彼らのルネサンス   作:ノイラーテム
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タブラさん外伝:ルーンの詩

●出逢い

 地下を通っての移動中、転げ落ちて来たドワーフらしき死体を前に、奇怪な姿をした男は足を止めた。

 パっと見ではつまらなさそうに、その実は興味深そうに死体を見聞し、改めて魔力感知/センスマジックを併用する。

 

「めぼしいモノはなさそうだけど……? 待てよ、これはルーンなのか?」

 幾つかのマジックアイテムを持っているがどれも低位の物に見えた。

 一番目立つマントが不可視化/インジビリティであったことから落胆したのだが、良く見れば文字が擦れて見える。

 

「間違いない、ルーンだ。助けるか放っておくか……どうしようかな」

 カチャカチャと蘇生のワンドを弄びながら男は視線を巡らせる。

 そこは洞窟の中であり、この死体は上方にある穴から落ちて来たのだ。もしかしたらルーン以外にも何か教えてくれるかもしれない。

 それに興味本位で地下道を通ったらこんな出逢いがあったのだ、面白いことが起きるかもしれない。

 

「助けるか。灰になったら笑えるけど」

 そう言って覚悟を決めるとワンドの能力を起動。

 合わせてポーションを取り出し、穴が一番太い場所に魔法のアイテムで仮設の部屋を造り出す。

 

 やがて死体が生者に成り、無事に蘇ったのが判る。

 目覚め/アウェイクンの魔法を使うと、ごほごほと出来込みながらドワーフが眼を開けた。

 

「馬鹿なワシ……儂は確かに死んだ筈。それともここは死の国なのか?」

「話が聞きたくて蘇生したんだ。できれば名前を教えてくれると話がし易いんだけど」

 ドワーフは信じられない様子で自分の体を確認したが、男の奇怪な顔を見た瞬間に何かしらの納得をしたようだった。

 どう見てもバケモノであるが、それだけに何が出来ても不思議ではない。

 

「儂はゴンド、ゴンド・ファイアビアドじゃ。いっそ、あのまま死なせてくれれば良かった物を」

「それは君の勝手だけれど、できれば情報を話してからにしてくれると助かる。あと……内容によっては相談に乗らせてもらうけどね?」

 蘇生のワンドは気にして居ないが、せっかくの出逢いを無駄にするのは惜しい。つまらない目的だったらがっかりしてしまうが、偶然出会ったと言うスパイスはきっと大抵のことを愉しませてくれるだろう。

 

「儂は衰退して行くルーンの技術をなんとかしようと思っておった。じゃが才能の無い儂では満足に実験することもできず、せめて材料を集めようとこの坑道に来たのじゃが……」

「ああ……モンスターに追われて落っこちたと。ところで才能が無いとはどういう意味なのかな? ルーンについても教えて欲しい」

 ゴンドの話では上層には放棄された街があるらしい。

 そこにある坑道の一つに、彼は危険を承知で鉱石集めに来たと言うことだ。素材集めの苦労はユグドラシルでも味わった事であり、なんとなく納得する。

 

 思案し始めた男に呼びかけようとして、ゴンドはようやく名前を聞いていないことに気が付いた。

 

「そういえばお主の名前は何と言うのじゃ? 一度死んだ身としては興味も無いが、こちらとしても名前を知らんと話し難い」

「ああ、私の名前を言うのを忘れて居たか。タブラ・スマラグディナ、ただの錬金術師さ」

 白い蛸のような奇怪な姿をした男は、つまらなさそうに自分の名前を告げる。

 これがゴンドとタブラの出逢いであった。

 

●ルーン・スミス

 それからタブラは魔化の技術に押されてルーンが衰退して居ること、そしてゴンドは一文字しかルーンを刻めないことを教えてもらった。

 彼が所有する魔法のアイテムに刻まれた文字を見せると、驚いて自分が知るルーンの一部だと反応が返ってくる。

 

