デミウルゴスですが至高の御方のフットワークが軽すぎます 作:たれっと
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ナザリック第九層にある一室で、その者は一人唸り声を上げていた。
部屋には誰もいない――この部屋の主が入らないように厳命してある――そこで、その魔法詠唱者は一冊の何の変哲もないノートの中を眺めている。
「少しでも格好良く見せるためには――」
ノートの中には支配者に相応しい態度の一覧と箇条書きされた項目に、いくつか注意点が細かく書かれていた。
演技する際に気をつければ良い事、演じるのに適した場面――知らない人が見れば、このノートを書いたものは新人の劇団員かと勘違いするだろう。
そう思うほど、そのノートには念入りに芝居に関して書かれてある。
「あーもう、思いつかないぞ……でも少しでも支配者っぽく見せないとなぁ」
しかし、今もペンを手に持ちノートに手を入れる者の姿はローブに身を包んで居るが、完全に人間とはかけ離れた骸骨姿だった。
その名をアインズ・ウール・ゴウン。ナザリックの支配者にして絶対者である――しかし、その仰々しい立場とは裏腹に、腰を丸めて悩む姿は小市民のような印象を受ける事は難しくないだろう。
アインズは悩んでいた。自分の部下たちが忠誠に満ちた輝いた瞳で自分を見ている事に。
己が前に立てば命じてもいないのに勝手に平伏し、最上級の言葉によって迎えられ、有事の際に命をかけて盾になるからと護衛と称して集まってくる。
自室に居て命じた時は流石に離れてもらえるが、そんなナザリックの者達の忠誠を受ける者として、期待を裏切れないとアインズは勝手にプレッシャーを感じているのだった。
「それにしても、俺はあの時ちょっと後詰を頼んだだけなのになぁ」
そして、今のアインズは演技に関して悩んでいると共に、カルネ村の一件で精神をジクジクと痛めつけられていた。
ことの発端は数日前に遡る。
その時はアインズは同じ仲間だった者の姿をセバスに重ね、二人を助ける事を考え外に出たが、その後は自分なりに考えて行動した筈だった。
しかし、この時は余り情報を得ていなかったためにアインズは大きなミスを犯してしまう。
――身元が不明だった騎士たちを全員逃してしまった事だ。
帝国の紋章を付けていたと村長の談は有ったが、その時のアインズは素直に騎士が帝国の者であると断ずる事は出来なかった。そして、捕まえて情報を得るべきだったと後悔していた。
あの時はアインズの名前を広める為に逃したとはいえ、あのままだったらこちらは何もわからないまま、アインズの言葉は握りつぶされ上の一部の者しか知る事はなかっただろう。
しかし、直後にやってきたデミウルゴスによって、アインズのミスはフォローされていた事を知る。
しかも、全くアインズは捕捉する事が出来なかった首謀者の捕縛とセットで。
幸いにも失敗自体は知られる事は無かったが。その件で今もアインズの心は揺れ続けていた。
(部下に助けられるとか……威厳が無いよなあ)
アインズ――元人間である
彼の価値観では後輩に助けられるのは先輩としてあまり良くない気分だろう。ましてやナザリックでは偉大な御方として崇拝を一身に受けており、もし失敗をカバーされたと知られては、そのイメージから離れてしまい失望されてしまうかもしれない。
ナザリックを愛しており、守りたい者としてそれは耐えられない事だった。
(しかも、俺が頑張って聞いた地理をなんで知ってるんだよ……)
更に、その者はアインズが苦労してカルネ村の村長から引き出した周辺国家の情報も、事も無げに言ってみせた。更には続いて村にやってくる者まで。
一体自分が村でやっていた頑張りは何だったのか。恨むのは筋違いではあるのは分かっていたが、アインズは再び落ち込むと自身の身体が持つ精神耐性による保護が働いて落ち着いていく。
しかし、わずかながら感じる恥ずかしさや有能な部下に対するアインズ自身の無力感は消えることは無いようだった。
「しかも、デミウルゴスからは妙に評価が高いし……」
そして、アインズにしては、そんな有能な配下からも尊敬されている事も辛かった。
