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ロスト=ストーリーは斯く綴れり 作者:馬面

ウェンブリー編

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第7章:革命児と魔術士の王(3)

 魔術密売――――そんな言葉が【エルアグア】内で使われるようになったのは、遥か昔の事。


 その特異性故に、圧倒的な知名度を誇るこの都市には、国内外を問わず、常に様々な文化や技術、名産品、そして人が流れ着いて来る。

 その中には、違法な物も少なくない。

 教会や魔術士協会の許可を得ていない魔術、つまりはその技法と実用化を説いた論文が集まると言うのは、自然な流れとも言えた。

 その一方で、近年になってその魔術密売が不自然な程に活発化している、と言う不自然な動きもある。


 それが、果たして何を意味するのか――――現時点において、アウロスが知る術はない。


「うわ……目がチカチカして来た」

 しかも、明らかにその現状は、アウロス、そしてにとってマルテにとって向かい風となっていた。

「お兄さん。これ、今日一日じゃ無理だよ。日を改めて、人雇って、一気にバーッとやっちゃおうよ」

「で、その隙に他人にかっ攫われる、と」

 特に表情を変えず、アウロスは現在手にしている【融解と凝固による人体修復魔術】と言う怪しげな題目の論文を『確認済み』の山へと積んだ。

「世の中、不思議とそう言う風に出来ている。困った事にな」

「言わんとしてるコトはわかるけどさ……絶対割に合わないよ、こんな重労働」

 右掌の銅貨2枚を恨めしそうに睨み、マルテは思いっきり嘆息した。


 尤も――――その一方で、表情は然程暗くはない。


 それには、相応の理由があった。

「でも、お兄さんって変わってるよね。僕みたいな片っぽ相手に、書類整理させるなんてさ。普通は気を使って遠慮するか、見下して遠ざけるモノなのに」

 それを敢えて、卑下した物言いで伝える。

 そんなマルテに対し、アウロスは半眼を向けた。 

「生憎、俺は隻腕の人間の稼働範囲はわからない。だから、無理なら断ってくれて良いし、可能ならその労働に見合った賃金を支払う。何にしても、投げかけてみない事には、何もわからないだろう」

「しっかりしてるね。嬉しいよ、そう言うの。でも……」

 不意に、少年の顔が陰る。

「投げかけられただけで、それが堪らなく苦痛に感じる時期って、誰にでもあるんだ。それは人となりなんかじゃない。もしお兄さんが、そんな時の人と向き合う事があったら……そう言うモノなんだって、わかって欲しいな」

 アウロスに見せた事のない、影を帯びたその顔はやけに大人びていて、そして――――何処か寂しそうだった。

「……良くわかった。頭に入れておく」

「ま、偉そうに言うコトじゃないけど……あれ?」

 ふと、マルテの右手が止まる。

「これって……わっ」

 皆まで言う前に、アウロスはその右手に握られていた論文を引ったくった。

 そして、数頁前に戻り、そこに記されている題名を食い入るように眺める。


【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】


 一語一句違う事なく、アウロスが手掛けた論文のそれだった。

「おーっ! 思ったよりずっと早かったね。成功報酬とか発生しない?」

「……」

 歓喜の声を上げて昂揚するマルテとは対照的に――――アウロスの顔は晴れない。

 寧ろ、探している時よりも一層、険しいものになった。

 その顔のまま、パラパラと捲って中身を確認する。

 そして、その中の一枚の紙に差し掛かった所で、流れが止まった。

「ど、どうしたのさ、お兄さん。コレでしょ? 探してたの」

「ああ……間違いなく、これだ」

「だったらもっと喜びなよー。なんか、親の敵を睨んでるみたいで怖いよ?」

 マルテのその指摘に、アウロスの目の周囲の筋肉が、一瞬ピクッと振動する。

「え? ま、まさか……ホントにそうなの? お兄さんの親、論文に殺されたの? でも、紙に殺されるってのもな……呪いの論文とか? あ、そっか! その紙の端っこのとんがったトコで、目をサクッと刺されて……」

