彼らのルネサンス   作:ノイラーテム
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死霊と踊る

●闖入者は忘れた頃に

 モモンガは遡上を何度か繰り返し、死霊都市の外観を掴むレベルで河川周辺の掃討を行った。

 そんな折に不意の指名依頼が飛び込んで来る。

 

「モモンガさま。申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」

「珍しいですね。受付の貴方がここまで来るのは」

 傭兵ギルドの受け付けが桟橋まで顔を出す。

 これが非番ならば問題無いが、そうでないのならば異様なことだ。何かしらの事件性を感じたモモンガは、彼が話を切り出すのを待った。

 

「緊急の指名依頼が入っておりまして、必要でしたらギルドの方から探査の代理を…」

「それは構いませんよ。あらかた終わりましたし…やはり冒険と言うのは自分でやることに意味がありますから」

 安全に回れる…という場所を捜索し終わり、後は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で良いかというレベルだったこともあり中断を決定する。

 

「シズ。今日は別件だ。またの機会を探すから準備をしなさい」

「う~。判りました」

 耐水性塗料を塗って水着待機していたシズは、名残惜しそうに大亀を見つめた。探査が終盤ともあり騎乗実験(という名目で遊ぼう)としていたのだ。

 だがモモンガの命令は絶対であり後ろ髪を引かれながら服を着替え始める。

 

「そういう訳ですみません。違約料はお支払いしますので」

「それは構わんよ。緊急指名ならギルドなり依頼主の方が払うでな。チビ助どもはワシが預かっておるで行ってきんさい」

 ここ暫く組んで居た獣士を信用できるくらいには見知っていたので、ハムスケ達を預けておく。

 シズは少しだけ心配そうだったが、餌さを捕まえるのは彼の方が得意だし、体調が悪くても見抜けることから置いておくことにしたようだ。

 

「それで何が起きたんですか? 問題の無い範囲で聞かせてくれれば『後』で助かります」

「その…。対アンデッドの専門家を急遽集めております」

 モモンガは無い筈の眉を潜めた。

 都市がアンデッドに襲撃されているならば大事になっている筈だ。無数の雑魚にしろ『国堕し』にしろ騒ぎにならない筈はない。

 死霊都市とは完全に別件である可能性もあるが…。

 

「ということは目撃情報だけだが、無視できる状態では無いと。察するにレイス系ですか?」

「話が早くて助かります。…これ以上は会堂で御話を聞いた方が良いでしょう」

 受け付けが説明した会堂は議会でも使われる重要な場所だ。

 広場の近くにある中央公会堂の他、様々なギルドの話し合い様に幾つか建てられている。

 今回向かうのは都市の設立当初、まだ小さな街だったころ。旧市街区に建てられた最も古い会堂の様である。

 

 

 そこは壁の一部に浸水の跡があり、聞けば洪水を繰り返していた時期の名残だと言う。

 今は地震で地形がせり上がったり下がったりした後で、堤防を築いたことで改善されているとか。

 

「ナインズ・オウン・ゴールのモモンガ様をお連れしました」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 別の案内に面倒通しをされて奥へ通されて行く。

 そこで味わった雰囲気は、以前に護衛として連れて行かれたカジノにあった奥の間のようだ。

 行きかう使用人からしてグレードが一つ違い、所作の一つ一つが洗練されている。更に奥の間の外へ待機して居るメンバーですら、傭兵ギルドで見掛ける者よりも数段上の連中に見えた。

 

「…モモンガ様。ここ」

「隠し部屋か? ある所にはあるもんだな」

 シズが視線を移した場所を見ると確かに不自然な作りを見付けた。

 とはいえ素人のモモンガに判るレベルなので、それほど秘匿性の高いモノではないのだろう。

 それを見付けたことで特に変化は無く、あえて言うならば幼く見えるシズに対する視線が多少柔らかくなった程度である。

 

「間も無く依頼人が説明に参ります。暫くお待ちください」

「シズは此処で待機して居てくれ。何かあったら呼ぶ」

「はい」

 モモンガも他のチームに習って自分一人が案内された部屋に入る。

 それに際してシズは僅かに視線を巡らせながら、周囲にある隠し扉以外の仕掛けを探し始めた。

 

