デミウルゴスですが至高の御方のフットワークが軽すぎます 作:たれっと
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アインズ様のガントレットが、俺の小さな手を包んでいく。
今の俺の身体ではこちらは小さすぎて掴むのがやっとといった大きさだ。アインズ様の身長はそこまで高いわけではないはずなんだが、装備のお陰でやたらゴツく感じてしまうな。
周りの観客は突如現れた至高の御方の装備に感嘆の声と、そんな装備にも関わらず胸のプレートが銅で出来ているのが疑問なようでざわめき立っていた。
みんなが驚くのも当然だろう。この世界にもフルプレートの鎧は有るんだが、金属を大量に使うだけあってかなりの値段がして維持も大変な上に重いので扱いづらいのだ。
そんな装備をしたアインズ様が冒険者として一番格下である銅の位であるのはかなりのギャップが有るはず。きっと何処かから流れてきた強者か金持ちのボンボンかと期待している事だろう。
そういえば、アインズ様は現金収入と冒険者としての名声を得るために活動しているんだったな。
このような催しで目立てば名声は小さいながらも上がるだろうし、この世界の金貨十枚は今の至高の御方にとっては貴重なはずだ。
ならば参加しようとするのも無理はないか……どっちの目的も進めることが出来るんだからな。
お互い手を組んだまま無言で見つめ合う。兜のスリットの中は暗く表情を窺う事は出来ない。
しかし、こんなに近付いてもまだアインズ様は俺のことに気付かないみたいだな……ならば最後までイケるか?
「始め!」
何十回かの試合を経て、既に審判慣れしつつあった少年の高い声が響く。
瞬間、今までにない圧力が腕にかかると俺とアインズ様を中心に風が舞っていき、ギャラリーの肌を撫でていく。人間離れした力同士がお互いの腕に収まるわけがなく、圧力となって周囲に吹き出したのだ。
ガントレットがガチリ、と俺の力に悲鳴を上げるように軋んでいくが、巌のように動く様子はない。
しかし、最初は様子見で来るだろうと思っていたからそのうちに瞬殺しようとしたが、いきなり本気だったか……何度か対戦を見ていたようだな。
「――少し聞きたいのだが」
こちらを探るように、静かに至高の御方が尋ねてくる。
ヤベッ、バレたか?まあ今バレたなら流石は至高の御方!実は貴方に献上するためにコレやってたんすよ~じゃあ負けますから強く当たって後は流れでお願いしますね!で済ませられるから別に良いんだが。
金奪った上で勝ったりダメージ与えたりした後にバレたら非常にマズいが。
「貴女はガゼフ・ストロノーフより強いのか?」
ガゼフ・ストロノーフ?王国最強の人か。正直なんとも言えないな……だって戦ってるとこ見たこと無いし。流石に俺やアインズ様より強いとは思えないが。
しかし、こんな時にも情報収集かよ。もしかして結構余裕ある感じか?
「まさか!もし私の方が強かったらストロノーフ氏は王国最強を返上しなくちゃいけませんね」
多分俺の方が強いけど、立場的にこう言うしかないよね。王国最強など指一本で楽勝ですとかカッコいい台詞も魅力的だけどさ。
「それは残念だ。王国最強の力がどんな程度か知りたかったのだが」
やはりアインズ様もガゼフ・ストロノーフと会ってはいるが実力は知らないみたいだな。
確かに王国最強という物差しが有れば実力を測るのに便利なことこの上ない。現地人を俺たちの物差しで測ろうとするとデカすぎて強さが分かりづらいからな。
それに有名人らしく、こうして話題にしやすいのも大きいだろう。
「それにしても、中々余裕ありますね」
最初は拮抗していたが、アインズ様にも限界が来たのか徐々に腕が傾いて俺の勝利が近付いてくる。
ふはは!所詮
と、言ったもののその差は僅かなんだがな!魔法使いとそこまで変わらない筋力って悲しくなってくるぜ!
そして、今アインズ様はモモンという皮を被っているために、集団監視の中魔法を使うわけにはいかないのも俺に追い風が吹いている。戦士なのはアインズ様を正体を隠すためでもあるだろう。こんな所でみんなにバレるような正体のヒントを出すわけがない。
「いや、これでも焦っている方だぞ?」
痛え!何だ!?突然至高の御方の手から痛みが走ってくる。上手く馬鹿力で握りつぶしているように誤魔化しているが、アインズ様の正体を知っている俺には分かる。これは力だけの痛みではないぞ!
