デミウルゴスですが至高の御方のフットワークが軽すぎます 作:たれっと
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至高の御方が無事に戻ってから少しして、俺はナザリックでの作業に追われていた。
事の発端は数時間前、至高の御方がナザリックのメンバーに伝えたい事が有るとお気持ちを表明した事からはじまる。
階層守護者からシモベに伝えれば良いと思ったのだが、事はそう簡単なものでもないらしく、結局アルベドの「では玉座の前にてアインズ様の偉大な御言葉をナザリックの者達に告示致しましょう」という鶴の一声で、玉座の間にシモベやら守護者やらを集めなくてはならなくなったのだ。
そして、俺はもちろん階層守護者として玉座の間に入れる者を選別、監督する立場にあった。しかも、未だかつてこのような事は無かったために、マニュアルや基準など全く無い。手探りの状態で進めなくてはならない状況だ。
俺はここ最近何度抱えたかわからない頭を、再び抱える事になった。
こういう上下関係に厳しい組織で式典やらなにやらが有るのはわかる。しかし、数時間後に準備を終わらせろとは急すぎる。
幸いな事に各階層から誰を向かわせるかはその階層守護者の持ち回りらしいが、玉座の間は非常に広いため、数人呼んだだけではとてもではないが一杯になることは無い。
ナザリックの者達の本気と忠誠を至高の御方に示すために、至高の御方の希望通りにナザリックの多くの者に言葉を伝えられるようにするためにも、出来る限り玉座の間を埋めなくてはならないのだ。
しかし、極端な話だが、スケルトンなんかを呼んでしまっては玉座の間をしょぼい奴で汚すなと守護者統括殿に怒られてしまう。さじ加減が難しい問題であった。
もちろん断ることは出来ない。ナザリックに居るものは、至高の御方に奉仕を勤めることこそが至上という考えだからだ。
断ったら最期、ナザリックに悪魔が一匹居なくなることだろう。
(第七階層は親衛隊に……不定形で並ばせるのに困りそうだけど紅蓮も連れて行くか。後は誰にしようかね。高レベルのシモベならOKらしいけど、基準を教えて欲しいよ)
楽な方法は無いかと考える俺の脳裏にガルガンチュアという第四階層に居る階層守護者の姿がよぎる。
彼は大型のゴーレムで基本四階層の地底湖に巨体を沈めている守護者だ。しかし、ゴーレムのために守護者ではあるが意識はなく、命令で動くようになっている。
なので至高の御方の言葉は命令としては理解出来ても意味はわからないだろう。
しかし、格は問題ないし、横になれば一気に玉座の間が埋まる。上手くいけばこれほど楽なことは無い。その様子がシュール過ぎるからと却下され提案した者が処される事を除けば。
(と、あまり変な事考えている暇はない、急がないとな)
所属しているシモベを思い出しながら、俺は灼熱の階層を走り抜けていく。
残されている時間は少なかった。
………
……
…
個性的な怪物たちが一つの場所に集まる中、俺はかなり玉座に近い前のところで頭を下げていた。
結局、親衛隊にも手伝ってもらうことになってしまったが、無事玉座の間にシモベたちを送り出せたのは僥倖と言えよう。
俺の管理する第七階層はナザリックでも深いところだったために、高レベルのシモベも多いのも助かった。しかし、それでも最終チェックをしたアルベドからNGを出されてしまった者も居たが。
思った以上にアルベドの格付けチェックが厳しかったために、相当な数のシモベが集まったにもかかわらず、結局広い玉座の間には寂しいスペースが出来てしまっている。
それにしても、いつまでこのままで居たらいいんだ?と思っていたら入り口の方向から複数の足音が響いてくる。
跪いたこの場所に居るものは、皆その至高の御方の足音すらも邪魔してはならぬというように静粛に迎えていた。
まるで親戚の家の葬式で、お経を読まれている時みたいだ。こういう時に限ってしょうもない事がツボに来て笑いそうになるんだよな。
ふと、頭を動かさずに横を視線をズラすと紅蓮が頑張ってその大きな不定形の身体を縮こまらせていた。
まるで透明な箱に無理矢理詰めたかのようになっており、針で突いたら爆発しそうに圧縮されている。
ブッ……危ねえ。
こういう場でデカイ身体で至高の御方を見下ろすわけにはいかないからな……無理な奴はともかく、出来る者は人間目線でシュールな格好になっても不敬にならないようにするのはわかるが、みんなが俺を笑わせようとしている気がしてならない。
早くお話を始めてくれ!