「少し黙っててくれ」

 顔の向きを変える事なく、冷たい一言。

 マルテが意気消沈する中、アウロスは自身の論文の中身を、目に焼き付けるようにして読み進めていた。

 自身――――とは言っても、それはアウロス本人が書いた物ではないし、

 同じ紙を使っている訳でもない。


 飽くまでも、これは『写し』。


 とは言え、中身が同じであれば、そこには何の違いもない。

 論文は嗜好品ではなく、書類なのだから。

 ただし。

 本当に、『写し』である場合に限るが。

「……やっぱり、そうか」

 不意に、アウロスの口からそんな言葉と嘆息が漏れる。

 それに対し、マルテが言葉を発しようとした、その時――――

「動くなッッ!」

 張り詰めた咆哮が、室内を蹂躙した。

「今から少しでも動いた者は、反逆者と見なし、躊躇なく攻撃を加える。

 それがわかった者は、床に伏せて無抵抗の意を示せ!」

 声は、入り口から聞こえて来る。


 何者かの侵入。


 それも、一人や二人ではない。

 アウロスの視線に入っているだけでも、五人。

 いずれも、胸に赤色の『菱形と十字を重ねた紋様』を刺繍した、白いローブを身にまとっている。

「わ、わわっ……あの紋様……聖輦軍だ」

 マルテはその姿を確認すると同時に、身を縮め、怯え出した。


 聖輦軍。


 それは、アランテス教会が抱える特殊部隊の名称。

 戦闘能力は中の上程度ながら、教会の戒律を破って脱走した者を追跡したり、捕縛したりする術に長けた、『教会の官憲』だ。

 そんな面々が、この魔術密売会場に現れたと言う事は――――

「マズいよ……捕まっちゃうよ。僕、悪いコト何にもしてないのに……」

「そこッッ! 早く伏せろ! 抵抗する意思があるのなら攻撃するぞッッ!」

「にょわっ」

 右手で後頭部を抑え、マルテはペタンと俯せになった。

 他の者も、既に同じ体勢で、無抵抗の意を示している。

 一方、アウロスは――――

「貴様ッッ! 警告を無視するかッッ!」

 一番前で叫び続ける、やたら線の細いギョロ目の中年男に対し、猜疑の目を向けていた。

「第一聖地にもいるのか。ま、当たり前と言えば当たり前だが」

「何だッッ!? 何を言っているッッ!」

「いや……で、聖輦軍がここに何の用だ?」

「知れた事をッッ!」

 破裂しそうな程の大声。

 思わず顔をしかめるアウロスに対し、ギョロ目の男は殴りつけるかのような発声で、その説明を始めた。

「この場にいる者は皆、魔術密売に関わっている重大な犯罪者ッッ!

 それを教会が取り締まるのは、至極当然だッッ! 言い訳なら聞く耳持たぬッッ!」

「言い訳する気はないさ。ただ……明らかに変だと思ってな」

「何がだッッ!? これ以上無駄口を叩くのなら、容赦せぬぞッッ!」

 怪訝な色を更に濃くするアウロスと、今にも目を飛び出させる勢いで憤怒の度合いを増し続ける男。

 既に二人は、臨戦態勢に入っていた。

「ちょっと、お兄さん! アンタ研究者だろ!? 聖輦軍なんて連中煽ってどうすんのさ! 殺されちゃうよ! 大人しく捕まって、テキトーに反省の弁垂れてれば、いつか出てこれるって!」

