呉の大都督であり稀代の英雄 周瑜が、ついに亡くなろうとします。その時に、周瑜は孫権に向かって、自分よりも魯粛のほうが優れている所が3つもあると言って、次の大都督に推挙します。はたして、魯粛の優れているものは何か?詳しく紹介しましょう。
スポンサーリンク
『第57話 周瑜の死』のキャスト
周瑜が魯粛を大都督に推挙しようとする『第57話 周瑜の死』に登場した人物や声優さんたちは、以下の通りです。
- 孫権(呉)/周瑜を気遣う呉侯(声:咲野俊介)
- 周瑜(呉)/諸葛亮に惨敗する大都督(声:小山力也)
- 呂蒙(呉)/荊州攻めを進言する将軍(声:成田剣)
- 魯粛(呉)/周瑜に推挙される文官(声:岩崎ひろし)
- 劉備(荊州)/呉との決戦を覚悟する皇叔(声:家中宏)
- 諸葛亮(荊州)/周瑜の策を見破る軍師(声:堀内賢雄)
- 関羽(荊州)/呉軍を待ち構える将軍(声:田中正彦)
- 張飛(荊州)/関羽と共に攻撃する将軍(声:天田益男)
- 趙雲(荊州)/呉軍の背後をつく将軍(声:遊佐浩二)
『第57話 周瑜の死』のストーリー
魯粛は、劉備に対して「周瑜と程普が太守に任命された以上は、江夏と南郡からお立ち退きください」と迫ります。それに言葉を失う劉備ですが、諸葛亮は「我が君は、荊州牧に任命された、それでは両将は我が君の配下になりますぞ」と舌戦を繰り広げる事になります。
魯粛と諸葛亮が江夏と南郡をめぐって舌戦(起)
魯粛は、諸葛亮の反論に「一向に構いませぬ。早くお立ち退きくだされ」と静かに笑います。諸葛亮は必死に、二つの城を渡さぬように反論していくので、魯粛はそれをあざけ笑うように「私も本気で二つの城からお立ち退きさせるために来た訳ではありませぬ」と言いだして、それに劉備は感謝をします。
所が、魯粛は「ここからが本題です。我ら呉軍が、西蜀を取るので、それと引き換えに荊州をお返しいただきたい」と迫ったのです。これに諸葛亮は「それなら良いでしょう」と返答します。
魯粛が立ち去った後に、劉備は「劉璋が呉軍に勝てるとは思えぬ。もしも西蜀を取られたら、我らは不利になる」と憂慮しますが、諸葛亮は「江東から西蜀は遠くて、攻め込もうとしたら兵や兵糧を多く消耗するので、孫権は出兵に同意しないでしょう」と答えます。
諸葛亮の誤算?(承)
魯粛が周瑜に、これまでの経緯を説明したら、何と周瑜の口から驚くべき知らせを受ける事になります。それは魯粛がいない間に、程普・黄蓋・韓当・呂蒙・徐盛たちがそろって、荊州へ攻めるように説得していたのです。孫権はその意見を聞き入れて、荊州攻めを認めたのです。
魯粛は、江東の数少ない孫劉連盟支持派でしたが、ここに至って荊州攻めになる事を認めるしかありませんでした。そして、孫権から劉備に書状が渡り、そこには呉軍が西蜀を攻める事が書かれていました。諸葛亮は「さすがは周瑜です、本当に兵を動かすとは」と絶句。
劉備は「相手が劉璋では話にならん。必ずや西蜀は江東に奪われる」と激怒。これに、諸葛亮は「これでは、孫権は江東と西蜀の二つの州を取る事になります、周瑜の狙いは荊州ではなく天下です」と荊州を引き換えにするのではなく、我らを亡き者にしようと懸念を抱くのです。所が、諸葛亮は書状を自分で見てみたら、突然笑い出すのです。
諸葛亮が周瑜の策を看破(転)
諸葛亮は「分かりました。やはり周瑜は周瑜です、西蜀を攻めるのは見かけで、道を借りて鯱を討つの計なのです」と周瑜の策を見破ります。諸葛亮は、周瑜は荊州を素通りすると見せかけて、攻撃してくるものと予想します。しかし、劉備は呉軍と争ったら、孫劉連盟が瓦解すると懸念します。
しかし、諸葛亮は「この戦に勝てば、江東の反対勢力を一掃できるやもしれませぬ」と説得するので、ついに劉備は周瑜との決戦を覚悟。そして周瑜は重症の状態でも何とか馬に乗ろうとします。その姿を見て、呉軍の兵士たちは「必勝!必勝!必勝!」と連呼。そして呉軍精兵5万は襄陽城へ迫ります。