同時にほんの僅かに恐怖感が湧き上がってくるが、こちらはデミウルゴスの力により即座に抵抗する。
範囲と威力を抑えた恐怖を呼び起こすスキルで動きを止めた後に痛みを与えて、気が抜けた所を攻める気だったのか?恐怖のスキルは抵抗出来て良かった。今動きを止められたら負ける。
しかし、魔法が使えないとはいえ、スキルの大盤振る舞いだな。俺が一般人だとして、こんなにスキル使って人間でないと思われたらどうするんだ?まあ、まず気付かれないだろうけど。
いや、個人にバレるなら特に問題はないのか。すぐに消せばいいだけだからな――って、下手したら俺が消されることになるのか?
「ちょ、痛いですよ」
「ああ、すまないな。ちょっと手に力が入りすぎてしまってな。しかし、ルール違反ではないはずだぞ?」
「確かに強く手を握ってはいけないなんてルールはありませんが……」
さり気なくスキルを使われている事は気付いてないのをアピールする。
しかし、そろそろスキル止めろよ!ぐおお、正直耐えられないわけではないがチリチリと来る痛みに集中出来ねえ!
こっちは見た目が少女なのに容赦ないな!クソ、さっきまで有利だったはずなのに、このままだと押し切られる!
既に俺の手は後数秒で天板につきそうな状況になっていた。
「――能力向上!」
<悪魔の諸相:豪魔の巨腕>を使い俺の右腕を変化させる。もちろん本気ではなく先程アインズ様が行ったようにかなり能力を抑えたモノだ。
このスキルは変身能力を腕のみに使い腕力を上げるスキルだ。代わりに腕が巨大化してしまうのだが、弱く発動することにより若干膨らむ程度になっている。
顔以外の露出を極力少なくしていたのも、コレ関係のスキルを使っても正体がバレないようにするためだった。
それに、スキルは発動の時はスキルの名前を言わなくていいからな。急に強くなって不自然にならないように適当な武技の名前を言って誤魔化すことも出来る。
武技というのは戦士が使う魔法のようなものだ。精神力を消費して身体能力を向上させることが出来て、この世界にも広く認知されている。俺が使っても不自然ではないはずだ。
しかし、やはり全力で発動した時よりはかなり寂しい性能になってしまうな。それでもこの場面を打開するには十分だが。
「武技を使ってはいけないとも言ってませんよね?」
「……そうだな」
スキルによって強化された腕力でゴリ押していく。
これは貰ったな。後はデミウルゴスとバレないようにこの場を後にすれば大丈夫なはずだ。酒場が俺を待ってるぜ!
ってアレ?急に腕が動かなくなってしまった。いや、アインズ様の筋力が増したのか?至高の御方が魔法を使った様子はないのだが。
やべえ、もうこれ以上手が無いんだけど。ふおお、本気を出しても押し返せねえ!一体何がどうなってるんだ!?
「どうした?これで手詰まりかな?」
フルフェイスの兜で表情は見えないが、何となく笑みを浮かべているような気がした。
クッ……これ以上何かするには変身を解くか魔法をぶっ放すしか無い!結局至高の御方の掌の上だったって事か?
いや、元々マトモに戦う事が無謀だったのか……せめてアインズ様のスキルや魔法を全部把握していたならば判断出来たのだが。
ギャラリー達が歓声を上げる。ずっと勝ち続け荒稼ぎをしていたチャンピオンが負けたからだ。後半は俺の態度も結構雑というか、偉そうになっていたからな。挑戦者の方を応援するのも無理はない。
俺の腕は樽の上に倒されていた――完全な敗北だ。
「……流石ですね」
組まれた手を解くと、傷んだ腕を振りながら俺は呟く。
――さて、どうしようか。手元に金貨十枚有るならば渡してサヨナラするのが一番楽なのだが残念ながらとてもじゃないが今回で金貨十枚の稼ぎは得られていない。
要は正体をバラしてお金を献上するか、逃げるかだが……流石に二回も博打をするつもりは無い。大人しくデミウルゴスだと正体を話して稼ぎを渡すことにしよう。
散々不敬な発言してたけど、愚かな人間を騙す為に一芝居打った事をお許し下さい。これは手早く資金を得るためにやってましたって言えば許してくれるだろ……許してくれるよね?
