法にもかかわらず、1947年立法の労働基準法と並んでこのナショナルミニマムを取り入れた画期的な特別法ともいえます。第1条(目的)には「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と記載され、建築物には限定されますが、まさにナショナルミニマム法として位置づけられています。また、第40条(地方公共団体の条例による制限の附加)には「地方公共団体は、その地方の気候若しくは風土の特殊性又は特殊建築物の用途若しくは規模に因り、この章の規定又はこれに基く命令の規定のみによつては建築物の安全、防火又は衛生の目的を充分に達し難いと認める場合においては、条例で、建築物の敷地、構造又は建築設備に関して安全上、防火上又は衛生上必要な制限を附加することができる。」となっていてシビルミニマムを容認する条文が立法時より存在していました。全国総合開発計画が1930年代の産業革命後のひずみについてのバーロー報告書の影響を強く受けたのと似ていますが、より先進的だったと言えます。
建築基準法が市街地建築物法による建築物の新築許可から法適合確認という建築確認制度に移行した背景にはこうした経緯があったものと推測いたします。片や、住民エゴとは、住民が施設の必要性は認めるものの嫌悪施設として自己の住居周辺への建設に反対したり、特に中高層マンションにおいて日影や眺望を巡って自己の権利を侵害するとして反対することなどをいい、マンション化が進んだ昭和40年代(1965年から1974年)に住民反対運動として顕著になりました。建築基準法の集団規定に道路斜線や隣地斜線に加えて都市計画において指定する法第59条(高度地区)(現行第58条)による北側斜線が登場したのもこのような背景によるものでした。しかしながら昭和40年代後半には日影訴訟が急増し、工事停止の仮処分が乱発され、混乱する事態となりました。対策としてシビルミニマムとしての受忍限度という考え方が導入され、住宅の1階や2階における日影時間の限度を地方公共団体が指定するという法第56条の2(日影による中高層の建築物の高さの制限)が昭和51年に制定され、東京都では昭和53年10月12日より施行され、急速に訴訟が減ることとなりました。
住民エゴの骨子は既にある環境を権利と考え、隣地等に建設される建築物が権利を侵害するとして反対することです。用途問題では嫌悪施設として最近多いのは保育園などの騒音問題です。また、眺望権などは先に建てたもの勝ちの様相が強く、幹線道路両サイドに路線防火帯として容積率の高い地域指定がなされている場合など先に建てた中高層マンションが後から建つ中高層マンションにより権利が侵害されるなどという主張は、公的に承認されるような権利とは思えません。なお、景観に関してはまちづくりとしての環境規制として景観条例が機能しつつあるものと考えられます。最も多かった新築中高層マンションと低層住宅、あるいは新築中高層マンションと建設済の中高層マンションについては、低層住居系の用途地域にはよりきつく、中高層住居系や住居系の用途地域にはやや緩く指定されている受忍限度としての日影時間規制は整合性があり、かつ都市計画指定により土地取得時から公開されていることなどから紛争の軽減に効果があったのだと思われます。
最近の住民運動は、反対理由の骨子を超えて建築基準法の単体規定(特に避難規定)違反を理由として、建築確認済の取消を提訴するなど迂回作戦をとっている例も増えてきています。隣接建築物の避難規定違反により自己の建築物の住民の避難が阻害されるという、ほとんどが合理性のない理由での主張ですが、平成30年5月の東京地裁判決(文京区ル・サンク小石川後楽園)において東京都建築審査会における近隣住民の不服申立適格が認められ、避難規定(東京都建築安全条例第32条第6項)違反を原因として建築確認済行政処分の取消が合法とされました。この件での避難規定違反は法の規定が定かではない部分で見解が分かれるところですが、東京都建築審査会は複数解釈の存在を認めるものの一つの解釈に立脚して違法と判断しています。設計者としては完成直前に確認取消といった重大な裁決をなすことは、法文に明確な違反が無い限り許されないと考えます。建築審査会がすべての建築確認を審査できることはあり得ませんので、確認制度の崩壊を招く行為と考えざるを得ません。なお、本件は現在東京高裁控訴中ということのようです。
同様の避難規定を原因とした平成21年最高裁判決(新宿区たぬきの森)において東京都建築安全条例第4条第3項の区長認定が不当との訴えは建築審査会却下、東京地裁棄却、東京高裁は住民の権利保護というより、区長認定が裁量権逸脱として取消して建築確認済が無効、最高裁が高裁を支持という判決で終わっています。これらは特定行政庁の裁量権は無制限ではなく、地方分権には一定の合理性・明白性を持たせるべきとの考え方が重視されたものと考えられます。今後も設計者は住民エゴと設計内容の合理的な範囲での説明という関係で対峙を求められますので、今後の判例等にも一層の注意が必要と思います。
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