「確認するけれど、刻めるのは一文字だけ。でも知って居る限りのルーンは全てチャレンジできるんだよね?」

「その通りじゃ。流石に上位のルーンや秘儀のルーンは全ての詳細を知っておる訳ではないが」

 徒弟も務まらないゴンドに見る資格はないのだが、彼の家は代々続く名家ということもあり調べることはできる。

 訓練するにも他にやり易い字はあるので無理には彫っていないが、やって彫れないことはないだろう。

 

(ルーンを刻むのは魔法やスキルじゃないのか? 1レベルでも職を得たら全て覚えられるが、刻めるのは一文字から成長と言うのはバランスがおかし過ぎる)

 マジックキャスターの場合は1レベル上昇ごとに三っつの魔法を覚えることができる。

 上位職で魔法扱いのスキルを覚える場合は、それとは別に一つずつというのが定番だ(異形種など魔法戦士系は別にして)。

 

(考えられることは二つ。本来は上級職で全て刻める筈だったのが、中級職で可能になった為にチグハグになっている)

 アサシンの里にユグドラシルからやって来た忍者が教えたことで、いきなり忍者に出来る様になったとイジャーニヤについて考察したことがある。

 その案が正しいとしたら、単純にゲームと違うから前提職のアサシンが解除され易いということなのだろう。

 

 幸い忍法はMP消費で差が出る魔法であり、むしろ良い面が出たのだが、ルーン工匠は逆だったのだろうか。

 中途半端に刻めることが逆に幸いし、無理に目指させて一文字しか刻めない絶望を味あわせて居るとか?

 

「タブラ殿?」

「ああ、すまない。つい考え込んでしまってね。でも……もしかしたら何とかなるかもしれない」

 いつもの癖で考え込んでしまったが、タブラは触手のような手を振って大丈夫だと答えた。

 これが説明中だったら留らないかもしれないが、思案段階ではそこまで夢中になる訳でもない。

 というか思案の中断とは考え直せ、別角度で見直せと言う視点の切り替えとして歓迎して居た。

 

「なんじゃと!? それはどういう……」

「うーんとね、ルーン刻印が魔法だったら難しかったかもしれないな。でも私がみた所、ルーン工匠はむしろ……」

 魔法や魔法を伴う技術者系スキルであると考えれば考えるほどに矛盾が出て来る。

 レベルUPで初期の文字から中級、上級と成るにつれて文字数が増えて行くならば判る。

 だが最初に全て覚えることが可能で、文字数だけが制限されているのはいかにもチグハグである。

 

「簡単に言うとね、むしろ武技に近いんじゃないかと思うよ。だとすると整合性が取れて来るし、覚えられなくもない」

「武技に近いじゃと……? そんな馬鹿な」

 タブラは驚愕するゴンドを尻目にコインを何枚か取り出して行く。

 そして銅貨を十枚ずつ、幾つかの山にし始めた。

 

「この山が君らの覚えた技術だと思って欲しい。戦士がこのくらいで連続攻撃や双撃を覚えるとして、ルーンの一文字目はここ。多段攻撃や旋回攻撃がここで……」

「二文字目がその辺り……確かに言われてみればそうかもしれんが……」

 戦士であれば早い段階でスマッシュやフェイントを覚えるが、ルーンスミスは上位職なのでそこには存在しない。

 10レベルを越えた辺りで割りと上位の武技である連続攻撃に11レベルで双撃と仮定し、ルーン刻印の一文字目もそのくらいと仮定する。

 13レベル目くらいに多段攻撃で14レベルで旋回攻撃を覚える段階とすると、そのくらいに二文字目と仮定するというのは判らなくもない。

 

「しかし難しさの段階でいうならば、魔法の類でも同じなのではないか?」

「ルーン工匠は無数の武器で扱う武技の代わりに、無数の文字で刻む業技。そう考えれば最初に全ての文字を覚えられることや、一文字ずつというのも納得が行くんだ」

 反論してみせるゴンドに、タブラは愉しそうに答えた。

 剣やハンマーを使い分けて武技を使う戦士に対し、鋭さや硬さという文字を使い分けるルーン工匠は良く似て居ないか……と。

 

「この仮定が成立する場合、なんとかして君のレベルを底上げすればいい。そういうアイテムも持って居るけど……まずは君の御仲間の職業を教えてくれ」

「……? 殆どは儂と同じ武具に携わっている者じゃが……まあ良かろう」

 タブラはゴンドの言葉を聞いて嬉しそうに頷いた(ように見える)。

 この『殆ど』と言う言葉が、もっとも聞きたかった答えなのだ!

