オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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今回の話は時系列的には前話のラキュースとラナーの会話の少し前
デミウルゴス達が聖王国での作戦でのアインズ様に演じて貰う脚本を作っている間の話です


第61話 カッツェ平野での冒険

 聖王国との交渉をパンドラズ・アクターが行うことになりアルベド達三人がその脚本を作っている間やることがなくなったアインズは久しぶりにナザリックで内政の仕事に精を出すことにした。とはいえ主な仕事はナザリック自体の管理ではなく、各店舗から上がってくる報告書の確認である。

 

「うーむ」

 未だ開店前のものも含むとはいえ店舗が本店を合わせて五つになったことでアインズの元に挙がってくる報告書の数が増えたので自分がやることも多くなるだろうと意気込んでいたのだが、それら幾つか確認した後アインズは首を捻った。

 

「全部完璧だ。俺のやることがないじゃないか」

 以前は人間に騙されたりしないために唯一社会経験のあるアインズがきっちり読み込んでいたが、各店舗に配置している者たちがそうした仕事に慣れたことと、ナザリックの内政を手伝えるエルダーリッチの存在によって時間の空いたアルベドも事前に精査を行うようになったこともあって、他のナザリック内に関する報告書同様に既に判子を付くだけの状態になっていた。

 これはこれでアインズとしては仕事が楽になったと考えられるのだが、皆が必死に働いている中アインズだけなにもやることが無いというのも考え物だ。

 かと言ってモモンとしての活動をしようにも仕事がない。

 

 せめて内容に全て目を通しておこうと再び、決済前の報告書を取り直すと、その内容に目を引かれる。

 店の売り上げに関するものではなく、例の帝国の登録冒険者フォーサイトからの報告書を翻訳したものだ。

 元の報告書を書いたアルシェの性格故なのか、子細で分厚い報告書だったこともあり、翻訳に時間が掛かり今頃届いたのだろう。

 それらをざっと読み込みながら、帝都でも聞いた話を思い出し、そのページを探して詳しく読み込む。

 

 カッツェ平野に現れる幽霊船の情報だ。

 国が所有している海軍の旗船等より遙かに大きく、周囲には常に霧が張っている。

 その霧は本体から出ている訳ではなく、船を包み隠すように船体から少し離れた場所を覆っているらしい。

 常に霧が掛かっているとなると、例え捕縛しても遠目からでは見ることができないため、宣伝には使えないかもしれないが、大量の荷を一気に運べるというのはやはり魅力的だ。

 現状でも<転移門(ゲート)>を使えば大量の物資を運ぶことは可能だが、少数を移動させる転移魔法と大量の荷を運べる転移門では差が有りすぎ、プレイヤーであると気づかれる恐れがある。

 法国との決着が付くまではアインズはあくまでこの世界で生まれた者だと思わせておく方が良いだろう。

 その意味でも、やはりこの船は非常に価値がある。

 次のページを見ると出現した時間と場所、その後の移動した方角などが書かれており、他の冒険者たちから集めた情報と併せて、その船はある程度の規則性をもって周回行動を取っているのではないか。との推察が綴られていた。

 だとすれば網を張り捕らえるのは容易だ。

 噂によると船の主はエルダーリッチであり、多数のアンデッドを従えているとあるが、この世界でデス・ナイトが伝説のアンデッドと言われているところを見るに例え特別なエルダーリッチでもそこまで強い相手だとは思えない。

 

「……とりあえず行ってみるか。となると、ここはアインズではなくモモンとして行くか」

 カッツェ平野の幽霊船捕縛という偉業は最近仕事がなくなっているモモンが脚光を浴びる良い機会だ。

 よし。と決めて椅子から立ち上がり自室を出ると、当然のように扉前で待機している本日のアインズ当番のメイド、そして。

 

「アインズ様、お出かけでありんすか?」

 

「ああ、カッツェ平野に出向く。モモンとしての行動だから<転移門(ゲート)>でナーベラルを連れてきてくれ」

 パンドラズ・アクターが脚本作り中でモモンとしての活動ができない以上相方のナーベもやることが無いが、飛び込みの依頼が入る可能性を考慮し、黄金の輝き亭で待機しているはずだ。

