「欧米の音楽産業は“死の罠”」トップDJ・アフロジャックがLDHと世界を目指す理由

EXILE、三代目J Soul Brothers、E-girlsなど多くのアーティストを輩出し、なおも拡張をつづけるエンタテインメント集団、LDH。その活動はいまや芸能事務所という枠を超え、ダンスやボーカルなどのスクール(EXPG)、ファッションブランド(LDH apparel)、飲食店経営(LDH kitchen)に至るまで、巨大な「LDH経済圏」を築き上げようとしている。

アフロジャック

9月に開催された「ULTRA JAPAN 2018」ではヘッドライナーを務めたアフロジャック 。

彼らが次に目指すのは、世界だ。2017年にLDH Europeが設立され、オランダが生んだ世界的アーティスト、アフロジャックをそのCEOに迎えた。

彼が就任して行った最初のプロジェクトが、世界8カ国で開催されたボーカル・ダンスオーディション「LDH EUROPE Presents VOCAL BATTLE AUDITIONS ~THE GLOBAL STAR SEARCH~」。

グラミー賞受賞、全米チャート1位、世界のDJをランク付けする「DJ MAG TOP 100 DJs」では2011年以来トップ10の常連であるアフロジャック。世界の音楽シーンの最前線を見てきた彼が、なぜ今、LDHと組むのか?来日していた本人を直撃した。

欧米の音楽産業は「死の罠」

EXPG

LDHが運営するエンターテイナー育成のスクール、EXPG STUDIO TOKYOの様子。

—— LDHとの出会いについて教えてください。

2013年、友人だったVERBALさん(m-floのメンバーで、LDHの執行役員であり国際事業部プロデューサー)の紹介で、LDHのステージを見たんだ。そこでまず、音楽プロダクションがつくるステージとしての完成度が高いことに驚いた。

そのあとにメンバーと会い、彼らの“精神性”に感銘を受けた。LDHのアーティストは、とても謙虚で、親切で、そして精神的に安定している。これは欧米のトップアーティストとは大きく異なる点だ。

—— なぜ欧米の成功しているアーティストは、精神的に不安定なのでしょうか。

すべてのDJ、プロデューサー、アーティスト、レーベルの人間は、欧米の音楽産業は「死の罠」だといっている。「もっとも売れる曲」を生み出すことにみんなが取り憑かれているからだ

アーティストには大きなストレスがかかり、音楽への情熱はそこでは取り去られる。複雑な音楽は、“リスク”があり、“危険”だからダメだただシンプルにやれ、と。

LDHのメンバーは1日12時間も仕事をして、帰った後もさらにトレーニングをしている。それは自分がやっていることを、みんなが愛しているからだ。

こういう人たちと働きたいと思ったし、ヨーロッパにもこの価値観を持っていきたいと思った。仕事環境をよりよくして、そこに最高の音楽があれば、優秀なアーティストは自然と集まるようになる。

LDHの仕組みがあれば悲劇は防げる

アフロジャック

—— アフロジャックさんも、欧米の音楽産業で苦しんだ経験があるのですか。

もちろん。以前のレコード会社(オランダの最大手レーベル、Spinnin’ Records)と契約していたときは楽しかったけれど、とても疲弊した

同時期に、デヴィッド・ゲッタと作曲をしていたんだ。彼はベストを尽くすようにプレッシャーをかけてきたことはあったけれど、「売れる曲をつくるために」そうしたことは一度もなかった。

それは彼もアーティストだからでもあるし、僕の成功に彼が依存していないからでもある。デヴィッドとの関係は5年にもなるけれどいつも楽しい。「こういう風に楽しく曲作りがしたい」と思ったんだ。

LDHを見たときも、同じことを感じた。彼らはひとりのアーティストの成功に依存していないし、短期的な「メイクマネー」を目的ともしていない。

—— 欧米の人気アーティストがストレスを抱えているというニュースはよく目にします。2018年には、スウェーデンの人気DJ、アヴィーチーが亡くなりました。遺族は「過剰なストレスがあり」「彼はもう続けることができなかった」と、自殺を示唆するコメントを出しています。

Avicii

アヴィーチーは28歳の若さで急逝した。

TT News Agency / Reuters

ティム(アヴィーチーの本名)はとても良い友人だったけれど、「何が起きていたか」について話したことはなかった。でももし(LDHのような)環境があればあんなことは起こらなかった、ということだけは断言できる。

