プロスポーツが教えてくれる多様性社会の変化

全米オープンテニスで優勝した大坂なおみ選手へのアイデンティティに関する質問が物議を醸しています。さまざまな国籍や人種の人々が暮らすアメリカに対し、これから多様化が進んでいくであろう日本。多様化した社会において、国籍やアイデンティティをどう捉えたら良いのか、アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんが考えます。

テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみさんと横浜市で行われた記者会見でのハフィントンポスト誌の「アイデンティティ」質問をきっかけに、日本で「国籍」や「アイデンティティ」の話題が盛り上がっているようだ。

日本人とハイチ人の両親を持ち、3歳からアメリカで育ち、日本人、ハイチ人、アメリカ人のアイデンティティを持つ大坂なおみさんの英語が「完璧なネイティブとは言い切れない」とか「米国人選手の中で差別される可能性」といった首を傾げたくなるような記事もみかけた。

いっぽう、アメリカ人のコメントのほうは、私が目にした範囲では、大坂さんの英語についての疑問やネガティブなコメントはない。人気トーク番組で司会者とセルフィー写真を撮ったときの「ピース」サインについて、「アジア人っぽい」といったコメントは見かけたが、差別的なものではなかった。

ニューヨーク在住のライター堂本かおるさんは、ハフィントンポスト記者の「アイデンティティ」質問が炎上したのは、日本人が「これまでアイデンティティについて考える機会がなく、または考える必要もなく、さらには複数のアイデンティティを持つ日本人の存在に慣れていなかったのだ」と分析したが、私もそれに同感だ。アメリカでは両親や祖父母などが複数の異なる人種民族宗教的なバックグラウンドを持っている人が多い。堂本さんが書いたように「多彩で複雑な背景を持つ人々が暮らすアメリカにおいて、アイデンティティは考えずに済む問題ではない」のだ。


国民が分断している現在のアメリカ

アメリカではそうだが、堂本さんも書いているように、日本も今後は多様化が進んでいくので国籍やアイデンティティについて考えることになるだろう。ハフィントンポストの記者のような質問が出たり、炎上したりするのは、多様化への過渡期なのだと思う。アイデンティティに関して、無意識で的はずれな質問をしてしまったり、悪意がないのに相手を傷つけたりするのは、自分自身の「アイデンティティ」を考えざるを得ない状況を体験していないからだと思う。

建国の時代から「移民の国」であり「人種のるつぼ」のアメリカでは、自分のアイデンティティや多様性について考えずに生きることは難しい。だが、そんなアメリカでも「多様性」は理想どおりにはいかない難しい問題である。

「白人がマジョリティの昔のアメリカのほうが良かった。本音を言ってどこが悪い?」と考える者と、「個々の差別心を消すことができなくても、すべての人が差別に怯えずに安心して暮らせるようなコンセンサスを作るべき」と考える者との間の溝は、昔からあった。後者の考え方は、ただの聞こえが良い「ポリティカル・コレクトネス」ではない。アメリカでは数々の研究の結果、学問やビジネスの場では多様性を支えたほうが利益が上がり、良い結果も出ることが証明され、職場で「すべての人が安心して共存できる環境づくり」の努力が根付くようになっている。

ところが、2015年に前者の意見を煽る大統領候補のトランプが現れ、2017年1月から、国のトップである大統領として、肌の色が濃い人種や移民に対して堂々と差別的な発言をし、差別的な移民政策を取るようになり、国民の断裂が際立ってきた。拙著『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』にも書いたことだが、2つに分かれるのではなく、考え方が似通った者だけが集まる多くの部族に分かれているような状態だ。


プロスポーツに見るアメリカの分断

あまり語られないことだが、海外からは見えにくいこのようなアメリカの状況を反映しているのがプロのスポーツなのである。

アメリカのプロのチームスポーツで人気があるのは、アメリカン・フットボール、バスケットボール、野球、アイスホッケー、サッカーだ。厳密にはスポーツではないが、同等のものとしてカーレース(NASCAR)もこのジャンルに加わる。