所が、呉軍が襄陽城を攻撃している間に、背後や側面から趙雲・関羽・張飛が軍勢を引き連れてきて、突撃してきました。周瑜は敗走していきますが、諸葛亮が書状で、曹操に対抗するためにも孫劉連盟は守らねばなりませんと書かれてあって、我らは守るだけで追撃はしない事を約束していました。
周瑜より魯粛のほうが優れているもの(結)
周瑜は荊州を去る際に、馬車から降りて、荊州城を見て「この後、呉の旗が荊州城にひるがえる事はあるまいな」と涙を流して、呉の将軍や兵士たちはひざまづき「大都督!」と言うしかありませんでした。周瑜の体調は悪くなる一方で、ついに孫権自ら見舞いに訪れます。
しかし、周瑜はもう先が短い事を言ってしまうので、孫権は「そなたに何かあれば、誰が大都督をひきつげよう?」と尋ねます。周瑜は「一人おります、魯粛です」と言って、自分よりも魯粛のほうが優れているものが3つもある事を述べます。
- 周瑜より道理を知っている事
- 周瑜より才がある事
- 周瑜より徳が高い事
孫権は、その言葉を静かに聞き入ります。そして、周瑜は横たわっている状態から「天は周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮まで生んだのか」と天をすがるようにして、片手だけを高くあげます。しかし、手が静かにパタリと床に落ちて、呉の大都督 周瑜は亡くなります。はたして、孫権は魯粛を大都督にするのでしょうか?
答えを知りたい方はネタバレをクリック [ネタバレ]
『第57話 周瑜の死』のまとめ
動画配信U-NEXTで配信されている『第57話 周瑜の死』を見た感想を紹介するので、参考にしてみて下さい(本ページの情報は2018年9月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください)。
三国志の名言『道を借りて鯱を討つ』
周瑜が、荊州の道を素通りして西蜀を攻めようとした時に、諸葛亮は「これは、道を借りて鯱を討つの計です」と言いました。少し難しい言葉ですが、これは晋の国が天下を統一しようとした時に、邪魔になる虞と鯱という小国があったのです。晋の献公は、虞の道を借りて鯱を討とうと考えました。
そこで、貢物を差し出して道を通る事を認めてもらおうとします。しかし、虞の臣下は、鯱が滅ぼされたら、次は虞もやがて攻められます」と諌めたのです。それでも、貢物に目がくらんだ虞公は進言を却下して、道を通る事を認めました。実際に、数年後には虞も、晋に攻め滅ぼされてしまいました。
このように『道を借りて鯱を討つ』は、大国が小国を占領するためには、目的とは違う事を言って、いつかは占領する際に使う意味があります。
『第57話 周瑜の死』の残念な所
劉備と諸葛亮は、先に西蜀を呉軍に取られたら、両方から挟み撃ちになる事を恐れました。その策は、行われる事はありませんでしたが、呉のファンの自分としては「行なって欲しかったな」というのが本音ですね。
しかし、劉備に馬鹿にされた劉璋ですが、彼の配下には、厳顔・張任・法正・李厳などがいました。これほどの勇将や軍師がそろっている西蜀なので、遠方の江東から出兵して攻め取るのは、さすがに難しいだろうなとは思います。
それでも、周瑜が呉軍を率いて西蜀に攻めかかったら、どのような合戦になったのか興味をそそられる所でした。そのため、それが行われなかったのは少し残念でしたね。
『第57話 周瑜の死』の見所
三国志スリーキングダムの第57話の見所は何と言っても、呉の大黒柱である周瑜が亡くなった事でしょう。この物語では、諸葛亮は周瑜が逸材である事を認めつつも、気性が激しい事だけが命とりになるという評価でした。
そんな評価を受けていた周瑜ですが、やはり亡くなってしまうのは三国時代が大きく変わろうとするターニングポイントでしたね。そして、周瑜が「荊州の城に呉の旗がひるがえる事がないだろう」と涙を流す所では、すぐ近くに呂蒙が無念の思いで聞いていました。
これが、後に三国志スリーキングダムのストーリーを盛り上げてくれる所でもあるので、今後の孫劉の争いから、ますます目が離せなくなってきますね。