彼らのルネサンス   作:ノイラーテム
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新天地で

●ブルーウォーター

 旅の途中、感情の薄いシズが二度声を漏らした。

 

「うわぁ……」

 一度目は最初の大失敗。

 呆れた声は必要も無いのに料理をしてみようとして、見事にケシ炭になったことだ。

 モモンガは頭をかきながら、どう誤魔化そうかと内心で汗を浮かべて居た。

 

「ど、どうやらスキルが無いと実行不能なようだね。剣を振れなかったから、もしかしてと思ったけど」

「モモンガさま…。言い訳は良くない」

 旅する内にシズもペースを覚えたのか、真面目な支配者モードの時と違って日常モードでは口答えもする様になって来た。

 

「小剣や杖はOKだけど剣は駄目というのはマジックキャスター用武器はOKだと思える。細かい分類によっては可能な事もある筈だ」

「モモンガさま、誤魔化すのは良くない」

 口論するほどには口数が多くないので、突っ込み要員として程良い賑わいをもたらしてくれる。

 

「シズは良いよ、バランスおかしいけど煮物なら何とかなるもんな。俺はお湯を沸かすところまで…。ったく大の男が料理一つもできないなんてみっともない」

「私、メイド。モモンガさまは座っているとOK」

 もっともシズも、ちゃんとした料理は出来ない。

 物を煮る工程までなら大丈夫だが、料理を始めると分量やら材料のバランスやらおかしなことになるのだ。

 だがモモンガはそれすら怪しいレベル。

 とちらにせよメイドに相応しい技量ではないが、それでも炭にしてしまうモモンガよりマシだと薄い胸を張っている。

 

「NPCは設定があれば可能なのかな? いや、待てよ…? シズは実体弾や特殊迷彩服(ギリースーツ)の作成が可能だったよね」

「罠もいける」

 ふんすと鼻息を真似た呟きを付け加えるのは御愛嬌。

 それはそれとして、シズが煮物を作れるのは偵察兵・暗殺者として加工に必要な範囲だからかもしれない。過信は禁物であるが、その延長上までは可能なのだろう。

 

 だからこそ実物を作ろうとしても、料理のスキルが無いから失敗してしまうのだと思われた。

 まあ二人とも食事が不要だから、料理を繰り返す気にもならないが。

 

 そんなこんなで海辺の都市を目指して、二人が歩き続けた時のことである。

 

「うわぁ……」

 シズが二度目の声を漏らした。

 ただし、今度は呆れた声では無く感嘆の声だ。

 なんとなく嬉しそうなイントネーションに聞こえる。

 

「モモンガさま、大きな温泉」

「シズ。あれは海と言うんだよ。どこまでも広くて…塩で溢れてる…はず」

 シズはナザリックの第九層にある温泉でしか知らないのだろう。

 驚いた様な気がする顔で、こちらを見上げて来る。

 

「えーっと。錆たり砂が入らない程度になら遊んで良いよ。そうだね、五分か十分くらい」

「うん」

 とてとてと歩き出し、砂浜で色々突き始める。

 可愛いなあとは思いつつも、驚いているのはモモンガも同じだ。

 ユグドラシルの(どちらかといえば過酷な)海辺エリアを除けば、何しろ仲間に見せてもらった画像でしか見たことが無いからだ。

 

「ブループラネットさんに見せてあげたいなあ……。どこまでも続く絨毯? いや、青い宝石で埋まってるみたいだ」

 キラキラと太陽を照り返す波は、無数の宝石が煌めいているようだった。

「もしかしたら俺たちは、この宝石箱を見る為に来たのかもね」

 いつまでも見て居たい気分になって、気が付けば時間計測を忘れて居た。

 

「モモンガさま、これ持って行って良い?」

「別に構わないよ。でも塩が付かない様にしないとね」

 もう行くよと告げた時、シズは無数の石と貝殻を拾っていた。

 途中で蟹(?)に逃げられて悲しそうだった事を考えると、十分どころではない時間が経ったのかもしれない。

 とはいえ自分も愉しんだし怒る気など無い。

 石や貝殻くらいであれば記念に持って行っても良いだろう。

 

 なお、貝殻の一つに生物が入っており、宝物の一つが無くなったとシズが悲しそうな顔をするのは後のことである。

 それがヤドカリであろうと推論を付け、また海に遊びに行こうと宥めた辺りまで良い思い出であった。

 

●お面と即興演劇

 港町に付いた時、最初に抱いた感想は水路が大きいなと言うものだった。

 海に面して流れ込む河を利用して居るのであろうが、不思議と片側だけが深く作ってある。

 さらに遠視を使ってみると方面に柵が連なり、港もある程度上がったところで柵で遮蔽が作ってあった。

 

「水棲亜人への対策かな? 水を利用して居る分だけ陸は安全なんだろうけど、大変なんだな」

 後に本格的な冒険を始めるとアンデッド対策だと聞くのだが、この時点では知りようが無い。

 モモンガは観光がてらに街を歩きながら中央付近の広場へと向かう事にした。

 