 

「承知しんした。連れて参ります」

 

「頼む」

 優雅に一礼してこの場を離れようとするシャルティアの背に声を掛ける。

 

「それとシャルティア、今回もお前には護衛として付いてきてもらう。そちらの用意も整えよ」

 

「畏まりました! このシャルティア・ブラッドフォールン。アインズ様に楯突く敵を全て殲滅して御覧に入れます」

 先ほどまでの優雅さをどこに落としたのか、声を張り上げて意気込むシャルティアにアインズは一抹の不安を覚えて言う。

 

「……今回は捕縛が目的だ。武装を整えるのは良いが、完全武装ではなく、あくまで例の変装時に使える装備にしておけ」

 常にアインズの護衛をせよという任務はシャルティアにとっては毎回姿を隠し、会話すら許されない辛い任務の筈なのに、やけにやる気が高い。

 それほど以前の失態が未だシャルティアの中に根深く残っているのだろう。

 

「はっ! 畏まりました! しっかりと準備を整え、アインズ様の元に戻ります!」

 やる気があるのはいいことだが空回りされても困る、一度落ち着かせよう。

 

「そう慌てる必要はない。落ち着き、冷静になれ。今回は急ぎでもないからな、まず準備を整え、万全になったらナーベラルを伴いここに戻れ」

 

「あ、はい。承知しんした。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありんせん」

 何度も似たようなやりとりをしたことを思い出したのだろう。

 表情が暗くなり、しょんぼりとうな垂れてしまう。

 

「よい。そんなところもまたお前の魅力の一つ、可愛らしいものだ……んん。では行動を開始せよ!」

 慌ててフォローを入れるが、どうも恐怖公との練習後、他人を誉めるハードルが低くなっているように感じる。

 ナザリックの者はアインズが誉めると予想以上に喜び、場合によっては想定していない行動に出ることもあるので本当は自重したいのだが。

 

「アインズさまぁ……はい!」

 案の定頬を赤らめ、うっとりと瞳を蕩かせた後、シャルティアは優雅に、そしてなにより動作一つとっても他人を欲情させるような妖艶さを纏わせながら一礼し、その場を離れていった。

 この体になってからは殆ど性欲は消えているのであまり感じないが、ああ言うところは実にペロロンチーノの作品。という感じがする。

 

「では私は部屋で待つ。二人が戻ったら知らせてくれ」

 アインズとシャルティアのやりとりをどこか恍惚とした表情で見ていたメイドに告げて、アインズは部屋に戻る。

 

「他の冒険者に邪魔されるのもあれだしな、何かアンデッドを持っていくか。さて、どれにするか」

 以前エ・ランテルの墳墓で行ったときのように、こちらでアンデッドを放って、冒険者に差し向けることで邪魔が入らないようにする手口だ。

 あの時は下位のアンデッドである死霊(レイス)骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)で十分だったが、カッツェ平野に訪れる冒険者や帝国兵はアンデッド対策を万全にしてくる者たちだ、下位のアンデッドでは突破される危険性がある。

 となると。

 

「デス・ナイトでも連れていくか。カッツェ平野にも出るらしいし」

 万が一幽霊船が捕縛できなかった場合は連れて行ったデス・ナイトを倒して伝説のアンデッドを討伐したという功績を得ることにしよう。

 野良デス・ナイトとでも呼ぶべきなのか、帝国魔法省の地下にかつてフールーダが倒したデス・ナイトが封印されているのは知っている、この世界で発生したデス・ナイトと考えると、できれば実験用に欲しいところなのだが、あれは帝国の機密。簡単には手放さないと予想できるのでそちらはフールーダに任せることにした。

 

「いや、単なるデス・ナイトでは功績というには弱いか。ならばあれを試してみるか」

 以前から考えていたデス・ナイトを単体ではなく他のアンデッドに騎乗させる運用法だ。

 そのために想定しているのは、範囲攻撃が可能な魂喰らい(ソウル・イーター)だが、カッツェ平野に魂喰らい(ソウル・イーター)が出るという話は聞かないし、その組み合わせはアンデッドに対する嫌悪感が薄れたときに魔導王の宝石箱で売り出す予定なので、それをモモンが倒すと自作自演を疑われる危険性もある。

