デミウルゴスですが至高の御方のフットワークが軽すぎます 作:たれっと
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――ついに来てしまった。
コロッセオの中心部。目の前の広場には階層守護者たちが集まっていた。そして、一際目を引く骸骨の化物。
目に入ると否が応でもわかってしまう。何より『デミウルゴス』の知識が告げるんだ……あれが至高の御方にしてナザリックの絶対者。万物の主にして我らを牽引する神だと。
(あれがモモンガ様か……心の何処かで実はリスの仲間で愛らしい姿なんじゃないかと期待していたんだが、可愛らしさの欠片もないじゃないか……)
残念ながら、モモンガ様は両手両足を広げて空を滑空しそうな見た目では無かった。
社長は紫色のローブに黒いマント、審美眼が無い俺でも一目見ただけで貴重だとわかる金色の杖を持っている。他の階層守護者も見た目に派手なところは有るが、それ故に更にランクが高い格好の上司が俺たちより上だとわかる。
地球でも偉い人は金が掛かる格好をするものだが、異世界でもそれは変わらないみたいだ。
持ってる杖とか先端に付いてる宝石かなり大きいし、地球で売ったら暫く遊んで暮らせそうだな。
「デミウルゴストアルベドガ来タヨウデス」
至高の御方と話していたコキュートスがこちらに気付く。どうやらモモンガ様と話していたようで、そこはかとなく嬉しそうな雰囲気があった。
彼も俺と同格であり五階層をメインに活動している階層守護者で、ハチやアリ等の昆虫のような意匠で出来た、大型の明るい青色の鎧かと思いきや、そのまま二足歩行の昆虫という人間の進化に真っ向から喧嘩を売る奴だ。
この組織の中でもトップクラスの武器の使い手であり、二メートル半の巨体から繰り出される剣は俺を軽々と両断する事が出来る。
そんな彼には最初の頃俺は見た目で引いていたのだが、『デミウルゴス』の知識から交流が有ることは知っていたので無視するわけにもいかず、会った時に嫌々話しかけたら思ったより話しやすい性格だということがわかり、今では数少ない交流を持つナザリックの一員だ。
でも、できれば空気を読んでギリギリまで気づかないで欲しかったかなー。確かに来たけどさ、まだちょっと遠いじゃん。俺の挨拶の間合いじゃないんだよこの距離は。
この距離から皆に見つめられながら近付くのちょっと気まずいんだけど。
と、心の中で毒づきながらも、コキュートスの言葉の後に礼をしたアルベドに続いて右手を後ろに回し、左手を胸に当てて頭を下げる。
何でもないようにやってはいるが、間違えたら打ち首なのでこれでも必死だ。
「お待たせして申し訳ない」
どうやらかなり遅く来てしまったようなので、フォローを入れることも忘れない。俺はともかく、デミウルゴスはデキる男なのだ。
そんな俺の言葉にモモンガ様はゆっくりとこちらを向くと軽く頷く。
「どうやら全員揃ったようだな」
てっきり階層守護者全員が呼ばれていると思っていたが……一人、というか一体はともかく残りの階層守護者であるヴィクティムは呼ばなくても良いのか。
そんな疑問が浮かんだが、至高の御方がそういうならまあ、全員集まったんだな。それに、ラース君が俺に二人は来ないよって伝えてなかっただけかも知れないし。
変に発言して藪をつつく必要は無いだろう。でも、重要な会議で一人だけ呼ばれない部長って考えたらちょっと可哀想だな。
(……しかし、さっきから余計な事を考えているが至高の御方に反応はない。流石に心が読める程ではないか)
仮にモモンガ様が心読のスペシャリストだった場合どう頑張ってもボロが出てしまうので開き直ってはいたが、流石に万能ではないようだ。
まあ、俺の中が人間ということがバレるのは相変わらずマズいので、油断は出来ないのだが。
「では皆、至高の御方に忠義の儀を」
えっ、何それ。
アルベドが俺の全く知らない儀式を始めようとする。そして初耳なのは俺だけなのだろうか、皆頷いてやる気が溢れているのが目に見えるようだった。
しかし、これから何が起こるのか全く知らなかったが、とてもじゃないが何やるんですかと聞けるような雰囲気ではないので、俺はちゃんとわかってますよ、と真剣な表情で他の守護者と一緒に並んだ。
心拍数が上がり緊張してくるが、『デミウルゴス』の力なのか、直ぐに収まり冷静になっていく。この身体便利だな。
でも、俺が端の方で大丈夫なのだろうか。多分階層守護者順だと思うんだけど、間違ってたらどうしよう。
「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」
