●背景にあるもの
依頼の継続はともかく、その理由は予想しない物であった。
他の工房のゴーレムも襲われた為に、調査に向かわなくては『ならない』というからだ。
「今のところあそこへ行って無事だったのは私一人。邪魔者を排除したのだろうと疑われていまして」
「だからこそ調査の必要だというのは判りますが、そんなに開発抗争が激しいんですか?」
ただ一人無事な研究者を疑う。
疑うには順当ではあるが、理由がなければそこまでされることはない。運が良かったで済まされる筈だ。
「疑問に疑問で返す様ですが、モモンガさんならばうちのゴーレムを欲しいですか?」
「うっ……」
ナイワー。
それが正直な感想だ。開発の護衛をして居るのは依頼だからで、意見を出して居るのは興味があるからだ。
だがストーンゴーレムは所詮オーガ級の戦力にしか過ぎない。
盾役として前衛に置くにしても<リペア/修復>の魔法を奪え無かったので、壊れる任せるか魔法が封入されたワンドを購入しないといけない。
戦闘面で非効率、経済的にはもっと非効率だ。
「その沈黙が全ての答えです。少なくとももう一ランク。せめてトロールを余裕で倒せるくらいでなければ所持する意味も無いでしょう」
「……今更になって<リペア/修復>を覚えるのも難儀ですしね」
この地域は妖魔が多いので基本単位はオーガである。
雑兵のゴブリンは気にしないにしても、上のランクであるトロールを『余裕で』倒せなければ意味が無い。そこまで行けば時々<リペア/修復>のワンドを使えば済むだろう。
「現在のストーンゴーレムはあくまでテストケースです。最も優秀な工房へ都市からアイアンゴーレムの発注が、そしてシルバーゴーレム研究用の資金が降りて来ます」
「あー。コンペなんですね。そういうことならば納得できます」
今やって居るのはあくまでテストケースで、せいぜい裕福な名家や傭兵相手の商売に過ぎない。
だが都市そのものからの発注であれば、一ランク上の発注が見込めるだろう。別にアイアンゴーレムが二倍強いと言うことは無いが、トロールくらいは余裕である。
ちなみに共同研究して居る工房は前回のコンペで選ばれているので、無条件で審査の対象外らしい。
続けて天才が出る可能性があるので微妙なルールだが、続けて出ない可能性の方が普通だから妥当とも言える。
(そこまで判れば色々見えて来るな)
死んだイシドロという研究者や、他の工房は名誉と富を求めて開発に躍起になっている。
それに対してガブリエッラは先に武装可能になった技術を、確実な物としておきたいのだ。むしろ無数の作例を造ることで、後の研究に活かしたいというところだろう。無理してアイアンゴーレムで無くとも良いのだ。
「背景は了解しました。とはいえ例の遺跡には何も居ませんでしたし、隠れているとしたら出現条件があるとしか思えません」
もっとも推測はできている。
モモンガはゴーレムを連れて居なかったし、危険な場所へ護衛対象であるガブリエッラを連れておらずゴーレムも持ちこんでは居ない。
「少数でゴーレムと共に移動する事ではないのですか?」
「それならばイシドロさんの死体を回収した時に狙われている筈です。もう一つ二つ、付随する条件があるでしょう」
それはあくまで前提条件だ。
モモンガがアンデッドであったとか、後から加わったら駄目だとか考えられるが……。他にも隠された理由があると予想され、ソレをクリアしないことには駄目だろう。
「一番良いのは襲撃を横から眺める事ですが、他の者が動かない以上は無理でしょう。旧型で構いませんのでお借りしてから、私が何度か試しますよ」
「そうですね。それが良いでしょうか。……では適当なモノをお貸しします」
そんなことを相談しながら工房の一角に移動する。
工房にあるゴーレムで出荷待ちや製品サンプルは無理なので、研究中のゴーレムの中から持ち出しても問題無い失敗作を借りることに成った。
「これは……なんとも独創的ですね」
「……移動するバルコニー」
「騎乗型ゴーレムを造ろうとした時代の名残だそうです」
案内されたのはゴーレムの頭の代わりに荷台が取り付けられた存在だった。
バーはあるがレバーではなく、あくまで掴まる為の支持にしか過ぎない。もちろん上から指示しても機動性が上がるなんてことも無かった。
近くから魔法を付与できるというのも、むしろ危険性を誘発する物でしか無い。
荷台が肩を圧迫するので腕回りの動きは保障されておらず、戦闘力は低い。一台くらいならば演説用に使えるかもしれないが、それならば馬車で十分だ。要するに完全なる失敗作がそこに在った。
「もう一回り大きくして、中に籠れるように出来なかったんですか?」
「申し訳ありませんがソレは貸し出す事ができません。資料的にも物理的にも」
あ、あるのね。
言われて視線を追い掛けて見ると、腹の辺りで真っ二つに折れたゴーレムがある。どうやら耐久面で失敗した様であった。
「とりあえず了解しました。できれば<リペア/修復>のワンドもお借りできれば助かるのですが」
「では前金の代わりに差し上げましょう。ゴーレムもですが無事に戻ってくれば、報酬の一部として買い戻す事も可能です」
要するにゴーレムは壊して構わない、ワンドは必要経費としてくれるということだ。
黒の叡智によってゴーレム強化用の魔法を奪っていたので、どんな能力になるのか試せるのはありがたかった。もしかしたらそんな風に話を誘導できるかもしれないとは思っていたが、上手く行って満足したモモンガである。
●走れ、シズバンテス!