 

「となると──あれがあったか」

 アインズとパンドラズ・アクターが毎日のように帝都で捕らえた人間の死体やドワーフの国で大量に手に入れたクアゴアの死体を使用して作っているアンデッドは基本的にはデス・ナイトだが、何かに使えるかもしれないと他のアンデッドも少数ながら創りだしていた、その中でカッツェ平野にも現れるアンデッドを思い出す。

 あれも悪くない、お互いの弱点を補う組み合わせともいえる。

 

「よし。俺も早速準備するか」

 デス・ナイトともう一体のアンデッドを呼び出すためアインズも準備を開始した。

 

 

 ・

 

 

 カッツェ平野。

 エ・ランテルの南東に位置し、常に薄い霧に覆われる呪われた地である。

 アンデッドが多発し、戦争中でありながら王国と帝国が共同でアンデッド討伐を行っている特別な土地だ。

 そんな平野の中を三人組の冒険者が歩いている。

 辺りを警戒してはいるものの、他の冒険者や兵士と比べ明らかに警戒度合いが薄い。

 カッツェ平野に掛かる霧はそれ自体にアンデッド反応があるため、アンデッドの探知が難しく常に最大限の警戒をするのが当たり前なのだが、このチームにとっては警戒自体は必要だが、例え奇襲を仕掛けられても即座に対応できるだけの自信を持っている証拠であり、全メンバーが揃わず戦士に、斥候を兼ねた忍者、そして後衛の魔法詠唱者(マジック・キャスター)という必要最低限の構成でもそれは変わらない。

 

「今日はアンデッドが少ねぇな」

 アンデッドに対して効果的な打撃攻撃が可能な巨大な刺突戦鎚である鉄砕き(フェルアイアン)を担ぎながら言う戦士、ガガーランには緊張感もあるが、同時に余裕も見える。

 未だかつての強さには遠いものの、それでも並のアンデッドを倒すには十分すぎるほどの力を持っているからこそだろう。

 今回も強さを取り戻すためのれべるあっぷの儀式としてでもあるが、同時に限定的に再開した蒼の薔薇の仕事として受けたアンデッド討伐の任務も兼ねており、場合によってはイビルアイも戦線に参加することになっている。

 そのことが余計に彼女の口を軽くしているのかもしれない。

 とはいえ彼女も歴戦の戦士であり、そもそも態度や言動からは想像できないが、準備や装備の大切さを誰より知っており、戦いともなれば一切の慢心は捨て、軽口は叩いても油断などしないタイプだ。

 

「気になるな。ティナ警戒は怠るなよ」

 

「了解」

 アンデッドは放っておくとより強力なアンデッドを発生させるため、そうならないように弱いアンデッドの内に王国と帝国が共同で討伐しているのだが、そうした弱いアンデッドがいないなると単純にこの場所は別の者が既に討伐し終えた場所なのか、あるいは強大なアンデッドが既に出現しているからという可能性があるのだ。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)でも出てくれればいい腕試しになるんだがな。二体同時はまだ無理だろうが一体相手なら自分の力がどれだけ戻ったのか確認出来る」

 わざわざ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を一体ではなく二体という、アダマンタイト冒険者チーム漆黒の偉業を準える辺り、自分に対する当てつけのような気がしてならない。その証拠にガガーランはこちらを振り返り、ニヤリと笑って見せた。

 イビルアイはこの地に来る前立ち寄ったエ・ランテルで、結局助けられて以後一度として会えていないモモンとの再会を夢見ていたのだが、彼らが逗留している宿、黄金の輝き亭に出向いた三人を待っていたのは、不機嫌そうな顔をしたモモンの相方である魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベであり、今はいないから帰れ。と取り付く島もないほど簡潔な拒絶を受け、その晩は酔えもしない酒を大量に飲んで今までの積もり積もった鬱憤をはらすかのごとく、愚痴をこぼしまくるという失態を演じてしまった。