アメリカン・フットボール、バスケットボール、野球の3つは、「アメリカ生まれのスポーツ」としてアメリカ人が誇りにしているスポーツだ。そして、最も人気がある。ファンがダントツに多いのがフットボールで、バスケットボールと野球が同等の人気、アイスホッケー、カーレース、サッカーはテレビの視聴率の点では同レベルだ。

プロのスポーツチームのオーナーは、ほぼ全員が白人である。これには、建国当初から有利な地位にあった白人層の富の蓄積が関係していると考えられている。

プレーヤーの人種を比較すると、アイスホッケーはほぼ全員が白人で、カーレースもほぼ白人だ。バスケットボールとフットボールは黒人が圧倒的に多い。ただし、フットボールの場合には、チームの神のような存在である「クオーターバック」の地位につくことができるのは、伝統的に白人だけだった(実際に黒人はブロックされてきた)。これらのどのプロスポーツでも、ヒスパニック系やアジア系の選手は非常に少ない。

野球は白人が多くて59%なのだが、黒人の8.3%よりもヒスパニック系が28.5%と多く、アジア系も1.7%で、ある意味多様性がある。そして、最も多様性があるのがサッカーだ。

ファン層を比べると、さらに次のようなはっきりした違いが浮かび上がる。

○アメリカン・フットボール(NFL)
コアのファンは50〜59歳の男性。20〜29歳の若者層のファンを失いつつある。世帯収入は(年齢が高いためか)7万5千ドルから10万ドルの層に入る者が多い(アメリカの平均は6万ドル弱)。民主党よりも共和党である可能性が13%高く、ピザを好む傾向がある。
(ただし、大学フットボールのファンには高学歴の若者が多い)。

○野球(MLB)
コアのファンはフットボールよりやや高齢(56〜60歳)の男性。収入はフットボールのファンより高く、世帯収入は15万から25万ドルの領域が最も多い。他のファンよりも「家族的」であり、家族一緒のイベントをよく行う。民主党と共和党が半々。

○バスケットボール(NBA)
選手も黒人が多いが、ファンも黒人が45%と最も多い。白人は40%で、残りはヒスパニック系。収入面ではフットボールとほぼ同じだが、ファンは若者が多い。現在では、高校生が行うスポーツで最も人気があるのがバスケットボール。

○アイスホッケー(NHL)
プレーヤーのほとんどが白人男性であり、コアのファンの92%が白人。収入の面では、もっともリッチなのがこのスポーツのファン。ファンの3分の1以上が年収10万ドル以上の高所得層に属する。

○サッカー(MLS)
コアのファンの年齢が最も低い(31〜35歳)。都市部に住み、(若いにもかかわらず)高収入(15万ドル以上)。プロスポーツのファンでは、最も男女差が少ない。スポーツファンの中では最もリベラル。

○カーレース(NASCAR)
アイスホッケーと同様にファンのコアは白人(94%)。だが、女性のファンも多い。アイスホッケーのファンと最も異なるのは収入。他のスポーツのファンと比べて年収3万5千ドル以下の低所得層で、地方に住むベビーブーマーの保守派が圧倒的に多い。そして、高学歴、高収入、ミレニアル世代のファンが最も少ない。


同じような人が集まった集団の中では考え方は似ているが、他の集団と比べると大きく異なることがある。白人が多いアイスホッケーやカーレースのファンと、国籍も人種も混じっているサッカーのファンでは、「アメリカ人とは誰のことなのか?」というアイデンティティへの回答もかなり違うはずだ。

この違いが、試合中継でのコマーシャルにも反映されている。バスケットボールの試合のときに流れるコマーシャルには黒人が登場するが、視聴者がほぼ白人のカーレースの間に流れるコマーシャルに登場するのは白人ばかりだ。また、リベラルの傾向がある近郊の裕福な中流家庭に人気があるディスカウントストアの「ターゲット」は、最近カーレースのコマーシャルを取りやめた。