と、思っていたら銀髪のゴシックドレスを着た吸血鬼が一歩前に出て臣下の礼をする。危ねえ。もし俺が一階層の守護者だったら何して良いのかわからず処されてたわ。
「第五階層守護者、コキュートス、御身ノ前ニ」
「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」
「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」
コキュートスに続いて、双子の姉弟が至高の御方に礼をする。
この姉弟は、アクの強い階層守護者達の中ではかなり見た目も性格もとっつきやすいので俺の癒やしだ。二人共可愛いし。
姉の方のアウラちゃんは快活でいつも笑顔で話を聞いてくれるから、凄く話しやすい。日本じゃこんな娘と話そうとしたら何円出せば良いのかわからないくらいだ。
そして、マーレちゃんはアウラちゃんとは対称的で大人しいが、清楚っぽい雰囲気がたまらない。こんな可愛い子が女の子のわけないよな。
と、ここまで来てようやく忠義の儀がどんな事をするのか俺は理解していた。
目上に向かって言う軽い挨拶みたいなモノか……忠義を示す為に無茶振りされるのかと思ってヒヤヒヤしたわ。
しかし、いきなりぶっつけ本番で対応してる他の守護者もやっぱりスペックが高いな。
シャルティアとか余り頭が良くないイメージが有ったが、リハーサルなしで対応出来るとは……やっぱり俺が一番仕事できなさそうだ。
「第七階層守護者、デミウルゴス、御身の前に」
しかし、仕事ができないからといって表に出すわけにはいかない。他の守護者達と見劣りしないよう、全力で臣下の礼を行う。
勿論見栄えの良くなりそうなデミウルゴスのスキルは全開だ。地球の声優も真っ青の美声が辺りに響くぜ。
ここまで行けば不敬認定は無いだろう。
「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠義全てを御身に捧げます」
俺の後に続いて、アルベドも礼をして頭を下げると、そのまま守護者のお気持ちを代弁する。
約一名忠義が薄いやつは居るけどな!まあ、なんだかんだでここでの生活も慣れてきたことだし悪くないと思い始めたから粛清されない程度には頑張るさ。
アルベドが至高の御方に告げると、しん、と辺りに静けさが満ちていく。俺達の様子に至高の御方のはどんな表情をしているのか気になるが、とても顔を上げる気にはならない。
「面を上げよ」
上司の声が響くと、皆が動いたようだったので慌てて俺も顔を上げてモモンガ様の様子を窺う。
(怖ッ!もしかして怒ってるの!?まさか俺の心を読んだのか!?……いや、もし読んでいるならここに来た時点で対処されているはずだ……一体何なんだ!?)
偉い骸骨の姿は先程と一転、身体から黒いオーラが噴き上がり辺りを覆おうとしていた。
しかし、闇だけでなく、後ろから相反するものながら光が差し込むように闇の隙間からこちらを照らそうとする。
どちらも心の底から感じるのは恐怖。今にもそのオーラが形を持って俺の心臓を刺しかねないと錯覚しそうになった。
この恐怖に耐えることが出来たのはきっとこの『デミウルゴス』の身体のお陰だろう、取り乱していないのが奇跡だ。
「まず良く集まってくれた、感謝しよう」
(いや、それ感謝してる態度じゃないですよね!)
刃物を片手に持ちながら言ってるようなもんだぞ!もしかして、脅しながら感謝するのが怪物の基本なのか!?やっぱり化物は感性が違うな……この辺りは慣れる気がしないわ……。
相変わらず恐ろしい空気を放出する至高の御方を眺めながら、俺は次に描こうとする絵の題材を何にしようか、と現実逃避する事にした。
………
……
…
それから、モモンガ様から今のナザリックの現状を軽く説明される事になった。
まず、このナザリックが本来の場所から転移、見知らぬ場所に来てしまった事。非常事態だとは言っていたが、正直日本から飛ばされて来た俺からすればこの程度大したことでも無い気がしてならない。ナザリックの防御力は減っただろうから無視はできないだろうが。
しかし、この場所自体が転移とは全然気付かなかったな。揺れたりも第七階層の皆の様子も全く変わった所は無かったし。
この点に関しては他の階層守護者も似たような感じで異常は見受けられないという意見しかなかった。
次に、各階層の警備状況の見直しの指示だ。正直ナザリックが飛ばされたことよりこっちの方が重要だった。
何しろ基本的に階層はその担当の主導とはいえ、ナザリック全体の防衛責任者は俺だからな!
