第14話 試運転
この話から時間が飛び飛びになります。飛行機開発が終われば元の時間に戻ります。
仁美さんとまるで夫婦のような生活を始めてから1ヵ月が経過し、ハンググライダーの試作版が完成した。きちんとした設計図が無いような状況から、僅か1ヵ月で俺のイメージ通りのハンググライダーを完成させたことに驚きを隠せない。結構大きいから、重そうだと思ったらそうでも無かった。
「おおー!これを持って、お空を飛ぶのですね!」
「飛べるかはわからないけどな」
加藤さんが早く飛びたがっているけど、最初に飛ぶのは島津さんだと既に決まっている。設計図制作にも携わった加藤さんには悪いけど、日本人で一番最初に空を飛んだ人、という称号は島津さんのものになりそうだ。
「体勢は最悪、ずっと立ちっぱなしでも良いからね。着陸する時は翼を上向きにして減速する感じで」
「はい。わかりました」
この1ヵ月の検査や訓練で1番身体が頑丈なのは島津さんだとわかったため、そこまで速度を出していなければ死ぬことは無いだろう。身体が柔らかい上に、跳躍力や走る速度が3人娘の中で1番だった。そんな島津さんに対して、ハンググライダーの経験が無いから憶測でのアドバイスをするしかないのだけど、島津さんは真剣に聞いている。間違っていたらごめんなさい、としか言えない。
「フレームを持つ手を前に押し出したら減速、逆にフレームから身を乗り出したら加速、だったと思うけど……」
「そこは飛びながら試したい、です」
島津さんの背中側に、ハンググライダーの三角のフレームの頂点の部分から垂らしているロープを巻く。これ、いざという時にハンググライダーと身体が外れないから危ない気がするけど、無かったら腕だけで体重を支えることになるし、操縦が難しくなるだろうから身体を固定するための何かしらの方法は必要になると思う。
広く、なだらかな坂があるということで、試運転の場所には京都にある競馬場が選ばれた。昔、京都に競馬場をつくった時に凄い坂を設置したため、今では丘のようになっている。……作った時も少しやり過ぎたと思っていたが、今の坂は馬が駆け上るには明らかに急な勾配になっている。高低差10メートルとか馬が死にそう。
「準備は良いかー?」
「はーい!」
その坂から更に上った、観客が入る場所の更に上。勾配10%ぐらいとなる坂の上に立って、島津さんはハンググライダーを持つ。離れたところへ移動して見ているから、20キロ弱の大きなハンググライダーを35キロの身体で支える姿は少し危なっかしく見える。島津さんは元漁師だからか腕力は俺より強いけど。
「行きます!」
宣言と同時に島津さんは走り出し、坂が始まる所で大きく跳んだ。そのまますぐに斜面と平行な体勢になり、機体は坂に沿うように下降していくが、ギリギリで着地を免れて速度を増して行く。島津さんがハンググライダーの枠を持つ手を前に押し出すと、ふわっと上昇した後、急速に速度が落ちて落下した。
滞空時間は、10秒を超えただろうか。飛距離も150メートルは超えていない。しかし島津さんは、確実に空を飛んだ。コース上に着陸後、こけた島津さんを全力で保護しに行く親衛隊の皆さん。俺も駆け寄るが、怪我はしてなさそうだ。
「と、飛べました!」
「千夜ちゃん凄かったよー!」
そして怪我の確認を行っている親衛隊を押し退けて島津さんに飛びつく加藤さん。無事に飛べることがわかったし、次は加藤さんに飛んで貰おうか。
「今回使ったハンググライダーを基本にして練習させるから、壊れても大丈夫なように量産するよう言っておいて」
「かしこまりました。飛び立ってからすぐは急降下していましたが、下がり切った後に少し上昇しましたね」
「うん。上手く風に乗れば飛距離は伸びるはずだよ。翼の部分も改良の余地ありだし、まだまだ安定性は向上出来ると思う。短い距離で慣れたら、3人には崖から飛んで貰おう」
「崖から、ですか?」
「崖から海に向かって飛ぶのが一番安全で分かりやすくない?琵琶湖とかも使えそうだ」
3人が慣れたら、水面に向かって飛ばすよう伝える。愛華さんが面食らったような顔をしているけど、たぶん水面に向かって飛ぶのが一番安全だと思う。というか水面に向かって飛ばす予定だったから泳ぎが得意な人、を条件に入れていたんだけど、伝わって無かったみたいだ。
……あれ、でもこのハンググライダーの構造で着水したら翼が頭の上に来るから息継ぎが出来ないか。水中でハンググライダーを外す訓練が必要になるのかな?水面に向かって飛ぶ前に、ちゃんと考えないとおかないと不味いかもしれない。
ハンググライダーの方も無事だったので続いては加藤さんが飛び、島津さんとほぼ同じ位置で着陸。島津さんの落ち方を見ていたからか、加藤さんはゆっくりとブレーキをかけてふんわりと着陸していた。
「おおおぉぉ……いま私、空を飛んでました」
「……綺麗な着地だったな」
「千夜ちゃんの落ち方を見てたから、着地の方法はわかったんだ」
加藤さんは色々と凄い才能を持ってそうだ。初めてのハンググライダーで綺麗に飛び、立ったまま着陸出来るとか、たぶん他の人には出来ない。
3人目の木下さんの時には感動が薄れたのか、少しだけ浮遊して後は転がり落ちた木下さんの後処理を淡々と行う親衛隊の皆さん。木下さんは飛ぶ瞬間に上手く加速出来なかったようで、離陸した直後から落ちていた。幸いなことに凛香さんが受け止めたので大きな怪我は無かったが、わりと痛そうだった。
親衛隊に関しては最近雑用ばかりやらせているような気がするけど、愛華さんも凛香さんも俺が何かやろうとすると困った顔になるので俺が困る。
飛距離を測定すると、加藤さんは133メートル、島津さんは129メートル、木下さんは8メートルとなった。これを続けていけば飛行機に繋がるとは思うけど……プロペラを付けてヘリコプターの方が早い、か?
この日から、毎日のように丘や山の上からハンググライダーの練習を繰り返す3人は途中でトラブルがあったものの、全員の操作技術が向上して安定した離陸と着陸を繰り返せるようになった。加藤さんはすぐに方向転換が出来るようになったし、他の2人もどんどんと空を飛ぶことに慣れて行った。
機体も安定性が増して、かなり自由に飛べるようになる。
……一方で、エンジン開発の方は暗礁に乗り上げていた。