●開かれたカタコンベ

 最奥の部屋には窓が無く、銅板と鉛で仕切られた重要会議の部屋だ。

 通されているのはチーム・リーダー達のようで、誰もが不敵な面構えをしている。

 

「ナインズ・オウン・ゴールのモモンガ様です。女史は本日欠席とのことで、間も無く依頼人が参ります」

「ふん。魔女は欠席か」

「チームワークが乱れるよりは良いわよ。…新人くんにそれだけの実力があるならだけどね」

 モモンガは肩をすくめながら声を挙げた連中を確認した。

 気性の荒そうな火神の聖騎士崩れに、水神の神官…は確か集団戦が得意と聞いている。他にも戦士にレンジャーなどがそこに居る。

 

(察するに魔女というのはマジックキャスターかな。魔法知識の担当が欠席するので、代わりに呼ばれた…とか)

 偶然このメンバーがリーダーという可能性もあるが、チーム数が増えればマジックキャスターがリーダーである可能性も増える。

 その辺を考えると、自分が急遽呼ばれたのは欠席者のせいだろうな……とモモンガは他人ごとのように観察した。

 

「ここ最近の討伐ではトップスコアらしいですよ。広域の探知魔法が得意なんじゃないですかね」

「二足の草鞋で中途半端…ということはなさそうだな」

 事情通らしきレンジャーの言葉で戦士が目線をモモンガに飛ばすが、腰の小剣を見て僅かに頷いた。

 魔力系のマジックキャスターで神聖系統も使って、更には白兵戦もできる。全てが中途半端ならばこの会議に呼ばれる筈が無いのだ。

 

「あの…事情が全くつかめないんですが…」

「直ぐに慣れる」

「慣れなくとも使い走りの出す依頼を聞けば判りますよ。最低限それをこなせば怒られはしません」

 戦士のぶっきぶらぼうな言葉以上に、レンジャーの言葉はより不親切だった。

 会社員であった鈴木・悟時代に、命令をこなすだけでは良く叱られた物だ。中には相次ぐ変更によって達成困難になった条件で、更なる成功を求めて来るとか無茶ぶりすらありえる。

 彼の言葉を信じて最低限の仕事だけ果たせば、この場に呼ばれるようなことは無くなるだろう。

 

(まあ立身出世に興味無いし呼ばれなくても良いんだけどな。でも色々気になる事はあるし…)

 モモンガは肩をすくめて大ぶりの椅子に座りながら、先ほどみた隠し部屋に想いを馳せる。

 ああ言う場所を数多く知れて、更には入出許可を得られれば理想的だろう。許可が無くとも魔法で確かめるつもりだが、肉眼で確認した方がMPが無駄にならないし、余分な対探知防護をしなくても済む。

 

 それに旧い施設の下に秘密基地とか実にタブラがやりそうなことであった。

 死霊都市に研究所を作る案も捨てがたいが、材料の確保に協力者が出来た場合の合流などこちらの方がやり易い。

 タブラが数十年以上前に来た場合には出逢えない可能性があるのを極力無視しつつ、なんとなく納得できてしまうモモンガである。

 

 

「お待たせしました。本日はみなさんにお願いしたいことがありまして…」

「能書きは良い。さっさと話せ」

「またそんな無礼なことを…」

「良いじゃありませんか話が早くて。つまらないことを蒸し返すよりはさっさと本題に入りましょう」

 依頼人が使い走りというのは本当なのか、誰も敬意を抱いては居ない。

 水神官も無礼を咎めたと言うよりは、場の雰囲気を乱したことに文句を言っているようだ。

 

「それでは…。昨日、この都市とその周囲でアンデッドを見掛けたと言う報告が多数寄せられました。山間の森ではゾンビやスケルトン…街ではレイスと推測されています」

「戦力分散…ううん移動力の差かも」

「だろうけどそのコースって森の主が居なかったっけ?」

(森の主?)

