第二章. myPEEMの設計とその特徴
静電レンズと磁場レンズ
myPEEMは3段の静電レンズで構成されています。全てのレンズが静電レンズです。PEEMは、試料から放出された
光電子を高電圧、今の場合は10kVにまで加速しますので、対物レンズは必ず電子銃のような加速レンズ作用が
必要とされ、その点では磁場レンズを使った場合には電場・磁場重畳型レンズとなります。TEMのような電子
顕微鏡の場合は、電場レンズで電子顕微鏡レンズを構成した場合は、磁場レンズの場合に比べて性能が低くなり、
戦後世界各地で電子顕微鏡の生産がなされましたが、その中で静電レンズを選択したメーカーの全てが撤退を
余儀なくされました。
PEEMの場合は、電場レンズと磁場レンズでどちらかが圧倒的に有利、不利という結論は出ていません。TEM
に比べて表面観察装置であると言うことから真空度が高くなければならないこと、対物レンズに高電圧を
印加する必要があること、試料をマイナスの高電圧上に置いて、レンズ系をアース電位上に置く装置と、
試料をあくまでもアース上に置くために、レンズ系をプラスの高電圧上に置く場合など装置による色々な
要求がTEMとは異なってくるため、静電レンズの装置と磁場レンズの装置のどちらもが市場に出回っています。
myPEEMが選択した全静電レンズ系とその特徴
myPEEMでは以下に述べる二つの点で、磁場レンズでは出来ない、電場レンズの特徴を生かした設計を
しています。この点をまずお話しして、PEEMのレンズ系は、SEMのレンズで代用できるようなものではなく、
静電レンズを使えば、直接写像の電子顕微鏡レンズとして、静電レンズならではの特徴を生かしたものが
出来ると言うことを示してみました。
静電対物レンズ
図3には試料表面から色々な角度で出た1eVと10eVのビームが対物レ
ンズの中をどのように抜けて像を作るかを示したシミュレーション図です。絞り面と書いた所で色々の
角度で出たビームが一か所に集まっています。ここがいわゆる焦点面に当たります。ここにコントラスト
絞りを挿入して、大きな角度のビームをカットすれば、コントラストの高い像が得られるわけです。しかし、
この図は、普通TEMなどで見られる同様の図と大きな違いを示しています。それは、試料表面からの放出
エネルギーによって、収束場所が違っていることです。ここに絞りを入れると、角度よりもまず、エネルギー
が選別されます。1eVで試料から出たビームは10eVで試料から出たビームより内側に来ています。試料から
出た電子ビームはいずれも10kVに加速されます。加速後のそれぞれのビームのエネルギーは、10,001Vと、
10,010Vになります。1eVと10eVと言うエネルギー差は保ったまま、10kVが加算されるわけです。しかし、
この焦点面の位置の違いはこの9eVと言うエネルギーの差による色収差ではありません。ビームの加速の
比率が1eVの電子と10eVの電子では大きく違うと言うことを表わしています。ありがたいことに、ここに
小さな穴の絞りを挿入すれば、10eVで試料から出た電子ビームの多くはカットされ、大部分の電子は1eV
のビームになりますので、色収差を大きく減らすことが出来ます。これは、絞りの新しい効果です。ただ、
忘れてはいけないことは、この絞りによって10eVの電子ビームの全てがカットされるわけではないことです。
大きなエネルギーで試料から出たビームは、焦点面での広がりが大きくなると言うだけで、中心軸付近を
通って来るビームもあるからです。エネルギーフィルタによるエネルギー選別作用とは違うと言うことを
心得ておかなければなりません。
もう一つ対物レンズの特徴は、電極が4枚あることです。これによって像面を固定したまま焦点位置をずらす
ことが出来ます。図4(a)は対物レンズの第2電極電圧の変化に対する倍率変化、(b)は、第3電極電圧の変化
に対して、焦点面の位置変化を示しています。もちろん、(a)と(b)は別に調べたもので、第2電極電圧を変化
させた時には第3電極は固定して測定しており、(b)の場合には第3電極電圧を変えて、像面を一定に保つた
めには、第2電極電圧を変化させなければなりません。しかし、ここで強調したいことは、TEMなどで使っている
磁場レンズでは焦点位置を移動させることなどは出来ず、対物レンズ絞りはたいていの場合、適切な位置
には入っていません。焦点面を移動させることによって、固定された位置に挿入されている対物絞りに正しく
