ウェンブリー編
第6章:少年は斯く綴れり(6)
「んじゃ、第一回『まさかのクビ! そして失踪! ロスくんに何が!? 少年の栄光と挫折の真相に迫る! 会議』を始めます」
アウロスが失踪し、二日後の夜。
ラディの音頭の下、閉店時間を過ぎた【ボン・キュ・ボン】の一階にて、参加者六名の話し合いが粛々と始められた。
「……真面目にやらないのなら、私は不参加」
早速一人減った。
「真面目だってば。あ、ホントに帰りやがった! ったく、この沈んだ雰囲気を少しでも明るくしようって言う私の心遣いをわからないなんて、洞察力ないなー」
「そんな融通が利く女じゃないし。それ以前に私も帰りたくなったくらいだけど」
嘆息交じりに、クレールが呟く。
その目は、疲労による充血が確認出来た。
「あの、ここはクレールさんの家では……」
「ウォルっち、そこはもっと強くビシッて言わないと意味ない」
そう言うラディの指摘にも、鋭さが足りない。
非常に緩い空気が室内に蔓延していた。
「……やっぱ、ロスくんいないとダメね。どうもグダグダと言うか、締まりがないって言うか」
「すみません……」
力不足を痛感したウォルトの謝罪も、明らかに微妙だった。
「ま、いっか。それより、私は未だに状況が掴めてないんだけど……今度はロスくんが逃げたって事で良いの?」
「今度は?」
「あ、いや、なんでもねーです。兎に角、クビになったのは確実なのよね?」
「ええ。理由は全くわからないんだけど……」
クレールのその言葉に、テーブルを取り囲んでいる中の一人がおもむろに口を挟む。
「明確な理由があるのなら、教授が説明するんじゃねーか?」
「あれ、いたのハルハル」
「頭数に入れてたじゃねーか! ってかハルハルってのは何だよそれ!」
「あの、この方は一体……」
面識のないウォルトが怪訝な目で尋ねると、ラインハルトの口元が怪しく緩んだ。
心からの歓喜が、その顔を包み込んでいる。
「良く聞いてくれたな、青年。普段なら個人情報は滅多に口にしない俺だが、今日は特別だ。詳細まで語ってやろう」
そして、その顔のままで心底嬉しそうに親指を立て、そのまま自分を指す。
「俺の名はラインハル」
「トころで、ロスくんは何時からいなくなった?」
ラディの問いに、クレールが回想を始める。
ウォルトもそっちの方に視線を移した。
「一昨日の夕方まではいたけど、それ以降は見てないから、その辺りからかな」
「なあ。俺ってそこの無視され女に無視されるくらいショボい存在なのか? これでも俺、結構良いとこの子なんだぞ」
「じゃあ丸二日かー。どうしたものかな」
「……」
ラインハルトは海藻のように揺れる視界を腕で覆った。
「ま、あの子の事だから、早まった事はしないと思うけど……」
それすら無視し、クレールは眉間を揉みながら呟く。
その声に、力はない。
「でも、てっぺんまであとちょっとって所で、あっさりと蹴り落とされた訳だからねー。何処かで咽び泣いてないと良いけど」
「あの……」
今一つ要領を得ない会議に業を煮やしたウォルトが、恐る恐るながら挙手。
「僕、もう一回探して来ます」
「あれま、こんな時間に?」
「やっぱり心配なんで。女性陣は待機していて下さい」
それはつまり、もう一人の男手に関しては手伝えと言う事だ。
「やれやれ……」
そう言いつつも、間接的にだが必要とされた事に喜びを抱いたラインハルトが、それを押し隠しているのがバレバレな顔でウォルトに続いた。
女性二人が残る【ボン・キュ・ボン】に、静寂が戻る。
が、それも僅かの間だった。
「やっぱ、ミスト教授と何かあったのかな?」
「さあ……」
二人は出入り口の扉を眺めつつ、二人して頬杖を付いて、二人ながらに嘆息する。
アウロスの突然の解雇、そして失踪――――それはまさに青天の霹靂だった。
解雇にあたっての一切の説明は、ミストの口からは語られていない。
だが、特別研究員としてミストの下に付いている以上、アウロスの実質的な人事権はミストが握っており、彼がそれを行使したのは明らかだ。
「複雑?」
一応の人間関係を把握している上で、ラディが問い掛ける。
「ま、否定はしないけど……あの人はそう簡単に部下を切り捨てるような事はしないから、疑問と言うか、そう言うのはあるかな、って」
その質問に、クレールは複雑な面持ちを隠さずに伝えた。
「そうかな。あいつなら、なんかすんなり切りそうだけど」
ミストに対して余り良い感情を抱いていないラディは半眼で反論を唱える。
「だったら、とっくに私は大学にいないし」
「気に入られてるんじゃないの?」
「それは……残念ながら」
クレールの表情に翳りが浮かぶ。
今朝レヴィに言われるまでもなく、自覚している事だった。
そして、明らかに失言だったとこちらも自覚し、ラディの顔に焦りが浮かぶ。