 

「モモン、いなくて残念だったね」

 

「ええい、呼び捨てにするな。我々全員の恩人だぞ……ああ、モモン様。どうしてこう私たちはすれ違ってしまうのか」

 ティナまで乗ってきたせいで、完全に愚痴の内容を思い出してしまい、怒りより悲しみが強くなり落ち込んだ。

 

「ラキュースは順調に仲良くなってるみたいなのにな。ま、俺たちはどっちかに肩入れして応援って訳にもいかねぇが、確かにちょっと異常なくらいすれ違ってるよな。何かしたんじゃねぇのか?」

 からからと楽しげに笑うガガーラン。

 確かに何故かラキュースはモモンと会うことが多く──あくまで偶然のようだが、それが余計に腹立たしい──本人はモモンへの恋慕については否定していたが、ラキュースがモモンに対し特別な感情を持っているのは明らかで誤魔化しているだけか、あるいは本人もその感情に気づいていないかのどちらかだろう。

 

「そんなはずあるか! くそう、ラキュースめ、自分だけモモン様と仲良くしてぇ。私もモモン様とダンスしたいのに」

 

「いや、結局ダンスは出来なかったらしいぞ。というか、男を取り合うのは良いけど喧嘩するなよ、アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇が男のことで喧嘩になって仲違いなんて、目も当てられねぇからよ」

 冗談のような口調だが本心だろう。

 男女混合のチームが恋愛がらみで揉めるというのは冒険者なら誰でも聞いたことのある話だ。

 それほど男女の関係はややこしく、時には長年連れ添った仲間の絆すら凌駕するというので、それを心配しているのだろう。

 

「大丈夫だ。私は妾の一人や二人でガタガタ言うような狭量な女ではないしな」

(どうせ、数十年後にはまた一人になるんだしな)

 アンデッドであるイビルアイはモモンと想いが通じあったとしても、必ずモモンは老いて先に死ぬ。それでも自分の人生で一度くらいは女としての生き方があっても良いはずだ。

 英雄であるモモンが子を残せないのも問題だろうし、その相手が仲間であり信頼のおけるラキュースであったなら、その子供だって自分は愛せるに違いない。

 

(ただ一番の愛情さえくれれば──)

 

「その正妻争いで喧嘩すんなって意味でもあるんだが」

 

「というか、娶られる前提なのが凄い」

 

「女の手練手管も知らないくせにな」

 訳知り顔で言うガガーランの台詞に苛立ちを覚えるが、男女の関係にも詳しいガガーランの知識は、その手の話題に興味がなくずっと聞き流していたイビルアイにとっては重要な情報源になりうる。

 

(無駄な知識など何一つとしてない、どんなものであれ、しっかりと聞いておかなくては)

 そんなことを考えガガーランにより詳しい話を聞こうとした矢先、ティナが周囲に視線を巡らせた。

 

「どこだ?」

 それだけで敵が近づいていることを察知したガガーランが今までの緩んだ態度を一変させ、隙のない構えを取って問う。

 

「あっち。かなり大物……聞き覚えのない足音。いや、どこかで聴いてた物に近いけど、何か変」

 不思議そうに首を傾げながらティナが指した方向にイビルアイも目を移す。

 薄い霧の中に何か大きな影が移動している影がぼんやりと映っている。

 

「ありゃ──骨の竜(スケリトル・ドラゴン)じゃねぇか? なにが聞き覚えないだよ。前にも……いや、何かおかしいな」

 

「そう骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。でも重さが違う、個体差であんな違いは出ない。上に何か乗っている」

 

「乗ってる?」

 確かに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の長い首の向こうには何かが乗っているように見える。

 二メートルを超えた大きさの騎士のような風貌。

 黒色の全身鎧にフランベルジュ、鋭いトゲがアチコチから飛び出しボロボロのマントを身につけている。

 ようやく姿がはっきり見えてその正体に気がつく。

 向こうもまたこちらに気づき、二体が同時に咆哮を上げた。

 

「デス・ナイトか!」

 