 

「なるほどなるほど。理解した、おそらく解明した。断言は禁物だがルーン工匠に成る為の条件と刻印のルールが判ったと思う」

「ほ、本当なのか!? 儂らドワーフが長年かけて積みあげて来たモノをこれだけの短時間で把握したじゃと!!」

 半信半疑ながらゴンドは嬉しさと共に、言い様の無い殺意を覚えた。

 これまでのドワーフ達が積みあげて来た技術を丸裸にされて嬉しい筈が無いが、それを止める術も止める理由も無い。むしろ縋り付いて教えを請わねばならない状況が、悲しいほどに頭を冷してくれた。

 

「良いかな? おおよそこのくらいの段階で戦士は……別に兵士でも剣士でも良いんだけど、上の段階の武技を覚える。条件は戦えることだ」

「ルーン工匠は技術職ということじゃな? そこまでは判る」

 積みあげたコインを一旦崩して、帝国製の銅貨だけを選んで十枚ほど積みあげ直した。

 適正な職業を積みあげた時に上位の武技を覚え、あるいはルーン工匠になることができる。

 

「そう、技術職である必要が出て来る。そこで武具を扱うのは、ルーンを彫るのが武具であることが多いからだ。ならば自分で作れる職を選ぶのが『普通は』最適解だ」

「じゃが……儂の限界はここまでじゃ。どんなに苦労しても二文字目にすら。僅かあと少しに届かんのじゃ……」

 涙を浮かべるゴンドを無視して、タブラはコインの中から更に別のモノを選び始めた。

 良く見るとそれも帝国製のコインであるが、銀貨や年代の古い銅貨が含まれている。

 

「ここで問題は最適解だということだな。だけれども、それが誰しもの最善とは限らない。さっきの話しによると武具以外の職人も居ると言うが、ベストをつくしたつもりでベターで妥協して居ることだってありえるんだ」

「べすと? べたー? 何を言っておるんじゃ?」

 意気消沈して居る為か、慣れない表現を理解するのが送れたゴンドにタブラは首を振って続きを話す。

 元より彼はゴンドの反論を待ってはいない、実に自分が話したいことを話すだけなのだ。

 

「要するに君に他の適正があるかもしれないってことさ。煉瓦職人としてレゴ・ルーンブロックを作ったり、服飾家になってルーン染色を編み出せるかもしれない」

「り、立体的なルーンに色彩でルーンを表現するじゃと!? まさかその様な方法が……」

 いまいち納得できないながらも、言いたいことだけは理解できた。

 10レベル積みあげる必要があるならば、敵性の無い武具職人ではなく煉瓦職人なりガラス職人なり裁縫でも良いのだ。

 なんだったらドワーフの国には数が少ない木材を求めて、アゼルシア山脈を越えてもよいだろう。その過程で木工職人や石材を試しても良いかもしれない。

 

「どうせリハビリは必要だろう? その中で手に馴染む試して行っても良いし、さっき言った立体とか色彩のルーンを開発することが試練になるならば、それを越えれば限界を越えて成長できるかもしれない」

「……どんな方法でも成長できればそれで良いか……。どうせ一度は死んだ身じゃ、それも良いかもしれん」

 蘇生した以上は、これからの人生はオマケ。

 そう考えたことでゴンドはやる気をだしたようだ。技術を手に入れようと国を滅ぼすと言うならば断わったかもしれないが、そうでなければ特に躊躇する必要も無い。

 

