カウンターテナー

↑
■カウンターテナー
カストラートについて

中世のヨーロッパの教会では、女性が歌うことを禁じられていたため、それを補うものとして、変声期前に去勢して高音域の声を保った男性歌手「カストラート」が誕生した。

カストラートは特に17世紀頃にひじょうに多くなり、その頃歌のうまい少年がいると、カストラートにしないかという相談が親のところに来ていたという。

カストラートの去勢のタイミングはなかなか難しい。一応本人が去勢の意味を理解できる年齢になってからしなければならないし、また変声期が来てしまうとダメなので、基本的には9~10歳くらいで手術が行われたようであるが、貧しい家の男の子が音楽的な素養無視で半ば人身売買的に7歳くらいで去勢されていたケースもあったようである。元々音楽的な素養が発露していてカストラートの道を選んだ場合はまだ良いが、そういうことと関係無しに取りあえず去勢してしまった場合、実際に歌がうまくならなかった場合、男娼などへの道しか残されていなかったともいわれる。

カストラートに関しては非人道的であるとしてナポレオン1世が禁止令を出したが浸透せず、1903年になってローマ教皇のピウス10世が禁止したことでようやく終結することとなった。ピウス10世は数々の教会改革を行っているが、このカストラート禁止も初期の施策である。

ベートーヴェンは歌が上手かったことからカストラートに勧誘されていたが、父親の反対で去勢を免れることとなったことは有名である。

去勢しなくても高音が出せる

カストラートがあまりにも有名なために、去勢しないと男性が高音を出すことはできないものと多くの人が思っていた時代もあるが、実は「カウンターテナー」という発声法が存在することが、映画「もののけ姫」(1997)の主題歌を歌った米良美一により、日本でも広く認識されるようになった。

音の高さというものは弦楽器でいえば弦の長さできまるが、ギターやヴァイオリンを見れば分かるように、弦の途中を指で押さえて、響く長さを短くすると本来のピッチより高音が出る。これによってギターやヴァイオリンは音階を表現できるわけである。

人間の声も声帯をフルに振るわせるのではなく、その一部だけを振るわせれば本来の音より高い音が出るのである。これがカウンターテナーの基本原理である。

なお、一般的なカウンターテナーは女声のアルト領域に近いので「男性アルト」とも呼ばれる。稀に女声のソプラノ領域の声まで出る人がいて、これは「ソプラニスタ」と呼ばれている。ここまで出る人はひじょうに少ない。

カウンターテナーの技法はヨーロッパでも実はかなり古くから知られていたのだが、中世にカストラートが増えて多くの国でその技法が忘れられてしまった。ただイギリスの一部の合唱団でその伝統が受け継がれていた。そして1940年頃になってからイギリスに天才的なカウンターテナー Alfred Deller(1912-1979)が登場し、やっと日の目を見ることとなった。

ファルセットとカウンターテナー

カウンターテナーはしばしばファルセット(裏声)で歌っていると誤解されているが、カウンターテナーは裏声ではない。裏声は響きの弱い薄っぺらな声であるが、カウンターテナーは実声と同様に豊かな響きを持った声である。

実はカウンターテナーの発声法は、ファルセットと実声の中間的なものであり、この領域の声を出すにはいろいろな練習法があるが、ファルセットを少しずつ音程を下げていき、響きがちゃんと出始めたあたりの声の出し方をしっかり記憶して、そのあたりを手がかりに声域を広げていくのもひとつの手である。

最近この手法で男性から女性に性を移行する人で、女性的な声を出す技法のひとつとして、このやり方をマスターしようと頑張っている人も多い。こういう試みで先駆的な成果をあげたのは、アメリカのメラニー・アン・フィリップスという性転換者で、このため日本では「メラニー法」という呼び方も一般化している。私は初期の頃に彼女の発声法を日本に紹介した者のひとりなので、今「メラニー法」ということばが広まっている状況を少し嬉しく思っている。この技法が知られる前は声帯の手術をして女声を得ようとする人がかなりいたが、手術の成果はあまり良くなかったのである。

しかしこのカウンターテナー的な発声技法は実は男性のみでなく女性の歌い手にも使える方法である。特に民謡系の歌ではふつうの実声の範囲をかなり超える声域を要求される歌があり、実声とファルセットを切り替えながら歌う歌手も多いが、実声とファルセットの中間の声『ミックスボイス』を出すことができると、その間をなめらかにつなぐことができる。美空ひばりなどはその付近をほとんど声が切り替わっていることを感じさせずに歌う、天才的な発声者であった。

フィッシュアイの衝撃

1995年の「美少女戦士セーラームーンSuperS」でフィッシュアイの声を演じた声優・石田彰の発声法は、当時の女装ネットなどに衝撃を走らせた。

フィッシュアイは、もともとオカマキャラなのであるが、石田彰の声の出し方は、声自体はどう聞いても男性の声なのに、話し方が完璧に女性的なので、ふつうに聞いていると女性が話しているようにしか聞こえなかったのである。

フィッシュアイの声でこういう問題に敏感な人たちが認識したのは、声を聞いて相手に女性と認識させるのに大事なものは、声のピッチより話し方なのだ、ということであった。

実際問題として、かなり声のピッチが低い女性もいる。また逆にけっこうハイトーンな声を出す男性もいる。にもかかわらず、そういう人の性別を誤認識しないのは、ピッチが低い声であっても女性的に話しているからであり、ハイトーンであっても男性的に話しているからなのである。

だから性の移行を考えている人は声のピッチにこだわりすぎるより、話し方の研究をもっともっとするべきであろう。




ブラックサイトもご利用下さい。
(C)copyright ffortune.net 1995-2016 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから