デミウルゴスですが至高の御方のフットワークが軽すぎます   作:たれっと
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書籍版や設定資料を参考に書いてます。
また、書籍以外での情報は完全に把握しているわけでは無いので、その点で設定に間違いが有ったとしたら教えて貰えると助かります。
オバロが知らなくても楽しめたらいいなって思ってます。


炎獄の造物主(偽)
その悪魔、人の心を持ち


 石造りの部屋で、俺は無心でノミを振るっていた。

カツン、と言う音と共に石の一部が欠け、少しづつ、少しづつ形が変わっていく。少し力を間違えるだけで今までの苦労が台無しになる状況に、今の俺は暑さが辛くなるような身体ではないが、緊張からか額から汗が吹き出て僅かに床を濡らした。

眼鏡に汗が垂れると、俺はタオルを手に取り眼鏡を拭いてから、顔全体を覆い一息つく。

元々長いスパンで完成させようと決めた作品だ。完成が間近だからと言って急ぐ必要は無いだろう。

急いては事を仕損じるとは良く言ったものだ。数ヶ月単位で頑張った物を無駄にしてはいけない。

 

「後、少しですね」

 

作業は細かい部分を僅かに残した目の前の作品を眺めながら俺は感慨深く呟いた。

元々は、二m程の長方形の石材だったモノだったが、今は俺の手によって少しづつ削られ別の形に変わっている。

曲線部分は歪みが無く、直線も一つのズレも無い。まるで精密機械が作ったかのような石像だった。

 

「魔法少女まじかる☆カナハのカナハちゃん1/1彫刻とか熱すぎます……!」

 

思わず手が震えてくる。今の俺の身体が本気を出せば、まるで今にでも動きそうな表情を浮かべた、好きだったアニメのキャラクターが目の前に出来上がるのだ。

所謂オタクの人種だった俺にはこんなに達成感の有る作業は無いだろう。

 

石を削り、彫刻を作る。趣味で始めた工作のようなものだったが、今の俺の身体は人間より遥かに器用なようで、絵、工作、彫刻などなど自分の思い通りの形に変わっていく材料に最初の頃は感動したものだ。

今となっては芸術はすっかり俺のこの世界での生活の一部のようなものになっていた。

 

 

「それにしても、数年前は、こんな生活するなんて考えもしませんでしたがね」

 

部屋の隅に掛けられた、骸骨の意匠の鏡の前に俺は立つ。

鏡には黒髪をオールバックにした、オレンジがかった赤色のスーツを着た男が立っていた。

一見すると人間のように見えるが、人間にしては横に長い耳に、伏せていた瞼を上げると宝石の瞳……そして、腰から伸びる装甲に覆われた先端に棘がついた尻尾が人間臭さを全く無くしている。

 

「まさか、この私が悪魔になってしまうとは」

 

そう呟くと鏡の男は自嘲気味に笑った。

 

 

 

 俺――この世界に来た影響なのか名前は思い出す事は出来ないが、とにかく俺は数年前、地球の日本という場所で死んだ。

これまでの人生が終わり、何も感じることの無い世界が来る……薄れ行く意識の中、そう信じていた筈だったんだ。

だが、人生に疲れていた俺を休ませる事を、神様は許さなかったらしい。気がついたら、俺は目の前の男『デミウルゴス』という悪魔になっていた。

デミウルゴスになってすぐは混乱したが……幸いにも『デミウルゴス』の情報は自然と頭に浮かび、今までこのスーツの悪魔が何をしていて、どんな役割だったかはすぐに理解する事が出来た。

 

 

……ここは元の俺の居た地球ではない。

まず始めに理解したのは、今俺が立っている場所が知らない世界だということだった。

この世界は『ユグドラシル』と呼ばれ人間はもちろん、俺のような悪魔や天使、ファンタジーで見かける怪物が闊歩している。

と、言ったものの俺がこの世界に来てからこの場所からマトモに出たことが無いので、詳しくは聞いた話と『デミウルゴス』の知識でしか無いのだが。

 

恐ろしいのはこのユグドラシル、人間と言えば元の世界の人間と同じように考えてしまうのだが、この世界の人間の多くは超人で平気でパンチで地形変えたり魔法で地割れを起こしたり軽く透明人間になってしまうらしい。

俺は悪魔なので創作物のファンタジーだと強い設定だと思うんだが、そんな超人相手だと一対一でも普通にボコられてしまうとか……。

しかもそんな超人が街に行けば多く歩いているとかどんな修羅の国だよユグドラシルは……末恐ろしいわ……。

けっこう前にはそんな超人とやりあっていた時期もあったらしい……俺が悪魔になったのが数年前で良かったぜ。だって日本人だったんだもの……荒事とか絶対嫌だからな。

悪魔の知識を参照したところ、俺は雑魚なら強いけど同格相手だと不利らしいし。

 

そして、そんな今の俺は組織に所属して活動をしている。

組織の名前は――アインズ・ウール・ゴウン。超人達が居るこの世界で異形種同士が集まって出来たこの組織はこの世界でも中々有名らしく、四桁を超える敵を撃退したり様々な敵を作り倒して来たとか。やっぱり修羅の国じゃねえか!

拠点は沼地の中に鎮座する墳墓――ナザリック地下大墳墓と呼ばれ全地下十階層で構成されており、敵対者がもし侵入した場合には容赦ないトラップと階層ごとに守護者による迎撃が待っている。

まあ、俺がこの世界に来てから敵対者と会ったことは一度も無いのだが。

 

 

 

「デミウルゴス様、守護者統括のアルベド様から連絡が」

 

鏡を眺めながら物思いに耽っていると、自室の骨で組まれた扉が開いて巨躯の鬼が現れると、膝をつく。

頭に角を生やし表情は怒りに狂っているように目尻を上げているが、これは素で別に気に入らない事が有るわけでは無いらしい。

以前はいっつもキレてんなコイツと思っていたが、最近になって考えることがわかるようになってきた部下の一人だ。

そんな彼の名前は憤怒の魔将(イビルロード・ラース)と言い、俺が親衛隊と行動する際には良く連れて行く事が多い、いわゆる右腕的な存在でもある。

 

そう、この『デミウルゴス』はなかなか組織の中では偉い方らしく、部下が居て俺が居るこの拠点に攻め込まれた時には指揮官として一部を統率する事になるらしい。

そして普段は全一〇階層有るこの場所で七階層を管理、守護する階層守護者という立場だとか。現実の世界だと部長ポジションといった所かな。

それにしても、幸いこの世界に来てからこの場所が襲われた事は無いが、末恐ろしい話だ……元日本人の俺が化物を……いや、化物を指揮するのは構わないのだが、正直指揮なんて出来る気がしない。

俺は最近まで普通の日本人だったんだぞ、軍隊の指揮経験なんて有るわけがないじゃないか。

 

それなのに出歩いた時には部下からは時折スゲー出来る人的な視線で見られるのが微妙に居心地が悪いんだよな……。

仕事が出来るのは俺じゃなくて『デミウルゴス』なんだが……。

 

「アルベドが?珍しいですね」

 

少し『デミウルゴス』と俺とのギャップに鬱になりながらも、ラースの言葉に俺は首をかしげる。

アルベド守護者統括――直接俺は会ったことが無いが、ナザリック地下大墳墓階層守護者達のリーダー的存在の女性とデミウルゴスの知識が告げていた。

しかし、奇妙な事だ。少なくとも、俺がこの世界に来てからは全く無かった事態になる。

基本的に俺達この拠点の守護者はよほどの事がない限り動くことは無い。ましてや、至高の四十一人と言う肩書きのリーダー達以外から連絡が来るなんて今まで無かったことだ。

 

「今から四十五分後に六階層のアンフィテアトルムまで集合との事です。他の階層守護者も呼ばれています」

「ふむ……何かあったようですね。至高の御方の御身に関わる事でなければいいのですが」

 

