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読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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トヨタの本拠地の豊田市は魔術都市。豊田市章は「クロウリーの六芒星」。トヨタ=欧州王侯貴族路線(Jロック+ニューエイジ+万博+クロウリー+フランス・スコットランド系メーソン=グラントリアン系)。もののけ姫のシシ神様(=人間+フンババ+鹿神ケルヌンノス+ヤギ)殺しは死と再生の魔術の儀式。ガンダムのシャアはペルシャ王で赤い肌のフェニキア的巨人を操る。アレイスター クロウリー, Aleister Crowley(新装版)『魔術 - 理論と実践』島 弘之, 江口 之隆, 植松 靖夫訳、国書刊行会、1997年 

完璧に無垢で高い知性を持つ男の子が最も申し分のない、最適な生贄である。
――クロウリー

(香を用いる)よりも危険であるが、血の供犠はより効果的である。ほぼ全ての目的(達成)の為には人間の生贄が最適である。
――クロウリー

最も重要な魔術の事業がある。それは新時代の秘儀参入である。
言葉を告げることが必要な時が来れば、地球全体が血に浸されなければならない。
テレマの法を受け入れる準備を整える前には、大戦争がなされなければならない。
この血の犠牲こそが、ホルスが宣言する世界規模の式典において決定的に重要な核心である。
ホルスとは、新時代の神として、戴冠し征服する子である。
――クロウリー


“トヨタが由来の豊田市章はクロウリーの六芒星。魔術師クロウリーはエジプト重視のニューエイジの祖。愛知万博の開催期間を足すと33。クロウリー曰く人間の生贄(特に男児)で血の供犠を行うのがベスト。魔術=意志に従い変化を起こす科学と技術。”

“内部の潜在意識操作により外部の現実を操作する技術が魔術(魔法)だと隠す為に、大衆用に内容を似せて創り大本教系が広めたのがスピリチュアル。
覚醒せず封印(支配者が喧伝)
→聖書・スピ(聖書・改)・ユダヤ陰謀論

本当に覚醒(胡散臭い迷信にする)→魔術・魔法・占星術”

“魔術(魔法)とは
「戦争(死と再生の儀式)で人間を間引きし世界を更新する術」(たんぽぽ)
「神(支配者)が思うままに家畜(人間)と自然を管理し支配する為の秘密の智識と操作技術」(ねここねこ)
「思うままに意識の中に変革をひきおこす技術」(フォーチュンとバトラー)”

“ジブリがアニメ担当でレベルファイブ発売の『二ノ国』。
レベル5=超能力者の『禁書』の科学VS魔術は偽装で、
魔術の一部=科学VS魔術の一部=耶蘇教を隠蔽。
科学側のボスが魔術師クロウリー。魔術師の殆どが耶蘇教徒。魔術=科学+宗教+……”

“魔術は必ず分割して一部だけを、科学や宗教などと名付けてから公開せよ。魔術は根拠薄弱だと叩かせ、科学と宗教は魔術より上だと喧伝させ、実は科学と宗教は魔術の部下に過ぎないことを隠せ。世界史から日本史を切り離したように情報も分割支配せよ。”

“魔術師が人を操るのに一番使うのは言葉であり話術です。ロゴス(論理+言葉)が武器で杖ではないです。癒しの言葉は祝文。殺しの言葉は呪文。”

“子供に真実多数のアニメ・漫画・ゲーム等で魔法のシンボル等に慣れさせつつ刷り込む。同時に狂育で創造力と才能を潰す。大学から消費者に改造しつつ(子供の娯楽を馬鹿にさせて真実を隠す)刷り込んだ魔法のシンボル等で嘘多数の因囚向け娯楽に誘導。”

“ポスターは主役が登場します。魔法使いが支配する性風俗が舞台の千と千尋の日本版ポスターの主役は千(数字=奴隷)、豚(家畜)、目屋(生あります)。電車の荷物にも生の目あり。ナルトにも目屋登場。アイドルは処女はマリア崇拝。耶蘇教の性管理。”

“単眼△遊戯。イリュージョンの儀式で生贄を捧げると、闇の魔法使い族のサクリファイス(犠牲)を召喚でき、この一つ目の怪物は敵の怪物を吸収してその力を得、戦闘で破壊されるのは吸収された怪物だけ。”

“金=数字魔法がなければ単なる狂人集団です。複雑な世界を自動処理して労力を削減する仕組を知ることが人間操作術の奥義であり今や心理学として一部公開。”
子子子子子(ねここねこ)@kitsuchitsuchiより。
ツイログの検索機能って超便利ですね。
http://twilog.org/kitsuchitsuchi

‘‘Magick is the Science and Art of causing Change to occur
in conformity with Will.’’
"Do what thou wilt shall be the whole of the Law."

この二つの名言は次の一文に短縮できる。
あなたの智慧(知識+技術)と意志こそ全て。

私が引用を多用するのは、オリジナリティ(独創性)は他者からの引用の組み合わせ方とそれに対する解釈にしかない
と考えているからです。
もう一つは、私が引用するものは大抵が突然消されてもおかしくないものなので、保存の為でもあります。私の記事も保存を推奨します。
(先ほどの一文に短縮したのが、引用の組み合わせとそれに対する解釈=オリジナリティあるいは私の考え、の実例)

(ねこたさんのブログ〔特に「陰謀論者宗派リスト」〕と、
たんぽぽブログ「戦争はなぜ起きるのか」が消えたのは痛いです)
二人の素晴らしい記事の一部は、私の過去記事
多くの陰謀論者が無視する点を盛り込んで陰謀論者チェックリストを作りました~はじめにお読みください①
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-1.html

(◞≼◎≽◟)☝投稿日時に注目。下中弥三郎。世界一ユダヤを迫害してきたバチカンはナチスを支援し、ユダヤ陰謀論でユダヤに押しつけてキリスト教が責任逃れ。クリスチャンが糾弾するイルミナティの悪魔の儀式とは労働運動と万博(=科学研究の集大成)http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-7.html
にあります。

たんぽぽ(蒲公英)さんについては著作『戦争の真実―死と再生の魔術』(蒲 公英。がま こうえい 名義)を推奨しておきます。
“著者からのコメント
アメリカ同時多発テロから始まった新たな世界戦争。
テロはなぜ起こり、戦争が開始されたのか。
ブッシュ家とラディン家との不思議な協力関係
その謎の答えは、
古代から受け継がれた「破壊と再生」という宗教哲学にある。
神に代わって人間が神となり、
世界の人口を調整するため、
つまり人間を間引きするために、
戦争は宗教と哲学によって正当化されてきた。
ブッシュの戦争もまた、
人類を間引きして世界を再生させようとする、
死と再生の儀式
にほかならない。”
http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E2%80%95%E6%AD%BB%E3%81%A8%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%AE%E9%AD%94%E8%A1%93-%E8%92%B2-%E5%85%AC%E8%8B%B1/dp/4286001784

‥‥
‘‘Magick is the Science and Art of causing Change to occur
in conformity with Will.’’

"Do what thou wilt shall be the whole of the law"
――Liber AL vel Legis
――The Book of the Law

クロウリーの魔術(魔法)の定義
"the Science and Art of causing Change to occur
in conformity with Will"

サイエンスは「知ること(智識)」が原義で、経験論であり、技術(アート)も含みますが、主に自然科学です。そして知識を使う技術が智慧です。
つまり、
サイエンス=(自然)科学+経験論+智慧(=知識+技術)。

アートは技術(芸術は技術の一分野)であり、(自然科学に対する)人文科学という意味もあります。
つまり、
魔法(魔術)=理系+文系の総合学問、とも言えます。
理系と文系という智識の分断支配は大衆に魔術(魔法)を教えない為でもあるのです。
サイエンスとアートに、クロウリーは「意志」(意図的に起こす)を加えているわけです。
重要なのは智慧(知識+技術)と意志ってことです。
これこそがカトリックが隠す真の知識・技術・意志の三位一体です。
意志をもって智慧で生きよ!
ちなみに、
知識と智慧は仏教用語でもあります。
(北朝本物天皇は仏教徒、
南朝偽天皇は神道家=和風クリスチャン。
ヤタガラスが仏教徒でない時点でガセ決定。天皇と違う宗教を信仰するわけないでしょ。
天皇・神器・神道が道教用語なので、神道用語なんて日本語に全然浸透していません。
仏教用語なら日本語に完全に浸透しております。大袈裟に日本の偽物伝統の神道を喧伝することは金輪際やめてください。ほら今仏教用語使いましたよ。)

知識〔仏〕
①物事の正邪の判別をする心のはたらき
②正しく教え導いてくれる指導者。高徳の僧。高僧。善知識。
③結縁(けちえん。衆生が仏道に入る縁を結ぶこと)のため、寺に私財を寄進すること。またはその人。
(本来の仏教と真逆ですね。儲)

智慧〔仏〕
①煩悩を滅し、真理を明らかにし、悟りを開く働き。
なお、般若とは、真理を認識し、悟りを開く最高の「智慧」という意味の仏教用語です。

なお、「愛」は仏教では悪い意味であり、キリスト教が意味を乗っ取りました。
「エッチは結婚してから」「アイドルは処女」はキリスト教のマリア崇拝
から来ております。
私なら「子供ができてから結婚するのが自然。そもそも結婚は奴隷制度。キリスト教系支配者が奴隷の性を家畜のように管理する為の思想にあなたは洗脳されている。感情的に反発するあなたは男と女を分断する策略にはまっている」と返します。

……

アレイスター クロウリー, Aleister Crowley(新装版)『魔術 - 理論と実践』
翻訳におかしなところがある(アイクの本の翻訳者が勝手に日ユ同祖論というキリスト教製思想の本の資料を勝手に付け加えるなど余計な事をしていますから翻訳者も買=飼われていますね)のは後述しますが、それはともかく翻訳者紹介。
三人のうち二人が上智大学(=イエズス会製バチカン大学)なのが興味深いです。キリスト教は魔術を迫害するくせに、自分等の儀式の元ネタが魔術ですし。
とある魔術の禁書目録でクリスチャンが魔術を使っているのは、キリスト教が魔術を禁じているのは表向きだけで裏では使っているという暴露ですよ。

島弘之
上智大学外国語学部英語学科卒業。2004年法政大学文学部英文科教授。 

植松靖夫
上智大学大学院博士後期課程修了。1980年代に国書刊行会初のベストセラーとなる翻訳書『法の書』などを出版。菊地秀行・夢枕獏・朝松健ら怪奇系作家に影響を与えた、オカルト思想の紹介者にして1990年代の「イギリスブーム」の火つけ役の一人。

江口之隆(えぐち これたか、1958年-)
西洋魔術研究家。長尾豊(ながお ゆたか)という筆名も(『「魔術」は英語の家庭教師』)用いていた。
1984年から1985年、イギリスのウォーバーグ研究所に留学し、黄金の夜明け団関連を研究。同研究所所蔵のジェラルド・ヨーク・コレクション(アレイスター・クロウリーに関するおびただしい資料を含むもの)を閲覧。
『「魔術」は英語の家庭教師』では、自分用の「魔物」を「捕獲・飼育・調教」して、この「魔物」を使う記憶術、
魔術の象徴体系であるカバラーの「生命の樹」を使う記憶術
(「生命の樹」に対応してる7惑星とタロット・カードの大アルカナをつかって、名詞は7惑星に、動詞はタロットに分類しておぼえる。それから、形容詞と副詞は黄道十二宮に分類しておぼえる)ことなどが書かれています。
奴隷に賢くなってほしくない反知性主義の教会が弾圧する理由がわかりますね。

※ウォーバーグ研究所The Warburg Institute
の設立者は、ユダヤの銀行家(キリスト教の部下)の子にしてルネサンス美術の研究家アビ・ヴァールブルクWarburg。
元はドイツにあったが、移転して今はロンドン大学の付属研究所。近年ではイスラーム世界をテーマとするシンポジウムを度々開催。

