歴史家のピーター・バークは『知識の社会史2――百科全書からウィキペディアまで』(井山弘幸訳、新曜社、2015)で、ウィキペディアの「多くの著者が男性で、北アメリカ出身で、コンピュータ狂か専門の学者」(p. 426)だというステレオタイプを紹介している。これはあながち間違いではない。
2011年にウィキメディア財団が行った調査では、アンケートに協力したウィキペディアンのうち、女性は9%程度だった。2013年に行われた別の研究では、ウィキペディアンに占める女性の割合は16%程度だと推定されている。私は日本女性のウィキペディアンだ。皆さんが今読んでいる記事の著者は、実はけっこうレアキャラだ。
女性が少ないせいでウィキペディア記事が偏っているということは、よく指摘されている。歴史上の女性や、女性が使うようなもの、女性のファンが多いコンテンツなどについては記事が充実しておらず、項目があっても削除依頼にかけられやすい。
アメリカの『スレート』誌によると、ケイト・ミドルトンのウェディングドレスが削除依頼にかけられたのは、ファッションが「女性向けの軽薄なトピック」だと思われがちだからだ。
女性に大人気だったバンドのワン・ダイレクションについては、ソロの業績が無いという理由で、英語版ウィキペディアでは2012年頃まで、一番メディアでの露出が多かったハリー・スタイルズですら個人記事を作らせてもらえなかった。
ウィキペディアで伝統的に重視されている主題でも、女性が絡むと削除依頼が出ることがある。
ウィキペディアには、皆で集まって特定の話題に沿った記事を書くエディタソンというイベントがある。2012年にスミソニアン博物館で行われた女性と科学がテーマのエディタソンでは、アーカイヴ資料を使って英語版ウィキペディアに女性科学者の記事が立項された。そのうちのひとりである古生物学者ヘレン・M・ダンカンの記事は削除依頼にかけられ、植物病理学者のクララ・ハッセも削除すべきだという指摘を受けた。
スミソニアンに文書が保管されていてエディタソンの対象に選ばれたからには、一般には知られていなくとも専門分野では業績がある学者なのだろうと予想できそうなものだが、それでも特筆性が疑われたのだ。この出来事は、ウィキペディアが女性に対して不自然に厳しくなる例として、英語圏のメディアでかなり批判された。
一方で、男性のファンが多そうな分野については特筆性の基準が低いことがある。英語版ではジミー・ウェールズがあげたLinuxディストリビューションがそうだし、日本語版ではAV女優の場合、活動期間が短くても立項できるとされていたので、無名女優の低品質な記事が乱造され、最近立項基準が引き上げられることになった。ハリー・スタイルズに比べると、えらい違いだ。
女性のウィキペディアンが少ないのはなぜだろう?その理由としては、そもそもウィキペディアの土台になっているハッカー文化が男子文化だから、という指摘がある。
ウィキペディアの研究をしているジョゼフ・リーグルは、自由を好むハッカー文化が逆説的に女性を疎外してしまっている傾向を指摘している。実はこれは私もたまに感じることで、ウィキペディアンはあまりにも「自由」や「中立」を好むため、女性を増やそうとか、女性に関する記事を充実させようという試みすら、ウィキペディアにバイアスを持ち込んで自由を侵害する行為だと考える人がいる。
さらに、女性は社会の中で自信を持てないような状況に追い込まれがちで、自分から発信することに抵抗を感じやすいことがウィキペディアでの偏った男女比につながるのではないか、という指摘もある。