このナザリックという組織には、組織と言うだけあってもちろんトップの存在も居る。

俺の中の『デミウルゴス』曰く至高の御方。このナザリックにおいて個人個人が相性はあれど武力、知力、カリスマ全てにおいて守護者達を上回る神のような存在。そんな奴がこの組織のトップだ。

そしてその圧倒的指導力においてこのナザリックを統治しているために、ナザリックの皆は生命を捧げる勢いで奉仕している――恐らく俺以外は。

 

更に恐ろしいのはそんなトップが四十一人も居るって事だ。トップが四十一人も居てよく派閥が出来て組織が割れないなとか思ったりするが、今もナザリックがこうして残っていることが答えなのだろう。

 

(まあ、今となっては一人しか至高の御方も居なくなってるんだけどな)

 

ただし、組織が割れることは無かったようだが、四十一人のトップはいつの間にかナザリックに現れる事が少なくなり、今は一人を残すだけになっていた。

特に話題になっていないと言うことは死んだと言うことは無いのだろう。ただ、いつの間にか居なくなってしまっていたらしい。

まあ、会社で社長が四十一人も居るって考えたら恐ろしいし、トップが一人なのは組織運営にとってメリットの方が多いから俺は構わないのだが……口にしたら狂信的な仲間に殺されるだろうな。

もちろん、居なくなってほしいと考えたことは無い。仲間たちの姿や言動を見ていると、どうにも至高の御方に依存している傾向が見られるからだ。

高すぎるカリスマの弊害といったところか――もし今唯一の至高の御方であるモモンガ様が居なくなってしまったら、この組織をまとめる者が居なくなり瓦解するだろう。

 

(そして瓦解したナザリックがどこに向かうか……考えただけで恐ろしいな)

 

今ナザリックに残ったただ一人の至高の御方――モモンガ様を守るのがこの芸術で日々を過ごす平和な日常を維持したい俺と『デミウルゴス』の願いだ。

 

「わかりました。準備して向かいます……向こうで聞いたことに関して、問題がなければ後で嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)、強欲の魔将(イビルロード・グリード)と共に話し合いましょう」

 

「ありがとうございます。親衛隊の二人も、ナザリックの力になれることに喜ぶことでしょう」

 

ラース君がにっこりと微笑む。一見激怒したようにも見えるが、これが彼なりのスマイルだと言うことはよく知っている。

彼は一礼すると身体がデカい割に扉を音を立てずに静かに出ていった。

それにしても、一体何があったのだろう。ナザリックがそこまで騒がしくないと言うことは特に侵入者が来たというわけではないだろうが……。

 

「ここで考えても仕方ありませんね。着替えて闘技場へ向かいましょうか」

 

念のためクローゼットから同じスーツを取り出して着替える。

汗臭いのは『デミウルゴス』的にはアウトだからな。俺自体はクールでも知的なキャラでもないんだが、デミウルゴスと違う行動をして中の意識が人間とバレてしまうのは非常にマズい。

このナザリックは異形種が中心として構成されている組織だ。故に人間に対し余りいい印象を持っている人が居ないばかりか、人間を食料として見ている者も居る。

そんな環境で実は俺は人間の意識が入っていると知られたら何が起こるかわからないのだ。この立場から降ろされる位ならいいのだが、『デミウルゴス』の意識を奪ったとか思われて、最悪殺されるのもありえそうな気がしてならない。

そういう事もあって余り積極的に第七階層から出ようとも思っていなかったのだが……今回は仕方ないだろう。

ため息をつきながら、俺は自室と住居である石造りの神殿を後にした。

 

………

……

 

ナザリック地下大墳墓地下六層。俺の同僚であり階層守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレの姉弟が管理している領域だ。

そんな六階層に入ると目の前には青空と、ジャングルの自然が目に入ってくる。もしここが地下という情報が無ければ地上に出てしまったか、と勘違いしてしまうだろう。

こんな地下と言うイメージの真逆を行く環境を作ったのも至高の四十一人らしい。地球でも地下に地上と同じような環境を作る試みが有ったが、ここまで自然を再現したものは無かった筈だ。