 地図を指差しながら目撃例を説明すると即座に反応が返ってくる。

 森の主とやらの能力を聞いて数人が頷いていることから、みんな知っているのだろうが…。モモンガは非常に嫌な予感がした。というよりは心当たりがある。

 

「もしかして森の主というのは、第三位階までを使うキマイラですか? 大型のげっ歯類に鱗と尻尾が生えたような…」

「そうそう。あいつ魔法まで使ってくるから厄介だよねー。やろうと思えばレイスでも倒せる筈なんだけど」

 モモンガは心の中で汗をかきつつ、自分が倒したキマイラの影響に思い至った。

 代用素材のついでに都市を守る為に配置したのであれば、当然ながらアンデッドが山を越えて来る可能性が出て来る。

 ゾンビやスケルトンは体力こそ無限だが筋力・移動力が無いので、今回の歯無しに合致するのだ。

 

(やっべ。全力で俺のせいじゃん。どうしよう…どう誤魔化そう)

 なんということだろう。

 自分で番人を退治しておいて、自分で解決しようと言うのである。バレたら信用問題どころではない。

 モモンガは精神が鎮静化することを今ほどありがたいと思った事は無かった。

 

「逆に考えれば良いんじゃないかしら? ゾンビやスケルトンを個別に撃破できるってことだから、あの都市を取り返し易いってことになるわ」

「キマイラ相手に逃げ帰った奴の言うことじゃないな。どうせ『国堕とし』との戦いで逃げ帰りかねん」

「まあまあ。そこのモモンガさんが川のルートを確保したって話だし、そっちに便乗させてもらえば楽に行けると思いますよ」

 だが幸いなことに原因など探ろうとする者など、その場に一人も居なかった。

 確実に勝てると思っているのも大きいのだろうが、目の前の事態を解決して恩を売り付け金を稼ぎ、あるいは暇を潰す為にしか都市の危機を考えては居ない。

 この街が死霊都市になったとしても気にしないし、経歴に瑕が付く程度。危険なら逃げ出すなり他の方法で稼げば良いと思っている者ばかりだ。これが戦力を騎士ではなく傭兵で固めている弊害だと言えなくもない。

 

(なんて連中だ…。とか俺が言うのもおかしいよな。そもそも俺が原因なんだし…今回の件を利用できるって考えているのも同じだ)

 とはいえモモンガとて人の事は言えない。

 協力するとしても自分が困らない程度だし、積極的に動こうとしているのも都市で大っぴらに探査魔法を使えるからだ。

 

「許可さえもらえば適当に探査して行きますが…。何かしらの問題があるのではありませんか? でなければ呼び出されるほどの案件とも思えません」

「道理だな。衰弱死する者が出るかもしれんが躍起になるほどじゃない」

 時間を掛ければレイスに生命力を吸い上げられて死亡する者が出るだろう。

 しかしその程度の危険性で都市の上層部が動くとも思えない。せいぜいが賞金を掛けて一刻も早く片付くことを祈るだけだ。何しろ彼らには食客として様々な傭兵を抱えており、困ることは無いのだから。

 

「アンデッドが侵入した場合危険な場所があるからです。この地図をご覧ください」

「この辺…旧市街区の地図だね。随分と古いよコレ」

 依頼人がテーブルに置いたのは古めかしい地図だ。

 ところどころ色が剥げているが、これほどの劣化でも全体としては無事な所を見ると大事にはされていたのだろう。

 

「この都市は旧市街区を中心に水害にあってきました。何十年かに一度の災害では大津波で崩れ完全に水没した区画もあります。その都度に立て直して来たのですが…」

「アンデッドの連鎖? でもその規模の災害が起きたならば、浄化や結界も大規模になるはずじゃない」

 不死者の怨念がより強いアンデッドを生む。

 ゆえに災害などでは起きた当初こそ放置する事も多いが、その後に生活が戻りさえすれば入念な浄化が行われるのだと言う。

 

「読めて来た。その結界が機能して無いんじゃないか? 流石にさっさと倒さないと危険なことになるかもしれん」

地下墓所(カタコンベ)とかですか? …でしたらその周囲を出発点に探査すると良いかもしれませんね。念の為に一グループか二グループほど地下を巡回するのが理想的ですけど」