「聞いた覚えはあるが、伝説のアンデッドだったか、どんな奴だ?」

 一つのミスが命取りとなる冒険者にとって情報はなにより重要だ、イビルアイも自身の経験から得た情報は出来る限り蒼の薔薇のメンバーには伝えている。

 しかし流石に無数に存在する敵の情報すべてを完全に暗記するのは難しいらしく、確認してきたガガーランにイビルアイは素早く情報を伝える。

 

「難度は百を超える。あの巨体に似合わず動きは早く、剣の威力も高い。殺した相手を自分の従者にする能力が厄介だが、今は居ないようだ」

 

「骨の竜は確か四十八だったか? その上に難度百以上か、確か壮年竜(オールドドラゴン)で百とかだろ? 厄介なんてもんじゃないな、イビルアイなら勝てるか?」

 

「恐らくな。だが、私にとっては下の方が厄介だ。何しろ奴には私の魔法が通じないからな、ここは──」

 魔獣や獣に別のモンスターや人間が乗って操るというのは別に珍しいことではない。

 狼に乗ったゴブリンはゴブリン・ライダーと呼ばれるし、帝国にはワイバーンを飼い慣らして操る飛竜騎兵の部族も存在していると聞いたことがある。

 この場合はデス・ナイト・ライダーとでも呼べばいいのだろうか。

 問題なのはそんな強力なアンデッドが乗っているのが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)というところだ。

 おそらくデス・ナイトは全盛期のガガーランよりも強い。それでもイビルアイならば問題なく倒せるが、魔法が通じない骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に乗っているせいで魔法が防がれる危険性がある。

 勝つためには二体を分断する必要があるが、それも簡単なことではない。

 一度退くべきかもしれない。

 今までであればこんなことは考えなかったが、以前の敗戦が基本的に傲慢で自信家だったイビルアイに慎重さを植え付けていた。

 この二人もまだ本調子ではないのだ。

 せめて五人揃っていればまた話は違ったが。

 

「おいおい。イビルアイ、余計なことは考えるなよ。これは蒼の薔薇が受けた仕事だぜ」

 

「そう。ここで私たちが逃げたら、蒼の薔薇の仕事が失敗したことになる」

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が現れた際は基本的にはミスリル以上の冒険者が当たることになっており、それ以下の冒険者や帝国の騎士は見つけても監視に勤め、報告することになっている。

 それは冒険者でも同じだ。

 単なる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ならともかく、相手は伝説のアンデッドが乗った存在、二つ合わせた難度はここでは判定は出来ない。

 故にここは一度退散し、冒険者組合にこの話を持っていくのが最良なのだが、二人が言うようにこの仕事はアダマンタイト冒険者チーム、蒼の薔薇として受けた依頼でもある。

 現在蒼の薔薇はドラゴン討伐の依頼を達成出来なかったことが知れ渡り、他二組のアダマンタイト級冒険者より一段下に見られている節がある。

 二人はそれを自分たちが死んだせいだと思っているのだ。

 その上でここで例え難度不明のアンデッド相手とはいえ逃げ出したら、そうした目はますます強くなると言いたいのだ。

 

「──分かった。先ずは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)から奴を引きずり下ろせ、デス・ナイトは私が相手をする。その間にガガーランが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を倒せ、ティナは全体を見つつ援護を。デス・ナイトの動きは早い。距離を取り無理はするなよ」

 これ以上言っても無駄だろうと覚悟を決めてイビルアイは作戦を告げる。

 二つ合わせた難度は自分と同等か、あるいは高いかもしれないが、分断さえして各個を相手にするのならそこまで難しい話ではない。

 

「了解! へっ、伝説のアンデッドに骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か。相手にとって不足はねぇな」

 

「倒せば、凄いれべるあっぷ。きっと強くなれる」

 

「全くお前達は──行くぞ!」

 三人と二体、命を賭けた冒険が始まった。

 

 

 激闘であった。  

 ようやくデス・ナイトが地面に倒れ込み、崩れゆく。

 最終的にはデス・ナイトに対空手段がないことを利用して、空中からイビルアイが魔法を連続して食らわせての勝利だったが、最大の一撃を食らわせてもなおデス・ナイトが立ち上がってきた時は驚いたが、その後ティナが放った一撃で、何故かあっけなく倒れてしまった。

