●side-?
ゴーレム工房でガブリエッラ女史の助手である、イシドロという研究者は優秀な男だった。
作成用の儀式魔法のみならず第四位階にまで足を掛け、更に膨大な資料から何が必要かを割り出せる頭脳がある。加えて名家の出身だと言うことから来る、高い交渉能力まで備えているのだから周囲が期待するのも本人が増長するのも無理は無い。
「そのまま叩き潰してください!」
「自力だけで行けとさ、魔法の援護は要らん」
ストーンゴーレムはオーガと同レベルだが、その戦いは圧倒的であった。
剣が相手の肩口を切り裂き、相手の剣はゴーレムに追加した木製鎧を叩き割る。だが追加装甲が全損するまでに、余裕で二体以上のオーガを葬れるだろう。しかも壊れても取り替えが効く装備である、ダメージレースは比較にもならない。
「しかし新しいやつをもらっちまって悪いな」
「貴方に来てもらう為なら安い物ですよ」
名うてのゴーレム使い、それも人形使いと称される傭兵の一人をイシドロは雇うことにした。
希少な人員を呼び込む材料であり、同時にテストを行えるのだからお互い様と言える。ここまでの交渉をアッサリと決める手腕を見れば、工房長が駄目出しをする訳が無い。
「まあそれでも新しいのがあれば、古いやつを弟子に譲れるからな。感謝はして居る」
「そう言っていただけるなら、このまま早速テストを続けましょう。キャンプ地に戻るまでもう少し勝ち星が欲しいですね」
責任者に黙って二騎目のゴーレムを動かすなんて、そんな暴挙が許されたのも周囲が焦って居たからだろう。
「何を倒せば良いんだ?」
「そろそろトロールに行ってみましょう。確かジェリコさんは炎撃を付与できましたよね?」
イシドロは自信家なところはあるが決して愚かでは無い。
前もってトロールの特性も調べており、人形遣いを呼ぶ際に炎のダメージを付与できる相手を選んでいたのだ。もちろん他の魔法も低位であれば使える為、オーガレベルには負けるなど最初からあり得なかった。
確かにイシドロは優秀な男だったのだろう。
天才でこそないが二物も三物も才能を備え、予習を忘れず傾向と対策まで練っている。
だがモモンガと違って致命的な欠点を持って居た。予想外の事が起きる可能性は常にあると考慮し、万が一にそうなってしまったら何を優先するかどうかの判断。その資質において欠けていた。
「ジェリコ親方! 神殿から何かやって来ます!」
「なんだと!? ラザロ、マッチモ、トライ・デ・トライアルを仕掛けるぞ!」
「へい!」
トロールを探して移動していた最中、見張りを任せている弟子の一人が予定外の声を上げた。
ジェリコと呼ばれた人形遣いは即座に迎撃戦を選択。今まで使っていたストーンゴーレムだけでなく、木製アーマーを製作する為に借りているウッドゴーレムまで動員することにした。
「なんで新型の性能を試さないんですか!?」
「素人は黙ってろ! まずは能力を見てからだ!」
<リーンフォースアーマー/鎧化>を始めとして低位にある強化魔法が、それぞれが操るゴーレムに付与されて行く。
これが周囲の国に脅威を抱かせる、この国のゴーレムと人形遣いの戦闘能力だ。そして馬鹿正直にぶつかる様な奴はこの場には居ない。
神殿からナニカが迫って来る。見た目は髭面、股間には叉袋を持つ奇怪な姿。
それに対して二騎が盾と防御魔法を使って足止めし、親方であるジェリコが満を持して突進を掛ける必殺のフォーメーションを組んだのだ。
「親方、こいつゴーレムだ! 速っ……」
「ちくしょう、俺のゴーレムまで抜けられちまった!?」
「叉袋は飛ぶ為の仕掛けだと!」
正確には大きな袋を馬の代わりにして、上にゴーレムが乗って居たと言うべきだろう。
そいつは高速移動で二騎のゴーレムの脇をすり抜けて、ジェリコの新型に迫ったのだ。いや、正確には……。
「いかん! あいつは俺たちを狙ってるぞ! ラザロ、てめえは依頼人を逃がせ!」
「親方!?」
敵のゴーレムは指揮官潰しを命令されているのか、それとも神殿に指揮官でも居たのか。真っ直ぐこちらの本陣を目指して来る。
幸いにもチャージを掛けるつもりで<クイックマーチ/早足>を掛けていた為、ジェリコのゴーレムが横入りする事が出来た。