「モモンガさま、あれ」

「お、辻芝居か。そう言えば最初の方のエリアで見たなあ」

 人間用の街には行けないが、旅芸人は何処でも良く見る光景だった。

 正確には使い回せる風景として設定されているのだが、それに慣れた頃にイベント情報の配布などが紛れ込んで来たのを思い出す。

 その事をタブラに言ったら…。

『彼らは娯楽として情報の伝達者の役目も期待されていた。冬に村が閉ざされた時は風刺に満ちた芸で、その国の王や貴族の事では無いと銘打ちながら小芝居をしたものだ。他にも…』

 などとマシンガンの様に蘊蓄が流れ出たものである。

 

 そこまで思いを馳せて、奇妙なことに気が付いた。

 辻芝居をしている芸人たちは仮面を付けており、よく見渡せば運河で小舟を操る者なども付けて居る。

 大通りでは土産物らしき様々な面を売って居る姿まで見られた。

 

「すいません。旅のマジックキャスターなのだが、この街では仮面を付けるのは一般的なのか? いや仮面を付けて居る私が言うのもなんだけど」

「ここじゃ、ああいう即興芝居で腕を上げるのが早道でしてね。なんども繰り返す定番の役は判り易い方が良いでがしょ」

 面売りは辻芝居を指差して、遠目で判り難いだろうに『あの役はコイツ』『その役はこれ』と言う風に判別して見せた。

 遠目が効くシズが頷いていることから、まさしくその通りなのだろう。

 

「いつしか芸人を目指す連中以外にも売れる様になりましてね。まあ、この街のちょっとした名産というやつでさ」

「へえ。…定番と言えば『アルレッキーノ』と『コロンビーヌ』って言うのがあるらしいけど、そいつらは別格なのかい?」

 どこかのスパイらしき連中の言葉を思い出して尋ねると、面売りは説明しようと口を開きかけて…。目も口も無い仮面を被ってしまった。

 

「旦那。あっしは面売りですぜ。あっしの口を割りたけりゃ、何か買ってくれねえと」

「おっと、そうだったね。…シズ、何か欲しいのはあるかい?」

 商売気を出す面売りの言葉に苦笑しながらも、そのくらい良いかとシズに尋ねる。

 何せ自分は愛用してないけど何枚も同じ仮面を所持して居るので、これ以上は不要なのだ。

 

「ん」

「毎度あり~」

 シズが選んだのは獣をデフォルメしたような面で、ユグドラシルで忍者のバリエーションが付けて居た物に似てなくもない。

 もっとも寸法以前に何の獣か判らないことを考えたら、これも獣役か何かの役の面でリアルさは無視して居るのかもしれない。

 

「そいじゃあとっておきを一つ。即興芝居とはいえ定番ってのはあるもんですが『自分が考えた劇だから他の連中は演じるな』と言った馬鹿が出たんでさ。そんな時の事っす…」

 面売りの男は売り物の中から四つの仮面を取りあげる。

 道化師、賢そうな美女、いやらしい顔をした老人、学者風の男。

 

「とある錬金術師がこう言ったんですよ。『それでは続きを書いてみようじゃないか。君が作者ならば幾らでも書けるだろう?』そう言ってこの四つの役だけで色んな芝居を作りやしてね」

「上手いですね。そいつが作者ではないと証明するんじゃなくて、作者だからこそ可能な事を証明させたのか」

 ずっと伝わってきた誰もが知る定番の芝居だけに、自分の物だと権利を主張する者は居ない。

 だが何らかの妨害工作の為に自分が作者だと主張した場合、それを否定するのは難しい。

 

 なにしろどんなストーリーで何時頃から広まったのかを、大凡ながら説明できれば作者に見える。妨害工作ならば最初から裁判官を買収することも出来たかもしれない。

 もちろん時間を掛ければ、何故最初から権利を主張しなかったのかと追い詰める事もできるだろうが、妨害が目的であればその期間中に作者では無いと証明するのは難しい。

 だからこそ、作者であれば簡単に説明できる能力を求めたのである。

 

「それに…続きを書けなくても書けても得なのが良い」

「新しい芝居のタネが提供されるってことっすからね。劇がしたい奴は錬金術師の芝居を参考にすりゃあいいし、裁判が終われば偽作者の芝居も参考にするって寸法でさ」

 おそらくその錬金術師は偽作者の意図が、裁判で暫く劇が上演でき無ければ良いと理解して居たのだろう。

 だからどんな結果になろうと劇が上演できるように策を練ったのだろうし、劇が上演できるように取り計らったからこそ芸人たちはその時に出来たバリエーションを新しい定番として取り入れたのだろう。

 

「最後にもう一つ教えてくれないかな? その錬金術師ってどこに居るんだい?」

「さあ? この街に錬金術師は一杯いやすからねえ」

 タブラではないかと小銭を渡して聞きだそうとしたモモンガであったが、答えはそっけない物であった。

 なにしろ様々な文物が流入するこの街では錬金術でも有名だ、学者を探せば錬金術師に当たるというほどで、その時に誰も気にしなかったという。

 

 だが無数の劇を作りあげたと言う人物は、タブラか、さもなければ他のプレイヤーでは無かったと思うのであった。

 