翻訳者三人とも結社員っぽいですね。


アレイスター・クロウリーAleister Crowleyは、
1898年ケンブリッジ大学卒業間際に黄金の夜明け団に入団。
1900年団の内紛に紛れる形で脱退、世界各国遍歴の旅に出、日本や上海、スリランカなどを訪れ、ヨーガなどを学ぶ(インド哲学の影響もあります)。
1902年ヒマラヤ山脈のK2登頂に挑戦(山岳信仰?)。
1904年新婚旅行中に訪れたエジプトで、アイワス(エイワス)という名の霊的存在に接触し、その声の幻聴を書き留める(『法の書』。エジプト思想の影響もあります)。
からわかるように、
魔術(錬金術。ヘルメス思想。両性具有の完全な神)
+インド+エジプトにしてニューエイジの元祖という、欧州王侯貴族思想ど真ん中の思想


(もっと詳しく後述します)なのです。
クロウリーの用いた一筆書六芒星の印が豊田市(トヨタが由来)のマークそっくりなんですよね。万博までやったし間違いなく元ネタがクロウリー(もっと詳しく後述します)。
鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』の学園都市統括理事長で、元世界最高最強の魔術師にして現世界最高の科学者のモデルだったり、
CLAMP『カードキャプターさくら』で精霊を封印するクロウカードの制作者クロウ・リードの名前のモデルだったりフィクションでも普通に出ますね。
カバラやらスピリチュアルやら全開の、もののけ姫にも影響を与えていますよ。
シシ神様は顔が人間っぽくて(最高の犠牲獣は人間)、
ギルガメッシュ叙事詩のフンババでもあり
(フンババの首は金桶に入れられます)、
ケルトの鹿神ケルヌンノス
(鹿は「かのしし」とも言います。ライオン=獅子の意味も込めているでしょう)
でもあり、
生贄用のヤギ(ヒゲあるし)でもあるのですよ。
「シシ神様を倒す」=山羊の首を落とす
ヤギの首切りはどう見ても魔術儀式そのものですよね。

全き無垢と高き知性を持つ男児が、申し分のない最適の生贄
“より多くの危険が伴うものの、血の供犠の方が一層効果的である。しかも、ほとんど全ての目的(達成)において、人間の生贄が最も良い。”
クロウリー『魔術 理論と実践』。翻訳のおかしな箇所を私が訂正。
for nearly all purposes human sacrifice is the best.なんだから、「目的が何であれ」ではなく「ほぼ全ての目的において」。十割と九割は全然違う。
人間の生贄を捧げる支配者がこの目的には有効かを考える手間を省いてあげているんですねわかります。
ピンポイント爆破で魔法陣を描き、上空からのじゅうたん爆撃で魔法陣の痕跡を消しつつ、人間の血肉の生贄を捧げるのですねわかります。
他に明らかにおかしいのが、イーオン(イオン。Aeon)を永劫と翻訳していること。Aeonはエイジ(age。時代)と訳すのが正しい。エジプトの太陽神ホルスは「新しい時代の主」(the Lord of the new Aeon)。
new Aeon=new Age=ニューエイジ

私ならこう訳します(後述の引用と比べてみてください)。

「完璧に無垢で高い知性を持つ男の子が最も申し分のない、最適な生贄である。」

「(香を用いる)よりも危険であるが、血の供犠はより効果的である。ほぼ全ての目的(達成)の為には人間の生贄が最適である。」

「最も重要な魔術の事業がある。それは新時代の秘儀参入である。
言葉を告げることが必要な時が来れば、地球全体が血に浸されなければならない。テレマの法を受け入れる準備を整える前には、大戦争がなされなければならない。
この血の犠牲こそが、ホルスが宣言する世界規模の式典において決定的に重要な核心である。ホルスとは、新時代の神として、戴冠し征服する子である。」


“A male child of perfect innocence and high intelligence
is the most satisfactory and suitable victim.”

“the bloody sacrifice, though more dangerous, is more efficacious;
and for nearly all purposes human sacrifice is the best.”



閑話休題。
人間的ヤギの首を落とす儀式の犠牲となったシシ神様が、ダイダラボッチとなり、命を吸って死を撒き散らし、頭を返した後に、命を撒き散らします。再生の前に虐殺(破壊)しまくる、再生の前の破壊ということです。インド神話すぎます!
たんぽぽさんの言う、死と再生(虐殺や戦争)により世界を更新する術=魔術、そのものですね。

過去記事から引用します。
“オウムには創造・維持・破壊という意味があります。
インド神学では、
世界は創造/維持/破壊という3プロセスをループする法則があると考えます。
「創造(ブラフマー)

維持(ヴィシュヌ)

破壊(シヴァ)」

つまり、創造の前には必ず破壊
があるってことです。
そして、真言(聖音)”オウム”と対応させると、

オ=創造=ブラフマー
ウ=維持=ヴィシュヌ
ム=破壊=シヴァ
三神一体(トリムールティ)と
創造ー維持ー破壊の三サイクル(世界の理)となります。
だから、女王のそばにいるのがオウム(創造の為の破壊の象徴)なんですよ。
あとアーレフはヘブライ文字の一番目であり雄牛(バアル)の意味があります。
(何のことか分かりますよね?この創造の前に破壊することが「真理」の「教」であり、名前を変えてもなお、もろに生贄を要求する神を残しているわけです。
バールのようなものどころか、バアルそのものなのです)”
『二ノ国』を主に考察。『二ノ国』、『とある魔術の禁書目録』+『ドラクエ』(本記事内では主に『ドラゴンクエスト1・2・3、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』を考察)、マギ、もののけ姫、ハリー・ポッター、ドルアーガの塔(ドルイド+ナーガ〔龍〕)、まどか☆マギカ(鹿目まどか。鹿〔ケルト神話。恐らくアーリア系〕+一つ目+円〔輪廻〕)は恐らくみな同じ結社陣営製品。ナルト、ワンピース、ドラゴンボール、マスターキートン、フェイトシリーズ、ハンターハンター、エヴァンゲリオンも恐らく。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-27.html

ガンダムの冨野氏もインド大好きですし(レコンキスタってキリスト教以外の宗教を破壊するって意味)。でもガンダムは白くて赤い十字マークの盾なんですよね。シャア(シャー)はイラン(ペルシャ)の王様、支配者と言う意味。アラビア語のマリク(主)やスルタンとほぼ同じ意味なのですが、近世ペルシア語がイスラム圏の宮廷用語となって以来、シャー系統の称号はイランだけでなく、トルコ、インドなどのイスラム諸王朝でも使われました。
シャアの乗るザク(角+一つ目)が赤色なのは意味があるはず。
イメージ・シンボル辞典で「赤」を調べると、
ギリシア人にとってフェニキア人は赤い肌の種族だった、とあります。
ペルシャの王がフェニキアの赤い巨人を操っているわけです。
ゼノギアスだっと思いますが、神話の巨人=巨大ロボット。
あと、ウルトラマン
の肌は白銀。

余談ですが、フンババの別名はフワワ。「ふわわ」ってかわいいですね。

次は、トヨタの豊田市とクロウリーの関係。
クロウリーの六芒星と愛知県の豊田市の市標の比較画像
を以下↓のところで見ておくれよ(マギ風)。

アル・サーメンのシンボルの意味|過去の最低帝国
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-586.html
要約しておくと
・計画書=アジェンダとするマギの作者は確実にアイク読んでいる。
・正方形に正方形を重ね合わせた八芒星は、アイクによると二つの正方形はそれぞれ
”天”と”地”を表す。これを重ね合わせることで”我々は世界(天と地)を支配する”を意味する。
・この八芒星は銀行等の床のタイルのデザインも使用
・デパートのAEON(=ニューエイジ。クロウリー思想)でも窓や壁の装飾にも使用

・魔術師クロウリーのマークもこの八芒星の派生。
(正方形ではないが四辺を持つ多角形を二つ重ね合わせている)
・愛知県豊田市はクロウリーのマーク。

私がマギについて言いたいことは、大高忍『マギ』の元ネタは、
アイクの著作(キリスト教・改)+
ユダヤ陰謀論(キリスト教の伝統思想)!
メーソンとキリスト教に逆らわない宣言
=非理性の支配も理性の支配も受け入れる宣言
をしているということ。
だから作者を神格化してはいけない!
ってことですね
(売れっ子=錬金術師=魔術師は結社員になれば誰でもなれるのですから。ハガレンいわく)。
イスラムっぽさが全然ないんだもんこの作品。アラビアンナイトはフランス人が関わりまくっているから採用したんでしょうけど。両性具有的なティトス・アレキウス君。
あと、
南朝偽天皇もガーター騎士団員だからキリスト教を支配に使いまくります
国家神道=天皇一神教=和風キリスト教(現人神=和風イエス)

閑話休題。
豊田市(とよたし)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E7%94%B0%E5%B8%82
を引用しつつ補足。ウィキメディア・コモンズのロゴって一つ目ですね。スコットランドとフランス百科全書系だから当然か。

市名の「豊田(とよた)」は、市内に本社を置くトヨタ自動車と、同社の創業者一族の姓「豊田(とよだ)」に由来する。”

“日本の市で、明確に私的団体に由来する市名を持つのは、この豊田市と宗教都市である奈良県天理市のみである”

“愛・地球博[編集]
2005年3月25日から9月25日まで開かれた2005年日本国際博覧会(愛・地球博)の長久手会場であった愛知青少年公園の所在地は、隣接する長久手町(現・長久手市)だったが、その会場のごく一部は豊田市だった。そのため公式チラシ等の開催地欄にも豊田市と書かれていた。会場の東ゲートは豊田市ではない。“
2+0+0+5+3+2+5+9+2+5=33

刺す側、もとい流石はメーソン本流=フランス+スコットランド系メイソン(大東社。グラントリアン。グランドオリエント)。

ハノーヴァー万国博覧会というものが過去にありまして、
モロに選帝侯(ユダヤの銀行家を管理支配するキリスト教徒大貴族。キリスト教は常にユダヤより上)。英国王室はハノーヴァー選帝侯の末裔。
選帝侯はユダヤ陰謀論なんて存在せず、単にキリスト教がユダヤという派遣に汚れ役をさせているだけだという証拠ですから、ユダヤ陰謀論という単なるキリスト教の伝統思想をたれ流しているだけのキリスト教+和風キリスト教(大本教や紅卍字会系)系陰謀論者は選帝侯に突っ込めません。逆に突っ込んでいる人は信用できると言えるでしょう(ミスリードなしならね)。

“明治から大正にかけて、養蚕やガラ紡による製糸業が発達し、特に松平地区では、巴川の支流などの急流を利用した水車ガラ紡が発達した。戦後になって、生糸の需要の減少とともに、挙母町の繊維業は衰退していった。
その後、トヨタ自動車の工場の完成とともに、自動車産業を中心とした製造業が発達した。現在、豊田市には、トヨタ自動車の関連企業が数多く立地している。また全国市町村で、製造品出荷額が東京23区をも抜き一位となっている。かつては同様の企業城下町として、日立市(日立製作所)と対比される事が多かった。
なお、製造業が盛んな関係で、市内には南米系(特にブラジル系)を中心とする外国籍住民が多く在住し、工場などで働いている。外国人登録数で15,220人(2006年12月31日時点)が暮らしている。なかでも旧市北部の保見団地は全住民のおよそ45%が外国人という日本屈指の外国人居住地である。”
移民受け入れ(ワンワールドの準備)
の推進地でもあります。

“トヨタ自動車関連企業の従業員向けに、いわゆるトヨタカレンダーで営業する個人商店も多い。
百貨店 : 松坂屋豊田店(旧・豊田そごう)
商業施設 : アピタ豊田元町店、イオン高橋店、イオン豊田店、T-FACE、VITS豊田タウン、メグリアセントレ、メグリア本店、ヤマナカ豊田フランテ館、コモ・スクエア、豊田ラッツ”
イオン=ニューエイジ
(イオンの岡田。民主党はEU日本支部。自民党はアメリカ共和党日本支部)。
ニューエイジはクロウリー思想の流れなので、エジプト意識が強いです。トヨタにはアイシス(=イシス。ホルスの母。マリアの元ネタ。ホルスはイエスの元ネタ)という車があります(ねこたさん、ありがとう)。

“姉妹都市・提携都市[編集]