「いや。お前こそ、連中の前でそんな事叫んでどうする」

「……あ。しまった」

 隻腕の少年は、右手で後頭部をポリポリと掻く。

 その手の僅か上を――――

「へ?」

 一筋の光が通過し、衝撃音と共に壁の一部を破損させた。

「……どうやら、反省の色は欠片もないようだなッッ!」

 男のギョロ目が、これ以上ない程に血走る。

「アランテスの名の下に、そして聖輦軍の名の下にッッ! 貴様等二名を処分するッッ!」

「えええーっ!? 僕、何にもしてないのに……」

「やかましいッッ! 二人まとめてあの世へ行けッッ!」

 男は『再度』、右手人差し指に嵌めている指輪を光らせた。

 それは、魔術を編綴する為の作業、すなわちルーリングの為に必要な所作。

 そして先程と同様に、その光で空中に文字を描く。


 ルーンと呼ばれるその文字は、これから具現化する魔術の性質、出力、速度、範囲などを指定し、そして実際に放つ為の言語だ。

 先程は、3文字。

 所要時間は2秒にも満たない。

 威力も最小限。

 しかし今度は、5文字、6文字と、どんどん増えていく。

 それは、より威力や範囲の大きい魔術を編綴している事を意味していた。

「お、終わった……僕の人生。こんな事なら、もっと貯金使っておくんだった……」

 それを呆然と眺めながら、諦観の念に打ち震えるマルテの傍で、アウロスは小さく溜息を漏らした。

「どうしてこう……いつも真っ直ぐに事が進まないのか」

 それと同時に、右手人差し指を掲げ、光らせる。


 それは――――ルーリング。


 だが、ギョロ目の男とは決定的に違う点がある。

 アウロスが描いたのは、たった一文字。

 その一文字を描いた瞬間、驚くべき速度で、次から次に文字が連なって行く。

 自動的に。

 そしてその文字列は、あっと言う間に聖輦軍を名乗る男の綴った文字数を追い越して行った。

「……なッッ」

 8文字目を綴り、自身の指の真上に拳大の光の球体を生み出した男は、ギョロ目を更に丸くさせる。


 程なくして、その光の球が高速でアウロスとマルテを襲うが――――


 既に二人の僅か前方を天井から床まで覆うように出現した『結界』に当たり、特に何の音も発せず霧散した。

「こ、これって……もしかして、ルーリング作業の高速化? あの論文の?」

 マルテが驚き半分、安堵半分で呟いた言葉に、アウロスは特に反応を見せず、宙に伸ばした指で頬を掻く。

「やっぱり、妙だ」

 そして、徐にそう呟いた。

「確かに妙だな」


 呼応したその声は――――室内にいる人間のものではなかった。


 つまり、廊下からの声。

 だが、聖輦軍のものでもない。

 何故なら――――彼等は一人を除き、全員倒れているのだから。

「何だッッ!? 何が起こっているッッ!?」

 自身の直ぐ背後に迫って来た『異変』に、ギョロ目の男は畏怖を携え、振り向く。


 アウロスの視界にも、その正体はハッキリと確認できた。


 やたら高い身長。

 野性味溢れる、波打つ髪。

 口回りを取り囲む、均等な長さに揃った髭。

 赤、青、黄、緑など、数多くの色の宝石を散りばめた、巨大な首飾り。

 ローブとは真逆の、フィット感が強く、腕、脚までピッチリと包んだ衣服。

 だが、それらの特徴的な要素すら、全てが引き立て役に過ぎない。


 その人物――――その男を特徴付ける最大の要素は、顔。


 やや薄い中にも存在感のある眉も。

 吊っても垂れてもいない二重の目も。

 高く、適度に鋭い鼻も、一切の隙のない締まった口元も。

 全てが彫刻と見違う程に整った、稀代の美男。

 決して若くはないが、その顔には一点の老いも感じさせない程、活力に満ちている。

 そんな男が、何の躊躇も葛藤もなく、ギョロ目の男の襟首を掴む。

 筋骨隆々と言う訳ではないが、衣服の上からも無駄な贅肉を一切そぎ落とした、造形美溢れる腕を伸ばして。

「ひッッ!?」

「聖輦軍が、こう言った街中で行っている闇取引の会場に直接足を運ぶなど、

 考えられん。警吏に指示する筈だ。これ見よがしに紋様を誇示しているその白いローブもあり得んな。連中は追跡を主な仕事にしている。そんな目立つ格好で外を動き回る筈がないだろう」

 その腕に、少しずつ力が籠って行く。

「もしかして、お兄さんがしきりに『妙だ』って言ってたのって、それ……?」

 少し状況に余裕が生まれた為か、マルテは既に状態を起こしており、怖々とアウロスに問う。

「ああ。俺はあの紋様が聖輦軍の証だって事は知らなかったくらいだしな。ただ……そうなって来ると」

「一体、何者だ? 何故、聖輦軍を騙る必要がある?」

 アウロスの疑問を代弁した長身の男は、更に腕に力を込めた。

「ままま、待てッッ! まずは手を離せッッ! いや、離してくれッッ! この体勢では話も出来んッッ!」

「そうか。それは済まなかった」

 言葉ほど悪びれる様子はないが、ギョロ目男の襟首が程なく解放される。

「ゲホッッ! ゲホッッ! ……我々は……」

 そして、咳き込みながら俯き、手で喉を押えるようにし、沈黙。

 その手は――――蠕動していた。

「……由緒正しき盗賊団【バンディード】の一員だッッ!」

 頭で隠しながら行っていた行為は、ルーリング。

 こっそりと、確実に綴られた4つのルーンが霧散する。


 その魔術は。


「生憎――――」

「――――聞いた事もない」

 具現化する直前、消失した。

 アウロスが瞬時に出現させた青魔術【氷塊】と、長身の男の繰り出した拳によって。

「……きゅうッッ」

 情けないながらも、最後まで張った声を残し、ギョロ目が白目を剥く。

 だが、その卒倒した男へ向けられる視線はない。

 その場にいる全員の目は、一人の気怠げな研究者と、一人の美形の男に向けられていた。

「きゅ……救世主だ!」

「助かった! ありがとう、二人とも!」

「まさか賊に入られるとは……しかしお陰で助かった。礼を言うぞ!」

 闇取引の会場、麻薬密売の現場。

 そんなキナ臭い空間に、年齢層を問わない賛辞の声と拍手が響き渡る。

 だが、その一種異様な光景に、二人は一切浮かれる様子もなく、互いに睨み合う。


 先に均衡を崩したのは――――長身の男の方だった。


「……お前、名前は?」

 その端正な唇が、ゆっくりと動く。

 決して高くはないが、良く通る声。

 生まれつき、人の上に立って説く事を宿命付けられたような声だ。

「アウロス=エルガーデン。そっちは?」

 一方、こちらは微かな幼さを残した声。

 それでも、少しでも尖らせようと努力した、居丈高な声。


 そんな交錯の果てに待っていたのは――――


「デウス=レオンレイ。後に、魔術士の王となる男だ」

 二つの不敵な笑みだった。









 それは、始点。 


 第一聖地マラカナンで起こる、空前絶後の大騒動。


 そして、【デ・ラ・ペーニャ】全土を巻き込んだ、未曾有の事変。


 その――――始まりの瞬間だった。



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