(LDHに)は、今やっていることは楽しいか?幸せか?と(アーティストへの)精神状態をいつもチェックしあう仕組みがある。

もし「ノー」なら、なにかが間違っているし、それをいつかではなくて今、見つけようという話になる。きちんと言いあえる仕組みがあれば、ああいったことは防げる。

音楽産業だけではなく、欧米社会ではいつも同じようなことが起こっている。みんながみんな、プレッシャーをかけあっている。成功して有名になっても、マクドナルドで働いていたとしても、それは同じだ。この話はティムに限ったことではない。

覚えておかなくてはならないのは、商業的な成功と、個人の幸せはまったく切り離された別々のものだということだ。

プレッシャー下では過ちを犯す。大ヒット曲の制作裏話

—— 商業的成功と、個人の音楽性を同時に追求するのは難しいのでしょうか。

じつは僕の場合は、自分が思うとおりに行動したから商業的に成功した、という経験があるんだ。僕の商業的な成功は『Give Me Everything』(YouTubeで6億回再生超、全米チャート1位)から始まった。

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マネジメントチームから「ピットブルとなにかコラボしないか」と依頼されたとき、ほぼ断りかけたんだ。ピットブルと組むのは「商業的すぎ」で、自分のキャリアを害すると思ったから。

でも思い直した。ピットブルが商業的に成功しているからといって「ノー」というのはバカげてるし、彼にとってフェアじゃないと。だからやるよ、といった。

—— 衝撃的なエピソードですね。

一方で、こんな話もある。デヴィッド・ゲッタと『Titanium』(YouTubeで8億回再生超、世界10カ国以上でトップ10入り)をつくったとき、彼からメールがきたんだ。「ヘイ、ニック(アフロジャックの本名)、この曲のクレジットを“David Guetta and Afrojack featuring. Sia”にしないか?」って。

でも『Titanium』の曲調は可愛すぎる感じだったから、僕は「ノー」と答えた。

「アフロジャックはクールなアングラの音楽をつくるアーティストだという売り出し方をされていて、ファンもそういうふうに思っている。だから『Titanium』に名前を入れることはできない」とそのときは思っていた。

これは今までのところ、自分のキャリアで犯した最大のミスだね(笑)。なんといってもあのヒットだから。

でも自分が過剰なプレッシャーに晒されているとき、そういうことが起こるんだ。自分のためではなくほかの人のために、間違った判断を下してしまう。

EXPG Europe、J Soul シスターズも?

オーディション風景

オーディションの最終審査の様子。

—— これからLDH Europe CEOとして、どんなことをしていくつもりですか。EXILEや三代目 J Soul Brothersなどを世界にプロモーションしていく役割も担うのでしょうか?

もちろん、EXILEのワールドツアーというのもファンは見たいだろうし、多分それは実現可能だと思う。でもLDH Europeの目的はそこにはない。

LDH Europeの目的は、欧米の音楽産業に、LDHメンバーと同じように幸せや夢を追い求める、新しい「J Soul Sisters」や、もう一つの「J Soul Brothers」をつくることだ。そのためにEXPGなどのほかのLDHの仕組みも取り入れたい。

—— そのプラットフォームをつくるためにはどれくらいの時間がかかるのでしょうか。

LDH Europeが立ち上がる前から、もうすでに始めてはいたんだよ。(自身が立ち上げた)Wall Recordingsでは、LDHと同じ、LOVEやDREAMを基軸にした若手アーティストの発掘と育成をしている。

(今回オーディションを実施したように)LDHと組むことでもっと大きな規模でそれを展開することができる。Wall Recordingsでは、タレントをたまたま見つけてコンタクトを取って、もし個人的にいいなと思ったらチャンスを与える、という風にやっていたから。

—— 今回のプロジェクトにはどのように関わったのですか?

第1ラウンドから関わり、送られてきた動画はすべて見たよ。その後チームと話し、彼女たちの考え方や状況、両親の考え方 —— この年齢の子たちにとって両親はとても影響力があるから —— まで考えて、候補者をしぼった。

でも、このオーディションは「Xファクター」や「アメリカン・アイドル」ではない、ということは常々言っている。 5人の女の子によるアイドルといったプロダクトが先にあるんじゃない。きちんとした価値観をもった人を育てるのが先で、市場を見つけるのはそのあとだ。

—— これからLDH Europeはどう発展していくのでしょうか。

DJブース

EXPG STUDIO TOKYOには、巨大なDJブースも設けられている。

DJやプロデューサーの発掘もしようと思っている。このあと、巨大なリミックスのオーディションもする予定だ(9月24日、「Afrojack Presents “Global Remix Battle I” Powered by PMC Speakers」の開催を発表した)。自分がプロデュースしている音楽のプロジェクトもある。色々なことが並行して走っている。

—— 「アフロジャック」というアーティストとしての活動は?