「しかし……お主はなぜ儂を助けてくれるんじゃ? 何のメリットも無かろうに」

「単に私の考察が正しいかどうかを調べられること……。あとはそうだね、面白そうだからだよ。君が成功して失敗して誰かに影響を与えて……その先を考えて見ると良い」

 それが一番重要だとでも言うかのようにタブラは答えた。

 

「それが私のせいであり、今回の出逢いが遠因だったら、まるで物語りのようで面白いじゃないか。ただ平穏に暮らすだけだと世の中なんて大抵がつまらないものさ」

 私は古い物語りが好きだ、どんな由来か想像するだに楽しい。

 私は新しい物語りが好きだ、どんな切り口なのか想像するだに楽しい。

 私は私と同じではない考えが好きだ、どんな発想の違いなのか想像するだに楽しい。

 

 だから私は偶然が呼びこむ出逢いを大切にして、愉しくキャラクターを育てて行くんだ。

 バケモノに相応しい語り口でタブラ・スマラグディナは唄う様に言葉を綴ったのである。

 

「そうか。儂には全く理解できんが、儂の行動がお前さんの利益に繋がっていると言うならば遠慮なく力を借りることができると言うものじゃ。よろしく頼むわい」

「ああ、そうしてくれて良いとも。私は友人と違って愉快犯では無いからね」

 ゴンドには理解できない表現で、ナザリック一の愉快犯の友人であるところのタブラは静かに笑った。

 

 そして一度、ドワーフの国に戻ったゴンドが旅に出るのはそう遠いことでは無かった。

 

●ヒトの切り口

 タブラが教えてくれる錬金術や薬草知識の他に、ドワーフの国で学べる技術をゴンドは一通り試してみた。

 今までに溜めた研究費用を全て使い切る勢いで、それでも手応えが無いと知ると腕を磨くためと称して旅に出る。

 

 その過程でようやく己の才能を見出したゴンドは、漂泊の果てにリザードマンの村に居付いたのである。

 

「友よ、ようやく二文字目を彫ることに成功した。それだけでなく様々な知識を教えてくれて儂は感謝しておるぞ」

「構わないさ。私は興味本位でやってるからね」

 ゴンドにどんな才能があって、カンストと思われたレベルを突破できたかはこの際置いておこう。

 ここで重要なのは、彼が二文字のルーンを刻む事が出来たということだ。

 

「リハビリを終えての一文字目、その後の改良刻印。そして二文字目。どうやら武技に近いと言う推測は当たっていたようだね」

「そうじゃな。このまま行けば新しい改良刻印を覚えるか、新技術を思い付く為に修行するか……というところかの」

 ゴンドが修行で得た技術が大して意味の無かったこともあり、ルーンと組み合わせる努力はとうに捨てた。

 ここは昔からある改良されたルーン刻印方法を覚えるか、まったく新しい物を覚えて見るかが大きな節目だ。

 

「儂としてはどちらでも良い、新たな技術を覚えられるということは素晴らしい事じゃからな。ゆえに友であるお主に望みがあれば、まずはそれを試してみようと思う」

「まあ試したところで成功するとも限らないしね。そのスタンスで良いと思うよ」

 ゴンドはタブラのことを友と言う割りに、その逆は無い。

 また変に遠慮して居ることからも、力関係が判ろうと言うものだ。しかしタブラにはどうでも良いことであり、最初から立ち位置は変わらなかった。

 あえて言うならば、ゴンドの警戒心が強まって融けて行く段階だというくらいだ。単に独り相撲だったと言い換えても良い。

 

「前に行った染色と組み合わせたり立体でも良いんだけど……。そうだなあ、むしろ使い方の方を覚えて欲しいかな?」

「いきなり話が飛んだの。お主はいつもそうじゃが……。まあええじゃろう」

 万年賢者タイムと言うべきか、タブラという男の興味はそっ気なく時へ四方八方に飛び火した。

 その時の興味がなにより優先され、それでいて以前からの思案が根強く残っていたりする。

 