海外[編集]
デトロイト市(アメリカ合衆国ミシガン州) 1960年9月21日姉妹都市提携
ダービーシャー州、ダービー特別市、南ダービーシャー市(イギリス) 1998年11月16日姉妹都市提携”
車つながり。
二ノ国の主人公が育った町がホットロイトでデトロイトがモデル。元ネタがデトロイトである必然性はあまりないので、意図的にデトロイトを選んだのでしょう。

次は、クロウリーが、キリスト教改造版であるニューエイジの元祖であることについて。
クロウリーがニューエイジというキリスト教改造版思想だということは、
とある魔術の禁書目録はキリスト教とキリスト教(改)の内ゲバの話でもあるし、
魔術の一分野のキリスト教(宗教)と、魔術の一分野の科学の内ゲバでもある、ということです。

ネオコンの源流――「ニューエイジャー」とピラミッド (PDF)
http://motoyama.nengu.jp/studies.html
“3 陰と陽による諸宗教の統合
「ニューエイジ」といい、「ハディト」、「ヌイト」といい、これらのキーワードは、アレ
スター・クロウリー(Aleister Crowley)の『法の書
』(Crowley[1926])を想起させる(11)。
『法の書』は、1904 年、新婚旅行先のカイロ(Cairo)で、神「ホルス」(Horus)の使者である「アイワス」(Aiwass)という天使を通じて、クロウリーに与えられたとされている。アイワスが口述で自分に、1904 年4 月8 日から3 日間かけてその書を書かせたとクロウリーはいう。『法の書』は、オカルトそのものであるが、宗教界に、結構大きな衝撃を与えたものである。
『法の書』を得た1904 年から既存宗教の時代が終わりを告げ、「新時代」(the New Age=Aeon)が始まると彼は主張していた。
旧い時代とは、従来のキリスト教に代表されるように、人間が神に従うだけの奴隷の宗教の時代を指す。新しい時代とは、人間自身が自己の内なる神性、つまり真の意志を発見し、神と合体できるようになる時代である。旧い時代を潰し、新しい時代を打ち立てるのが、人がとるべき使命であると彼は主張した。彼によれば、人には等しく神性がある。人は、修行によって、それを自覚できる。そのことによって、神と人との対話が可能になると彼はいう(12)。
「ヌイト」、「ハディト」は、いずれも、古代エジプトの神話と関連づけられた神である。
『法の書』は、3 つの章からなり、それぞれの章が、三位一体的な3 つの神のそれぞれを代表している。
第1 章は、星空の女神であるヌイトからの人類へのメッセージが語られている。この女神は、エジプト神話の「ハトル」(Hathor)、ギリシャ神話の「ビーナス」(Venus)に通じるものである。ヌイトは、愛、歓喜、繁殖、自由の担い手である。この女神は、すべての事物・精神を包容する象徴としても語られている。この第1 章は、女神の時代としてイメージされている。内容的には、エジプト神話の女神「イシス」(Isis)が想起されている。
つまり、もっとも古い人類の社会は、女神の時代であったとされる。
第2 章は、神性を代表する太陽神、ハディトの説話である。エジプト神話の「オシリス」(Osiris)と関連づけられたものである。この第2 章では、個々人の中に隠されている神性が語られる。ギリシャ神話の「ヘーデース」(Hades=冥界の神)の性質も表現されている。
この章は、男性の神のイメージとしても語られている。人間社会は、女神の時代の後に男神の時代が続くが、この時代も消滅してしまうというのである。
第3 章は、ヌイトとハディトとの合一から生まれる「新しい時代の主」(the Lord of the new Aeon)を説いたものである。主とは「ホルス」であり、ヌイトとハディトとの子である。
この新しい時代を実現させるホルスの力は、神性という内的エネルギーを実現させる「新時代」(Aeon)である。これは、世界征服を内容としている(13)。
ウィリアム・ガーベイは、『法の書』を強く意識していたのであろう。この書にある陰と陽の組み合わせを理解することによって、現代社会は、古今東西のすべての宗教を統合的に理解し、人間の実践的能力を高めることができると、ガーベイは意識している。
『法の書』では、事実、夜空の星の女神と、昼の太陽の男神という陰と陽の世界が繰り返し語られる。「夜」と「昼」、「星」と「太陽」、「女」と「男」、いずれも対極の位置にありながら、互いが互いを照らしだし、互いの存在価値を確認し、互いが互いを必要とする。その集約がヌイトとハディトである。ヌイトとハディトという陰陽の合一によって、新しい生命が生まれるという理解の仕方は、世界の宗教を融合させるのに非常に都合のよい構造を持つ。”

両性具有=陰陽の合一こそが完全な存在(神)である、という思想は錬金術(魔術)では大変重要です。
“フランス人権宣言にはウロボロス(自分の尻尾をくわえる竜または蛇。昼と夜の二色で描かれることが多い)があります。
『イメージ・シンボル事典』で調べると、
①「宇宙の統一」、
「一にして全」(エン・ト・パン。en to pan) 
②自己受精、両性具有、豊穣
③原初のカオスと対照をなす秩序ある宇宙
④ウロボロスの丸い姿は、地球、閉鎖の原理(=錬金術の秘訣)
⑤二重性の神であるメルクリウス
(=マーキュリー=水銀、は錬金術でも重要。ヘルメスと同一視される。ヘルメス文書)

水銀(マーキュリー)で調べると
錬金術では水銀=「両性具有の怪物」
②感情、想像力
③無意識(水銀は流動的で動的)と女性
(硫黄は男性。水銀と硫黄でメルクリウスの杖をなす。この水銀と硫黄に塩を加えて基本三要素となる)
④(液体ゆえに)無限の変容と浸透
⑤水銀を表す錬金術上の名称は、道化、、海、角燈(ランタン)、巡礼者、刀剣、イタチ、シカ、道化師帽など。
(蛇と剣。シカはケルトにもつながる)

蛇(錬金術)
①翼の生えた蛇=揮発性物質
②翼のない蛇=不揮発性物質
③磔にされた蛇=揮発性物質の固定、(プロメテウスの神話におけるような)昇華を表す
④男性の中の女性的性格(アニマ)、メリクリウスの両性具有的性格
象徴やイメージで潜在意識に力を送り込み外部の現実も変える技術=魔法(魔術)と占星術こそ支配者の技術で胡散臭い迷信だと喧伝して隠す。
「三千世界」と「(大)立て替え」は大本教の宣伝。
フランス人権宣言とTIGER&BUNNYのウロボロスは錬金術重視のメーソンの象徴。ウィキはスコットランド・仏メイソン系なのを意識して英語記事も読むべき。 『魔法入門』まとめ。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-29.html

水銀=両性具有の怪物(Monstrum hermaphroditus)。
水銀はマーキュリー(メルクリウス)であり、
メルクリウスは、ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)という錬金術(科学)の守護神でもあります。
ローマ神話のメルクリウスは、ギリシャ神話のヘルメスや、エジプト神話のトートと同一視されております。

メルクリウス(水星、水銀)=ヘルメス=トート
=錬金術の神(ヘルメス・トリスメギストス)
(=魔術、魔法、占星術、科学の神)
Hermes Trismegistus
Ἑρμῆς Τρισμέγιστος


ここで、水銀=両性具有の怪物(Monstrum hermaphroditus)の
hermaphroditusヘルマプロディートスに注目。
ヘルマプロディートス(ヘルマフロディトス。検索時は表記に注意)は両性具有の神。
父ヘルメスHermes
母アフロディーテAphrodite
により両性具有の子(正確には生まれた時は男で後に両性具有になる)が生まれるわけです。

メーソンの本流(フランス+スコットランド系)は、エジプト重視(インドとペルシャも重視)なのはヘルメス文書やアレクサンドリア図書館(キリスト教が破壊)と関係しているからです。メイソンが蛇(龍)の結社と言われるのは、蛇が両性具有(=完全な存在)や錬金術(=科学)の象徴だからなのです。
……

↓村手さとしさんの記事の引用の前に頭に入れていてほしいのが、
テンプル騎士団=キリスト教の大銀行集団(ユダヤではない!)にしてATMの祖。
と私のツイートの、
”紅卍字会会員①
出口王仁三郎(和風キリスト教=大本教聖師)
出口すみ(王仁三郎の妻。大本二代目教主)
浅野和三郎(心霊主義運動の父。元大本信者)
岡田茂吉(世界救世教教祖。元大本信者)
堀川辰吉郎(卍字会ボス。アジア主義者。世界救世教顧問)
谷口雅春(生長の家創始者。元大本信者)”

紅卍字会会員②
出口直日(大本三代目教主)
出口日出麿(直日の夫)
植芝盛平(合気道開祖。大本信者)五井昌久(白光真宏会開祖。生長の家元講師。植芝盛平と昵懇)
安岡正篤(陽明学。昭和最大の黒幕。五井昌久を敬愛)
西園寺昌美(白光真宏会2代目会長。琉球王家の末裔。夫が公望のひ孫)”

”スピリチュアルや宇宙人を混ぜ検証不可能にして妨害。悪魔を創った神=弱点を消した神智学と人智学(スピリチュアルの祖)はキリスト教の変形。
カルト工場の大本教(紅卍字会)と元大本教儲で心霊主義運動の父の浅野和三郎がスピリチュアルを広めた。

”右(WASP至上主義)が叩けない左の根源=左右茶番の運営。
キリスト教の弱点=悪魔を創った神をなくしたスピリチュアル詐欺の元祖が神智学と人智学。
心霊主義運動の浅野和三郎(大本教+紅卍字会)。

下中弥三郎の啓明会(日教組の元祖)。”

GLA=ゴッド・ライト・アソシエーション
(キリスト教の変形)
希望の命水は、GLAが売ってるインチキ水。以前、Rコシミズが宣伝してたし、GLAは松本智津夫がオウムを作る前にいたカルト教団 ”
J・ナナミ‏@pinkglalem

アメリカの源流の読み方【20090721】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/07/21/276
“ネオコンの源流~「ニューエイジャー」とピラミッド~
本山美彦
 http://motoyama.nengu.jp/studies.html

ネオコンがキリスト教右派を取り込んでいったことがなぜなのか?
これを説明するような題と文頭なのに、中身は「ニューエイジ」と「ピラミッド」である。
「ニューエイジがキリスト教と同じ物」と、ちゃんと理解してるのは、陰謀論者ぐらいのものである。一般人には程遠い物という認識だ。
 
 >しかし、結果として、この運動は、「米国+イスラエル」
 >の路線に吸収されてしまい、親子ブッシュ政権の戦争政策を
 >支持する勢力になってしまった。
 
対極ともいえるニューエイジが、聖書根本主義とも言えるアメリカのキリスト教右派に吸収された説明となる部分はここだけである。
 
他に合理的な説明はない。
ニューエイジミュージック、フリーメーソン、ドル札のピラミット、テンプル騎士団まで書いているのである。
ニューエイジの根幹である帰一教と、フリーメーソンの関係をぬかしてニューエイジを説明してるので、これまた文脈がおかしくなっている。
 
そもそも何も知らない一般人には、キリスト教とニューエイジでさえ関連付けられないのに、そこにフリ-メーソン、さらには、エジプト学派との繋がりまで「繋げて」説明してるのだ。
なんてことはない。ニューエイジ路線の説明と賛美に近いレポートである。
ドル札、フリーメーソンの話、ニューエイジは、「こういう、すごい人達がいたんだぞ~」であり、ニューエイジについては「こういう考え方なんだぞ」という宣伝である。
気が付けばネオコンという単語は、最後のまとめで単語1つだけと、あとは全てレポートの最初でしか出てこないのである
これで、「ネオコンの源流」が説明できるわけなかろう。
「おわりに」のところを要約すると、ネオコン=むき出しの暴力であるというだけで使われてるだけだ。確認してみなされ。
 
このレポートは、ネオコンの源流ではない。
アメリカの源流=ニューエイジのレポートだ。で、ネオコン=危険で、ニューエイジ=賛美なのである。

ただ、この宣伝と説明と賛美というレポートの中身がわかれば、素晴らしく、いろいろわかるのである。
このレポートの中にも、アレスター・クロウリー「法の書」の話の中で、the New Age = Aeon であることも、ちゃんと書かれている。
これはイオングループの岡田でも、わかるとおりの話だ。
このレポートの著者、本山美彦を含めて、新左翼と言われる論者達が、こんな簡単な話を知らないはずがない。事実、本山美彦の名は、アルルの男ヒロシのサイトの中でも複数回でてきている。ま、でも、ヒロシを尊敬してますけどね。俺は。
 
