プロローグ
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幾つかの試行錯誤が過ぎ、残った一つが最後の試みだ。
失敗すると知っていたのでモモンガに悔いは無い。むしろ最後に友人と遊べて幸せだった。
あえて言うならば、この時間が永遠に続けば良いのに。ずっとユグドラシルが終わらなければ良いのに…という儚い願いのみだ。
「タブラさん。最後だしワールドアイテムを持たせてみましょう。流石にギルド解散はしたくないですからね」
自分か友人が一人でやるなら、本来はモモンガとて勝手に持ち出す許可を出せ無かった。だがNPCが外に出るなど不可能だと思っていた。だからこそ楽しい時間を過ごす為に、二分の二の票決だからだから良いかと自分を納得させる。
「モモンガさんは誰を連れて行く? 護衛を兼ねてアルベドか、それともプレアデスの中で
時間が押して居るから誰でも良いかと思うのだが、いやにタブラは具体的な注文を付けて来た。
いや、このこだわりこそがタブラ・スマラグディナという人物の本性だ。
他者が忘れる些細なフレーバーやシチュエーションに注力し、他者がこだわるデータや稀少性よりも理想の再現性を求める男だ。
『A。アルベドにする』
『B。プレアデスから選ぶ』
『C。守護者の配置情報を変更する』
そんな選択肢が思わず脳裏に浮かんだ。
(護衛としてはアルベドが一番強いんだろうけど、タブラさんは自分のNPCを連れて行きたいだろうし…。といかタブラさんが連れて行くなら他の子にするか)
モモンガは素早くそう計算しながら、ギルド武器を使って配置情報を変更する準備を整えた。
万が一でもプレイヤーに攻め込まれることを考えれば階層守護者は躊躇われる。領域守護者の中で無意識に
「決めましたよ。タブラさんはやっぱりソレなんですね」
「これが一番しっくりするからね」
モモンガがプレアデスの一人を指名したころ、見ればタブラがアルベドにギンヌンガガプを持たせているところだった。
勇壮な斧槍と白いドレスのミスマッチ感は彼のギャップ萌えを思い出させる。もっとも同時に漆黒の鎧であるトリスメギストスを付けさせれば、外見的にも能力的にも合致するのだろう。
NPCを連れ出す事ができるとは思えないが、趣味とロマンとデータを両立させる妙味は彼らしさを窺わせた。
「俺は無難に決めちゃいましたけどね。さてと、万が一を考えれば徒歩よりゲートの方が良い…」
「すまない、モモンガさん」
ゲートを開けた時に挿し込まれた言葉。
弾んだ声はモモンガであったか、それともであったか。
高揚感に包まれどちらとも区別が付かなかった。
モモンガが疑問に思うとしたら、何故タブラが謝る必要があるのか判らなかったくらいだ。
「このくらいなんでもありませんよ。俺もNPCが外に出れたら素敵だと想いましたしたからね」
「すまない、モモンガさん」
ユグドラシルが終わるのは残念ですけど…。
そう続けようとしたモモンガだが、タブラが同じ言葉を繰り返したので思わず首を傾げた。
「どうしたんですか? いつものタブラさんならもっと残念そうにするか、失敗した理由を色々と考察し始めるのに」
「すまない、モモンガさん。私は別にNPCを連れ出す事を目的にはしてなかったんだ」
疑問符アイコンを出そうとしたモモンガだが、タブラが三度同じ言葉を続けて動作を止めた。
「NPCを連れ出す実験はギルド解散以外は全てやった。いや、それも他のギルドにリアルマネーを投入して実験させた」
タブラが自分と同じ失敗をしたとして、むしろモモンガは共感を覚えた。
自分はワールドアイテムなど持たせなかったが、『勝手に持ち出す気だったのか…』という怒りには気が付かないフリをする。
「あ、もしかして最後に遊ぼうとしたことですか? 別に良いんですよ、久しぶりに一緒に遊べて俺も楽しかったですし…」
彼ならば当然試すよなぁ…と自分の経験を基準に判断し、だからこそ自分の価値観を基準に考えてしまった。
「すまない、モモンガさん。私が試したかった実験は成功した。成功してしまった。…幾つかの変調を確認したが、前回に失敗した時には存在しなかったモノだ」
「え?」
そこまで言われてモモンガも気が付いた。
疑問符アイコンを出そうとしたコンソールや、各種メニューが消えて居るのだ。
もちろん、ユグドラシルが終わるからかもしれないが。
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予め設定しておいた残り時間を示す文字だけが、唯一のデータ表示としてカウントダウンを続け居る。
その数字が刻む中を、タブラス・マラグディナは最後まで彼に相応しいペースで言葉が投げられ始めた。
「モモンガさんは『神隠し』、『天神参り』、『白羽の矢』、『赤い靴』と言った都市伝説を知って居るかな? まあ赤い靴は少し違うんだが」
「こんな時に何を…言っているんですか?」
時間は刻一刻と過ぎて行く。