壁役以外で戦闘の役には立たないウッドゴーレムをイシドロの護衛に付けて、ジェリコ達はゴーレムの後ろに回り込みながら必死で戦闘を続ける。
だが元より襲撃者は格上のゴーレムであったのだろう、全滅するまでそう長くはかからなかった。
●黒の叡智
時間は掛ったものの、ゴーレム工房から一件の事がモモンガ達にも伝えられた。
自分達が実験して居るゴーレムと同等の相手が、帰らぬ運命となったのだ。これに興味を覚えるなと言う方が嘘だろう。
「ひとまず自分が先行します。ガブリエッラさんはシズと一緒にゆっくり来てください」
「モモンガさん一人で大丈夫ですか?」
報告を聞いた一同は、イシドロ達が実験に向かった場所へ行くことに成った。
とはいえそのまま向かったのでは彼らの二の枚だ、十分な距離を離して調査を行うという方針を決める。
「私一人なら飛行することも、遠距離から視覚を飛ばす事もできますからね。安全が確認できたらシズにメッセージを送りますので」
「それならば仕方ありませんね」
追加報酬など、この際どうでも良かった。
モモンガには単独で先行する必要があったのだ。千載一遇のチャンスが目の前に在ったからである。そしてシズを置いて行くのも、監視の眼を留めておきたいというのが理由だ。
(今なら人形遣いとか言う傭兵たちの死体が手に入るかもしれない。……『黒の叡智』を試すには良い機会だ)
黒の叡智はモモンガが所有するスキルの中でも独特な物だ。
生贄を捧げて習得魔法を増やす物で、幾つかの条件があり面倒さもだが実現性に問題があった。
(効果を発揮しても俺の知らない魔法じゃないと意味が無いんだよな。オマケに入手易くするイベント起こしても必ず可能とは限らないし、死体の数は有った方が良いしな)
まず入手できる魔法はランダムで、意味があるのは知らない魔法のみ。
つまり多くの魔法を覚えているモモンガには既に意味が無いことの方が多いのだが、<クイックマーチ/早足>などユグドラシルにはない魔法や、人形遣い専用の付与魔法は魅力的だった。
このスキルがちゃんと機能するのかを確認し、かつ新しく造られた本当に魔法なのか良く似た別のナニカであるのか。それらを調べるには、今回の様に現地魔法を沢山覚えている居る死体は有益だと言えた。
「できればゴーレムに守られて生きていてくれると助かるのですが……」
「生きて居れば相手の能力を聞けますしね。ただ、ゴーレムだけが生き残って居る場合、このエンブレムを見せてください」
死体を生贄にするよりも、生きている人間を生贄にした方が魔法を覚えられる可能性が高い。
その意味を隠して希望論を述べたモモンガに対し、ガブリエッラは勘違いをしたのかドン引きしそうになるほど冷徹な答えを返してきた。
「シズ、ガブリエッラさんをちゃんと守るんだぞ」
「ん。任せる、大丈夫」
この女研究者はマッドな素質があり、そんなところに生みの親の性質でも見たのだろうか?
シズは意外なほどガブリエッラに親切にしており、言葉少ないタイプではあるがゴーレム関連の疑問にやっていた。ガブエッラの知らない知識もあり、この組み合わせならばシズを置いてまで着いてこようとはすまい。
そしてモモンガは<フライ/飛行>の魔法で一直線に指定された地域へ移動。
目的のモノを無事に見付けだす事が出来た。
「しめしめ。ウッドゴーレムが獣から守ってくれたのか。偉いぞ」
そこではこの間の助手と見知らぬ傭兵の死体、そして何人かの職人たちの死体があった。
これらをまだ動くウッドゴーレムが守っており、最後まで抵抗をしていたようだ。本来であればウッドゴーレムを排除せずに二人を殺せる筈が無い。それが可能と言うだけで多くの情報をモモンガに与えてくれたのだ。
「ゴーレムが無事ということは相当な防御力か素早さを持っている。加えて相当な知能……もしくは的確な指示を与える奴が居たのかな?」
襲った相手と戦っている筈なのに、ここには敵の血飛沫も鎧の残骸も無い。
つまりウッドゴーレム程度では傷も付けられない相手であったのは間違いが無く、かつ無視して行けるだけの余裕があったということだ。
もちろん目撃されるのを嫌がっただけだとか、ウッドゴーレムの体に残った傷から武器の情報を知られたくなかっただけかもしれない。
それでも圧倒的な戦闘力があるならば、叩き潰してから二人を始末した方が遥かに楽なのだ。