さらに、このレポートの本当の題は「ニューエイジというアメリカの源流」なわけで。
ニューエイジ自体の説明も秀逸だ。
ネオコンについては説明してないが、キリスト教右派とニューエイジの関係の中で、「本来のニューエイジはこうである」的な説明がある。
そこからも読み取れることは非常に多い。
 
ニューエイジャーのウィラード・ガーベイが設立した「民営化全国センター」(National Center for Privatization)の話。
年次改革要望書や郵政民営化 = ゴールドマンサックス = J
ロックフェラー。
ここらへんで、知っておくべき情報だ。
さらには、、「ニューエイジ村」の話、さらにはトーマス・クラムという人物が合気道の道場を建てて、基本鍛錬として取り上げたことまで書かれている。
 
合気道は、大本教が起源の武術なんだよね。
ほれ、イルミナティの系譜の画像と、日本の宗教の画像、頭の中で重なっていくのがわかるだろう。
 
キリスト教のプロテスタントの派閥から、仕込まれた「覚醒ブーム」とともにボルグ思想やケーシーなどの「チャネリング」を通して、「スピリチュアルとニューエイジ」と「キリスト教原理主義」に枝分かれしたように、日本では大本教からGLA → 「スピリチュアル馬鹿」と「統一教会や生長の家、幸福の科学」に枝分かれするのである。
 
日米がリンクしてるのを「偶然」で片付ける馬鹿はいない。

エジプト学派の説明はさらに面白い。
何も知らない一般人にとって、アメリカとエジプトとの文化の距離間は、月の裏側にある別荘ぐらいの距離の話であろう。
 
そもそも、フリメと1ドル札のピラミットの話 → 、アレスター・クロウリーのカイロでの交霊(笑)で、エジプト学派そのものの理論で、このレポートは説明している。
 
「エジプトのカイロで天使が自分に舞い降りた」なんて、仕込み以外の何物でもない。この捏造をそのまま書いてしまうレポート目的がわかれば、これほど美味しい情報はない。吟味しよう。
ちなみに、以前、自分の過去記事でエジプト学派の話をしたのは、このレポートを読む前の話だ。
the New Age=Aeonのソース探してたら、これ見つけたわけで。
 
では始める。
あくまでも、このレポートはニューエイジの賛美と宣伝、ネオコンの否定だ。
 
アレスター・クロウリーは法の書をホルスの使いから授かった時、1904年から既存宗教の時代が終わりを告げ、「新時代」(the New Age=Aeon)が始まると主張した。
 ↑ カイロの新婚旅行。
 
ニューエイジの元となったスウェーデンボルグが、これと全く同じことをやったのは、1757年だ。
あくまでも「終末 = 世界の終わり」ではなく、「新時代」であるとこが、キリスト教原理主義の終末論とは違うとこね

キリスト教原理主義右派が増えた話、つまり、そことネオコンの源流をこのレポートの変わりに自分が説明してあげよう。
ここらへんの話で、説明できる。
アメリカのベースはプロテスタントなわけで、マタイの福音書に、「イチジクの葉が伸びたら、終末の時が訪れる。」という表現がある。
イスラエル=イチジクで、1948年の建国+40年までに世界が終わる話で、このニューエイジというイルミナティのやってた「アメリカの源流」が、一部、そっちに吸収というか戻ってしまったわけ。
聖書主義 → ニューエイジ運動(キリスト教からの離脱) → うさんくせ →キリスト教原理主義へ。
こんな感じで戻っちゃったわけ。
「新時代=キリスト教ではないもの」で、洗脳してたら、それが返ってキリスト教原理主義を育ててしまったわけだ。
で、このレポートはネオコン(キリ原理右派)は否定で、ニューエイジは賛美なわけ。簡単でしょ?
 
そそ、年代は、1981年からの共和党の大統領、レーガンの話。ナカソネ、ナカソネ。
そこから、ブッシュ父、共和党よりの米民主クリントン、ブッシュ子、キリスト教右派の独壇場になったとも言えるのさ。
それがDロックフェラー陣営。
その中曽根も今や、Dではなく、J側だがね。
で、振り子のように、今度はまた逆にニューエイジへと戻ろうとしているわけ。
その振り子がわかれば、キリ原理右派の否定で、ニューエイジ賛美のこのレポートの意味がわかるというものだ。
小泉が郵貯=GSなわけ、DではなくJに渡して、両陣営から叩かれてるのは、さっきの民営化全国センター(= ニューエイジ)あたりの糸からのキーパーソンがいるのだろうか。
 
おっと、エジプト学派の話に戻そうかね。
以前、自分が説明したエジプト学派 = 完全なる神、両性具有のキリストの創造である。キリストって表現さえも超えた神だけどね。
ここでも同じ説明。うん、間違ってなかった。
「ヌイト」、「ハディト」から「ホルス」=太陽が生まれる。
完全なる神は男でも女でもない。
 
「ヌイト」、「ハディト」なんて言葉があるんだね、ニューエイジのシンボルらしい。イシスとオシリスで俺は説明したけど。まあ、要点は変わらない。
 >ヌイトとハディトという陰陽の合一によって、
 >新しい生命が生まれるという理解の仕方は、
 >世界の宗教を融合させるのに非常に都合のよい
 >構造を持つ。
 
両性具有のキリストfromエジプト【20090627】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/06/27/245
 
まあ、読み比べてみ。
このレポートも叡智やグノーシスや二元論、そこらへんを説明してこれだ。
エジプト学派の現在の主目的の説明だよ。
これも「陰陽の合一」と言ってるんだから、男と女の合一、両性具有そのものだよ。
ここまでエジプトについて「深い」話を、『新婚旅行のエジプトで「神がかり」したから、ニューエイジの基礎=エジプトになった』と言って信じるかい?
 
それをエジプト由来のピラミットがドルに書かれてるから、アメリカの起源=エジプトのニューエイジであると、レポートで断言するのも変な話なわけだが。
 
そのエジプト学派と、キリスト教原理主義の両性具有の否定=同性愛者の否定の部分と有色人種差別、この部分の対立のところを注目するだけで面白い情報がレポートに混じっているのがわかる。
 
宇宙船地球号やユニットバス、そこらへんの発案者、、バックミンスター・フラーである。
(過去記事で宇宙船地球号は学問だったのが学問じゃなくなったと書いたが、ニューエイジャーだったのか!!)
 
このフラーの信奉者である日系人、世界的なエイズ撲滅運動の指導者で、市民権運動、反戦運動、ゲイ擁護運動にも関わった、日系2 世のキヨシ・クロミヤという存在も非常に気になるだろう。
キング牧師の側近らしい。有色人種についての考え方も符合する。
このゲイ擁護って、とこにも両性具有、エジプト学派そのままの流れが見えるのである。
さらに、言うなら、エイズ撲滅では、映画「ボディガード」では、最後にロータリークラブに収まって終わるような映画だが、そこにエイズ撲滅の話も入っていたし、何よりヒロインが黒人ホイットニーである。
さらには、トヨタのやってる宇宙船地球号で経団連のポジション、さらには万博のジオデシック・ドームの話で、イルミナティというか、公明党みたいなものをモチーフにした「ともだちアニメ」で、映画化された「20世紀少年」。これが、やたら大阪万博のシンボル、太陽の塔を作中に出していた話も思い出すだろう。
 
なんとなくポジションが見えてきるのは、なんとなく考えておけばよい。
日本の興行にはヤクザが絡むように、万博という興行には、こいつらが絡んでるのか?という疑問が湧く。
ま、トヨタ主導の「愛知万博」でほぼ、間違いなさそうな気がするが。
 
おっと、不完全なとこが、沢山でて来たが、情報なんてこういうものである。
とりあえず、あいまいなとこはあいまいでいい。
ただ、アメリカの源流に「明らかにニューエイジの流れが関与している」ということは明確なことだ。
これは確信。
二元論の2つの要素の合致した神 = 両性具有の神、これは、確信の一つ手前。
日本のスピリチュアル含めてゲイのオッサンが多いこと、同性愛者擁護、それもここらへん。
万博とニューエイジ、温暖化詐欺とCO2利権、エコエコ詐欺と経団連などのポジションなどは、その一つ下の信頼度だろう。
ポジションに注意とかが必要な部分が隠れていそうな感じだ。
現実として、歴史上に、フランス発の労働組合などの市民運動、アメリカで言うとOSS内部のサムエル・ゴンバース、日本ではIPRや、啓明会と日教組などについて、いわゆる反戦と市民運動のアメリカ、平和憲法を作ったGHQ民政局路線の話がある。
当ブログは以前から説明してきた。
経団連とニューエイジャーの話は、そこらへんの起源と、このキヨシ・クロミヤの具体的な市民運動や反戦運動などが繋がっているかを調べれば、わかることがあり、もう一つ、確信へと近づけられると自分は思っているが。まあ、また、わかり次第。
 
ただ、このレポートを読んでわかったことはある。
ニューエイジの根幹にエジプト学があるのは、確信へと一つあがったわけである。”
“ネオコンの株主はロスチャイルド系が多く、ただ、キリスト教原理主義の強行外交⇒ネオコンで反共ロックフェラー=ネオコンみたいになってしまっていますね。”

……
クロウリーが単なる怪人ではないことがわかるでしょ?
さあ、いよいよ
アレイスター クロウリー
Aleister Crowley
『魔術 - 理論と実践』
Magick in Theory and Practiceの引用と翻訳の軽い検証。


“一、《定義(・・)》
       《魔術》
とは〈意志〉に従って〈変化〉を起こす〈科学〉であり〈業〉(わざ)である。“p.19
I) DEFINITION.
Magick is the Science and Art of causing Change to occur
in conformity with Will.

“二、《基礎要件(・・・・)》
必要とされる《いかなる》〈変化〉も、種類・程度ともに適切な〈力〉を、適切な方法で、適切な媒介を通して、適切な対象に充当することによってもたらせる。“p.19
II) POSTULATE.
ANY required change may be effected by the application of the proper kind and degree of Force in the proper
manner, through the proper medium to the proper object.

The most common cause of failure in life is ignorance of
one's own True Will, or of the means to fulfill that Will.
〔“「人生で最もよくある失敗の原因は、自分の〈真の意志〉を知らないこと、もしくはその〈意志〉を遂行するための手立てを知らないことだ。」 (Magick, Book 4, p.127)
「自分の〈真の意志〉を行っている者には、後押ししてくれる〈宇宙〉の慣性というものがある。」 ( Magick, Book 4, p.128)“
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E3%81%AE%E6%84%8F%E5%BF%97〕
9) A Man who is doing his True Will has the inertia of the
Universe to assist him.

“(十二)人間は自らの存在と能力の性質について無知である。自らの限界に関する観念さえも過去の経験に基づいたものであり、人間は一歩一歩前進するたびに自らの帝国を拡張するのである。それ故に、人間の存在や行為の可能性に対して理論上の制限を設けるべき理由は何もない。”p.23
12) Man is ignorant of the nature of his own being and
powers. Even his idea of his limitations is based on
experience of the past, and every step in his progress extends his empire.
There is therefore no reason to assign theoretical limits.

“(十四)人間は自らが知覚するいかなるものにもなることができ、またそれを利用することができる。なぜなら、人間が知覚するものはすべて、ある意味では、人間存在の一部だからである。それゆえに人間は、自らが意識している〈宇宙〉全体を個人的な〈意志〉に従属させることもできよう。
(例:〈神〉という観念を人間が用いてきたのは、自らの個人的な行ないを指揮するためであり、同胞の上に立つ権力を得るためであり、自らの罪を赦すためであり、自己を〈神〉として実現することを含む他の無数の目的のためである。“p.24

14) Man is capable of being, and using, anything which he perceives, for everything which
he perceives is in a certain sense a part of his being.
He may thus subjugate the whole of the Universe of which he is conscious to his individual Will.
(Illustration: Man has used the idea of God to dictate his
personal conduct, to obtain power over his fellows, to
excuse his crimes, and for innumerable other purposes,
including that of realizing himself as God.