そんな地下空間を創り出した至高の御方に末恐ろしさを感じてくる。強いだけじゃなくてこんな事も出来るなんてどんなチートだよ。同僚たちが神と言うのもこの景色を見たら納得出来る気がするな……。

 

そんな上司の事を考えながらジャングルを歩いていると、時折大きな動物がこちらを伺っては軽く頭を下げて引っ込んでいく。ビビって思わず攻撃しそうになったが、知性が余り無さそうな動物もしっかり仲間は理解しているらしい。

正直、強そうなのが複数で来られたら普通に殺されかねないので、しっかり手綱を握っているアウラに俺は感謝した。

 

(っていうか実力主義っぽい世界で普通に飼ってる動物に殺される程度の実力が上の立場に居るってどうなのよ。威厳とか大丈夫なのかね)

 

デミウルゴスが参謀的立ち位置に居るのは知っているけど、余り実力が無いと言う通りに動いてくれないのではないかと心配になってしまう。

ラース君とか実際は別だけど見た目脳筋っぽいのも居るし、弱いお前の言うことは聞きたくないとか言われたらどうしよう。

 

「デミウルゴス、そろそろ時間よ。急ぐ程でも無いけれど、立ち止まる暇は無いわ」

「――ああ、すまないアルベド。少し考え事をしていてね」

 

自分の指示を無視する部下の様子を思い浮かべて鬱になっていたら、後ろから澄んだ女性の声が聞こえてくる。振り返ると、山羊の角が生えた長い黒髪の女性が歩いてきていた。

『デミウルゴス』の知識を引き出すと目の前の女性はアルベドの姿と一致する――直接会うのは初めてだった上に、今まで見たことが無いほどに綺麗な人だったのでかなり驚いた。人外の美しさというか、人間ではないのも納得の美貌だ。

もし俺がデミウルゴスではなく元の人間だったなら、緊張してマトモに目を合わせることはできないだろう。デミウルゴスになったお陰でこういった動揺する状況でも顔に出すことが無くなったのは幸いだった。

 

「緊急事態とはいえ、ついにモモンガ様からのお言葉を頂けますものね。自分も今から高揚しているわ」

 

えっ、至高の御方も来るの!?聞いてないんだけど……!ラース君も第六階層に集まってねしか言ってないし……!

社長が来るなら来るって言ってくれよ!まだ心構え出来てないんだけど!クソッ!この組織の報・連・相どうなってんだ!

まさか、全く準備も出来ないまま至高の御方と会うことになるなんて……!

 

「そ、そうだね。至高の御方の言葉を受けて働くのが我々の喜びだ。その一歩を踏み出せるのかと思う、と嬉しいのと共にどう奉仕すれば良いか悩んでしまってね」

「ふふ……その忠義にモモンガ様も喜ぶと良いわね」

「ええ……今から至高の御方のご尊顔を拝するのが楽しみでなりません」

 

俺の吹き荒れる心を知らないまま黒髪の悪魔が微笑むと、俺の少し先を歩いて行く。

相変わらず同僚と話すのは神経を使う。部下なら誤魔化せるが同僚で至高の御方に対し少しでも不敬な発言をすると危ないからな。中でも階層守護者は至高の御方への忠誠心はMAXだし。

それにアルベドはモモンガ様にお熱だし……絶対殺されるわ。

 

――いや、そんな事より至高の御方への対策を考えなくてはいけない。もし読心出来る能力を持っていたら俺の中が人間だとバレてしまう!

モモンガ様が心を読めると聞いたことは無いが、あの至高の四十一人をまとめていた人物だ。心が読めるくらい余裕じゃないととてもじゃないがあの神の如き人物達を統率出来るとは思えない。

 

中世のコロッセオを彷彿とさせる大きな建物が視界に入ってくる。

しかし、打開策も対策する時間も、アルベドの監視を抜け出す余裕も無いまま目の前の闘技場に入るしかなかったのだった。

 

 

 




余り長編にならないように完結予定。
ただし感想とか評価貰えたらもっと続くかも。







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