先程の一件もアインズならばすぐに村を襲った犯人を捕まえ、片手間に周辺の情報を得るのは余裕と言われたのだ。アインズ自身がミスした後にそんな事を言われてしまっては皮肉にしか聞こえなかったが、部下の瞳は純粋に憧れているようにアインズは感じた。
そんな態度を取られてしまっては、アインズは更に支配者然とした行動を取らざるを得なくなってしまうのだった。
そして、その演技のお陰で更にナザリックの者たちから尊敬を集めて自分自身を縛っていってしまう。負のスパイラルでもあった。
「はあ、気が休まらないよ……そうだ、いっその事少しの間出てしまうか。元々周辺国家の情報を集める必要が有ったんだ、そしてカルネ村の村長から聞いた冒険者という存在――いけるな」
現在、鈴木悟にとってナザリックは護るべきものではあったが、気疲れを感じとても心休まる所では無かった。
そんな彼はナザリックの為にもなり、自分のストレス解消にもなる一石二鳥の策を思いついてしまう。
ナザリックの支配者は既に元気という要素が感じられない風貌ではあったが、心が躍っている様子が見られた。
………
……
…
法国では複数の神官長という者たちからなるこれからの方針を決定する会議が存在する。
神官長会議と言われるそれは、本来ならば第五位階と呼ばれる人間最高クラスの魔法詠唱者による叡智に溢れた発言が粛々と響くものだった。
「その戦力ではカイレ様を護衛しきれない可能性がある!」
「しかし、番外席次を出してしまっては……」
「あの者たちを野放しにして最悪の事態になったら、もう神の装備を守るとかいう次元では無くなると思うがね」
「あの残虐性を目にしてまだ温存すると言うか!戦力を惜しんでは手遅れになるぞ!」
しかし、その会議は紛糾していた。普段は冷静な者も、少し前に土の巫女姫が見せた遠見の魔法の映像に落ち着きを失い声を荒げる状況だったのだ。
それ程までに、法国の者たちから見たニグンに立ちはだかった四人の異形は衝撃的だった。
かつてこの世界で「ぷれいやー」と呼ばれた規格外の者たち…その血を受け継いだ神人と同程度の力を少なくとも持っている――それが神官長らの認識だ。
そんな存在が今も人間を害しているかもしれないとあっては、言葉を荒げてしまう事も彼らの価値観では無理はないだろう。
法国は人類の守護者として、日々活動している。それは時には手段を選ばない残酷な手を選ぶ事も有ったが――法国は己の正義のためにずっと昔から戦い続けていた。
下の者たちは、異形と亜人は排斥しているような状況だが、上は全員がそうとは思っていない。例え異形でも人間に危害を加える様子が無いのだとしたら、敢えて無視する事もあった。
彼らはあの者たちが陽光聖典の隊長に対して行った行為を思い出していた。捕縛から敢えて解放し、逃げ惑う隊長に対して少しずつ痛みを与えていく。あの存在が邪悪でなくてなんなのかと。
残念ながら、神官達には何か妨害が有ったかのように所々映像にノイズが走り――特にニグンを攻撃していた者の姿が霞のようになって分からなかった――理解出来なかった所もあったが、あの異形の者たちが危険だと判断するのに時間はかからなかった。
それに、あの後
そんな思いが法国のトップ達に有ったために、過激論、慎重論との意見の違いに言い合う事は有ったが、全ての者たちの意見は統一されていた――一刻も早くあの法国の敵をなんとかしなければ、世界は滅びると。
「あの者たちの誰かが
「他の者が居ると?しかし、他の竜王はほとんど滅んだ筈だ」
「復活したという事もあり得るのではないか?」
「そんな事は無い……と思うが、竜王ならばむべなるかな」
先程までの言い合いがなかったかのように会議場の者たちは沈黙する。
竜王とは言うが、決して見た目が竜とは限らない。例え巨木であろうとも竜王たりうる存在であった場合、その者は破滅の竜王と渾名される。法国は、それら人類に仇なす者に対して遥か昔から対策をねってきていた。
そして最近、法国が擁する占い師、"占星千里"により復活が予言されていたのだが、そのような存在が複数現れるとは想定していなかったのである。
「なんていう顔してるんだい」
「カ……カイレ様……」
そう神官長達は思い悩んでいると、この場に居るものは大半が高齢ではあったが、さらに皺が深い老婆が会議場の中へとゆっくりと入っていく。