 

「やった」

 

「こっちもだ。ったく、俺一人に押しつけやがって。この骨の竜(スケリトル・ドラゴン)、並の奴より随分強かったぜ」

 作戦通りに分断し、デス・ナイトの元に近づけさせないように一人で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手していたガガーランがデス・ナイトの残骸を眺めながらこちらに近づいてくる。

 

「それはこっちも同じだ、文句を言うな。分断が遅れたせいで私の魔法が大分無駄撃ちになったんだ。<飛行(フライ)>との併用のせいでこっちの魔力も切れ欠けだ」

 デス・ナイトの難度は百以上だというが、この個体はそれより遙かに手強く感じた。早さも強さも並ではない。

 だからこそ、単体であればさして強敵ではないデス・ナイト相手にイビルアイは離れた高さからの絨毯爆撃という方法を取るしかなかった。

 

「しかし、こんな化け物が沸いてくるなんて、王国も帝国もサボってんじゃないのか、組合にきっちり報告して特別手当貰わなきゃ割にあわねぇぜ」

 

「全く。でもこれで力も戻ったかな? 今は体力空っぽでよく分からないけど」

 

「だと良いがな。とにかく一度戻ろう。組合に報告もしなくてはならんし、あれ以上のアンデッドは出ないだろうが、今の状態では普通のアンデッドに会うだけで危険だ」

 

「了解」

 疲れなど感じない体であるにもかかわらずやれやれと、ため息を吐きながら周囲に目を凝らして、初めて気が付いた。

 いや、既にこれは起こっていたのだ。

 

「ティナ!」

 

「分かってる。霧が濃くなった、注意して」

 一部のモンスターには霧を生み出す魔法の力があり、その霧に乗じて獲物に襲いかかると聞く。

 デス・ナイトや骨の竜(スケリトル・ドラゴン)にそうした力があるとは聞いたことがない、そもそも二体とも倒した以上、原因はそれではない。

 むしろ、戦って力を使い果たしたイビルアイたちを狙って別のアンデッドが現れたと考えるのが自然だ。

 今までの気の抜けた空気が一変し、全員が背中を合わせて周囲を警戒する。

 感覚に優れたティナはあちこちに目を向け、やがてある方向で目を留めた。

 

「あっち。何か近づいてきている」

 

「……見えねぇぞ?」

 ガガーランの言葉にイビルアイも目を向けるが、ミルクの様に濃くなった霧のせいでイビルアイにも見えないが、忍として感覚が鋭いティナには何か見えているらしい。

 

「大きい」

 

「また骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か? 勘弁しろよ」

 

「違う! そんな大きさじゃない。あれは、船?」

 ティナがそういった瞬間、イビルアイにもそしてガガーランにも同時に閃くものがあっただろう。

 冒険者として情報収集は必須条件、アダマンタイト級冒険者であってもそれは変わらない。

 カッツェ平野に現れる霧の中を走る幽霊船。

 その船長はエルダーリッチとされている、普段の彼女たちならエルダーリッチはそこまでの強敵とは言えないが今は強大なアンデッドとの戦いで消耗しているし、船の中には船員とでも呼ぶべきアンデッドの群を引き連れていると聞く。

 ガガーランとティナは体力切れ、イビルアイは吸血鬼であり体力的な消耗が存在しないが、要である魔力が底を尽きかけているとなれば、勝ち目は無い。

 

「今後こそ、退くぞ」

 

「賛成。といいたいところだけど、まっすぐこちらに向かってきているし早すぎる。今の私たちでは追いつかれる」

 確かにもはやイビルアイの目にもはっきりと見える様になった巨大な船の速度は異常だ。

 この幽霊船の噂は聞いたことがあるが、自らの巨大さと力強さを証明するかのごとくゆっくりと動いているため、たとえ霧で隠れていたとしても異変に気づいてから逃げ出せば間に合う。とも聞いていたが話が違う。