しかもアルベドとの共同で改善しろという社長からの指示だ。これでは『デミウルゴス』の仕事は完璧だからこれ以上直す所は無いですと通すこともできない。
部屋に戻ったら今のナザリックの情報と、どうすれば良いか親衛隊の皆と相談しよう……。
後はナザリックの隠蔽か。これは俺には全く関係無さそうだったので聞き流していた。
しかし、マーレの意見に対しアルベドが隠蔽よりナザリックの栄誉を優先させるような発言をしたせいで、モモンガ様が怒ったのを見てさっきのオーラ放出状態が余り怒っていなかったと分かったのが収穫だったか。
「知、武、勇兼ね備えたまさに神という言葉が相応しき御方かと」
そして今俺が言っているのはモモンガ様への短評だ。
話が一段落したと思ったら、急に至高の御方がねえ、俺のことどう思う?と話を振ってきたので守護者全員が言うことになった。
この言葉は予め考えていたわけではないが、まあ俺も元社会人。それなりにゴマを摺る経験も有るし、みんな歯の浮くようなお世辞を言っていたから、とりあえず持ち上げれば良いと分かり言うのは楽だった。
それにしても、忠義の儀の時も思ったが、至高の御方はわざわざこんなお世辞を言わせる時間を作るとは、そんなに持ち上げられるのが好きなのかね。
次に会って話す機会があったときにはヨイショして点数稼いどくか。今の内に内容考えとこう。
「なるほど、各員の考えは十分に理解した。それでは私の仲間たちが担当していた執務の一部までお前たちを信頼し委ねる。今後とも忠義に励め」
そう言うと、ようやく至高の御方が転移して消えていく。ついでに皆がまた畏まり始めたので俺もならうように頭を下げ帰ってくれるのを待った。
あの恐怖を湧き出させるオーラの重圧が無くなり、身体が軽くなったような錯覚が起きる。ついに居なくなったのだろう。
(疲れた……)
早く部屋に戻って軽く休みたい。そうだ、次は漫画でも描いてみたいな、コミケがこの世界に無さそうなのが残念だが。
しかし、他の守護者達は至高の御方が居なくなっても顔を伏せたままだ。一体いつまでこの状態で居れば良いのだろう。
思わず小さくため息をついてしまう。すると、それが切っ掛けになったのか皆の重苦しい空気が無くなっていった。
「す、凄く怖かったね、お姉ちゃん」
アルベドが始めに、続いて守護者達もそれぞれ立ち上がるとマーレの言葉を皮切りにそれぞれ先程のモモンガ様の感想を言い合う。クソッ、解散してくれないのか。
しかし、守護者達の言葉から先程の至高の御方が恐ろしかったのは俺だけじゃないようで安心した。ただ、その恐ろしさが素晴らしいという斜め上の話ではあったが。
しかも、悦んでいるやつも居るし。いや、シャルティアが特別なのか。シャルティアは
そして、その悦んでる奴であるシャルティアが至高の御方に興奮したと言い出したからさあ大変。同じ相手にお熱なアルベドが噛みつきだす。
シャルティアとアルベドはどちらもモモンガ様にベタ惚れなので、同じ相手を取り合う間柄なせいか喧嘩することが多い。幸い大きな事件になることは無いが。
しかし、今は笑いながら見ていられるが、後々派閥が出来たりしたら困るな。
昔アルバイトしていた職場でもパートのおばさん達で派閥が出来てシノギを削る場になっていたことがあったんだが、職場がそのような空気になってしまうととてもじゃないが楽しく仕事をすることができなくなるから嫌なんだよな。
なまじ階層守護者は戦闘力が高い分、そんな事態になったら大事になりそうで怖い。俺は事なかれ主義だし、全員と仲良くして平穏無事に行きたいんだよ。
まあ、モモンガ様が手綱を握っている限り滅多なことは起こらないだろうが。
しかし、こんな綺麗な人達に愛されてる至高の御方は一度爆発すべきだな。
「さて、仲のいい人たちは放っといて私は帰りますよ。これから忙しくなりそうですからね」
「誰と誰の仲が良いですって?」
「誰と誰の仲が良いとありんすかぇ?」
ギロリ、と言い合っていた二人の顔がこちらに向く。ヒッ!余計なこと言わなきゃ良かった!でも同じ相手を好きになるのって、案外似たもの同士だと思ってるんだよな!それに息もピッタリじゃないか。
「さあ、誰のことでしょうかね?それでは」
恋する女性のパワーは恐ろしい。巻き込まれる前にデミウルゴスはクールに去るぜ。
べ、別に逃げてるわけじゃないんだからね!
多くの感想ありがとうございます。非常に、非常に励みになります(泣)
ちなみに、原作と余り変わらない所はカット重点。
次の話から主人公とナザリックの面々が絡むようになっていきます。
後、コキュートスが近接戦闘なら守護者でも強い方とはいえ、同じレベルのデミウルゴスを瞬殺は言い過ぎなのではないか、と思うかもしれませんが、
主人公はこの世界に来てからひたすら絵を描いたりしていただけだったので、
知識でしかデミウルゴスの戦闘力を知りません。
なのでデミウルゴスの力を過小評価している節が有ります。