政治家もスポーツファンの違いに注目してターゲットを絞る。ビル・クリントンが1996年の大統領選挙でターゲットにしたのが「サッカーマム」(ミニバンで子供をサッカーの練習に送り迎えする、近郊に住むリベラルな中流階級の母親)で、トランプが2016年の大統領選挙でターゲットにしたのがカーレースのファンだった。

けれども、アメリカにおけるプロスポーツのこういった違いは、どんどん変化している。今がそうだからといって、10年後もこのままだというわけではない。

アメリカン・フットボールと野球は伝統的にアメリカ人が誇りにしてきた人気スポーツだが、この2つのスポーツファンは高齢化している。その原因のひとつは、アメリカの子供が参加するスポーツが変化していることにもあるだろう。

アメリカで50歳以上の男性から話を聞くと、ほとんど全員が子供の頃に野球やフットボールをしている。父親から「強制的にやらされた」という人もいる。だが、近年の調査では、バスケットボールとサッカーの人気が上昇し、野球とフットボールをする子供が減っている。子供にとって「カッコいいスポーツ」や「やるのが楽しいスポーツ」が変化してきているということなのだろう。


プレーヤーやファンの属性は国によって違う

環境が異なると、スポーツをする者だけでなくファンも変わる。それを示しているのが、イギリスとアメリカでのサッカーのファンの違いだ。

イギリスでのサッカーファンは、圧倒的に高齢層の男性が多く、年収3万ドル以下の中から低所得層が多い。だが、アメリカの場合には、男性ファンが多いものの男女差が少なく、25〜34歳の若いファンが極めて多く、高所得層も多い。
だが、この記事にある「サッカーは、多くの国では低所得層にリーチする(スポーツ)とみなされているが、アメリカはその見解にある程度疑問を呈している」という分析は、ある重要な事実を見逃している。アメリカで25〜34歳のファンが多いのは、アメリカで幼稚園のときからサッカーをやって育った最初の世代だからだ。

外来のサッカーは、アメリカではまだ新しいスポーツだ。良い意味で「歴史」や「伝統」がなかったので、女子にもすんなりと広まった。また、この記事にあるように「サッカーは低所得層のスポーツ」といった偏見も存在しなかった。ハーバード大学などの有名大学にサッカーでリクルートされるケースも広まり、裕福な近郊の親たちが子供に薦めるようになった。

アメリカのサッカーファンのコアはこうして育った世代であり、若いのにかなりの年収がある。


名プレーヤーがスポーツのイメージ、「国籍」の考え方を変える

優れたプレーヤーがスポーツを根こそぎ変えることもある。
ゴルフとテニスは、伝統的に裕福な白人のスポーツだった。私がアメリカに移住した1995年には、裕福な町にあるテニスクラブに「ホワイト・オンリー」という表示があった。ウインブルドンでは「選手が身につけるのは全身白のみ」という厳しいドレスコードがあるが、テニスクラブでも伝統的に同じだった。それだけでなく、「ホワイト・オンリー」を「白人だけ」「黒人お断り」という意味と重ねたひどいジョークも耳にした。

だが、タイガー・ウッズとウイリアムズ姉妹のような圧倒的に強い選手がゴルフとテニスのファンを変えていった。そして、彼らに勇気づけられた白人以外の子供たちが参加するようになり、結果的にスポーツそのものが変わっていった。

全米オープンでセレーナ・ウイリアムズを破った大坂なおみさんは、試合ではタフなのに、コートを離れるとシャイで素朴な少女だった。多くのアメリカ人は、そのイメージのギャップに惹かれた。日本人、ハイチ人、アメリカ人という3つのアイデンティティに興味を抱いた人もいることだろう。大坂さん自身が意図していなくても、彼女の言動がテニスのイメージを変えるだろうし、人々の「国籍」や「アイデンティティ」についての考え方も変えるだろう。

変えたくない人がいても、世界は変わっていくものだ。多様性社会もそうだ。理想的でなくても、軋轢が起こっても、それに対して文句を言っても、多様化は起こる。どうせなら、良い多様性社会に向けて努力しようではないか。