(
そう言いながら儀式を行う場所を
あそこならば邪魔者は入らないし、情報系の魔法で調べられない様な工夫がしてあるからだ。
(思いこみは禁物だけど、もしタブラさんの作ったナニカがやったのだとしたら、そこにも行って見ないとな)
そうであるならば彼の残した情報を手に入れることが出来るかもしれない。
自分が実験するのにも
「お、居た居た。こっちは片方倒されてるな」
暫く周囲を捜索して、馬車の周辺に死体を二つ。それらを守る様にストーンゴーレムを発見した。
もう一体ほど……モモンガ達が実験して居るのと同じタイプのゴーレムが有ったが、それは破壊されている。
「このゴーレムは木製のアーマー付けてんのか。ところどころにあるスパイクはソードストッパーかな? ちゃんと考えてるんだなあ……」
流石にストーンゴーレムの重量ならば、大きな足跡が付いている。
スキルの無いモモンガでも区別出来る程度に戦場痕が残されていた。
その足跡は一体がUターン、そしてもう一体がその場で激しく動いていたのだろう……というくらいは判別が付く。
あまり詳しく調べようとすると、イライラして踏み潰したくなるので後でシズを連れて来るまでは放置しておいた方が良いだろう。転移の目標先として記録しながら本命の思案を進めておくことにした。
(さて、ゴーレムのお陰で全員分の死体が手に入ったな。人形遣いは全部もらうとして……こいつどうするかなあ)
判断を難しくしているのはイシドロの死体だった。
欲を言えば全員分の死体は欲しい。ただでさえ入手確率は低いのだ。死体では成功度が落ちるので尚更だった。
(しかしなあ。まったく死体を確保できませんでしたというのもおかしいし……連れて帰れば感謝もしてもらえるだろうしなぁ)
他は獣に喰われてましたとか、アンデッド化を避ける為に焼いてしまったで済む。
だが責任者であるイシドロの死体まで処分したら疑われる可能性が高い。加えて蘇生してもらえる身分なのだから、工房としても有能な研究者を蘇らせるつもりだろう。
(まあ必要な魔法を入手できる可能性も低いしな。生き返った後で今回の情報でも手に入れるか)
結局、判断を分けたのは成功度x入手率の問題だった。
前提条件としてマジックキャスターをある程度積んで居るとして、レベルUPx3の魔法を覚えている。本命はそこからクラスチェンジしてから覚えた魔法なのだ。既に覚えている魔法がヒットして、無意味に成る可能性の方が高かったのである。
だが結果としてモモンガの判断は失敗だったと言える。
なぜならばイシドロの蘇生が失敗してしまい、逆に人形遣い達から異常なほどの確率で現地魔法を入手できたからであった。
●意外な結果と、その意味
一度街に戻り、黒の叡智を試していたモモンガに意外な情報が入った。
イシドロの蘇生が失敗し、灰となってしまったという残念な事実だった。
「あいつ二十レベルくらいはあったろ。普通、蘇生に失敗しないはずなんだけどなあ」
「お金けちった? かも」
それは無いだろうとモモンガは思う。
連れて帰った時に感謝されたのだが、イシドロの実家は名家で金持だった。蘇生の為に必要な触媒や、金貨の類が支払えないとも思えない。
「蘇生の魔法がオレが思ってるのじゃなくて、現地で作られた成功度の低いのだった? それとも他に理由があるのか……」
「そこまでは聞いて無いです」
実験は延期されており、儀式のこともあってモモンガはシズに連絡役を任せていた。
あくまで世間話で目的を持って聞き込みをさせておらず、今の段階で集められる情報には限りがある。
「詳しく調べる?」
「いや、構わない。……しかし惜しい事をしたな。こんなことなら、あいつも儀式に使って魔法を増やしておくんだった」
確率が低いからとモモンガは死体の確保を諦めた。
それなのに後悔して居るのは、人形遣い達の死体から二つの魔法を得られたからである。
「うーん。成功する筈の蘇生が失敗して、ありえないレベルで儀式が成功した……。どういうことなんだ?」
儀式の成功度は他人が作った死体では確率が低くなる。
仮に犯人がタブラの手の者で、他人扱いではなくギルメンが手を貸したレイド扱いなら……まあ成功度そのものは判らなくは無い。
しかし問題なのは、低レベルながら魔法を入手できてしまったことだ。