モモンガ達は森に向かっていったが、人目が無くなった辺りで探知魔法を掛けた。
話の経緯からするとスパイが追い掛けている可能性もあったからだ。
「シズ。当面の目的は『黒の叡智』の詳細を確認する事、その為に今回は研究者や人形遣いたちの死体を確保する事だ。犯人の探索に関しては下見程度だな」
「はい」
依頼をけっして蔑にするというわけでもないが、モモンガは未知に対して無警戒で当たろうとは思わない。
問題の最終解決に達する糸口を掴む気はあるが、あくまで今回の主目的は死体の確保程度に留めている。
「これより前回の成果、奪取した魔法を試す。効果が大きければ死体を確保する意味は強まるし、そうでなければあくまで布石の一つだ」
「はい」
要するに『黒の叡智』が変わったのかを時間を掛けて試すことで、この僅かにでも世界の事を知る。
そして効果がありそうならば、戦力強化という意味でも、知らない魔法をドンドン増やしておきたいという事だ。
(理想的なのは知らない魔法を確実に奪えるように成ってるって事なんだけどなー。せめて発動だけは確実にする……に成って居て欲しいもんだ)
ユグドラシルでの黒の叡智における『生贄』は、フレーバーテキストではなく括りが非常に強かった。
死体を捧げるだけでは済まないし、補正を得ようと思ったらレイド戦闘も必要だったくらいだ……。と何度目に成るか判らない思い出話の途中で奇妙な姿を確認した。
「なあシズ、なんで乗ってるんだ?」
「このゴーレムは騎乗用」
だから乗ったとシズは主張して居る。
頭の代わりに荷台を着けたゴーレムの上で、支持棒を掴んで待機。決して降りないぞと強調して居た。
「ははははっ。そうだな、そうだな。実験してみないと駄目かどうか判らないよな。危なかったら無理せず降りるんだぞ」
「はい」
乗りこめるロボットを想像してしまうので、つい欠陥品だと思ってしまう。
だが使って見るまで判らないし、現地民の体力では無理でも自分達ならば使いこなせるかもしれない。そして何より遊びごころというのは多愛屈しない為に重要な要素だ。
「確りと掴まって居ろよ。<クイックマーチ/早足>!」
「ん」
奪った魔法の一つ<クイックマーチ/早足>は<レッサー・デクスタリティ/下位敏捷増加力増大>の下位互換魔法だ。
習得レベルが低いという以外に意味は無く、高レベルのモモンガには何の得も無い。これならばむしろ<リペア/修復>の方がよっぽど役に立っただろう。
だがしかし、こうやって実験してみると細かな差が目立つように成って来る。
<レッサーデクスタリィ/下位敏捷増加>が敏捷由来の全ての副能力値が上がる魔法だとしたら、<クイックマーチ/早足>は移動速度しか上昇しない。
上の魔法を覚えていると一見役立たずに見えるに見えるが、高レベルの消耗戦を知るモモンガにとっては見過ごせぬ利点があった。
「MPの消耗が少ないからか、長距離移動では役立つかな?」
戦闘が十分程度だとしたら、移動速度のほかに反応速度・攻撃速度・回避速度……全てが上がる方が重要ではある。
しかし一時間どころではなく、三時間だとか半日動かし続けるならその差は大きくなるだろう。使い道さえ見付けられるならば現地で開発された魔法は役に立つこともある。
「ぶ~ん」
「あとは人型じゃなくて馬車や船型の方が顕著なんだろうけど」
更に言えば戦場での人型と、国家規模での輸送型となれば随分と変わってくる。
十歩と十二歩の差は大したことはないだろうが、時速ニ十kmや三十kmがベース成れば、半日の行程で随分と変わってくるからだ。
「それはそれとして騎乗する意味が全くないな。クロスボウでそれなら、槍でも意味がないだろ」
動くたびに撃ち難くなるし、ゴーレムの格闘攻撃も威力を削がれている。
かといって敵から離れられるほど速くは無い。<クイックマーチ/早足>を使用したとしても、互角の速さだったら意味がある程度だ。手に持つのが槍なら馬の代わりになるだろうがソレなら最初から馬でいい。
「<フレームストライク/炎撃>はただの炎付与だし……こんなもんか。シズ、ご苦労だったな」
「……高台の代わりに成る」
やっぱり上手く行かない物だなぁ。と失敗作であることをつくずく痛感した。
門外漢の自分でこれなのだから、研究者たちのガッカリ感は半端ないだろう。
