
左:石川善樹さん、右:岡部将和さん
ドリブルで相手をかわして抜きたいならば、円を思い浮かべよ
石川善樹(以下、石川) 「ドリブルデザイナー」という職業を初めて聞いたのですが、どういうことをされているんですか?
岡部将和(以下、岡部) 簡単に言うと、ドリブルの指導者です。「指導する」というのもおこがましいので、ドリブルを軸にその選手の強みをデザインしてサポートすることができたらと考えました。そこから、「ドリブルデザイナー」と名乗りはじめたんです。石川さんはドリブルって、何のためにするのかわかりますか?
石川 えーと、ボールを運ぶためですか?
岡部 そうですね。それも一つの役割です。もっとさかのぼって考えたら、サッカーの試合の目的ってなんだと思います?
石川 勝つこと、ですか。
岡部 はい。勝つためには、相手チームより多く点を取ることが必要です。その点を取る確率を少しでも上げるためにドリブルをする、と考えています。
そして、ボールを「運ぶ」というのは、ドリブルの機能の一つです。ドリブルにはあと2つ機能があって、「守る」と「抜く」です。みんながよくドリブルでやろうとするのは、「運ぶ」と「守る」。でも、僕は「抜く」ことをおすすめしています。
石川 ドリブルで抜いていくって、せまりくるディフェンスを「ひらっ」とかわして、ゴールまで持っていく……みたいなやつですか。サッカーマンガからのイメージですけど(笑)
岡部 だいたい合ってます(笑)。
石川 あれができたらいいですよね。でも、難しいんじゃないですか?
岡部 そう、リスクが高そうだからと、チャレンジしない人が多いんですよ。でも、これはちゃんと成功するロジックがあって、それに則った動きをすれば、相当高い確率で抜けるということがわかりました。それが、僕の「99%抜けるドリブル理論」です。理論といっても、聞いてしまえば簡単なものです。要は、図形を思い浮かべながら、ドリブルをすればいいんです。
石川 図形?
岡部 ディフェンスを中心として、半径2m2cmの円が描かれていると想像する。足が軸になっているコンパスのようなイメージをもってください。そして、その円に触れないように、ギリギリのところをドリブルしていくんです。
世界最強のディフェンスから導き出した、2m2cm
石川 なぜ2m2cmなんですか。それ、けっこう大きな円ですよね。
岡部 これは、元イタリア代表のマルコ・マテラッツィという世界トップレベルのディフェンスの選手に協力してもらって、算出した数値です。彼は1m93cmの長身。当然、足が長くてとどく範囲も広いんです。彼の足がとどかない範囲は、その他すべての選手もとどかないであろうと考え、片方の足を軸に、もう片方の足をどこまでのばせるか測らせてもらいました。すると、1m80cmもあったんです。
石川 つまりその選手が、ボールをとろうと足をのばしてきたら、その選手が立っているところから1m80cm以内だと足がとどくわけですね。
岡部 さらにボールの直径が22cmあるので、その分も遠くしないといけません。つまり、2m2cm離れる必要があるんです。
ボールが取られるという状況には3つあります。1つ目は、ディフェンスが足をのばしてボールを取る。2つ目は、ディフェンスが体をぶつけてきてボールを離してしまう。3つ目は、自分がミスをして取られてしまう。ミスをしないと仮定すれば、ディフェンスに触れられない限り、ボールは取られないんです。
石川 なるほど。でも、2m2cm離れていても、その距離を保ったままドリブルしているだけだと、「抜けた」とは言えないですよね。「抜けた」というのは、どういう状態を指すんですか?
岡部 「抜けた」と言えるのは、自分、つまりオフェンスが、ディフェンスよりも相手ゴールに近い距離にいる状態を作れたときです。そして、その状態を作る鍵は「角度」にあります。自分とディフェンスとゴールが、一直線に並んでいる状態を想像してみましょう。これが、角度が180度のときです。
石川 これじゃあ、抜けないですよね。もう少し、右か左にずれないと。
岡部 そうなんです。90度、つまり真横まで行けば、大抵の場合、抜くことができます。でも1対1で真横までいくのはなかなか難しい。それが、100度くらいだったらわりといけます。ディフェンスは、自分との距離には敏感ですが、角度が変わることには鈍感なことが多いんです。うまくドリブルして、すっと相手ゴール・ディフェンス・自分の角度を100度に持っていく。それを僕は、「勝利の間合い」に忍び込む、と表現しています。
岡部 では、この間合いに忍び込むために、どうやって移動したらいいと思いますか? ちょっと線を書いてみてください。
石川 こうですか?(黄色の線をひく)
岡部 それだと、ディフェンスの足にひっかかってしまうんです。さきほどの、2m2cmの円を重ね合わせると、その線は円内に入ってしまいますよね。
石川 たしかに!