“(二十)人間は真に自らにふさわしい力しか引き寄せることができない。”p.25
20) Man can only attract and employ the forces for which
he is really fitted.

第XII章 〈血の供犠〉について:そして〈同属物質〉
OF THE BLOODY SACRIFICE: AND MATTERS COGNATE.

(要約。オシリスとアドニスの殺害、アティスの去勢、メキシコやペルーの諸祭式、ヘラクレスやメルカルトの物語、ディオニュソスやミトラの伝説、血の供犠こそが唯一神が喜ぶ供犠だと説く聖書など、血の供犠は魔術では伝統的に重要である。)
血の供犠が太古から〈魔術〉の最重要部をなしていたことを示すには、以上述べたことで充分であろう。”p.149
“Enough has now been said to show that the bloody
sacrifice has from time immemorial been the most
considered part of Magick.”

“血は生命である。”p.149
“The blood is the life.”

“敵の心臓や肝臓を摘出し、まだあたたかいうちにそれをむさぼり喰う未開人たちの風習を、理不尽だととがめるのは浅はかというものであろう。いずれにせよ、古代の〈魔術師たち〉の理論に拠れば、いかなる生物もエネルギーの宝庫であり、エネルギーの量は動物の大きさと健康状態によって異なり、質は動物の心理的・精神的性格によってまちまちである。このエネルギーは、動物が死ぬ時突如として遊離される。
 だからこそ、エネルギーを逃がさないように、その動物は場合に応じて〈円環〉や〈三角形〉の中で殺害されるべきなのである
。供犠の性質と合致した性質を持つ動物を選ぶべきである――つまり、雌の仔羊を生贄として捧げても、〈火星〉を召喚している〈魔術師〉に供する獰猛なエネルギーは大して得られまい。そのような場合には、去勢していない雄羊を用いる方が妥当であろう。しかも、この雄羊は童貞であった方が好ましい――その根源的な全エネルギーの持つ潜在的可能性の総体は、決して減ぜられるべきではない。したがって、最上の精気的作用を得るためには、最大にして最も清浄な力を有する生贄を選ぶべきである。つまり、全き無垢と高き知性を持つ男児が、申し分のない最適の生贄だということになる。
 召喚を行なう場合には、生贄の血
を〈三角形〉の中に置くのが好都合である――これは、霊が血から、その生命の精髄たる霊妙だが形而下的な物質を、それが可視かつ触知可能な形を帯びるような方法で、獲得できはしないかという考えによるものである。
 血を用いることに反対する魔術師たちは、これを香で代用しようと努めてきた。こうした目的のためには、アブラメリンの香を大量に薫くのがよろしかろう。クレタ島産ハナハッカも貴重な媒質である。どちらの香も一般的な性質のもので、ほとんどどんな形体化にも向いている。
 しかし、より多くの危険が伴うものの、血の供犠の方が一層効果的である。しかも、目的が何であれ、人間の生贄が最も良い。真に偉大な〈魔術師〉は、自分自身の血かおそらくは弟子の血を、肉体的生命にとって致命的な犠牲を強いることなく、用いることができるであろう。この供犠の実例は〈第三三三の書〉の〈第四四章〉に示されている。この〈ミサ〉は日々実践するものとして一般にお勧めできよう。
 この主題について最後にもう一言つけ加えさせていただく。〈新しき永劫(アイオン)の秘儀参入〉という、最大限の重要性を有する〈魔術的操作〉がある。〈言葉〉を発することが必要になる時は、〈惑星〉全体が血に浸されねばならない。人間が〈テレマの法〉を容認する準備が完了するためには、その前に〈大戦争〉が行なわれねばならない。この〈血の供犠〉こそ、〈戴冠した征服児〉ホルスが〈永劫(アイオン)の主〉として〈声明〉を発する〈世界=儀式〉の臨界点である。
 この全行程は〈法の書〉そのものの中で預言されている。修行者は油断することなく精進し、〈太陽の星辰〉の諸位階に参入されたい。”p.150-151
for nearly all purposes human sacrifice is the best.なんだから、「目的が何であれ」ではなく「ほぼ全ての目的において」。十割と九割は全然違う。
a New Aeonを「新しき永劫(アイオン)」と訳すのはおかしい。ニューエイジ=新時代。わざと間違えたの?

最も重要な魔術の事業がある。それは新時代の秘儀参入である。
言葉を告げることが必要な時が来れば、地球全体が血に浸されなければならない。テレマの法を受け入れる準備を整える前には、大戦争がなされなければならない。
この血の犠牲こそが、ホルスが宣言する世界規模の式典において決定的に重要な核心である。ホルスとは、新時代の神として、戴冠し征服する子である
。」
と私なら訳します。

“It would be unwise to condemn as irrational the practice
of those savages who tear the heart and liver from an
adversary, and devour them while yet warm. In any case
it was the theory of the ancient Magicians, that any living
being is a storehouse of energy varying in quantity
according to the size and health of the animal, and in
quality according to its mental and moral character. At
the death of the animal this energy is liberated suddenly.
The animal should therefore be killed within the Circle, or
the Triangle
, as the case may be, so that its energy
cannot escape. An animal should be selected whose
nature accords with that of the ceremony — thus, by
sacrificing a female lamb one would not obtain any
appreciate quantity of the fierce energy useful to a
Magician who was invoking Mars. In such a case a ram
would be more suitable. And this ram should be virgin
— the whole potential of its original total energy should
not have been diminished in any way. For the highest
spiritual working one must accordingly choose that
victim which contains the greatest and purest force. A
male child of perfect innocence and high intelligence is
the most satisfactory and suitable victim.

For evocations it would be more convenient to place
the blood of the victim in the Triangle — the idea being
that the spirit might obtain from the blood this subtle
but physical substance which was the quintessence of
its life in such a manner as to enable it to take on a
visible and tangible shape.
Those magicians who abject to the use of blood have
endeavored to replace it with incense. For such a
purpose the incense of Abramelin may be burnt in
large quantities. Dittany of Crete is also a valuable
medium. Both these incenses are very catholic in
their nature, and suitable for almost any
materialization.
But the bloody sacrifice, though more dangerous,
is more efficacious; and for nearly all purposes
human sacrifice is the best.

The truly great Magician will be able to use his
own blood, or possibly that of a disciple, and that
without sacrificing the physical life irrevocably.
An example of this sacrifice is given in Chapter
44 of Liber 333. This Mass may be recommended
generally for daily practice.
One last word on this subject.
There is a Magical operation of maximum
importance: the Initiation of a New Aeon.
When it becomes necessary to utter a Word,
the whole Planet must be bathed in blood.
Before man is ready to accept the Law of
Thelema, the Great War must be fought.
This Bloody Sacrifice is the critical point of the
World-Ceremony of the Proclamation of Horus,
the Crowned and conquering Child, as Lord of
the Aeon.

This whole matter is prophesied in the Book
of the Law itself; let the student take note,
and enter the ranks of the Host of the Sun.”

“〈血の供犠〉の実践上の詳細は、民俗学関係の様々な手引き書に就いて研究され得ようが、一般的な結論はフレイザーの『金枝篇』で要約されているので、読者にはこれを強く推薦したい。
儀式を実地に執り行なう際の詳細も、同様に実験にまかされてよろしかろう。殺害の方法はほぼ均一である。生贄となる動物は心臓を突き刺されるか喉を切り裂かれるかのいずれかであり、どちらの場合にもナイフが用いられる。他の殺害方法はどれもこれほど効果的ではなく、〈磔刑〉の場合ですら刺し傷が致命傷となるのである。
生贄として用いられるのは温血動物のみであると言って差し支えないが、これには主な例外が二つある。その第一は蛇
であり、これは全く特別な〈儀礼〉にのみ用いられる。第二は〈法(レギス)の書〉に登場する魔術的甲虫である。(〈第四部を見よ〉)。
初心者に対しては一言警告しておく必要があろう。生贄は完璧な健康状態にあらねばならない――さもないと、そのエネルギーは言わば毒気を含んでいるかもしれないのである。また、生贄はやたらと大きければよいというものではない。遊離されるエネルギーの量はほとんど想像を絶するほど大きいものであって、動物の体力からどのように予想してもおよそ釣り合いのとれるような大きさではない。その結果〈魔術師〉は、自らが解き放った力の大きさに意図も簡単に圧倒され、その力が憑(とりつ)いてしまうかもしれぬ。すると、おそらくその力は、最も低俗かつ最も不快な形姿をもって顕現するであろう。安全のためには目的の最強度の霊性が絶対に欠かせないのである。
召喚を行なう場合には〈円環〉が保護となるので
、危険はそれほど大きくない。だが、そのような場合〈円環〉は、〈神〉の名や同時に用いられる〈召喚〉の呪文によってだけではなく、安全な防御を長年行なってきた習慣によっても保護されねばならない。他愛もなく動揺したり驚いたりする者、あるいは精神の放浪癖を未だ克服していない者が、〈血の供犠(・・・・)〉を執行することは望ましくない。だが、本章で敢えてそっと暗示したあれこれの業(わざ)が、〈実践魔術〉の至高の術式であるということは忘れてはならない。
また、〈血の供犠〉の持つ意味を真に理解していないならば、本章の記述に諸君は戸惑うであろう。”p.152-153

“The practical details of the Bloody Sacrifice may be studied in various ethnological manuals, but the general conclusions are summed up in Frazer's "Golden Bough", which is strongly recommended to the reader. Actual ceremonial details likewise may be left to experiment. The method of killing is practically uniform. The animal should be stabbed to the heart, or its throat severed, in either case by the knife. All other methods of killing are less efficacious; even in the case of Crucifixion death is given by stabbing.
One may remark that warm-blooded animals only are used as victims: with two principal exceptions. The first is the serpent, which is only used in a very special Ritual;
the second the magical beetles of Liber Legis. (See Part IV.)
One word of warning is perhaps necessary for the beginner. The victim must be in perfect health — or its energy may be as it were poisoned. It must also not be too large:
the amount of energy disengaged is almost unimaginably great, and out of all anticipated proportion to the strength of the animal. Consequently, the Magician may easily be overwhelmed and obsessed by the force which he has let loose; it will then probably manifest itself in its lowest and most objectionable form. The most intense spirituality of purpose is absolutely essential to safety.
In evocations the danger is not so great, as the Circle forms a protection; but the circle in such a case must be protected, not only by the names of God and the Invocations used at the same time, but by a long habit of successful defence.
If you are easily disturbed or alarmed, or if you have not yet overcome the tendency of the mind to wander, it is not advisable for you to perform the "Bloody Sacrifice".
Yet it should not be forgotten that this, and that other art at which we have dared darkly to hint, are the supreme formulae of Practical Magick.
You are also likely to get into trouble over this chapter unless you truly comprehend its meaning.”
註釈部
クロウリーは文中に突然註釈的なものを入れるので酷く意味が取り難くなるので分けました。

“(4) 生贄が傷つけられたと思うのは間違っている。それどころか、これこそ最も神聖にして慈悲に満ちた死に他ならない。というのは、元素霊が直接的に〈神格〉の中へ組み込まれる――これは、無数の転生を経て元素霊が続けてきた努力のまさに終着点なのだ――からである。他方、精霊を奴隷にしようとして動物を拷問責めで殺害することは、二元論という形而上学的基礎を内包する純然たる最悪の黒魔術であり、弁護の余地はない。しかしながら、適正に理解されたものであれば、二元論あるいは黒魔術に対しても異議を唱える根拠はない。〈首領セリオン〉による〈パスクァニー湖畔での偉大なる魔術的隠遁〉の記述を見よ。その湖畔で〈彼〉は「〈バジリスク〉(伝説上の爬虫動物)の棲み処においてヒキガエルを磔刑に処した」。”p.155

“The animal should therefore be killed
It is a mistake to suppose that the victim is
injured. On the contrary, this is the most
blessed and merciful of all deaths, for the
elemental spirit is directly built up into
Godhead — the exact goal of its efforts
through countless incarnations. On the
other hand, the practice of torturing
animals to death in order to obtain the
elemental as a slave is indefensible,
utterly black magic of the very worst kind,
involving as it does a metaphysical basis
of dualism. There is, however, no objection
to dualism or black magic when they are
properly understood.
See the account of
the Master Therion's Great Magical
Retirement by Lake Pasquaney, where
he "crucified a toad in the Basilisk abode".

within the Circle, or the Triangle, as
the case may be, so that its energy
cannot escape.”

