2018年9月17日、海上自衛隊は、南シナ海で、潜水艦「くろしお」が、「かが」「いなづま」「すずつき」の護衛艦3隻と合流、潜水艦戦闘を想定した訓練を9月13日に行ったと公表した。海自が南シナ海での潜水艦訓練実施を公表するのは初めてのことで、これには、南シナ海で実効支配を強める中国を牽制する狙いがあると見られている。
「くろしお」は、基準排水量2750トン、満載排水量4000トン。533ミリ魚雷発射管6門を備え、魚雷とハープーン対艦ミサイルを発射することができる。
潜水艦を兵器としてはじめて本格的に運用したのは、1914年、第一次世界大戦時のドイツ海軍である。「Uボート」とよばれたドイツの潜水艦は、次々とイギリスの艦船を撃沈、一時は英国経済を窮地に追い込む活躍を見せた。
それから100年あまりが経った現代でも、海中深く潜行して船舶を攻撃し、あるいは敵近くまで隠密に侵入することができる潜水艦は、大きな軍事的脅威である。なかでも、アメリカやロシア、イギリス、フランス、中国、インドなどが保有する弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は、長大な航続力を活かして神出鬼没、世界中の任意の地点を攻撃することができる能力を持っている。そんな潜水艦の行動をいかに封じることができるかは、各国共通の国防上の重大事なのだ。
いまから73年前の昭和20(1945)年、そんな、現代の弾道ミサイル搭載潜水艦のアイディアの原型ともいえる巨大な潜水艦を、日本海軍が開発していた。「潜特」とも称された超大型潜水艦は「伊号第四百型」と名づけられ、終戦までに「伊号第四百潜水艦(伊四百潜)」「伊号第四百一潜水艦(伊四百一潜)」「伊号第四百二潜水艦(伊四百二潜)」の3隻が完成した。
いずれも全長122メートル、全幅12メートル、基準排水量3530トン、燃料満載時の排水量が5500トンを超えるという巡洋艦並みの大きさの艦で、7750馬力のディーゼル機関、2400馬力の電動機を装備している。
特筆すべきは航空兵装で、水密、耐圧構造の格納筒に、翼を折り畳んだ新鋭攻撃機「晴嵐〈せいらん〉」3機を搭載し、前甲板に装備された大型のカタパルトで連続射出ができるようになっていた。そのため、「潜水空母」ともよばれる。また、「潜特型」と同時に、やや艦型が小さく、攻撃機2機が搭載可能な「改甲型」と呼ばれる潜水艦(伊十三潜、伊十四潜)も建造された。
私は、2002年、東京・銀座の交詢社で2013年まで隔月で開催されていた海軍出身者の集いで、伊四百一潜飛行長として出撃途中に終戦を迎えた「晴嵐」搭乗員の淺村〈あさむら〉敦・元大尉(故人)と偶然、会うことができ、以来、数度のインタビューを重ねた。そこでここでは、淺村さんの回想をもとに、現代の潜水艦の原点ともいえるまぼろしの潜水空母「伊四百一」の物語を紹介しようと思う。