私は町そのものが多様性を積極的に支える場所に住んでおり、その恩恵を得ている。ロサンゼルスで、そんなコミュニティの素晴らしい雰囲気を伝える出来事があったので、ちょっとおすそ分けしよう。


良い多様性を実現するために大切なこと

アメリカではプロ・アマに関わらず、試合の開始時に国歌演奏がある。全員が起立し、国旗に向かい、胸に手を当てるのが慣わしだ。プロの試合では選ばれた歌い手が斉唱する。

9月23日、メジャーリーグサッカー(MLS)のロサンゼルス・ギャラクシー対シアトル・サウンダーズFCの試合はちょっと様子が違った。幼いアジア系の女の子が、大人顔負けの迫力ある歌唱力で国歌斉唱したのだ。彼女は7歳のインドネシア系アメリカ人、Malea Emma Tjandrawidjajaで、LAギャラクシーの国歌斉唱コンテストで選ばれたのだと言う。


LAギャラクシー対シアトル・サウンダーズの試合で国歌斉唱するMalea Emma Tjandrawidjaja

この後、LAギャラクシーは3対0で圧勝し、有名なフォーワードのズラタン・イブラヒモヴィッチは国歌斉唱した女の子を「試合のMVP」とツイートした。イブラヒモヴィッチは、出身はスウェーデンだが、父親はボスニア・ヘルツェゴビナ出身、母親はクロアチア人の移民だ。スウェーデン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、イタリアの3つの国籍を持ち、現在はアメリカのロサンゼルスに住んでいる。

イブラヒモヴィッチも、国歌斉唱をしたマリア・エマも典型的な白人のアメリカ人ではない。

だが、ネットに溢れたのは、マリア・エマに対する「キュート」「すばらしい!」「これまで最高の国歌斉唱のひとつ」「すごい声」といった絶賛のみであり、「あの子はアメリカ人なのかどうか?」という疑問などはなかった。

これは、アメリカでアジア系移民として暮らす私のような者にとって、特に心温まるエピソードだ。

自分と見た目が違う人が目につくのは当たり前のことだし、その人の「国籍」や「アイデンティティ」について興味を抱くのも自然なことだと思う。だが、マイノリティにとっては、マジョリティから「異質なもの」として見られたり、扱われたりするのは居心地が悪かったり、ときには命の危険を感じるほど怖かったりするものなのだ。

社会のマイノリティに属する人は、自分では選ぶことができない出生国や人種といったアイデンティティではなく、ひとりの人間として、自分が努力してたどりついた現在の自分を評価してほしいと思っている。

これから多様化が進んでいく日本では、大坂なおみ選手だけでなく、自分とは見かけが異なる人でも、異なる国から来た人でも、まずは自分と同じ「人」として扱うように心がけてほしい。

多様化の過渡期ではきっと稚拙な質問やコメントも出てくるだろう。でも、「人」として対等に向き合う気持ちがあれば、相手の傷ついた気持ちを受け入れて変わることができるし、それを示せば相手も理解してくれる。

良い多様性を実現するためには、そんな楽観的な姿勢が不可欠だと思っている。

この連載について

初回を読む
アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

neokleinian この方の「誰が何を買うのか」分析にはいつも「ほへ〜」となる。「楽観的な姿勢」で、自分自身を見つめることで外界との軋轢を解決しようとする。精神分析で目指す「自我の確立」とか「自己実現」の真髄でもあります 約1時間前 replyretweetfavorite

surumeno13 「サッカーは、多くの国では低所得層にリーチする(スポーツ)とみなされているが、アメリカはその見解にある程度疑問を呈している」 約4時間前 replyretweetfavorite

Lave_chamo 〝これから多様化が進んでいく日本では、大坂なおみ選手だけでなく、自分とは見かけが異なる人でも、異なる国から来た人でも、まずは自分と同じ「人」として扱うように心がけてほしい。〟 https://t.co/EFHy70NXjJ 約4時間前 replyretweetfavorite

tn0bu アメリカスポーツにおける多様性 "いっぽう、 約5時間前 replyretweetfavorite