「あー……ゴメン。私こう言うトコ本気で直さないと」
「良いよ。それより、ルインは本当に帰ったと思う?」
「どうだろね」
曖昧に答えつつ、ラディは水の入ったコップを手に取った。
透明の液体にも不純物は入っている。
それを眼前まで近付け、覗き込んだ。
そこに見える景色は、過去の光景。
井戸の中の水と、少し似ていた。
「……あの人、雰囲気変わったよねー。露骨に。やっぱ、そう言うコト?」
「そう言う事、なんでしょうね。雰囲気ってより、もう態度が露骨だし」
そして、何故か話の種は女子特有の方向へ移行していた。
「なんか、結構昔からの知り合いだったみたいよ。当人達が気付いたのは
つい最近みたいだけど」
「あー。それ私も聞いた。詳しく話さなかったけど」
「複雑?」
今度はクレールがその問いを投げる。
「へ? な、なななな何が?」
それに対し、ラディは明らかに驚いた表情を見せていた。
喜怒哀楽の表現が過剰な情報屋ではあるが、そんな顔を見せる事はほぼ皆無。
クレールの疲れ切った顔に、普段の血色が戻る。
「何恍けてんの? 決まってるじゃないの。さっきルインが変わったって話してたけど、貴女だって一旦いなくなった後、微妙に変わってる事をお姉さんは見逃してませんよ? で、どうなの?」
「ななな、何がなにやら。何の事だかサッパリなのデスよ」
「あら、そう。そこまで恍けるのなら、単刀直入に聞いてみましょう」
日頃軽口を叩かれている腹いせか、実は密かにこう言う会話に憧れていたのか――――クレールは珍しく積極的に絡み出した。
「貴女はアウロス君をどう思ってるの?」
「うわ、ホントに直球で来やがった!」
ラディの顔に焦燥による冷汗が滲む。
目も泳いでいた。
「さあ、答えなさい。そして自分の恋路を話の種にされる居心地の悪さに蝕まれなさい!」
「くっ……そう言うクレよんだって、なんか前とは変わった気がするっ。私の知ってるクレりゅんは、こんな意地悪な事するお姉さんじゃなかった!」
「呼び名は統一なさい。そしてちゃんと質問に答えなさい」
柔らかい物腰で、クレールは更なる圧力をかける。
ラディは椅子に腰掛けたままで後退った。
「どうなの? アウロス君の事、好きなの? それとも愛してるの? どっち?」
「ちょっ、待った! その二択絶対ヘン! 悪ノリし過ぎだってば! って言うか、別になんとも思ってないし! あんなのガキじゃんガキ! 私はもっとアダルトでダンディな大人の魅力に惹かれる大人な女性なんだから、キョーミないってば!」
「何言ってんの。あの子、明らかに実年齢より大人びてるじゃない。って言うか生意気過ぎるし」
その言葉に、ラディは目を光らせる。
話題を摩り替える好機を得た、と言わんばかりに。
「そうそうそう! そうなのよ、あいつホント生意気なの! 私、一生懸命頑張って情報集めてきてるのに、なんか上から目線で『ご苦労さん』ってカンジでさ! しかも事ある毎にお給料減らすし! あと色んなコトに細かいし、偶に人の食事盗むし! 最低な依頼人だっての!」
「でも、優しいトコもあるじゃない」
「そうなのよねー。クールに徹しきれないって言うか、割と人情あったりして……あっ」
ついつい話に乗ったラディの顔が、悔恨で歪む。
一方、クレールは口の端を思いっきり釣り上げ、自身の誘導尋問の成果に酔っていた。
「やっぱり、良い所もちゃんと見てるのね。もう隠す必要ないのよ。お姉さん、どっちかって言うと貴女の味方だから。僅差だけど。だから、隠さずここでぶちまけちゃいなさい」
「ち、違うの。これは違うの。あいつはあくまで仕事上のパートナーだし、そりゃ良いヤツで結構頼りになるけど、そう言うんじゃ……」
頭を抑えるラディに、クレールの顔が近付く。
「ほ ん と う に?」
「うう……」
まるで洗脳でもされているかのような心持ちになり、目をグルグル回しているラディの頭が――――激しく揺れる。
打撃の衝撃によって。
「痛っ! ちょっ、クレにょん! 殴るのはやり過ぎじゃないの!?」
そんなラディの叫び声に、反応はない。
不審に思ったラディが、クレールの方に視線を向けると――――その顔は、ラディの真後ろを凝視し、固まっていた。
「……?」
そのままの顔で、ラディが振り向く。
そこで、この場の主役が入れ替わった。
「随分と好き放題言ってくれたな」
青筋を立てて怒りを顕にするその主役に、ラディの顔が引きつる。
「いや……あの、ナンテ言うか、えっと……やーん、おかえり♪」
「言いたい事はそれだけか?」
鮮やかな速度でルーンが宙に浮かぶ。
「な、なんで感動の再会のハズが毎度こうなるのーっ!?」
ラディのその咆哮の後、15分揉めた。
それが――――【ボン・キュ・ボン】にアウロスが帰還した際の一幕だった。