「シズ? 実験は終わったしもう降りていいぞ」
「……見張り台の代わりに成る」
珍しいことにシズが首を振った。
しかも自分でも信じていない様な主張を繰り返し、役に立たないゴーレムの弁護をしている。
「荷物を載せて運ぶこともできる」
「馬車で……もしかして気に入ったのか?」
三度目の主張を聞けばもはや疑う余地もあるまい。
「モモンガ様……」
「あー。極力壊さない様には注意しよう」
馬車で十分だろうと言おうとして、言葉を呑みこんでから尋ね直した。すると態勢を維持する為の支持棒をギューっと掴んで離さないではないか。
ふっ。と溜息とも笑いともつかぬ苦笑を浮かべて仕方無いなと付け足す事にした。
「死体が手に入れば他にも実験できるかもしれん。安かったら購入を申し出て見るか」
「見付ける。絶対に」
昔の実験がバレたらいけないし、笑われるようでも困る。
駄目だと言われたら諦めるんだぞ……。そんな理屈がシズの顔を見たら口に出来なかった。代わりに<リペア/修復>のワンドを渡してしまう辺り、NPCに甘いのかもしれないと反省するモモンガであった。
●
現地に到着したモモンガ達は、前回できなかった本格的な調査を開始する。
足手まといになる研究者さえいなければ、自在に動くことが可能だからだ。
「何か判るか?」
「前回と同じ。足跡が無い」
獣に食われたり潰されるなど残骸になっているモノも含めて、モモンガは研究者や傭兵の死体を端から回収して行く。
その間にシズは地面や木々をあちこち確認して詳細な情報を追い求めて行く。
「ということは飛行か高度な隠蔽スキル……か」
「違ったらごめんなさい」
シズの追跡能力を完全に振り切れる存在の可能性はゼロではない。
しかしそんな奴がこの辺に居るだろうか? 居るのだとしてゴーレムの実験を邪魔する程度に使うだろうか?
「まあ飛行かな。前回も隠れて生物探知も使ったというよりは、遠距離から俺のことも見て警戒していたという方がソレっぽい」
どちらかといえば飛行して居る相手と言う方が確率としては高いだろう。
高速で突っ込んで来たから人形遣いも研究者も逃げられなかった。前回出逢わなかったのも遠距離からモモンガを見ていたので、危険な奴だと思って迂闊な戦闘と避けたと考える方がありえるのだ。
「生物?」
「その可能性が高いというくらいだ。グリフォンでは無理だろうがワイバーンやロック鳥なら簡単だろう」
グリフォンはストーンゴーレムよりも強いが、研究者だけならともかく傭兵までを一瞬にしてというのは無理だ。
どうしても反撃を許してしまうし、その場合は羽が散乱する事になるだろう。その点はロック鳥も同様だがサイズの問題で瞬殺そのものは可能である。
「羽が無いという点を考えれば高速移動できるタイプの
「ハム助や大福みたいな?」
旅に連れて行ける最低限の成長をするまでお預けとあってシズは密かにお冠りだった。おこだと言い換えても良い。
「しかしなあ。ゴーレム研究者の殺害にゴーレムのコンペ。これだけお膳立てが揃って別件ってのも変だよなぁ」
もちろんタブラが用意したイベントでなければ、無関係に引き起こされた可能性の方が高い。
死んだイシドロがたまたまこちらを選んだことが契機に成ったのであれば、仕組まれたというよりは、ランダム要素の方が高いのだ。
「一端離れて変装するか、後は神殿まで行って<ブレス・オブ・ティターニア/妖精女王の祝福>を使ってみるしかないな。流石にここじゃあ<センス・エネミー/敵意探知>とか意味は無いし」
<センス・エネミー/敵意探知>は目的意識を持って狙われている場合にしか意味が無い。
もし前回にモモンガの姿を見られて覚えられているとしたら、<ディズガイズ/変装>の魔法を使って外見だけでも変化させておく必要があるだろう。
そして古い神殿へ訪れたモモンガ達を出迎えたのは、笑えるくらいに男のロマンであった。
「ここも地下?」
「いや……この様子だと相当長い通路だ。おそらく向こうの山まで通じているぞ」
隠し区画に入ったところで<ブレス・オブ・ティターニア/妖精女王の祝福>を使用。
するとドンドン奥に進むではないか。しかも一切曲がること無く、ひたすらに山側に通路が続いている。