本来であれば残り時間を惜しんで語り会うか、そんなに話したいならリアルでメールでも交わせば良いのだ。
なのに延々と言葉を連ねている。まあ、彼は話し始めるといつだってこんな風なのだが。
そして、当然のことながらメニューが開けないのであれば、メールが出せないことやログアウトすることもようやく気が付く。
「類似する話は各地に幾つもあって…まあ良くある異人伝承の一形態なのだがね。総じて『力ある誰か』が、子供たちを連れて行ったから仕方無い。その意味は貧困した村人が…要するに子殺しよりマシな口減らしの奉公という訳だ」
異人伝承は概ね二形態あって、一つは子減らし。
もう一つは裕福な異人を殺したが、力ある者を異人と呼ぶのだから祟りが必ずあるから祀るのだと説明が続く。
「子減らしで扱われる村は不作によって緩やかに沈みゆく場所が舞台だ。社会コミュティ論によれば、村とは森の海の中に沈む隔離された居住区だという。何か気になることはないかな?」
「…ユグドラシル? それとも消えて行くギルドがそうだと言うんですか?」
タブラは肯定も否定もしなかった。
どちらとも言えないし、今更正解したとしても意味は無いだろう。
「教授なら単に分母と分子の関係だと言うかもしれない。それとも量子論かな? いずれせよ全てが失われつつある今ならば、効率良く連れ出すには十分だろう。祈念する能力が低くとも『世界を救う為の力』に届くかもしれない」
「世界を救う為の力? まさかワールドアイテムを持たせたのは…」
同じ様にタブラは肯定も否定もしなかった。
カンストしたプレイヤーでも、忠実なNPCでも、ワールドアイテムでも構わない。
要するに連れ出す価値のあるモノを、少しでも集めておけば可能性が上がるだろうと言う賭けなのだ。
「私は少しでも可能性を高めようと試して来た。『ギルド長の承諾』、それが抵抗力を下げる最後のキーだ。ありがとうモモンガさん」
「タブラさん、貴方は一体何を狙って…」
彼は少しでも可能性を高め、ユグドラシルが崩壊するこの時間を今か今かと待っていたのである。
「判らないかな? 死因の第一位は交通事故、その中でもトラックに轢かれることらしい。ウルベルドさんはいつも行きたいと言っていたが」
目を背けていた単語が目の前に突きつけられる。
都市伝説は幾つもあり、NPCを連れ出すのはあくまでユグドラシル…というよりはMMOに付き物の都市伝説の一つ。
であれば、もっと広い都市伝説の中には、もっと荒唐無稽な内容があるだろう。
タブラが目指したのはその一つ、みんなで語り合ったこともある、やってみたいことの一つだ。
「異世界…転移」
「ご静聴ありがとう。そしてありがとう」
ユグドラシルではありえないほど、恭しいポーズで最敬礼が為された。
「一緒に来てくれるか?」
「はい、お父様!」
NPCがしゃべっている!? それも感情を感じられるほど嬉しそうな声で!
驚く間に彼は開きっぱなしのゲートに向かって歩き出し…。
「待ってください! 俺は…」
自分も嘘をついて居た。
最初からNPCを連れ出す都市伝説が不可能と知って遊んでいた。
あるいは、仲間と一緒ならば異世界も悪くない。
そんな言葉を掛ける暇は無く、ゲートの向こう側にタブラは居なかったのである。
「モモンガさま?」
<付き従え>という命令のまま自分に付いて来たNPCの声だけが、ユグドラシルではない場所に響いていた。
タブラさんが最終日にワールドアイテムを持たせたのは、異世界転移を狙っていたのでは?
そんな妄想を元に話を書いてみました。なお原作だと指輪持ったまま転移なんか絶対しませんが、モモンガさんはNPC連れ出しが成功しないと知ってるから、指輪もったままでもゲートを開けています。
また今回はプロローグなので、誰を連れて行ったかを明示せずに置きました。
選んだ相手を一話時点で「やっぱり変更する!」とかやりかねないので、確定して無いだけとも言えますが。
今回の話はショート連作で三話で現地を理解。次のショートで新天地で冒険者の予定です。
なお。居ないとは思いますが、使える設定だと思った方は好きに使ってください。二次では良くある妄想だと思うので、フリー素材だと思っておきます。
二人旅で連れて行くメンバーの候補
A:ナザリックごと転移だと、とうてい連れ出せない子
B:NPCはスキル無しで一般行動が難しいので、行く先に関して必要な行動が取れる子
を重視して考えてみました。
Aは統括であるアルベドや、防衛システムを理解してる設定のシズに登場して無いオーレオール・オメガ。
BはドラマCDでやってるアウラなど採集とか出来そうな子や、ソリュシャンやパンドラみたいに擬態・変身可能な子です。
(アルベドを選んだら、タブラさんはルベドを連れて行く感じで)
もっとも、ジルがナザリックに来た時、プレアデスはお茶汲みできているので、設定があり知性があれば最終的な実行しなければOKと思える余地もあります。
料理したら炭になるまでやっちゃうけど、素材を持って来る…までなら大丈夫とか。