「残念ですが金貨は今は用意していませんので、少しついてきて貰えませんか?」
「わかった」
稼ぎが入った箱を持つと、俺は路地裏を指してここから離れるのを提案する。変身を解くにあたって見られるわけにはいかないからな。
至高の御方は特に断ることはなく頷いてくれた。良かったぜ、皆が見ている所ちゃんと払えとか言われたら面倒だった。
しかし、結局アインズ様はどうやって俺に勝ったのだろうな……恐怖感を与えるスキル、接触でダメージを与えるスキルを使っているのは分かっていたのだが。
腕力の強化か?しかし、
まあ何にせよ流石と言った所か。何にせよ、もう二度と至高の御方に勝負を挑むなんて絶対しないからな!
「随分と奥まで行くのだな」
「ええ、見られるわけにはいきませんからね」
そりゃ内密な話をするなら出来るだけ人目が無い所が良いからね。
エ・ランテルもそれなりに大きな都市だけあって、若干スラム化している所もある。城壁が高いのもあって日が全く当たらない場所が生まれるので、その辺りが治安も悪く危険な場所になっていた。
まあ、俺とアインズ様の二人なら治安が悪くて危険だろうが特に問題はないからな。ナザリック関係の話をこれからするわけだし、それならば少しでも人の気配が無い所が良いだろう。
おっ、あの辺りなんか完全に影になってて良さそうだな。奥まで行けば見られる事も無いし、人の気配も感じない――
角を曲がると、四人の人物が居た。その内三人はこの辺りでは見かけない特徴的な服装だ。暗い色のコートに脇の所には液体の入った試験管のような容器を提げている。どことなく、陽光聖典の服と意匠が似ている気がするな。流石にこんな所に居るとは思えないが――
しかし、マジかよ。全然気配無かったんだけど……ただ、何か変な感じがするな。存在が薄いような雰囲気だ。
俺たちがここに来たのでちらり、とこちらを一瞥するが、コートを着たすぐに側で倒れている人物に向かいなおっていた。こっちの事はあまり興味が無さそうだ。
助かった。ちょっときな臭いけど見なかった事にして別の所に移動しよう。
「さて、ここで報酬は貰えるのかな?それと、上手く隠れているつもりなのかも知れないが見えているぞ」
アインズ様の言葉を聞いた男たちは、先程の様子と打って変わってこちらを睨みつける。
……不可視化を使っていたのか。知識としては知っていたが、生で見るのは初めてだな。通りで違和感があったはずだ。
三人は懐からナイフを取り出すと、無言のままこちらに構える。チッ、治安が悪いのはわかっていたが、まさか本当に怪しい奴とカチ合ってしまうとは。
服装や態度から普通のチンピラには見えないが、アインズ様と俺の二人なら楽勝だろう。さっさと片付けて話をしよう。
「愚かな選択だ……金が払えないからといって力で解決しようとするとはな」
協力を頼もうと振り返ってアインズ様を見ると、二振りのグレートソードを構えてこちらに怒気をぶつけていた。
あれ?何か勘違いされてない?
「これは――」
俺の言葉が続くより先に、ナイフを構えた男たちは俺を通り過ぎると至高の御方へと殺到する。
えっ、狙うの一番近い俺じゃないのかよ!いや、見た目で判断するならアインズ様の方が危なそうだからな。見た目が可愛い一般人風で服装もそこらに有るようなのを着ている俺はひとまず放っておいて良いと判断したのか。
よく見ると男の一人はアインズ様を相手にしようとしながらこちらの様子も窺っているようだ。でも、傍から見ると俺が男たちをけしかけているようなのは気のせいですかね?
いや、呆けている場合じゃない!早くアインズ様の助力をしないとこのまま男たちの一味とされてしまう!
アインズ様が着ている全身鎧は刃が通るのを防ぐが、腕の全てをカバーしていないのと、身体の部分も隙間が無いわけではないのでそこを狙ったのだろう、三人はタイミングをあわせて別々の所を一緒に突こうとするが、至高の御方はグレートソードを振るうと三度破裂音が生まれる。
そのまま剣の腹で叩かれた男たちは吹っ飛んで壁にぶつかると動かなくなってしまった。嘘……お前たち……弱すぎ……?俺がアインズ様を手伝う暇もないとか――
「ちが――」
そのまま返す刀で至高の御方は俺の方に突っ込んでくると、鈍い風切り音を響かせながら片手に一本ずつもったグレートソードの腹が迫ってくる。
問答無用だなおい!持っていた大切な本日の成果を放り投げると、片方を手で押さえて反らしもう一本は足で蹴って後ろに吹き飛んで至高の御方から距離を取ろうとするが、少しでも自分の間合いから離さないためかアインズ様は再度突撃してくる。
再び暴風のように二つの大剣が振るわれる。幸い速くもないし愚直に振ってくれるだけなので対応は出来るのだが、話す暇を与えてくれない――!