CHAPTER XII
OF THE BLOODY SACRIFICE: AND MATTERS COGNATE.
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap12.html)

 第XIII章 〈祓い〉について:また〈浄化〉について
Of the Banishings, and of the Purifications.
あらゆる儀式で第一にすべきことは、自らの円環を絶対的に堅固なものにしておくこと。些細な雑念が心中に忍び込まないようにすること。たった一つでも霊(スピリット)を円環内に留めてしまうと、呪文の効果は消えてしまう。

浄化には最大の注意を払わねばならない。第一に自分自身、第二に使用道具に、第三に作業を行う場所に対して。
古代の魔術師たちは予備的な浄化を推奨した。動物の元素霊が自分を取り巻く大気に入りこまないように肉食を避けた。性的禁欲を実践した。排泄物に対して用心深かった。髪の毛や爪を切る際には、切り落とした部分を儀式的に破壊した(焼却など)。断食した。祈りや中庸で精神を浄化した。仕える従者たちも、特別に選抜され聖別された弟子を採用した。

・不断に自己検証を行い、一切の行為が唯一目的の達成に真に貢献するよう、確認を怠ってはならない。
清めの儀式として入浴と着替えがある。作業場から一切の物体を取り除き、改めて必要なものだけを運び入れる。道具も清め、聖別する。
・あらゆる儀式の第一部は祓いであり、第二部は召喚である。なお、一層精緻な儀式においては、あらゆるものを名指しで追い払うのが普通である。
数々の元素、惑星、記号、そしておそらくはセフィロト自体さえも、私たちが召喚したいと願う霊的存在も含めて一切が取り除かれる。通常は、一般的な祓いをして、召喚された守護者たちの助力を頼みとすれば充分である。

“That first task of the Magician in every ceremony is therefore to render his Circle absolutely impregnable.
If one littlest thought intrude upon the mind of the Mystic, his concentration is absolutely destroyed; and his consciousness remains on exactly the same level as the Stockbroker's. Even the smallest baby is incompatible with the virginity of its mother. If you leave even a single spirit within the circle, the effect of the conjuration will be entirely absorbed by it.
The Magician must therefore take the utmost care in the matter of purification, "firstly", of himself, "secondly", of his instruments, "thirdly", of the place of working. Ancient Magicians recommended a preliminary purification of from three days to many months. During this period of training they took the utmost pains with diet. They avoided animal food, lest the elemental spirit of the animal should get into their atmosphere. They practised sexual abstinence, lest they should be influenced in any way by the spirit of the wife. Even in regard to the excrements of the body they were equally careful; in trimming the hair and nails, they ceremonially destroyed
the severed portion. They fasted, so that the body itself might destroy anything extraneous to the bare necessity of its existence. They purified the mind by special prayers and conservations. They avoided the contamination of social intercourse, especially the conjugal kind; and their servitors were disciples specially chosen and consecrated for the work.
In modern times our superior understanding of the essentials of this process enables us to dispense to some extent with its external rigours; but the internal purification must be even more carefully performed. We may eat meat, provided that in doing so we affirm that we eat it in order to strengthen us for the special purpose of our proposed invocation.
By thus avoiding those actions which might excite the comment of our neighbours we avoid the graver dangers of falling into spiritual pride.
We have understood the saying: "To the pure all things are pure", and we have learnt how to act up to it. We can analyse the mind far more acutely than could the ancients, and we can therefore distinguish the real and right feeling from its imitations. A man may eat meat from self-indulgence, or in order to avoid the dangers of asceticism. We must constantly examine ourselves, and assure ourselves that every action is really subservient to the One Purpose.
It is ceremonially desirable to seal and affirm this mental purity by Ritual, and accordingly the first operation in any actual ceremony is bathing and robing, with appropriate words. The bath signifies the removal of all things extraneous to antagonistic to the one thought. The putting on of the robe is the positive side of the same operation. It is the assumption of the fame of mind suitable to that one thought.
A similar operation takes place in the preparation of every instrument, as has been seen in the Chapter devoted to that subject. In the preparation of the place of working, the same considerations apply. We first remove from that place all objects; and we then put into it those objects, and only those objects, which are necessary. During many days we occupy ourselves in this process of cleansing and consecration; and this again is confirmed in the actual ceremony.
The cleansed and consecrated Magician takes his cleansed and consecrated instruments into that cleansed and consecrated place, and there proceeds to repeat that double ceremony in the ceremony itself, which has these same two main parts. The first part of every ceremony is the banishing; the second, the invoking. The same formula is repeated even in the ceremony of banishing itself, for in the banishing ritual of the pentagram we not only command the demons to depart, but invoke the Archangels and their hosts to act as guardians of the Circle during our pre-occupation with the ceremony proper. In more elaborate ceremonies it is usual to banish everything by name. Each element, each planet, and each sign, perhaps even the Sephiroth themselves; all are removed, including the very one which we wished to invoke, for that forces as existing in Nature is always impure. But this process, being long and wearisome, is not altogether advisable in actual working. It is usually sufficient to perform a general banishing, and to rely upon the aid of the guardians invoked. Let the banishing therefore be short, but in no wise slurred — for it is useful as it tends to produce the proper attitude of mind for the invocations. "The Banishing Ritual of the Pentagram" (as now rewritten, Liber 333, Cap. XXV) is the best to use.
Only the four elements are specifically mentioned, but these four elements contain the planets and the signs
— the four elements are Tetragrammaton; and Tetragrammaton is the Universe. This special precaution is, however, necessary: make exceedingly sure that the ceremony of banishing is effective! Be alert and on your guard! Watch before you pray! The feeling of success in banishing, once acquired, is unmistakable.
At the conclusion, it is usually well to pause for a few moments, and to make sure once more that every thing necessary to the ceremony is in its right place. The Magician may then proceed to the final consecration of the furniture of the Temple.
” http://hermetic.com/crowley/book-4/chap13.html

清めの為の破壊は、完全な化学変化を起こす燃焼やその他の手段に拠るべき。焼却する際は、燃やされるもの固有の元素霊を祝福し解放するよう注意すべき。この金言は普遍的に適用できる
“Even in regard to the excrements of the body they were equally careful; in trimming the hair and nails, they ceremonially destroyed

Such destruction should be by burning or other means which produces a complete chemical change. In so doing care should be taken to bless and liberate the native elemental of the thing burnt. This maxim is of universal application.

the severed portion.”
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap13.html

 第XIV章 〈聖別〉について:〈魔術の環〉の性質と養育に関する記述を付す
CHAPTER XIV
OF THE CONSECRATIONS:
WITH AN ACCOUNT OF THE NATURE AND NURTURE OF THE MAGICAL LINK.
“〈聖別〉とは、ある物を単一の目的に能動的に捧げることである。祓いは他のいかなる目的のためにもその物を使用することを妨げるが、聖別を受けるまではその物は活性を持たぬままである。浄化は水によって行なわれるが、祓いは気によって行なわれ、その武器は剣である。
一方、聖別は火によって行なわれ、通常聖油によって象徴される。

(中略。聖油って原文ではholy lamp=聖なるランプ、なんですけど。内容が異なるものが複数存在するのだろうか)

聖別の方法は極めて簡単である。杖もしくは聖油を持ち、聖別さるべき物体に、自分がその物体を献ずる力の至高の象徴を描けばよい。適正な〈神〉が〈彼〉のために準備された清浄な神殿に宿るように、その〈神〉を召喚しつつ、この献身を言葉で確証せよ。祓いを行なうにふさわしい心的態度である、冷徹な離脱と釣り合いをとるかのように、熱情と愛を抱きつつこれを行なうがよい。
浄化の言葉はこうである。

Asperges me, Therion, hyssopo, et mundabor;
lavabis me, et super nivem dealbabor.
〔ヒソプ草もて吾をみそげ、セリオンよ、されば吾は浄められん〕
聖別の唱句は次の通りである。
Accendat in nobis Therion
ignem sui amoris et flammam aeternae caritatis.
〔セリオンをして我々の内に彼の情熱の火と永遠の愛の炎を燃え上がらせ給え〕”
p.166-167

“Consecration is the active dedication of a thing to a single purpose. Banishing prevents its use for any other purpose, but it remains inert until consecrated. Purification is performed by water, and banishing by air, whose weapon is the sword. Consecration is performed by fire, usually symbolised by the holy lamp.
In most extant magical rituals the two operations are performed at once; or (at least) the banishing has the more important place, and greater pains seem to be taken with it; but as the student advances to Adeptship the banishing will diminish in importance, for it will no longer be so necessary. The Circle of the Magician will have been perfected by his habit of Magical work. In the truest sense of that word, he will never step outside the Circle during his whole life. But the consecration, being the application of a positive force, can always be raised to a closer approximation to perfection. Complete success in banishing is soon attained; but there can be no completeness in the advance to holiness.
The method of consecration is very simple. Take the wand, or the holy oil,
and draw upon the object to be consecrated the supreme symbol of the force to which you dedicate it.
Confirm this dedication in words, invoking the appropriate God to indwell that pure temple which you have prepared for Him. Do this with fervour and love, as if to balance the icy detachment which is the proper mental attitude for banishing.
The words of purification are: Asperges me, Therion, hyssopo, et mundabor; lavabis me, et super nivem dealbabor.
Those of consecration are: Accendat in nobis Therion ignem sui amoris et flammam aeternae caritatis.”
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap14.html

 第XV章 (第一部)〈誓言〉について
OF THE OATH

いかなる魔術的儀式においても第三の操作は、誓言あるいは言明である
武装して準備を整えた魔術師は、円環の中心に立ち、あたかも宇宙の注意を惹くかの如く鐘を一度鳴らす。
それから魔術師は、「自分が誰であるか」を宣言し、自分が獲得した諸位階を言明することによって自らの魔術的経歴を朗吟し、その位階の記号と言葉を示す。これは自分の権威を証明するためではなく、現在の位置に至るまでの諸原因の連鎖を跡づけるためのものであるから、この操作はカルマだとみなす。

・自分が誰であるかを宣言し、自身の魔術的経歴を朗吟したら、
次に、魔術師は儀式の目的を陳述し、儀式を行いかつ成功させることが必要だとの証明をする。
それから魔術師は、宇宙の主の前で、(自分が召喚しようとする個別の主の前ではなく、宇宙の主の前である
あたかも宇宙の主に自らの行為の証人となっていただくことを要請するかの如く、誓言を行なう。自分が儀式を行うこと――何ものにもこれを妨げさせはしないこと――これが見事に行なわれるまでは操作を辞めないこと――を魔術師は厳粛に誓い、もう一度鐘を鳴らす。

・無限に高貴であると同時に無限に些細なその位置で自らの証を立てた後に、魔術師は「告白」によって宿命の道具を釣り合せるのだが、ここにもまた無限の高揚と調和した無限の謙譲がある。自分は高次の何ものかをつつましく待望するか弱き人間であること、偶然に依存する環境の産物であることを魔術師は認める。
身震いしつつ「父よ、それが汝の御意志ならば、この杯を我が元から消え去らしめたまえ! されども我が意ならず、汝の御意志が遂げられんことを!」
(これは初心者向けの唱句である。次のことが真実であると納得できるようになるとすぐに魔術師は、「汝と意を同じくする我が意の遂げられんことを!」と唱えるようになる。そして究極的には「我が意」と「汝の意」との区別はなくなる。所作の交感的な変化の次には精神的な変化が続くであろう)

「そのはずなり」という畏れ多い答えが返って来て、これに込められた神聖な厚情を感じ取った魔術師は大変意を強くし、ひれ伏した身体をあたかも神の手によりて起こされたかと思われることであろう。聖なる高揚の心地良い戦慄の余韻をかみしめながら、魔術師は新たに誓言を行ない、自分はもはや人間ではなく、魔術師なのだとの感慨を改めて味わい、しかも単に魔術師であるばかりか、一つの努めを成就すべく選ばれ任命を受けた者に他ならぬと感得する。この努めは成就されないなら天の王国が粉々に散ってしまいそうな重大任務なのである。

・今や魔術師が召喚を開始する準備が整った。ここで魔術師は、必要なものが全部そろっていることを確かめ、また香に火をつけ、神殿内をぐるりと見渡すのである。

“〈誓言〉は、〈意志〉の確約であるから、〈魔術〉におけるあらゆる作業の基礎をなすものである。〈誓言〉は〈魔術師〉を永遠に拘束する。”
p.187
ケルト神話のゲッシュ。ハンターハンターの誓約と制約と同じ理論。これ現実に貴方も使えますよ。ハンターハンターの元ネタはケルト神話と魔術書、魔法の本、結社の知識
The Oath is the foundation of all Work in Magick,
as it is an affirmation of the Will.
An Oath binds the Magician for ever.