「私達が装備を作る時の指針なんだけどね。対策アイテムは当然のことながら、その人の個性に合致した専用アイテムが重要なんだ」

「ほう……個性を伸ばす専用のアイテムか。そいつは盲点じゃったわい」

 二人は自然と視線を村一番のリザードマンである、ゼンベル・ググーに合わせた。

 

「対策アイテムということならば、簡単に言うと冷気攻撃用の耐性アイテムか。フロストドラゴンの事を考えれば造っておくのも悪くは無いが」

「そう……。悩ましいのは専用アイテムを作る段階で、何が面白いかということなんだ」

 単純に強いアイテムを持たせるだけならば、馬鹿にでもできる。

 また、効率重視で持たせるのであれば、コスト優先で魔化の方が良いことになってしまう。

 

 ゴンドもタブラに毒されて来ているが、元より研究者肌であり言いたいことは理解できた。

 せっかく専用装備を作るのであれば、いつでも使えて、かつゼンベルの特性を生かせる方が良いだろう。

 

「アイデアが無ければ練習を兼ねて冷気対策を作り始めるとして……。大斧はつまらないね、炎の斧で対策とか対比にしかならない」

「それはそれとして万能に見えるから悪くはなさそうじゃが……。いや、待てよ。それなら燃える爪の方がよさそうじゃ」

 ゼンベルは厳つい大男で、片方だけ大きな手に大斧を構えて歩きまわっている。

 だが彼を深く知る者は、その本質がモンクであることを知っているだろう。普通は格闘用の武具など無いので、剛力を活かせる斧を愛用して居るだけだなのだ。

 

「炎と耐火の力を与えて……いや、耐性なんぞ自前で可能なはずじゃ。ならば鋭さを持たせた方が良いか」

「判って来たじゃないか。便利なだけの武具なんて面白みが無いからね。それに……強者と闘うことを考えればイザと言う時に無茶が効くと思うよ」

 耐火アイテムを兼ねて、何時でも使える燃える爪。

 そっちの方が普段使い出来ると考えるのが普通だが、二人の思考は明後日の方向に向かう。

 

 より強いアイテムが現れた時にアッサリ乗り換える様な装備ではなく、これがあった方が良いと思えるような癖が強い装備こそが専用武具の真骨頂である。

 となれば耐性なんかは他のアイテムや武技に任せて、独特の能力を持たせるべきであろう。

 だからこそ普段はそれを使い続け、全く通用しない……炎の精霊などとの戦いでは持ち還る決断を出来るのだ。

 

「ふむ。今持っておる斧と同じくらいの爪ができるのが理想じゃの。二つ目は足を早くするアイテムで、その攻撃力を活かすか……。あるいは反対側の手に籠手でも付けるか」

「形状に関しては私の方で何パターンか知ってるから、後で幻影で見せてあげよう。まあ次のは彼の意見も聞けば良いんじゃない? どうせ時間も掛るしさ」

 ゴンドに渡した指輪は疲れ知らずの指輪/リング・オブ・サステナンスと、気力・体力を回復する活性化の指輪/リング・オブ・バイタリティだ。

 残念ながら工作に経験値の指輪や能力値増強の指輪は効かなかったので、ルーンを彫るのに飲食の時間以上に短縮する事が出来ない。

 仮に冷気耐性の装備も準備するとなれば、次の装備へ手を付けるのは、まだまだ先の事に成るだろう。

 

 ……そんな事を思っていたのだが、事態は思わぬ方向に進行する。

 

「何、他の村の勇者にじゃと?」

「ああ、そうだ。こないだの戦いで面白い連中を見掛けてよ。そいつらに装備を造ってもらう代わりに、協力を呼びかけた方が良いかと思ったんだ」

「仲間は最強の装備と言うからね。しかし……その方が面白そうだ」

 ゼンベルに声を掛けると、リザードマン同士の争いが始まったと言うことだ。

 二人は指輪の効果で食料が要らない為に気が付かなかったが、周囲では食べる物が不足して居ると言う。

 ゆえに大規模な戦いになるのは避けられず、いずれ雌雄を決する戦いがあるのではないかと思われていた。

 