「モモンガさま。ここ全部同じ調子で掘ってある」
「……これはゴーレムでの作業だな。生物に同じ作業を繰り返させるのは不可能だ」
トロールの亜種どころか巨人でも通れそうな穴がそこにある。
ただひたすらに掘り進められており、力作業と無意味な繰り返し任務はなるほどゴーレムに向いている仕事だ。
「足跡は二種類くらいないか? おそらく力作業をやらせている個体と、土砂を運ぶ個体が存在する筈だ」
「当たり。モモンガさま凄い」
基本的にゴーレムは単純な命令しか受け付けない。
唯一の例外はこの国の住人がやっているように、主人が逐次命令を与える方法だ。ただ後者は操る人間の方が単純作業に向かないのでこんな大トンネルは不可能だろう。
「しかしこのトンネルの中を抜けて来たとして、どんな形状をしたゴーレム何だろう……」
飛行して居るから足跡が残って居ない。
そこまでは大前提として把握して居る。しかしながらトンネルのサイズで相手の大きさが逆算出来る以上、これより大きく無事は確定して居る。少なくともロック鳥やワイバーン程のサイズは無理だろう。
巨人サイズだからといって翼があると、もっとサイズが必要だからだ。
「あ……あった」
「壊れてる」
暫くして発見したのはゴーレムの残骸だ。
土砂で汚れている事、上にポッカリ穴が空いている事を考えれば地震か何かで作業中に破壊されたのだろう。
「ウッドゴーレムみたいだし、土でも石でもないから放置されたのかな」
ある意味シンプルな命令を組み合わせた事の弊害だろう。
作業中にゴーレムが壊れることを前提に入れて無いので、残骸を処分する係が居ないのである。あるいはこのゴーレムがたまたまその係で、居なくなった可能性も無きにしも非ずだが。
「この先に本拠地があるとして、そこから先の探索が本番だぞ」
「はい」
こうしてモモンガ達は秘密基地に隠されたゴーレム目指して行った。
と言う訳でシリーズ第二部の四回目です。
事件と言うかゴーレム工房関連の背景を語りつつ、目的地であるタブラさんの秘密基地へ向かうことに成ります。
●ゴーレム・コンペディアム
数年に一度、一番優秀なゴーレムを決めて、そのアイデアを出した工房に予算が降ります。
テスト用として使える最大レベルの材料である、シルバーを使ったゴーレムを研究できるという物です。
ただ副賞とも言える形で都市防衛用のゴーレムも発注が来ることが多いので、富と名声を研究者たちは得ることが可能になります。
ここでアイアンゴーレムの量産が計画されているのは、予算とバランス的にアイアンが実用品として優れているからです。
(ストーンはオーガ~トロール並み、アイアンは技を使えない巨人レベル。もちろん人形遣いが指示を出せば巨人を倒せる可能性がある。またシルバーは予算的に量産は無理なので)
同じ工房が優勝し続けると思想が偏ってしまうので、連続で優勝する事はありません。
この為に前回選ばれた工房は仲の良い工房の手伝いをする事で、データだけ取って後に活かす事に成ります。
なお前回の優秀作品は射撃兵器を運ぶウッドゴーレムの、バイゲ・リッターになります。
ウッドだから弱いし戦闘には無理だと思ってたけど、カタパルトを運んで射撃だけなら安価だし、戦闘にも使えるよね……という理由からです。
●シズバンテス
シズの従者くらいの意味です。
「騎乗用ゴーレム造ったら強いかも!」なんて思い付く研究者が居て、見事に失敗した例に成ります。
ワースト記録はその次に造った「中に乗れるゴーレム」で、耐久力不足から胴体が真っ二つに折れた感じ。
なおモモンガさんも現地の研究者も失敗作だと断定して居ますが、良い材料で巨大に造ればブレイクスルーで成功できるでしょう。
問題なのはそんな予算はありませんし、あったとしても同じ材料で普通にゴーレムを造った方が強くなります。
皇族を戦場に連れて行き、手柄だけ与えて家に帰す……とかでもやらない限りは無用の長物でしょう。
●秘密基地
タブラさんの造って居た基地と発進用のゲートです。
本来はもっと地下深くにあるとか、判り難い場所に在るのですが、ゴーレムが本当に真っすぐ掘った為に割りと地表近くになっています。
おかげで地震だか鉄砲水だかで穴が空き、人が居たら大惨事みたいなことに成ったと思われます。