“The third operation in any magical ceremony is the oath or proclamation. The Magician, armed and ready, stands in the centre of the Circle, and strikes once upon the bell as if to call the attention of the Universe. He then declares "who he is", reciting his magical history by the proclamation of the grades which he has attained, giving the signs and words of those grades.

(註釈は括弧内に入れてみる。This is not merely to prove himself a person in authority. It is to trace the chain of causes that have let to the present position, so that the operation is seen as karma.)

He then states the purpose of the ceremony, and proves that it is necessary to perform it and to succeed in its performance. He then takes an oath before the Lord of the Universe (not before the particular Lord whom he is invoking) as if to call Him to witness to the act. He swears solemnly that he will perform it — that nothing shall prevent him from performing it — that he will not leave the operation until it is successfully performed — and once again he strikes upon the bell.
Yet, having demonstrated himself in that position at once infinitely lofty and infinitely unimportant, the instrument of destiny, he balances this by the "Confession", in which there is again an infinite exaltation harmonised with an infinite humility. He admits himself to be a weak human being humbly aspiring to something higher; a creature of circumstance utterly dependent — even for the breath of life — upon a series of fortunate accidents. He makes this confession prostrate
before the altar in agony and bloody sweat. He trembles at the thought of the operation which he has dared to undertake, saying, "Father, if it be Thy Will, let this cup pass from me! Nevertheless not my will but Thine be done!"
(Of course this is for the beginner. As soon as it is assimilated as true, he will say: "My will which is thine be done!" And ultimately no more distinguish "mine" from "thine". A sympathetic change of gesture will accompany the mental change.)
The dread answer comes that It Must Be, and this answer so fortifies him with holy zeal that it will seem to him as if he were raised by divine hands from that prostrate position; with a thrill of holy exaltation he renews joyfully the Oath, feeling himself once again no longer the man but the Magician, yet not merely the Magician, but the chosen and appointed person to accomplish a task which, however apparently unimportant, is yet an integral part of universal destiny, so that if it were not accomplished the Kingdom of Heaven would be burst in pieces.
He is now ready to commence the invocations. He consequently pauses to cast a last glance around the Temple to assure himself of the perfect readiness of all things necessary, and to light the incense.
________________________________________
The Oath is the foundation of all Work in Magick, as it is an affirmation of the Will. An Oath binds the Magician for ever.”
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap16-1.html

 第XV章 (第二部)霊に対する訓令について、
 また、時として必要な拘束と呪いに関する記述を付す
OF THE CHARGE TO THE SPIRIT
WITH SOME ACCOUNT OF THE
CONSTRAINTS AND CURSES OCCASIONALLY NECESSARY

霊が現出する際、あるいは聖別されつつある護符の中に力が顕現する際には、誓言か訓令によって霊や力を拘束することが必要である。霊は、自らを召喚してくれた武器に眼に見えるように手をのせて祝福し、そして、その召喚で用いられた名によって、「生きて勝ち残り、彼の宮殿の中で〈正義と真理の秤〉として君臨する彼に中性と信仰を誓う」よう強制されるべきである。
必要とされる予防措置は、武器が円環の向こう側へ拡がっている間には自らの人間性に沈潜してはならない、ということである。仮にその力が、自分から武器へではなく、武器から自分の方へ流れ出すならば、あなたは必ずや呪い倒されるか、さもなければ少なくともその霊の奴隷となるであろう。神秘的な力は魔術師の霊気を満たすのみならず、そこから放射するものだということが、この瞬間においてこそ最も重要なのである。

・霊の頑なさ、あるいは護符の不活発は、通常、召喚に欠陥があることを暗に示している。自らの上位にある天使・大天使・神・の意志と一致して知霊が作用している時ならば、霊は一瞬たりともその知霊の拘束に対抗することはできない。したがって、すぐに呪いへと進むよりも召喚を反復したほうが良い。

・魔術師は召喚が真に宇宙のカルマの必要部分なのかどうか、ということも熟慮すべきである。というのも、もしこれが妄想にすぎなければ、成功は望むべくもないからである。その場合には、端緒に還って、先程よりも集中的かつ分析的に誓言と召喚の要旨を反復するのが最善の策である。また、これは三度行ってもよい。
・だが、これを満足にやり遂げてもなお霊が言うことを聞かない場合は、敵意ある何らかの力が操作を妨げんと作用している、という暗黙のしるしである。この場合、その力の性質を突き止め、それに攻撃を加えて滅ぼすのが望ましい。これを行なえば儀式は魔術師にとって一層有用なものとなる。それによって魔術師は、そんなものが存在しようとはそれまで思ってもみなかった黒魔術団の一味の正体をあばくことになるかもしれない。

・こうした発見は必ずしも儀式を妨害するとはかぎらない。操作を邪魔する力に対しては全面的な呪いを宣告してよい(なぜなら、前提から行って、神的な力が干渉しようはずがない)し、これによってそうした力を一時的に追い払ってしまった――というのも、召喚された神の力はこの目的を果たすに充分なのである――ならば、少々邪険にその霊を喚び出してよい。黒魔術団の呪文の前に屈するという悪事をその霊ははたらいたではないか。

・実際、悪鬼たちの中には、理解できるものといえば呪いだけで、慇懃な訓戒には従わないたちのものもいる。
鞭打てば働くが、親切にはつけあがる奴隷のように。
とどのつまり、最後の頼みの綱として、霊の印形を黒い箱の中で悪臭を放つ物質とともに焼却してもよい。その場合、事前に準備万端整えて、魔術の環も適切に形成し、操作によって霊が本当に苦悶するよう手ぬかりがあってはならない。断っておくが、これは稀有な出来事である。

霊があまりにもやすやすと言いなりにある時は気をつけよ。このような霊は誓言をいいそこなうなどして何とか義務を免れようとするであろう。

・霊に対する訓令は通常護符の中に具現化する。純粋な召喚の作業は例外であるが、詰まるところそれとても比較的稀なものに違いない。
護符とは、ある意味では、象形文字で表現された訓令であると言えよう。だが、ありとあらゆる物体は護符なのである。
というのも、
護符を定義するならば、ある目的に適ったものとなるよう、意志の(即ち魔術の)行為の適用を受けたもの、となるからである。対象となる物体の種類に関わりなく、反復的な意志行為はその物体を速やかに聖別する。
お気に入りのものを繰返し使用を通じて授ける意志の下の愛の効験のおかげで力を増す。無論、このような物体を俗なるものとの接触から遠ざけておくことが肝要である。愛用しているものを他人に使わせたくないのは本能的なものである。

今日この世界には、誠に不埒なことだが、無造作に放置されたままの護符が山ほどある。聖画像や偶像といった大衆的崇敬の対象物がそうである。但し、こうしたものの中に、真の魔術的力が大量に封じ込められているというのは疑いない事実である。したがって、これらの神聖な象徴を破壊すれば、それらを崇敬する人々を魔術的に征服することも可能になる。旗や金銭など。

“ところが、聖画像や偶像に話を戻すと、それらの霊験を盗むことは容易である。しかも、時としてこれは、厖大な規模で起こり得る。例えば、イシスとホルスの像やこれと似通った母子像が、まさに十把一からげにキリスト教徒たちの手で専有された場合など、その代表的事例と言えよう。しかしながら、こうした離れ業はどちらかといえば危険なものである。この場合に見られるように、考古学者たちの調査によって啓蒙が行なわれたりするからである。マリアとイエスの聖母子像としてまかり通っている代物は、実のところイシスとホルスの像の模倣にすぎない、ということは証明済みである。実人生の他の方面におけると同様、〈魔術〉においても正直こそ最善の策に他ならぬ
。”p.198
“But with many ikons and images, it is easy to steal their virtue.
This can be done sometimes on a tremendous scale,
as, for example, when all the images of Isis and Horus,
or similar mother-child combinations, were appropriated wholesale
by the Christians.
The miracle is, however, of a somewhat dangerous type,
as in this case, where enlightenment has come through
the researches of archaeologists. It has been shown that
the so-called images of Mary and Jesus are really nothing
but imitations of those of Isis and Horus. Honesty is the best policy
in Magick as in other lines of life.”
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap16-2.html

 第XVI章 〈召喚〉について
OF THE INVOCATION

・魔術師は召喚された存在に対して直接の請願を申し入れるのである。
しかし、召喚に成功を収める秘訣は極めて単純。召喚が正しいものであるかどうかはほとんど重要ではない。
秘儀を四語で要約すると、
"Enflame thyself in praying."(祈りながら汝自身を燃え上がらせよ)

・自己を意識しなくなるまで精神が高揚されねばならない。魔術師は、自分の内にあり自分のものでもあるが平常の意識状態では決して私とは呼ばぬ力によって、盲減法に前進させられなければならない。芸術家、詩人、恋する者が創造的な狂乱状態の中で脱我を遂げるのと同じように、魔術師もそうした忘我境に入らねばならない。

・魔術師と名のつく者は皆、劇的なクライマックスを作り出すように儀式を構成しなければならない。興奮が抑えきれなくなるあの瞬間、魔術師の意識的存在全体が霊的痙攣を経験するあの瞬間にこそ、魔術師は至上の厳命を発さねばならないのである。
非常に効果的な方法の一つは、至上の意志的努力によって、その痙攣が今にも起こらんとする間際に急遽自制するということとを幾度となく繰返し、意志を行使しなければ、という考えがもはや浮かばなくなる時が到来するのを待つことである。
(この健忘症は完全なものでなければならない。意識的に自制心を棄てようとするのは百害あって一利なしである)

自制はもはや可能でもなければ考えられもしなくなり、魔術師の全存在は否と言ういかなる微小な原子も残すことなく、不可抗力によって投企される。まぶゆいばかりの光の輝きの中、一万回もの稲妻の中で神と人間との合一が成就される。