本気を出していないとはいえ、一度戦闘が始まってしまった以上アインズ様は増援を呼んでいるはず。恐らく今居ないナーベラルがこちらに向かってくるから、いっその事この場は耐えてナーベラルに俺の正体を説明して貰うか?
今度は大上段から同時に振り下げられた二本を横にステップして避ける。大きな質量が地面に叩きつけられたせいで土埃が辺りに舞っていき視界が悪くなる。
うお、避けるのに集中しすぎて、落ちていた桶を一緒に蹴飛ばしてしまった。綺麗に飛んでいったそれは壁にぶつかると、跳ね返ってアインズ様のこめかみに当たり砕ける。
もちろんこの程度でダメージを受けるような至高の御方ではない――ではないのだが――
「なかなか面白い事をするじゃないか」
アインズ様は砕けて地面に落ちた桶を一瞥すると、再び剣を構えた。
ひええ、図らずもアインズ様に攻撃してしまった!偶然とはいえ完全な反逆行為だ……バレたら殺される!なんとかして逃げないと!
こうなってしまったらナーベラルが来てしまうのもマズい……流石に二人を相手にして逃げられる気がしないし、アインズ様には気付かれなかったがナーベラルも俺がデミウルゴスだと気付かないとは限らない。
それにもしアインズ様が本来の力を出したら一発で俺の姿は看破される事だろう。逃げるにしてもモモンの時でないと駄目だ!
「いえ、偶然です!それより――」
アインズ様は右手に持っていたグレートソードを投擲すると、回転しながら俺の顔に向かって飛んでくる。至高の御方はこちらを殺すつもりは無さそうだが、さっきまでのやり取りでこの程度なら捌けられると判断したのだろう。それに、うっかり殺しかけても回復出来るしな。
片手で飛んできた剣を弾くと、同時に踏み込んでグレートソードを構えるアインズが目に入る。チッ、投げられた剣が視界を塞いでいたせいでギリギリまで見えなかったのか。
こんな芸当が出来るなんて本当に至高の御方は魔法職なのかよ……。
さすがにコレを避けるのはこの姿では無理だ……弱体版<悪魔の諸相:豪魔の巨腕>を使い、腕を強化してからなぎ払われた剣の腹を腕で受ける。
同時に、衝撃を逃がすのも兼ねて剣が振られた方向に飛ぶと、元々ボロボロだった塀を砕きながら隣の建物へと転がり込んだ。
グッ、手加減されているとはいえ、流石に直接当てられると思ったより痛いな……しかし、至高の御方から隠れることは出来た。
幸いこの場所に住人は居なかったので、俺は急いでスキルを発動して今の姿を別のモノに変えていく。サイズが合わなくなった服をデミウルゴスの力で燃やしてから、ボロボロの建物の中に有った小さなひび割れに潜り込んだ。
魔法には無限の可能性が有るからな、残った衣類から追跡する魔法とか撃たれたら敵わん。それに、匂いを嗅ぎ分ける事が出来る者もナザリックに居るし。
俺が隠れてから数秒後、アインズ様が派手に吹っ飛んだ俺の様子を見に来たのかゆっくり建物の中に入ってくる。
「居ない?」
俺の事を探しているようで辺りを見回すが勿論少女だった俺の姿はない。
この建物は既に廃屋のようで、朽ち果てた家具などは僅かにあったが、とても人が隠れるようなスペースも無かった。
「アインズ様、お呼びでしょうか」
遅れてナーベラルがこの廃屋へと入っていく。普段のメイド服ではなく、外行き用の服装になっている。
危ないな。あと数合打ち合ってたら二人と戦う羽目になっていたのか。
「ナーベ、モモンと呼べ……いや、それより外から監視していて少女のような人物が逃げ出したのを見たか?」
「いえ、見かけておりません」
いや、敢えてナーベラルは控えさせ逃げ出さないかこちら側を見ていたのか……幸いナーベラルからはデミウルゴスの名前が出てこないので、少女が俺だと気付いてないか、来たのがついさっきなのだと思うが。
「では
「畏まりました。
「待て!相手が
何かに気付いたのか、アインズ様は慌ててナーベラルを呼び止める。
そして、虚空に手を伸ばすと次々とスクロールを取り出し始めた。ヒッ、俺のためにそんな貴重なアイテムを使おうとしないで!