「仲間こそが最強の装備品か……。しかしゼンベルお主、意外と頭が回ったんじゃの」

「違うよゴンド。この男はね、単に勝負をしてみたいんだろう? 選ばれし勇者に相応しい、専用のアイテムを持った者同士で」

「かーかっか! そうだよ! どうせなら俺は凄げえ戦いがしてみてえんだ」

 ゼンベルという男、脳筋かと思えば……実はジャンプ脳であった。

 夕日を背中にして心行くまで殴り合い、気がすんだら酒を呑みながら呵々大笑。そういう光景が実に似合う。

 

 そんな彼だからこそ、周囲のリザードマンをまとめあげた王国を造り、その全てを投げ捨てることができたのだろう。

 シャースーリュー・シャシャに国王の地位を任せると、ゴンドやタブラにくっついて気ままな修行の旅に出かけたのである。

 

●ルーンの詩

 幾らか寄り道をした後で、世話になったドワーフに挨拶をしたいと言うゼンベルの言葉で国に戻ることになった。

 それまで見聞したことや、武技に近いと仮定して考えを修正したゴンドのアイデアを仲間達に報告するのも目的だ。

 

「こっ、これは!?」

「ワシは今、素晴らしい物を見ておる! この様なモノが実在しようとは……」

「ゴン坊よ、修行の旅に出たと聞いてはおったが、まさかこの様なモノを見付け出したとは……」

 ルーン工匠達は驚いた様子で、預かり物の短斧を眺めて居た。

 柄の小さな斧には無数のルーンが刻まれており、中でも幾つかの文字が常に輝いているほどだ。

 

「預かり物じゃから渡せんが、投げても手元に戻ってくる能力と、クアゴアなど瞬時に炭に還るほどの雷撃を放つこともできる。じゃがその真価は武器などではないとか」

「なんと……。これほどのルーンを刻む事が出来れば、それほどの力を得ることが可能なのか」

「まさしく伝説の武具じゃ。いや、本質は別であると言うがワシらでは片鱗すら図り知ることもできぬのか」

 話を聞くと柄の短いこの斧の真価は、あくまで幸運をもたらすことだという。

 農作や工作で質が良い物ができますようにという祈りが主体であり、農業の神や鍛冶の神が使っていたのではないかと議論が飛び交った。

 ドワーフの神が居るならば、きっとこの斧の持ち主に違い無いとすら言う者まで現れる始末だ。

 

「勘違いして欲しくないのじゃが、ワシは似たようなことが出来ると思うておる。もちろん、いつか将来。今では不可能じゃろうが」

「馬鹿な! ワシらが知る限り五文字。ここに居る者では四文字が限界なのじゃぞ?」

「いや、伝説の時代ならば六文字の物が在ったと言う。ドワーフ工王のハンマーがそれじゃと」

「おお、大地を激震させると言うアレか! しかし伝説でソレじゃと、二十文字を越えるコレは無理ではないか……」

 ゴンドの言葉にルーン工匠たちは懐疑的な声を挙げる。

 負けん気の強い彼らであるが、二十の文字に加えて恐るべき力を感じさせる秘儀の文字は到底届かぬ高みに見えたのだ。

 

「考え方を換えるんじゃ。この文字は二つに分かれており、受け入れる為のルーンと、後から追加したルーンに分かれておるとしたらどうじゃ?」

「それならば可能かもしれんが……。それでもせいぜい六文字を彫れるようになるだけではないか?」

「待て。その考えを勧めて、魔化と併用できるルーンを造ってはどうじゃ? さすれば文字を彫るのは無理でも、十文字分に匹敵する力を持てるかもしれん」

「その手があったか! しかしそんな事が可能なのか……」

 無理だと言う見解が見解に、そして意見へ、最終的には議論へと発展して行った。

 これまで魔化に効率面で敗北して、消え去るだけであったルーン技術。

 それを発展させる為ならば、彼らは命を賭して成し遂げるかもしれない。例えどれほどの年月が経とうともだ。

 