焦点面を合わせる機能はこのようにして、4極構成の静電レンズによって初めて実現出来るのです。
静電5段投影レンズ
投影レンズは図5に挿入してある図のように5電極構成をしています。3極構成が基本のアインツェルレンズを
二つ繋げたような構造になっています。この5段構成の静電レンズによって、前半と後半のレンズ電圧を調整
することによって、色々な組み合わせの倍率に対して全て歪収差をキャンセルさせることが出来ます。図5は、
3段レンズのmyPEEMに対して左から二枚目の電極電圧を変化させた時の倍率変化を示しています。また、図6
では、第4電極電圧を調整することによって、それぞれの第二電極電圧の場合に生ずる歪を調節する過程を
示しています。左上は、樽型ひずみと呼ばれる、中心から周辺に向かうにつれて倍率が小さくなるひずみ
、右側の図は、反対に中心から離れるにつれて倍率が大きくなる糸巻き歪の例です。左下の場合が、両ひ
ずみがキャンセルし合って歪のない条件が実現した場合です。このような歪収差は投影レンズでその大部
分が作られるわけですが、TEMの場合には、これをキャンセルする方法として中間レンズを使わざるを得ない
ため、そのキャンセルに大きな苦労が伴います。TEMでは倍率が固定されていて、ユーザーが勝手なレンズ条
件で観察できないようになっているのは、この歪除去の条件設定が難しいからにほかなりません。しかし、
myPEEMでは5段静電投影レンズを使うことによって、歪収差は投影レンズ単独でキャンセルできますから、
中間レンによって倍率を自由に変えることが出来ます。
このように、静電レンズを使うことで、数々の自由度が生まれます。それでは、なぜ透過電子顕微鏡TEMの
開発初期に、静電レンズを選択したメーカーの全てが撤退を余儀なくされ、市場に残ったのは磁場レンズを
選択したメーカーだけになったのでしょうか。その理由は、試料挿入法にありました。試料を磁場の中に
入れることによって、磁場の外に置くよりも空間分解能を飛躍的に高くすることが出来ました。しかし、
静電レンズでは試料をレンズ場の中に置くことは出来なかったのです。それでは、
どうしてLEEM/PEEMの場合は出来るのかと言えば、試料を静止させて置くという条件付きであれば、
TEMでも、電場中に試料を入れることはできるわけです。しかし、電子顕微鏡で、試料傾斜を
させることは、必要なことでした。それが出来ない装置と出来る装置があれば、誰しも出来る装置の方を
購入したでしょう。しかし、LEEM/PEEMは、試料に高電圧をかけますから、試料傾斜はもともと出来ない
ことが前提になります。試料傾斜なしで良ければ、対物レンズは静電レンズでも構わないわけです。
こうして、静電レンズを使ってみると、静電レンズには数々の便利な点がありました。しかし、忘れては
ならないのは、静電レンズは磁場レンズより収差が大きいことです。両レンズで収差の大きさが異なることを
利用して、収差補正装置が作られているほどです。静電レンズは、LEEM/PEEMと言った表面電子顕微鏡に
多く用いられていますが、静電レンズを用いる一つの理由は、透過電子顕微鏡(TEM)のように原子を
観察するほどの高分解能を必要としない、収差が大きくてもかまわないのだという事情があったのです。
原子構造の観察はTEMにお任せで、表面観察はもっと低い倍率だけを担いますというのが、暗黙の了解
事項とでもいうものになっているわけです。高空間分解能観察を担わないのであれば、色々な自由度の
ある静電レンズが便利だということになります。
作成日 2013/05/05 修正2018/04/07
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図1. myPEEMの構成。 |
図2. TEM, LEEM, PEEMの原理的な違い。 |
図3. myPEEMの対物レンズ内の電子軌道。試料からの放出電子は1eVと10eV。 |
図4. (a).対物レンズ第2電極電圧に対する倍率変化。(b).対物レンズ第3電極電圧に対する焦点面位の変化値。 |
図5. 投影レンズの第二電極電圧に対する倍率変化。 |
図6. 投影レンズの第二、第四電極電圧の調整による歪収差の調節。 |
図7. 図6に示した収差の調節に使用した3段レンズ系OL-IL-PLの各形状とその配置。 |
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