その姿に神官長たちは息を飲むと、かすれた声で老婆の名前を口にした。
老女は法国でも地位の高い存在ではあったが、すでに高齢で負担がかかる業務は外されていた為にこの場に現れるとはみんな思っていなかったのだ。
「あやつらを支配下に置くために、ケイ・セケ・コゥクを使うのは決まっておるのだろう?」
「は、はい」
カイレの言葉に神官長の中でも若い者が答える。
彼は若い頃から目の前の老婆に世話になっていた事もあり、緊張している様子が見られた。
「ならば最悪なのが全員死んでそれを奪われることだね……漆黒聖典の全員で行くことにしようじゃないか」
「お待ちください!陽光聖典が捕らわれ、こちらの事が知られている可能性があります」
「陽光聖典も全てを知っているわけではないだろう?それに、今頃満足に情報を得られぬまま散っておろうさ」
陽光聖典――特に隊長格には情報漏洩防止の為に、ある条件が有るが法国や任務に関して話した場合、死に至る呪いがかかっている。
きっと隊員達は、転移先で怪物達に喰われたか、無理矢理口を開かされたとしても既にこの世に居ないだろうと、老婆はかつて見た者たちを悼むように、顔を歪めた。
「しかし、全員が出ていては法国が襲われた場合対応出来なくなります」
「先程も言ったけどねぇ、捕まえようとして返り討ちに遭うのが最悪なのさ」
「最大戦力が離れているうちに、法国があの者たちに隙を突かれても構わないと仰るのですか!?」
現在、法国では交戦状態の国はあるが、すぐ攻められるような状況ではない。
もし今法国を直接襲えるとしたら、転移魔法を使え悪意を持つあの者たちだろう。そして襲われる可能性も、陽光聖典と出会い法国を知られてしまっただろう事から十分に考えられると法国の面々は思っていた。
きっと神官長の一部にとっては、支配下に置くとはいえ主力のほとんどが出ているうちに電撃的に法国を侵攻されるのが一番の不安なのだろう。
実際にはシャルティア達が使う
「そいつはいい。もし一部がこっちに来るなら、そのうちにあの怪物どもをわたしらで各個撃破出来るからねぇ」
「なっ……」
この場に居るうちのほとんどがカイレの言葉に絶句する。
それも仕方ないだろう。この場にいる誰よりも長く法国に貢献していた人物が、法国が襲われても構わないと言うのだ。
「わたしはねぇ……他の種族より弱い人間が、虐げられないよう頑張ってきたのさ。そして、今明らかに牙を剥いて人間を襲おうとしているものたちがいる。――そいつを自由にしないのが人の未来の為ならね、変に戦力を分けてわたしらが死ぬなんてあっちゃいけない」
そう言うと、老婆は手で机を叩いた。
痩せ衰え既に枯れ木となっていた腕では全く音は立たなかったが、歳を重ね苦労に塗れてきた気迫が、神官長たちを震えさせる。
「例え法国が滅びようともね、わたしらが生き残りゃ剣を突き立てる事はできるのさ……だがね、もし死んだら誰がこれからの人類を守ればいいんだい?漆黒聖典と並ぶ人類の守護者が、他にいるのかい?」
神官長たちは顔を伏せ、カイレの言葉に聞きいっていた。
この世界ではある程度個人の能力に差がついてしまうと、それが絶対的な壁として立ちはだかる事になる。例えるならアインズならば有象無象がいくら居ようがスキルにより傷一つつけることは叶わないだろう。
漆黒聖典という強者が居なくなっては、永久に格上と同じ土俵に立てなくなる事すらあり得るのだ。故に、カイレはその強者と並び立てる者を喪うのを恐れていた。
老婆の選択は必ずしも正しいわけではない。しかし、人類全てを滅ぼされる可能性は少なくしなければならないのだ。例え、運悪く多くの出血が起きようとも。
「それじゃ、わたしらはさっさと向かう事にするよ。装備を揃えた漆黒聖典全員でね」
そう告げると、カイレはこの場を後にしようとする。神官長たちからは呼び止める声はなかった。
「ねえ、結局どうなったの?」
会議室から出た老婆に、待っていたかのように声をかける者がいた。
左右に色が分かれた髪に、人間とは思えない白と黒のオッドアイ。まだまだ少女と言ってもいい体躯の彼女の瞳は、興味深そうにカイレを覗いていた。
彼女こそが奇跡によって生まれた法国最強の人物であり、漆黒聖典番外席次という地位にして"絶死絶命"という肩書きを持つ者だった。
