第14回
|新国立競技場|JR中央線・千駄ヶ谷駅
2020年の熱狂と
埋葬されたアーチ
いつのまにか近づいた2020年の東京オリンピック。
都市は形を変えながら、熱狂の準備を着々と進める。
メイン会場となる新国立競技場は、
ザハ・ハディド案から隈研吾案へ変更され、いまも建設中だ。
建築家の仕事に作家性は必要なのか?
漫画家/設計士の座二郎は失われたザハのアーチを描きながら考える。
ILLUSTRATION & TEXT BY ZAJIROH
千駄ヶ谷を降りて新国立競技場へ向かった。二〇一八年八月、新国立競技場は建設中だ。現場につくと巨大なボリュームに驚く。ザハ・ハディド案はもっと大きかったというが、現状でもかなり大きく感じる。落下防止のネットがかけられた足場の壁が、万里の長城のように延々と続いている。外周を一周する。敷地内に巨大なクレーンが林のように何本も建っている。その姿はわたしには「失われた作家性の埋葬作業」に見える。
ザハの初期のドローイングが好きだ。彼女のドローイングは建築家のなかでも極めて特徴的なものである。いわゆるパース(透視図)ではなく、一見すると黒い背景に破片のようなものが飛び交っている抽象画のようにしか見えない。構造を一度分解して再度新しいルールで提示するという高度な手法を使っている。それは写真でとっただけでは伝わらない空間体験そのものの解説のようである。 この連載では都市空間をどう二次元に展開させるかという挑戦を行ってきたつもりだ。「ザハの素晴らしい建築をつくるべきだった」というつもりはないが、彼女の二次元表現には大いなる敬意を払いたい。
競技場を描くにあたって、なるべくザハのドローイングのように描くことにした。黒い紙に白いペンで描く。足場が覆いかぶさった国立競技場、上部にはクレーンが林立する。ザハのキールアーチが白い亡霊のように浮いている。もしザハが隈研吾の国立競技場を描いたらどうなるだろう。たくさんのクレーンは巨大な壁の中でせっせとザハのキールアーチを解体して埋めようとしている姿を想像させた。 大きなプロジェクトで作家性を発揮する機会はこれから失われてしまうのだろうか。匿名の人々の反射的な反対意見に流される時代がつづくのであれば難しいと、わたしは思っている。オリンピックが開かれる熱狂のなか、ザハの建築物を思い浮かべる人は少ないだろう。しかしわたしだけは新国立競技場を、巨大なザハの作家性への墓標だと密かに思いつづけようと思っている。
座二郎『ザハ・ハディド案へ捧ぐ』
(2018年8月10日)
新国立競技場
所在地|東京都新宿区霞ヶ丘町10番地2
完成予定|2019年11月
座席数|60,000席
建築面積|72,400m²
PROFILE
座二郎|ZAJIROH|1974年生まれ。早稲田大学で理工学修士を取得後、建築会社に勤務し、業務施設などを中心に設計を手がける。通勤電車のなかで作品を描き、2012年には『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』の連載で漫画家デビュー。同作は第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品に選ばれた。2016年には初めての絵本『おおきなでんしゃ』を刊行。自主制作漫画雑誌『ユースカ』などで活動を続けている。
FROM AUTHOR
娘に絵本を描いています。わたしの夏休みの宿題のつもりでしたが、当の娘が絵本中の服の色などにこまごまと指示をしてくるので、まだおわっておりません。
- 独占インタヴュー
- http://wired.jp/2017/03/08/interview-zajirogh/
- https://twitter.com/zajirogh
- 最新刊『おおきなでんしゃ』
- https://www.amazon.co.jp/dp/4251098900
- 連載マンガ「座二郎の『東京昼飯コンフィデンシャル』」
- http://r.gnavi.co.jp/g-interview/archive/category/%E5%BA%A7%E4%BA%8C%E9%83%8E