ツアーもするし、アフロジャックとして曲も出す。でもその大きな目的は、まだファンがいるからということと、アフロジャックというブランドを使ってこのプロジェクトを進めて、若い世代の夢を叶えるためだ。

ビルボードなどに名前が載っているような成功したアーティストでなければ、若い世代がオーディションを受けることをモチベートされないから。最優先に思っているのは、LDH Europeを通した、新しい才能の発掘と育成だ。

—— あなたのように考えているアーティストやプロデューサーは多いのでしょうか?

多くはないと思う。ほとんどはDJとしてツアーを回り、自分が楽しければまあいいや、という感じだ。 僕も以前はDJ、パーティー、寝る、飛行機、パーティー、DJ、パーティー……という生活だった。

でも今は、DJ、寝る、ワークアウト、ヘルシーな食事、LDH EuropeとFaceTime、LDH JapanとFaceTime、マネジメントからの電話……。家族とも前よりずっと話すようにしている。

これは、2016年や2017年にかけてのすごく大きな変化だったな。99%、パーティーをしなくなった。自分がパーティーするより、他のアーティストのサポートをして、その成功を一緒に喜びたいと思うようになった。まあ18歳からパーティーしていたからね(笑)。

アフロジャックがみる、J Popの未来

アフロジャック

—— 日本の音楽ビジネスは特徴的です。ひとりのファンが、特典を目当てに何枚ものCDやDVDを購入するやり方は、握手券商法といわれて、批判されることもあります。

「良い音楽」を客観的に判断することはできない。どんな理由であれ、CDを買った人がそのCDに価値を感じているなら、それは誰かがとやかくいうことじゃない。アーティストとファンとマネジメントチームがハッピーなら、それでいいと思う。

アメリカでも、人からクールだと思われるからという理由で「6ix9ine(アメリカのラッパー)の新曲、最高だよな!」と言っている人が何人いるかわからないしね。

—— 世界ではすでにデジタルでの売り上げが主流ですが、日本はCDやDVDが売り上げの多くを占めています。日本の音楽が世界で成功できない要因として音楽ビジネスのスキームが違う、という理由もあるのではないでしょうか。

ビジネスと音楽はまったく別のこと。ヒットさせるにはみんなに受け入れられやすい要素を入れ込む工夫は必要だ。僕も自分が好きな曲だけを書いているわけじゃない。

それでも、きゃりーぱみゅぱみゅを見てみればわかると思うけど、彼女は日本国外にもすごく多くのファンがいる。それは彼女がとてもクリエイティブなファッションのスタイルを持っていて、音楽もすばらしいからだ。僕は中田ヤスタカの大ファンだしね。

—— インスピレーションを受けている日本のアーティストはいますか。

ヒロオミさん(登坂広臣、三代目 J Soul Brothersのボーカリスト)。彼は才能があり、とても成功しているが、謙虚で、敬意を忘れず、人を助ける心がある。ヨーロッパのアーティストたちに、彼をお手本にして学んでほしいと思っている。

—— 欧米のアーティストでは?

Beyonce

「ビヨンセはすでに最高の位置にいるが、さらにベストなものを目指そうとし続けている」

Kevin Winter / Getty Images

発言は乱暴だけど、同時に謙虚でリアルという人もいる。例えば6ix9ineはすごく攻撃的でラフだけど、ウソをついていない。よく見せようとすることなく、自分らしくいる。だから多くのファンがつく。

あとはビヨンセだ。彼女はすでに最高の位置にいる。ちょっと踊って歌うだけでファンは満足だと思う。でも、つねによりベストなものを目指そうとし続けている。

好きな慣用句に「Put Your Money Where Your Mouth Is(口だけでなく、行動しろ)」というものがある。6ix9ineも、ビヨンセもそれを実践している。

アフロジャック

—— 最後に抱負をお願いします。

僕はとてもラッキーだった。15歳からDJをし始めたけれど、理解のある家族がいた。自分が経験したようなことを、多くの人にも経験してもらいたいと思っている。

そのために、LDHの行動規範や価値観(マインドセット)を世界に広めていくことが今後、一番に取り組んでいきたいことだ。それはHIROさんの最後の夢でもあると、本人からも聞いた。

そして最終的には、「チケットや曲をより売ること」だけに注力している欧米の音楽産業を変えられたらと思っている。

(取材・構成、西山里緒、写真・今村拓馬)

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