そして、ゆっくりと時間をかけてから、モモンガ様は先日飛び出した事に関してから謝罪し始める。
と、言ってもあまり反省しているようには見えなかった。まあ、組織のトップなので気軽に頭は下げられないのも分かるが。
悪いと思ってるならば始めから飛び出すなよな、とツッコミを心に秘めて聴き続ける。
てっきりこれで話は終わりか、と期待していたらまだ何か有るのか更に話を続けて――というか、こちらが本題のようだった。
「――
至高の御方が魔法を唱えると、王座の間に掲げられた四十一の旗のうち、一つがはらり、と落ちていく。
そして、振り返りこの場所最奥にあるサインを指差すと、堂々とアインズ・ウール・ゴウンと改名を宣言したのだった。
ぶっちゃけ先ほどの謝罪より俺にとってはどうでもいい内容だったが、アインズ様万歳とみんなと一緒に唱和し続ける。
威光やらを示すとはいえ、いちいちこんな面倒な演出しなくてもいいのにな。科学が発達した現代なら役所に提出するだけで済むような内容じゃねえか。
「――これより、ナザリックの大方針をお前達に示そう」
ひとしきり俺たちが騒ぐ様子を眺めた後に、アインズ様は言葉を発すると先ほどの狂騒が一気に静まり返る。
今頃になって、俺は嫌な予感がしていた。思い出すのはあの漆黒の鎧を着た某ダークウォーリアーの芝居掛かった台詞。
至高の御方の右手に持った杖の宝石から、七色の光が溢れていく。
「――アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説にせよ」
ナザリックより力がある者に対しては、頭を使い。手段を選ばずアインズ・ウール・ゴウンを世界に知らしめせとアインズ様は続けて言った。
至高の御方らしい遠回しな発言ではあったが、間違いなく世界征服を行うという宣言だった。
そして、もう手遅れになってしまった事に俺は気付く。もうナザリックが世界征服に走るのは決定事項になってしまったのだ。
この前の外での言葉とは違い、この発言は多くの者が聞いてしまっている。しかも、支配者直々の言葉だ。反対できる者などいるはずがない。
それに、反対出来たとして、何と言えばいいのかが俺には思いつかなかった。
数日前までは、統治の手間と、相手の戦力が不透明なのを根拠に世界征服を諦めさせようとしたのだが、既に後者はこの世界の敵は小突いただけで死ぬ取るに足らないものという認識がナザリックに漂っている。
あんなに楽勝だったニグンと戦った後に、強い敵が恐ろしいのでやめましょうなんて言い出したら腰抜けもいいところだ。
せめてちょっと怪我する程度に強ければ慎重論も説得力が有ったのかも知れないが……。
幸いにもアインズ様はナザリックより強い者が居るならば力以外で勝負すれば良い、と先程の発言の後に続けて言っていたから、盲目的にこっちが最強だとは思っていないだろうが……。
もしナザリックの戦力で平押しすれば余裕とか言い出してたら流石に出奔してたかもな。指導者が脳筋とか困るし。
統治に関しては、冷静に考えると王に向かって統治出来ないのでやめましょうと言ってしまうのは、お前に統治能力なんて無えよ、もしくは俺にそんな能力無いですと言っているのと同じだろう。そんな事言ったら悪魔の遺体が転がってしまう。
このナザリックに居るものは基本的にプライドが高そうだからな。能力を貶めるような発言はマズいしデミウルゴスとしては無能扱いになってはならない。
結局ナザリックが俺のよくわからない内に世界征服をするようになってしまったのは、俺がモタモタしていたのが原因なのだろう。カルネ村の娘を助ける時に至高の御方と話すことが出来れば未来は変わっていたのかも知れないが……。今となっては完全に手遅れだった。
ふわふわと、地面に足のつかない感覚のまま考え続けていると、既に至高の御方の気配が無くなっていた。
どうやら言うだけ言ってさっさと帰ったらしい。全く、良い身分だぜ。
「面を上げなさい」
アルベドの声が辺りに通ると、今まで頭を下げていた者たちが一斉に顔を上げる。
みんな先程のアインズ様の言葉に興奮したかのように瞳は輝き、今にもナザリックから飛び出して近くの村でも襲撃しそうな勢いが感じられた。