「儂はこのアイデアを『ルーンの詩』と名付けておる。賛同する者で研究を進め、否定する者で別の切り口で研究を進めればいつか可能になると信じておるのじゃ」

「ルーンの詩か。良い名前じゃのう」

「可能だとは思えんが、良い名前じゃ。この会合の名前にしてはどうじゃろう?」

「ガハハ。『ルーンの詩の会』か。良いじゃろう! まずは乾杯じゃ!」

「ルーンの詩の会に乾杯! ルーン工匠の明日に乾杯じゃ!」

 議論が煮詰まり、とりあえず諦めずに研究して行こうとだけ結論が決まった。

 

 彼らルーンの詩の会により、研究が進むかもしれないし頓挫するかもしれない。

 そこにタブラは何の興味は無く、姿を隠したままドワーフ達の奮起を愉しそうに眺めて居た。

 

「しかしゴン坊よ。研究を進めるとして、何かアイデアはあるのか?」

「うむ。この斧を貸してくれた人物と共に、かつての王都に向かってみようと思う。そこでみなの知識と力を借りたいのじゃ」

「王都か。……あそこにはクアゴアやドラゴンどもが棲んでおるが……」

「いやいや、これほどの武具の持ち主じゃ。もしかしたら倒せる……いや、先人たちの残した秘儀の書をコッソリ持って来るだけなら可能かもしれん」

「と言うことは三つの難関を越える方法を探さねばならんの。誰ぞ隠し道や迷路の構造を知っておる者がおるはずじゃ!」

 次なる議論はいかにして難関を踏破するか、その知識を持って来るかが話題になった。

 もはやルーン工匠が斜陽などと言う事を気にする者などおらず、クアゴアやフロストドラゴンを出しぬく方法を唾を飛ばして話し合うのだ。

 

 タブラはその様子を眺めながら、迷宮を踏破可能な魔法や、溶岩の中の魔物を倒せることを黙っておくことにする。

 そもそも彼ならばクアゴアを殲滅し、フロストドラゴンだけでなく霜の巨人を含めて倒せるのだが……。ドワーフの財宝にもアゼルシア山脈の覇権にもこれっぽちも興味が湧かなかったからだ。

 

(しかし、仮にルーンが武技に近い構造だとするならば……。これも始原の魔法の一種なのかな? そういえばマジックキャスターはオリジナルの魔法を開発できると言ったっけ。適当なマジックキャスターでも捉まえてみるか)

 そんな事を考えながら、タブラは次は何処に行こうかと思案し始めて居た……。

 




 という訳で本編の第二部では無く、タブラさん外伝を思い付いたので付け加えてみます。
時系列的には原作開始の数年前、リザードマンの争いが起きる前の辺りです。
タブラさんの伝言が外伝1だとすれば、外伝5くらいのエピソードに成ると思いますが、思い付いた順番なのでこの辺で

●捏造部分
・ゴンドが鉱山で地下に落下して死亡して居る
・蘇生後にジーニアスな、カンストを越える才能を見付けて13レベル前後まで成長して居る
・ルーンを彫れる能力は、魔法やスキル扱いではなく武技と類似している可能性を付けて居る
・リザードマンの王国が出来上がった
・デ-タクリスタルに近い、ルーンの詩という技術をゴンドが自力で思い付いた
・ルーンが武技と同じならば可能と信じて、魔化と共存できるルーン文字や、ルーンの詩を開発に入った
・ルーン工匠の開発組織が、ルーンの詩の会という名前に成った
・武技、ルーン文字、魔法の開発などは始原の魔法の一種で、魂の力・生命力(LP)を支払う始原の魔法かもしれないという推論
(覚えるのはレベル依存だが前提職業が大きく影響する)







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