いくらテクニックがあっても、ロジックがなければ抜けない
岡部 ディフェンスが届かない距離を保って、円状に迂回する。それが勝利の間合いに忍び込むコツです。円を意識するのは、そのギリギリをドリブルしてほしいからでもあります。円から離れすぎると、勝てる角度に入ることが難しくなるんです。
ちなみに、「絶対勝てる間合い」は対峙する相手によって少しずつ変わります。例えば、背が高い、つまりリーチが長いけどスピードがないディフェンスならどうしますか?
石川 えーと、2m2cmが人間のディフェンスとしては最大に足がとどく距離なんですよね? じゃあ、その距離は確保しつつ、角度は100度以上でも大丈夫なのかな。
岡部 その通りです。自分の足が速ければ、100度以上あっても振り切ってシュートすることができます。逆に、背が低くて素早いディフェンスが相手なら、距離は近めで角度はもう少し90度に近づけたほうがいいでしょう。
石川 イメージする図形を相手によって細かく調整するんですね。「99%抜けるドリブル」と聞くと、追いつかれない速さで走るとか、ボールを蹴り上げてディフェンスを飛び越すとか、股抜きするとか、すごくうまいフェイントをかけるとか、そういうことを思い浮かべますけど、すごく、あの、地味な方法なんですね。
岡部 あはは(笑)。そうですね、これは、試合中に確実に相手を抜くための理論なんです。もちろんフェイントやタッチもできますけど、それはただのテクニックなんですよね。それだけあっても99%抜くことはできない。
僕の考える「抜けるドリブル」は、ロジックとテクニックで成り立っています。手品で言えば、ロジックはタネ、テクニックは手さばきや動作です。どれだけ手さばきが華麗でも、タネがなければ手品として成立しないでしょう。
日本代表選手も気になる、勝利の間合いへの入り方
石川 たしかにそうですね。僕がロジックだけ今理解しても、体がついていかなくて、抜くことはできなそう(笑)。岡部さんのドリブル動画を見ても、こういう動きができる気がしません。
岡部 そう、僕がアップしている動画では、みんなやはりテクニックに目を奪われがちなんですよね。だから、こんなにほいほい抜けるのはディフェンスがうまくないからじゃないか、といったコメントがついたりします。でも日本代表の選手なんかは、違う感想を持つんです。
石川 どういう感想を持つんですか?
岡部 やはり、どうやってあの間合いに入ったのかが気になる、と。普通に動いているように見えるけれど、あの位置にドリブルで持っていくのが難しいということを、彼らはわかっている。だから、どうやっているのか知りたい、と連絡をくれる選手もいます。この前のワールドカップにも出場していた乾選手と原口選手は、ご縁があって僕のドリブル理論を伝えることができました。
石川 そうだったんですね!
岡部 日本の選手が、海外にくらべて技術がないかというと、そんなことはないんです。練習などを見ていると、ドリブルの技術はすごく高い。でも、試合になるとドリブルで抜くことがあまりできない。それはなぜか。自信がないからです。これまでに取られる経験をたくさんしてきたことにより、「ドリブルで抜くのはリスクが高い」と学習してしまっている。
でも、この勝利の間合いを意識している限り、ボールは取られないんです。それがわかれば、思い切ってチャレンジする場面が増えると思います。僕は、ドリブルを通して、勇気を出してチャレンジする大切さを伝えたい。だから、僕がこの理論を伝えることで、ドリブルで抜くことにチャレンジする選手が増えたらいいなと思っています。
(次回に続く)
構成:崎谷実穂
次回「日本人の体型は、『ドリブル理論』に最適なんじゃないか仮説」は10/4更新予定!
岡部将和さんのnoteはこちら!ドリブルデザイナー 岡部将和 note