 完全にこちらに向かい太く長いオールが船体から突きだし、まるで海を行き水を掻くように大きく、そして早く動いている。

 その狙いは完全にこちらであるように見えた。

 

「クソッタレ。やるしかないってことか」

 

「そのようだ。魔導王の宝石箱からもっと巻物(スクロール)をせしめておくべきだったな」

 ドラゴンの巣と化したドワーフの王都に向かった時に使用した巻物(スクロール)であればこの場からの離脱も出来ただろうが、あの店からその手のアイテムを借りたり買ったりする為には顧客としての登録が必要だ。

 そうなると当然、店の意向に従って依頼をこなさなくてはならない、それを嫌った蒼の薔薇のメンバーは結局、店に買い物などはしに行ったが登録はしなかった。

 それが裏目に出てしまった。

 

「モモン様……」

 小さな声で呟く。

 あの時、死を覚悟した自分を偉大な英雄が救い出してくれたように、今度もまたそんな甘い夢を見た。

 

「来るぞ!」

 だが当然、助けはこないまま、船が自分達の目の前で停止する。

 霧の内部に入ったためかここまでくれば船の全体像を見る事ができる。外見は巨大なガレアス船だ。

 しかし幽霊船の名に相応しく、全てがボロボロになっている。

 船体には大穴があき、板がめくれあがっている箇所も多数ある。

 衝角が異常に鋭く魔法武器にあるような輝きを有しており、そこでも攻撃が可能なのだろうが、止まったということは中のアンデッドが直接狙ってくるつもりなのだろう。

 船首には朧気ながら幾人かの影があった。あれが噂の船長、そして船員達だろうか。

 

「敵は三人の様子。あの程度でしたらこのシャルティア・ブラッドフォールンにお任せを。必ずや討ち取ってご覧に入れます」

 船首から響く、この場に似つかわしくない少女の声はどこかで聞き覚えがある気がした。

 

「女? 噂のエルダーリッチは女だったのか?」

 

「いや、口振りからして、船長に許可を取っている様に聞こえた。従えているアンデッドかも」

 どちらにしてもあの流暢な言葉遣い、知性がある。

 ならば交渉も可能ではないだろうか。

 場合によっては自分の正体を晒し、同じアンデッドとして交渉すれば見逃してもらえるのではないか。

 正体を隠匿してる指輪に手を掛けた矢先、その声が響き渡った。

 

「いや、相手の強さは不明だ。強敵の可能性もある私も行こう。ナーベは私に<飛行(フライ)>を掛けここで待て」

 

「畏まりました──<飛行(フライ)>」

 指輪に掛けていた手が止まる。

 その名前、雄大にして慈悲深さを兼ね備えた声、<飛行(フライ)>の魔法によってゆっくりとこちらに降りてくる全身鎧に巨大な二剣を斜めに掛けたシルエット。

 全てに覚えがある。

 いや、何度も夢見てきたその姿に、イビルアイは声を失った。

 

「モモン? おい、イビルアイ」

 ガガーランに促され、詰まった喉を息で飲み込んで、イビルアイは声を張り上げた。

 

「モモン様! 私だ、蒼の薔薇のイビルアイだ! 会いたかった」

 涙に塗れ最後には掠れてしまった、その言葉は全て伝わっただろうか。

 

「え? あ、シャル……いや、ちょっと待て。手を出すなよ」

 慌てたような声はいつも落ち着き、自信に満ちた彼には似つかわしくないが、それでもそんな声を引き出したのが自分だと思うと、ここには居ないラキュースに対して悪いという思いとやや背徳的な喜びがあるのもまた事実だった。

 彼が地面に降り立つことも待ちきれず、イビルアイは再会を目指し残り少ない魔力を使って<飛行(フライ)>の魔法で飛び出した。




如何にして蒼の薔薇が以前の力を取り戻したか、と言う話です
アインズ様製のアンデッドはかなり強化されているようですが、まあ対空攻撃が不可能なデスナイトに元のレベルが十六程度の骨の竜の組み合わせならなんとかなりそう
本題の幽霊船は既に捕縛されていますが、まあそちらは本編でも謎だったので流して次の話はこの続きからになります






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