至高の御方は階層守護者はともかく、今までこっちに全く気を払っていなかった素振りだったからな。ようやく一方的に話しかけられたにせよ至高の四十一人と交流を持てて嬉しいのだろう。
「では、皆。アインズ様の申言をその心に刻み込み、忠勤に励みなさい」
そんなやる気に満ち溢れたシモベ達の様子に、アルベドも満足気だ。ナザリックの者たちが一枚岩になってアインズ様に忠誠を誓っている様子なのが嬉しいのだろう。
「アルベド、少しいいかい?」
「何かしら?」
「純然たる支配者であるアインズ様からのお話を、ここに居る皆に伝えたいと思ってね」
「それは素晴らしいわ。是非聞かせて欲しいわね」
遅くなってしまったが、皆に言わなくてはならないことが有った。先日のダークウォーリアー事件の情報を共有化しなくては。
――大方針が決まってしまった事に関しては仕方がない。ただ、アインズ様のはっきりしない発言にシモベ達が勘違いしないかが不安だった。
先程の至高の御方の発言は、受け取り方によってはただ名声を高めるだけと感じかねない。目的のためには、意識を統一しなければならなかった。
世界征服は方向性がバラバラになっては到底達成できない――いや、達成できず諦めるのは俺も願ったり叶ったりなのだが、そのせいで責任を取らされたりナザリックが崩壊するのはゴメンだった。
それに、至高の御方や階層守護者達の智謀と、ナザリックの戦力が合わされば案外なんとかなってしまうかもしれないしな。
――そうだったら良いな。
先頭のアルベドの隣に立ち振り向くと、シモベたちの視線が俺に突き刺さっていく。
悪意が無いのは分かるが、目つきが恐ろしいので恐縮しそうになってしまう。もっと優しい顔してくれませんかね。
「先日、アインズ様が外に出られた時、私にこう仰いました。『私がこの場所に来たのは、宝石箱を手に入れるためだ』と。その時の宝石箱は夜空を比喩した言葉ですが、転じてこの世界という暗喩でもあります」
とくに野次も茶々も無い。話しているのは俺だがアインズ様に関わる事だからな、みんな真剣な面持ちだ。怪物顔だが。
「続けてこう仰いました。『世界征服なんていいかもしれないな』と。偉大なる御方は、ナザリックだけでなく、この世界の支配者になるのをお望みなのです」
みんなの目の輝きが、剣呑としたものになっていく。
そりゃそうだ。これから世界を襲おうぜって言ってるもんだからな。血の気の多そうなナザリックのメンバーだし分からんでもないよ。
でも、誰からも反対意見が無いのは悲しいな。
隣に立っていた、このナザリックでも有数の頭脳を持つアルベドを見る。彼女なら少なくともこの時点での世界征服案が無茶だとナザリックのために断じてくれるはずだ。
俺の話が一段落したのを察したのか、アルベドは一歩前に出て顎を引いて凛とした表情でシモベ達を眺める。
「ここにナザリックの最終目標が決まったわ」
間違っても何言ってんだコイツ、と俺に対しダメ出ししそうな顔では無かった。
分かってはいた。どんなに頭が良かろうとこのナザリックの者たちは至高の御方に対してはイエスマンと化してしまう事を。
それに、アルベドはアインズ様至上主義だからな。俺が至高の御方を引き合いに出した時点で拒否するとは思えなかった。
「宝石箱――世界を手に入れる事こそがアインズ様の望み。各員、至高の御方へ世界を献上するために動くことこそがナザリックに対する忠義と知れ」
振り返り、アインズ・ウール・ゴウンの紋章旗を守護者統括殿は見上げる。
今まで、ナザリックの者たちは至高の御方への奉仕とは何か具体的な道が見えなかった。しかし、今回の一件で進む方向が明確になったせいかアルベドの顔も心なしか晴れやかに見える。
「支配者たるアインズ様に、この世界を――」
跪くと、恭しく玉座に捧げるようにアルベドは手を掲げた。
きっと彼女の目には、世界を渡され満足そうに微笑む豪華な骸骨の姿が映っているのだろう。
そんなアルベドの姿に、俺はドン引きするしかなかった――
一巻部分は実質プロローグみたいなもんです。幾つか他視点での閑話の後に二章に続きます。