普通ならば数十分の一~二を引き当てるなど有りない。だからこそ高レベルになるにつれ、儀式を行わなくなっていったのだ。
「クラス専用魔法なら確かに覚えて無いけど……奪えない筈なんだけどなあ……。こっちに来て儀式が強化されたのか、それとも他に原因があるのか」
黒の叡智が文字通り全ての魔法、クラス専用魔法でも奪う儀式に成ったのであれば問題は無いどころか、喜ぶべき事態だ。
あるいは覚えていない魔法を選んで奪えるならば、次々に儀式を行えば多くの魔法を覚えられるだろう。やはり喜ぶべき以外の道は無い。
「やっぱり可能性としては、人形遣いたちが現地で作られた魔法を選んで覚えている可能性だよな。……でもそんなに都合良く覚えられるものなのか?」
最も可能性が高いのは、現地魔法を中心に覚えていたということだろう。
ユグドラシル由来の魔法をあまり覚えて無かったのであれば、ヒットする可能性が高くなるのは当然だ。イシドロが三十分の五くらいであっても、人形遣いたちが六分の四くらいで覚えていたならそうもなろう。
「それに、そこまで都合良く覚えられるほど凄い能力が現地民にあるなら、なんでイシドロは蘇生に失敗したんだ?」
現地民だけが持つ
それらを駆使して才能を伸ばして居るならば、確かにポンポンと都合良く覚えられる理由も判る。だがその場合でも、蘇生に力は使えないのだろうか?
「……消費系? 凄い弾、作るの材料いっぱいいる」
「あー。その可能性もあるか。力にはリスクがある……? クソ運営だったらそのくらいの隠し条件は付けるよな……」
レベルUPと同時に何らかのリソースを得て、リソースを消費して居るのだとしたらどうだろう?
生命力の消費……あるいは始原魔法における魂の消費。現地でそう呼ばれている事実をモモンガはまだ知らないで居た。
と言う訳で今回は現地民の能力と、そのリスクのお話です。
妙なことをポンポンと覚えられる半面、何かの問題があるのではないのか?
それが生命力や魂の力の消費ではないかと考えてみました。モモンガさんは研究者では無いのでまとまっていませんが、辿りついたらタブラさん視点で外伝でまとめる予定です。
●人形遣い
人型ゴーレムを使う専用の現地クラスであり、師について学んでいくことに成る。
ゴーレムに指示する時のニュアンス・曖昧さの欠点や、痛みを覚えない等の良い面を覚えながら育って行く。
その過程で必要な事を覚える間に魔法を覚え、あるいは開発していくことになる。とはいえマジックキャスターがレベルUPごとに3つだとするならば、2レベルUPに1つ程度。
とはいえ味方の魔法に抵抗してしまうゴーレムに対して、魔法抵抗の問題無く付与魔法をできる意味は大きい。更に熟練度が増すにつれ、自分の相棒に必要な魔法を開発するのでかなり強くなる。
●グリージョ・カバリエ・重装仕様
ストーンゴーレムに木製のアーマーを着せて、耐久値を底上げした物。
コンセプトとしては「オーガと殴り合うって判ってるんだから、オーガに殴り勝てる装備付けてればいいんじゃない?」というもので、防御力は殆どないが消耗戦を若干ながら向上させてくれる。
木製なのは作り直し易いことと、相手の槍を突き刺して固定し、更にソードストッパー用の杭を施す為。このアーマーには場所ごとに番号が付いていて、消耗度の高いパーツは造り置きする目安に成っている。
●黒の叡智(内容は捏造)
生贄を捧げると対象が覚えている魔法をランダムに一つ奪うことが出来る。
当然ながら自分が覚えている魔法を奪っても意味が無い。対象がプレイヤーの死体であればその傾向は大きく、有効な魔法は自分も覚えているので意味が無いことが多い。
加えて奪ったからと言って対象プレイヤーが忘れることなどないので、もっぱら特殊な魔法を覚えるモンスターを無数に狩ってチャレンジすることになる。
これらの意味からレベルが上がれば上がるほど、儀式を実行し足り課金して魔法を覚えれば覚えるほどに意味は薄れて行く。
今回は現地で作られた魔法を覚えている対象がおり、かつ体系立てて伝えて行く師弟であったため、入手率が高かった。
(当然ながら同じ系統の指定を狙えば、覚えた現地魔法がまたヒットする確率は増え、無意味に成る可能性も同様に増える)