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心に残る歌を、あともう一曲 3/3

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vol.3 25年の沈黙を終えて


残間
さて、25年ぶりに歌の世界に戻ってきて、今や日本作詩家協会の会長です。昨年は『肱川あらし』(伍代夏子)で日本作詩大賞もとりました。 最後に現在、そしてこれからについて伺いましょうか。

喜多條
今は歌のことばかり考えてる。それしかないもの。
『神田川』じゃないけど、世の中の人が「あ、その歌、知ってる。俺、寂しい時に歌うんだよ」って言ってくれるような歌が、ひとつでもふたつでも、まだ書けるかもしれない。

大変だけど、そういう歌を書きたいのね。書かなきゃいけないとも思う。俺のアイデンティティとして。

残間
放浪の25年間がうまく活かされそう。

喜多條
小西さんが「賞味期限はまだ切れてないよ」って言ってくれているしね。

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残間
放浪前はどれくらい作詩家やってたんでしたっけ?

喜多條
最初に10年。25から35歳まで。そこから25年のブランク。それから現在と。

残間
そうか、まだ20年ぐらいしかやってないんだ。そりゃ、まだ賞味期限残ってるかも。

喜多條
ずっとやってたら、たぶん本当に書けなくなってただろうね。それで俺が書いてなかった時って、バブルで日本が一番レコードが売れてた時期なの。その時期に一枚も作ってないから。
あ、一度だけ頼まれて書いたね。南こうせつが曲をつけた大月みやこの『京都ひとり』(2003年)。25年間でそれくらいかな。

残間
これから作るのは、やはり歌謡曲ですか。最近めぐりめぐって、歌謡曲が好きという人も、増えてきてるみたいです。

喜多條
今ね、いい歌がないなんて言うけどね、それは作家がいい歌を書いてないだけであって、いい歌って、書かなきゃいけないのよ。

俺なんかも一番つらくなった時、本当に死のうかと思った時、外へ出て口をついて出てくるのは『上を向いて歩こう』なんだよ。この俺が。気がつけば歌ってるのが『上を向いて歩こう』。
なるほど、上を向いて歩けば、涙はこぼれにくいよな、と思いつつ歌ってると、そのうちに何とかなる。

俺にとっては『上を向いて歩こう』だけど、そういう歌をこれから生きてるうちに、ひとつでもふたつでも書けたら、俺は生きてきたことになるんじゃないかと。

残間
喜多條さんだって、「神田川」やキヤンディーズの歌など、これまでも心に残る歌を作ってきていると思うけど、本人にしてみればそうなんでしょうね。

喜多條
今まで書いてきた歌で、自分が歌いたいと思う曲はひとつもないもの。
たまにカラオケで歌うのは、猫の『各駅停車』(1974年)ぐらい。売れなかった歌だけど、好きな人は好きって言ってくれるんだよね。

残間
いい歌でしたよ。覚えてます。
♪ あの女ともう二度と旅をすることもない……。

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磨り減った感性をヤスリで研ぐ


喜多條
でもね、昔と比べると曲を書くのが大変なんだ。昔だったら1日でやれただろうなと思うのが、今一週間ぐらいかかるもの。四六時中考えて、発狂寸前になった時に、ポロっとタイトルか最初の一行が出るんだよ。これが不思議。一行出れば一晩で書けるんだけど、それまで自分を追い込むのが大変。

もう感性が老朽化してるんだね。それで無理やり感性にヤスリをかけてひねりだす。それがつらい。一体自分の中から何が出るのか。今、何を書かなきゃいけないのか。それが世の中の人にわかってもらえるか。

今も(南)こうせつが古希の記念アルバム出すんで曲を頼まれてて、こうせつの歌なら割と簡単にできるかと思ったら、とんでもなかった。どんどん追い詰められて、こうせつの会社の社長から「喜多條さん待ちなんですけど」って電話はかかってくるし。今朝の6時にようやくできた。

はっきり言って、古希の記念アルバムなんて適当に書いておけばいいのよ、プロの作家なら。でも俺にはそれができない。
今の俺がこうせつに提供できる最高のものは何かって考えちゃう。そうするとまだ苦しまなきゃって思い始めて………書けなくなる。

キャンディーズの頃とか簡単だったよ。キャンディーズが歌ってる姿を思い浮かべるだけで、『やさしい悪魔』(1977年/作曲・吉田拓郎)とか簡単に言葉が出て来た。枯葉みたいに降ってきたね。

それから拓郎ともう何曲か作りたい。拓郎のコンサートは必ず行ってるけど、やっぱり拓郎はいいよ。人間的にもね。あいつは本当に男っぽいから。

俺がボートの旅に出るって拓郎に言った時、「喜多條よ、俺はお前のために何でもしてやるから。もしお前がまた歌を書きたくなったら、俺が必ず曲を書いてやるから、俺のところに来い」って言ってくれた。そんな風に言ったのは拓郎だけだったね。

残間
すごいですね。

喜多條
そう。この男はすごいなと思った。

残間
言えるようで言えない。

喜多條
言えない、言えない。

残間
まあ頑張れよ、とかね。適当に言うわね。

喜多條
お前が本当に困ったら、俺のところに来い。そう言ってくれたね。

残間
うーん………本当にいろいろあった人生ですね。

それでは、今の喜多絛さんが自分で納得できる歌を楽しみにしています。
今日は長い時間、ありがとうございました。また逢いましょう。

喜多條
是非!



(終わり/2018年8月取材)

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vol.1 歌なんて簡単に書けた

vol.2 もう俺には書けない

vol.3 25年の沈黙を終えて

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