 好都合な展開だとモモンガは提案することにした。

 カタコンベの巡回チームになるのが理想的だが、地上から急ぎ足で回って全体を把握しても良い。山間にある森以外であれば何処の配置でも良いと言えた。

 

「新人の差配ってのが気に入らないが、理屈は通ってるな」

「勝手なこと言ってすみません。探査魔法があるんで都市全体かカタコンベの希望ですが…もちろん足りない所があれば行かせてもらいますよ」

「まあそんな所ね。うちは数を倒す方が得意だから森の方がありがたいけど」

「ボクの所は森でも地下でも良いですよ。必要に合わせてってところです」

 モモンガの提案にあえて反対する者はおらず、それぞれのチームが自分達の得意分野だけを口にして思い思いの場所を希望して行く。

 もちろん隠し技の類や相性問題を口にする者はいないので、本当に得意・苦手なのかは判らないのだが。

 

「…ところで、なんでまた結界が崩れてる可能性があるんですか? 俺は都市に来たばかりで良く判らないのですが」

「多分だけど、世間を騒がせてるアレでしょ?」

「ああ、確かにアレならやりかねんな」

「はた迷惑な奴よね」

 モモンガの質問に他のメンバーは心当たりがあるようだったが、納得して答えを言ってくれない。

 仕方無いので依頼人に視線を移すのだが…。

 

 本当の事を言えばモモンガも聞いたことはあったのだ。

 無意識に関連を否定して来た事が、都市の裏側で繋がっていたのである。

 

「大錬金術師と呼ばれたラピス・フィロソロム様の遺産を探すという、決闘(フェーデ)が行われているのです」

 かつて旧市街地を巻き込んだ洪水の折、大錬金術師の研究室が海に沈んだと言う。

 本当かどうかは判らないが、何処にあるのかを探して歩く傭兵や、便乗する者たちが方々を荒らし回っていると言うことであった。

 

 ここに来てタブラに関することを無意識に放棄して来たつけが、一度に回って来たのである。

 探せるかもしれない手掛かりが既に分散し、見付けだせるかもしれない遺産や伝言の類が永遠に失われたかもしれないのだ。




 と言う訳で今回は地下遺跡がある、そこへ侵入するまでの話です。
依頼として提示されたレイスの捜索とかは、モモンガさんにとっては楽勝なので、それほど苦労はしないかと。
都市を練りあるいてサーチ魔法! 地下を練り歩いてサーチ魔法! というモモンガさんが風物詩になるでしょう。

チーム名『ナインズ・オウン・ゴ-ル』
 アインズ・ウール・ゴウンは他のプレイヤーと会う場合は目立ち過ぎ、でもタブラさんが聞いた時に判り易い様に。その為の名前です。

『大錬金術師』ラピス・フィロソロム
 賢者の石ラピス・フィロソフォルムを発見したという賢者であり、それをもじった名前を付けたとされる。
都市の旧市街が水没した時に死亡。その遺産を巡って様々な争いがあったほか、現在でも新しい遺産を発見すると言う決闘(フェーデ)が行われているとか。

地下墓所(カタコンベ)
 港に在るこの都市は何度も洪水に合い、大きな水害で水没した事もあるという。
その都度に上へ立て直し、可能な限り死者を弔った後で、地下でアンデッドが出ない様な結界を張っている。
現在は決闘(フェーデ)により結界に穴があいている可能性があり、加えてレイスが多数みられたとかで大騒ぎになっているらしい。

●他の精鋭傭兵達(あんまり関係ないので本編では割愛)
ファビオ
 依頼人。人を探し出す・割り当てるのが上手いので使いっ走りにされてる。

ガスコンティ
 火神の聖騎士崩れ。このメンバーでは二番目に強い。

ヘレナ
 水神の神官。水神には集団戦に効く魔法があるので有名。

イシドロ
 軽薄なレンジャーで責任感はなさそう。依頼に関しては責任を持って果たすが…というタイプ。
間違いなく女好き。

ヤコブ
 典型的な戦士。ただしこの中では最も話が通じる現実主義者。
良くも悪くも典型的な傭兵。

魔女
 依頼ぶっちしてるので不明。マジックキャスターだと思われる。







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