傍らには彼女と近い年代に見える長い黒髪の男性が、今は大事だというのに楽しみな様子で老婆に会議の内容を尋ねる少女の事を苦笑しながら見ている。
「喜びな、お前も行くことになったよ」
カイレのしゃがれた声が少女に届くと、口元が釣り上がり双眸が輝いていく。
ただでさえ周辺国家でも力を持つ法国の中で、更に最強と言われる彼女は余りにも強すぎるために、すっかり虎の子扱いされ刺激のない日々を過ごしていた。
特に、自分が必要とされる戦いでも誰も彼女を満足させる者が居なかったのが大きかった。お陰で強者に憧れを持ってしまい、何かあるたびに会いたいとこぼしているのをカイレも聞いていた。
そんな彼女にとって、今回の竜王の件は千載一遇のチャンスだったのだろう。
「ついに……私より強いかもしれない相手と会えるのね」
笑顔を浮かべ、両手を合わせて向こうを見るような様子は、まるで恋人を待つ姫君のようだった。
実際には少女が使う武器が戦鎌なので、どちらかというと、信仰している神も相まって相手を迎えにいく死神といったところなのだが。
いずれにせよカイレにとっては切り札がやる気に溢れているのは歓迎していた。
「嬉しいからって、調子に乗るんじゃない……じゃあ、準備は任せたよ」
「畏まりました」
老婆が隣の男に目配せすると、隣の長髪の男は軽く礼をして応えた。
「そういえば……クレマンティーヌがあの辺りに逃げたんだったね」
しかし、そのまま通り過ぎて自室に戻ろうと足を踏み出したところで、風花聖典からの報告をカイレは思い出す。
クレマンティーヌとは元漆黒聖典のメンバーだったが、貴重なアイテムを盗んだ罪により現在は風花聖典という法国の諜報を担当する特殊部隊が血まなこになって追っている脱走犯だ。
「はい……ただ、足取りだけで詳しい居場所は不明ですが、彼女がどうか致しましたか?」
今ここで出てくると思えなかった名前に、男は思わず訪ねてしまう。
「今は少しでも戦力が欲しいところだからね。水明聖典にも出張って貰って見つけたら、向こうで合流したいと思ったのさ」
「もう彼女に漆黒聖典の席は有りませんし、彼女の行った事は許される事では有りませんが」
クレマンティーヌが盗んだマジックアイテムは叡者の額冠という法国の秘宝の一つであり、そのアイテムは着用者自身を高位魔法を発動させるマジックアイテムにしてしまうという効果が有る。
しかし、一度着用してしまうと外せば着けていた者が発狂してしまうというデメリットがあり、クレマンティーヌはそれを無理矢理奪ってしまったので、貴重なアイテムと高位の魔法詠唱者二つを法国に失わさせたのだ。
クレマンティーヌも法国の言うプレイヤーの力には目覚めてないが、血は繋がっている。
例えクレマンティーヌが元漆黒聖典といえども、捕まったら最期まで子供を産み続ける機械として、陽の光を見ることなく法国に貢献する事になるだろう。
「だがね、破滅の竜王を倒すために身体を張ったならどうだい?」
カイレの言葉に、男は瞠目する。漆黒聖典の存在目的の一つが破滅の竜王の無力化だ。
もしクレマンティーヌがそれに貢献したならば、全く無罪とはならないかも知れないが、最悪の展開からは遠のくだろう。
「……クアイエッセも今回の出征には参加します。必ず対立するかと」
クアイエッセは彼女の兄であり、非常に険悪な関係だったはずだ。クレマンティーヌの苛烈な性格を思い出しながら、男はカイレに告げる。
彼は漆黒聖典での隊長という立場であり、クレマンティーヌには思うところもあったが、制御出来ない部下ならば居ない方がマシという判断を心の中で下していたのだった。
「なら説得するし……もしもの時には無理矢理にでも働いて貰うさ」
しかし、そんな彼の言葉にもカイレは何とかしてクレマンティーヌを参加させたいと答える。
そんなカイレの熱意に折れたのか、わかりました。と青年は答えると、礼をしてから今も強者に想いを馳せ心ここに在らずといった様子の絶命絶死を引き連れて準備のために離れていった。
「わたしはね……人を救うのが望みなんだ。もちろん、クレマンティーヌも例外じゃないんだよ」
そんな彼の背中に、カイレは小さく呟いたのだった。
法国「今から本気出す」
法国の情報なさすぎて未来に行ってオバロ完結まで読みに行きたいぜ。