廃屋に無造作に置かれたボロボロの台の上に、ナザリックの物資である魔法の巻物がみるみる積み上がっていく。
「後で対抗魔法への詳しい対策は教える。くれぐれも油断はするな」
「も、申し訳ありません、しかし、たかが人間如きにここまでする必要はあるのでしょうか?」
「それは慢心というものだぞ?少なくとも、さっき私が戦った相手はお前より強いはずだ」
「そうなのですか?」
アインズ様の言葉にナーベラルは驚いた表情を見せる。彼女に限らずナザリックの面々は異形の者以外を下に見る傾向がある。
そんな彼女にとって己より上の人間など想像出来ないのだろう。
それにしても、腕力や動きの速さに関しては堂々と披露していたからな……至高の御方にある程度の強さがバレてしまうのも仕方ないか。まあ、デミウルゴスだと分からなければ良いんだが。
「私の絶望のオーラを全く影響を受けないよう抵抗するならば、完全耐性が必要だ。それには恐怖に耐性がある種族か、人間ならば上位職のパッシブスキル、または完全耐性を付与するアイテムを装備していなければならない。だが、私の目では魔法のアイテムや装備は確認出来なかった。」
ヒッ、変な考察はやめてもらえませんかね。心臓に悪いので。
当たりも有るのが怖いわ!
「モモンさーんのスキルを装備無しで抵抗するのですか?ガガンボの癖に生意気な……」
至高の御方から渡されたスクロールを使いながら、ナーベラルはその美貌を歪める。下等な人間が僅かでも思い通りにならないのが気に入らないらしい。
こういう輩が多いから俺は必死に元人間であることをナザリックで隠してるんだよな……バレたらどうなるか恐ろしいぜ。
「それに、
そう言うと、至高の御方は考え込むように顎に手を当てる。
「まあ、上位職を修めているのは間違いないという事だ。幸い、人間というものは余計なしがらみに囚われるのが世の常。あれほどの強さならば有名になっているか、何処かの組織に所属していると思うのだが――」
そう言うと至高の御方は振り返りここにやって来た方向へと視線を向ける。
何を見ているのかは隠れてひっそりと様子を眺めている俺には分からない。
「まあ、その辺りはあの男達に詳しく聞くとしよう。それよりナーベよ、スクロールは全て発動させたはずだ。改めて探知を頼む」
「はっ。
特にここまでで魔法は全く使っていないからな。魔法探知ならば全く問題はない。しかし、魔法探知だけで帰ってくれるとは思えないんだよな。
「逃走方法は
「
やべ、流石にこれは反応してしまうな。ナーベラルの視線が俺が隠れている方向へ突き刺さる。
「虫とは人間を指しているわけではあるまい?完全不可知化をされてもまだ側に居てくれたらこれで捕まえられたのだが、既に逃げてしまったか。完全不可視化程度なら見破れたのだがな……どうしたナーベ?」
黒い髪を揺らしながら、静かに俺の隠れているヒビ割れへと近付いてくる。慌てて俺は奥に隠れるが、覗き込んだ目と目が合ってしまった。
訝しそうにこちらを見つめる様子に心臓が縮こまりそうになる。正直至高の御方と戦っていた時より辛い時間だ。
しかし、一度首を傾げるとアインズ様へと向かい直る。
「失礼しました。ナザリックの者の気配があったので覗いてみたのですが、蟻しか居ませんでした」
「エ・ランテルに潜んでいるのは私たちだけではない。きっとこの場に寄った者も居たのだろう……それにしても、やはり逃げられてしまったか?」
ホッ。なんとかバレずに済んだか……?俺の今の姿を直接見ても気付かれなかったなら、さっさとここから脱出しよう。
「申し訳ありません!アインズ様!私が監視していたにも関わらず逃してしまうとは!」
ナーベラルが己のミスに平伏してアインズ様に許しを請う。仕方ないよ、プライドが高くて栄光あるナザリックの一員がまさかそこら辺の虫に本気で変身して潜んでるとは思わんよな。
俺も仮に至高の御方が虫に変身してたら気付いても気のせいだと思うか見なかった振りするもん。
「いや、よい。
「はい。次こそはアインズ様のご期待に応えてみせます」
やべっ、流石に至高の御方の魔法だと隠れきれる自信は無いぞ。怪しまれないように蟻の常識的な速度で急いでここから離れなければ!
うおお、俺は普通のしがない虫だ!決してわるいあくまじゃないよ!
「しかし、本当にあれは人間だったのか……?」
アインズ様の疑問に答える者は居なかった。
実は怪しい男たちのお陰で同じ人間だと勘違いしてくれました。