●パトロオーネ

 

 その後に冒険者ギルドを探し歩いたモモンガは、最終的に傭兵ギルドに辿りついた。

 

「西部や南部の方じゃあそんなのもあるそうですけどね。ここじゃあ傭兵になるか、どっかの家の食客になるパターンですね」

「どっかの家というと、貴族…はいないんですよね? 大きな商会とかですか?」

 傭兵ギルドの受付で尋ねると、物腰の丁寧な男が壁に掛けられた布を指差した。

 そこには九色の布が掛けられ、厳かに飾られている。

 

「この周辺にある六つの都市にゃあ、九つの大きな家系があるんでさ。昔はもうちょっとありやしたけどね」

「あれ? 確か街は七つありません?」

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で軽く確認した時は、確かに七つあったはずだ。

 だが不思議なことに男は六つだと告げた。

 

「兄さんあんた本当に他所者なんだね。大昔に七つ目は死霊都市なっちまって、そこを本拠にしていた連中はみーんなアンデッドになっちまったのさ」

「腕に自信があるなら、そこで稼いで来ても良いそ! それだけの腕がありゃ、どこの家でも引っ張りだこさ」

「違いねぇ。なにせあそこにゃ『国堕とし』ってバケモノが居るって話だからな」

 脇から傭兵達が囃し立てるが、行くところが無いなら隊を組まないかと声を掛けて来る。

 受け付けの男が丁寧なのも含めて、マジックキャスターは貴重だと言うからその言葉には嘘はなさそうだった。

 

(死霊都市かあ…、ダンジョンみたいで面白そうだな。落ち着いたら行ってみようかな)

 『国堕とし』というのはアンデッドの親玉の様だが、自分の様なオーバーロードか、それともペロロンチーノが作成したNPCのシャルティアの様な吸血鬼なのだろうか?

 そのことに思いを馳せると、冒険らしくなって来たとかつての楽しさが思い出されて来た。

 昔は情報を集めるのに慎重になって、慣れて来たころはPK対策に慎重になったものである。

 

「ええと、大きな家に雇われるような名声もありませんし、とりあえず適当な依頼はありますか? こちらの言葉に慣れて無いので、見繕うか読み上げてくださると助かります」

「判り易い物は隊商の護衛任務やモンスター退治、後はついで仕事ですが学者達から頼まれてる素材の採集ですね。詳細を読み上げる場合は別途料金が必要ですが、構いませんか?」

 プレイヤーと遭遇してもい困るし悪目立ちしない為にも、まずは死霊都市を避けて無難な選択をすることにした。

 別途料金を払うと作業をしていた小僧にソレを渡し、丁寧に説明しろと伝えたのである。

 

 そして…。

 一通り聞いたモモンガは、ひとまずモンスター退治を選んだ。

 素材収集の様な探索系の方が好みだったのだが、直ぐに換金できる依頼をこなしたかったのと自信が無かったからだ。

 貴重部位を確保できず、食材のようにザクザクと切り刻んでゴミにしたのでは疑ってくれと言うのと同じこと。

 どうにかして素材採集のチャレンジを行い、不審に思われない程度に上達するまでは、人に居られたくなかったのである。




 とりあえずの拠点になる街を選んで、大凡の情報を理解して終了です。
イメージ的にはイタリア風味の地系に、オバロのネタを流し込んでみました。
一応はこの三話目で一区切り、次の三話が現地で冒険の予定です。
そこまでやったら、タブラさんは何処に居るんだろうね~。前向きな情報見つかったかも?
という話題で男坂エンドになるかもしれません。

●料理・採集への難関
 四巻で料理が出来ないとあるのと、九巻でお茶くみが出来る事。
この辺りを踏まえて準備段階までは可能、でも実行はできないと考えました。
モモンガさまは無敵なのですが、採集とかむっちゃ苦手。
冒険を始めて暫くは、何が採集できて、何が出来ないのかを探すのが重要な感じです。
まあ食料・睡眠なんかいらないので、野宿してボケーとしててもよいのですが、未知を探す一環として素材収集ってやってみたいだろうと思いまして。

●悪魔の証明
 カラクリサーカスと烈火の炎を足した感じの過去話です。
現地の人にとっては、仮面があっちこっちでみんな付けて居る・不審に思われない理由、現地の裏で活躍する人物が、なんで特定の四人の名前になっているか…。と言う程度の話になります。
プレイヤーが聞いたら、『過去にプレイヤーがこの街に居たんじゃない?』という感じのストーリーになる訳ですが。

●街の傾向
 海に流れる河を運河として引き込み、天然の防壁にしている港町。
近くに死霊都市があるので、人口の防壁も含めて周囲を警戒して居る。
国堕としさんの故郷が都市群にある。とかはでっちあげ。
 冒険者ギルドはなく、大きめの傭兵ギルドが似たような事をやっているが、事前調査とかはやってくれない。
よくある仕事は隊商の護衛の他、信用がおけるならば学者・錬金術師の護衛で研究旅行もあったりする。
当然ながら、モンスター退治・アンデッド退治等は年中無休。







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