・魔術師がまだ円環の中に立っているのが見られ、静かに召喚を続けているとしても、魔術師の意識的な部分は、平常の意識の背後にある真の自我からことごとく乖離してしまっているのである。しかし、その円環は神的本質で充満している。他の一切は偶発事か幻覚にすぎない。
・この後に続けて行なう召喚、つまり召喚された力の漸次の発達や形体化には何の努力もいらない。儀式の明言された目的だけの自分の力を集中させるのは初心者がおかしがちな大きい過ちの一つである。この過ちこそ、召喚を失敗に終わらせる原因の最たるものである。
・この一般原理の帰結するところは、すぐさま魔術師は召喚をほとんどきっぱりと放棄してしまう。つまり、物質界におけるなにがしかの行為を要求するのは極めて希有な状況のみである、ということである。魔術師は神を召喚することに全身全霊を捧げ、自らの釣り合いが完全性に接近するや否や、偏頗な神を召喚することはやめてしまい、垂直的に自らの上方にある神のみが魔術師の径に現われることになる。かくして、おそらくは単に知識・愛・富を手に入れようというだけの考えで魔術に手にそめた者も、いつの間にかもはや後戻りできない程に大作業の執行という企図に自分が関わり合っていることに気づくのである。
魔術と瞑想との間には、まったく恣意的で偶然のものを除けば、何の区別もない。
“The Magician addresses a direct petition to the Being invoked. But the secret of success in invocation has not hitherto been disclosed. It is an exceedingly simple one. It is practically of no importance whatever that the invocation should be "right". There are a thousand different ways of compassing the end proposed, so far as external things are concerned. The whole secret may be summarised in these four words: "Enflame thyself in praying."
The mind must be exalted until it loses consciousness of self. The Magician must be carried forward blindly by a force which, though in him and of him, is by no means that which he in his normal state of consciousness calls I. Just as the poet, the lover, the artist, is carried out of himself in a creative frenzy, so must it be for the Magician.
It is impossible to lay down rules for the obtaining of this special stimulus. To one the mystery of the whole ceremony may appeal; another may be moved by the strangeness of the words, even by the fact that the "barbarous names" are unintelligible to him. Some times in the course of a ceremony the true meaning of some barbarous name that has hitherto baffled his analysis may flash upon him, luminous and splendid, so that he is caught up unto orgasm. The smell of a particular incense may excite him effectively, or perhaps the physical ecstasy of the magick dance.
Every Magician must compose his ceremony in such a manner as to produce a dramatic cilmax. At the moment when the excitement becomes ungovernable, when then the whole conscious being of the Magician undergoes a spiritual spasm, at that moment must he utter the supreme adjuration.
One very effective method is to stop short, by a supreme effort of will, again and again, on the very brink of that spasm, until a time arrives when the idea of exercising that will fails to occur.
(This forgetfulness must be complete; it is fatal to try to "let oneself go" consciously.)
Inhibition is no longer possible or even thinkable, and the whole being of the Magician, no minutest atom saying nay, is irresistibly flung forth. In blinding light, amid the roar of ten thousand thunders, the Union of God and man is consummated.
If the Magician is still seen standing in the Circle, quietly pursuing his invocations, it is that all the conscious part of him has become detached from the true ego which lies behind that normal consciousness. But the circle is wholly filled with that divine essence; all else is but an accident and an illusion.
The subsequent invocations, the gradual development and materialization of the force, require no effort. It is one great mistake of the beginner to concentrate his force upon the actual stated purpose of the ceremony. This mistake is the most frequent cause of failures in invocation.
A corollary of this Theorem is that the Magician soon discards evocation almost altogether — only rare circumstances demand any action what ever on the material plane. The Magician devotes himself entirely to the invocation of a god; and as soon as his balance approaches perfection he ceases to invoke any partial god; only that god vertically above him is in his path. And so a man who perhaps took up Magick merely with the idea of acquiring knowledge, love, or wealth, finds himself irrevocably committed to the performance of The Great Work.
It will now be apparent that there is no distinction between magick and meditation except of the most arbitrary and accidental kind.
(There is the general metaphysical antithesis that Magick is the Art of the Will-to-Live, Mysticism of the Will-to-Die; but — "Truth comes bubbling to my brim; Life and Death are one to Him!".)
Beside these open methods thee are also a number of mental methods of Invocation, of which we may give three.
The first method concerns the so-called astral body. The Magician should practise the formation of this body as recommended in Liber O, and learn to rise on the planes according to the instruction given in the same book, though limiting his "rising" to the particular symbol whose God he wishes to invoke.
The second is to recite a mantra suitable to the God.
The third is the assumption of the form of the God — by transmuting the astral body into His shape. This last method is really essential to all proper invocation, and cannot be too sedulously practised.
There are many other devices to aid invocation, so many that it is impossible to enumerate them; and the Magician will be wise to busy himself in inventing new ones.
We will give one example.
Suppose the Supreme Invocation to consist of 20 to 30 barbarous names, let him imagine these names to occupy sections of a vertical column, each double the length of the preceding one; and let him imagine that his consciousness ascends the column with each name. The mere multiplication will then produce a feeling of awe and bewilderment which is the proper forerunner of exstasy.”
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap15.html
astral body=アストラルボディ=星幽体。
mantra=マントラ=神呪。

 第XVII章 退去の許可について
OF THE LICENSE TO DEPART

・儀式がクライマックスに達した後は必ずアンチクライマックスが待ち受けている。だが、儀式が成功を収めた場合には、このアンチクライマックスも単に形式的なことにすぎない。魔術師は自らが志願した高次の地平に永遠に安住すべきである。

・「操作の力は残らず消化されるべきである。」
しかし、いかなる操作といえども完璧なものではないので、ほぼ確実に残滓が出て来るが、たとえそうであろうとも操作に同調的なものの幾つかは円環に引き寄せられる。これらは然るべく分散されねばならない。さもないと、それらは腐敗し邪悪なものとなるであろう。召喚が関わっている場合は、これを行なうのは常に容易である。魔術師の意志によって押し付けられた緊張を取り除くだけで、事物は慣性の偉大な法則に従って常態に戻るであろう。しかしながら、召喚に不手際があった時には、必ずしもこれが通用するとは限らない。霊は支配されることを拒否したり、退去しようとしなかったりするかもしれない。従順を誓った後にさえそういうことがあり得る。極度の危険が発生するおそれがある。
・次のような言葉を唱えて魔術師は霊を放逐する。
「今我は汝に物申す。静かに汝の棲み処に退去せよ。〈至上者〉の祝福が然々の名(ここで操作に適合する神の名かその霊を解放するにふさわしい〈名〉を唱える)の下に汝に訪れんことを。汝と我の間に平和の訪れんことを。そして、汝が召喚され喚び出された時には、何時であろうとも汝が進んで現われんことを!」
(「言葉、あるいは意志、あるいはこの強力な〈魔術の業(わざ)〉の〈呪文〉によりて」と付け加えるのが普通である)
"And now I say unto thee, depart in peace unto thine habitations and abodes
— and may the blessing of the Highest be upon thee in the name of
(here mention the divine name suitable to the operation,
or a Name appropriate to redeem that spirit);
and let there be peace between thee and me;
and be thou very ready to come,
whensoever thou are invoked and called!"
(It is usual to add "either by a word,
or by a will,
or by this mighty Conjuration of Magick Art.")

・「霊が即座に姿を消さぬようなことが万一あれば、どこかで致命的な誤りを犯したしるしである。その場合、〈魔術師〉は細心の注意を払ってすぐさま〈円環〉を聖別し直さなければならない。」
その後で魔術師は退散を告げる呪文を繰り返すべきだが、それでもなお足らない場合には、その霊の性質にあった祓いの儀礼をとりおこない、また必要とあらば、同じ意味を持つ呪文をも付け加えるべきである。
このような状況下において、しかも他に何か疑わしいことが起こるようであれば、霊が退散したかに見えるからといって安心は禁物である。霊はいとも簡単に透明になり、待ち伏せして魔術師が円環から一歩外へ踏み出す時、あるいは何カ月も後でさえ、何か悪知恵を働かせることがあるのだ。

・“自ら同意を与えて確固たる形で一度自分の周囲に入り込ませた象徴はすべて、絶対的な支配下に置かぬかぎり、危険極まりないものである。赤の他人よりも友人の方が自分に悪事をはたらきやすいものなのだ。また、最大の危険を孕んでいるのは自分自身の習慣に他ならぬ。
 観念を潜在意識の中へ組み込むことは、無論、進歩を遂げる必須条件である。したがって、選択を行なうことの必然性は眼に見えている
。“
p.206
Any symbol which has once definitely entered your environment
with your own consent is extremely dangerous;
unless under absolute control.
A man's friends are more capable of working him harm
than are strangers; and his greatest danger lies in his own habits.
Of course it is the very condition of progress to build up ideas
into the subconscious.
The necessity of selection should therefore be obvious.

・退去の許可と作業の総決算の直後には、魔術師がじっくりと腰を落ち着けて魔術の記録を書きあげることが必要である。儀式を行なったばかりで疲労困憊していようとも、無理を押してこれを行なうよう努め、記録という作業を習慣化すべきである。
「全くもって、魔術的儀式の正確な記録を綴るのに失敗するくらいなら、儀式そのものを仕損じるほうがましというものである。」
この極言の適否を疑うには及ばない。魔術師自身による記録は本人にとって最高の財産である。
(儀式を終えた後は、一晩熟睡した時以上に精力回復し、さわやかな気分になるのが本当である。これは魔術師の熟練度合いを測る試金石になる)
記録なしに魔術を行なうのは愚か千万であり、帳簿なしで商売をするようなものである。

・「ひとつの視点からすれば、魔術における進歩とは、自分自身が記した記録を解読することに事実上存する。」

(人はヌイトの体におけるひとつの星であるから、連続する転生は皆ヴェールであり、魔術的記憶の獲得は、その星つまりその神の漸進的な除幕、アンヴェイリングである)

“After a ceremony has reached its climax, anti-climax must inevitably follow. But if the ceremony has been successful this anti-climax is merely formal. The Magician should rest permanently on the higher plain to which he has aspired.
(The rock-climber who relaxes on the face of the precipice falls to earth; but once he has reached a safe ledge he may sit down.)
The whole force of the operation should be absorbed; but there is almost certain to be a residuum, since no operation is perfect: and (even if it were so) there would be a number of things, sympathetic to the operation, attracted to the Circle. These must be duly dispersed, or they will degenerate and become evil. It is always easy to do this where invocations are concerned; the mere removal of the strain imposed by the will of the magician will restore things to their normal aspects, in accordance with the great law of inertia. In a badly-managed evocation, however, this does not always obtain; the spirit may refuse to be controlled, and may refuse to depart — even after having sworn obedience. In such a case extreme danger may arise.
In the ordinary way, the Magician dismisses the spirit with these words: "And now I say unto thee, depart in peace unto thine habitations and abodes — and may the blessing of the Highest be upon thee in the name of (here mention the divine name suitable to the operation, or a Name appropriate to redeem that spirit); and let there be peace between thee and me; and be thou very ready to come, whensoever thou are invoked and called!"
(It is usual to add "either by a word, or by a will, or by this mighty Conjuration of Magick Art.")
Should he fail to disappear immediately, it is a sign that there is something very wrong. The Magician should immediately reconsecrate the Circle with the utmost care. He should then repeat the dismissal; and if this does not suffice, he should then perform the banishing ritual suitable to the nature of the spirit and, if necessary, add conjurations to the same effect. In these circumstances, or if anything else suspicious should occur, he should not be content with the apparent disappearance of the spirit, who might easily make himself invisible and lie in ambush to do the Magician a mischief when he stepped out of the Circle — or even months afterwards.
Any symbol which has once definitely entered your environment with your own consent is extremely dangerous; unless under absolute control. A man's friends are more capable of working him harm than are strangers; and his greatest danger lies in his own habits.
Of course it is the very condition of progress to build up ideas into the subconscious. The necessity of selection should therefore be obvious.
True, there comes a time when all elements soever must be thus assimilated. Samadhi is, by definition, that very process. But, from the point of view of the young magician, there is a right way — strait and difficult — of performing all this. One cannot too frequently repeat that what is lawful and proper to one Path is alien to another.
Immediately after the License to Depart, and the general closing up of the work, it is necessary that the Magician should sit down and write up his magical record. However much he may have been tired
(He ought to be refreshed, more than after a full night's deep sleep. This forms one test of his skill.)
by the ceremony, he ought to force himself to do this until it becomes a habit. Verily, it is better to fail in the magical ceremony than to fail in writing down an accurate record of it. One need not doubt the propriety of this remark. Even if one is eaten alive by Malkah be-Tarshishim ve-Ruachoth ha-Schehalim, it does not matter very much, for it is over so very quickly. But the record of the transactions is otherwise important. Nobody cares about Duncan having been murdered by Macbeth. It is only one of a number of similar murders. But Shakespeare's account of the incident is a unique treasure of mankind. And, apart from the question of the value to others, there is that of the value to the magician himself. The record of the magician is his best asset.
It is as foolish to do Magick without method, as if it were anything else. To do Magick without keeping a record is like trying to run a business without book-keeping. There are a great many people who quite misunderstand the nature of Magick. They have an idea that it is something vague and unreal, instead of being, as it is, a direct means of coming into contact with reality. It is these people who pay themselves with phrases, who are always using long words with no definite connotation, who plaster themselves with pompous titles and decorations which mean nothing whatever. With such people we have nothing to do. But to those who seek reality the Key of Magick is offered, and they are hereby warned that the key to the treasure-house is no good without the combination; and the combination is the magical record.
From one point of view, magical progress actually consists in deciphering one's own record.
(As one is a Star in the Body of Nuith, every successive incarnation is a Veil, and the acquisition of the Magical Memory a gradual Unveiling of that Star, of that God.)
For this reason it is the most important thing to do, on strictly magical grounds. But apart from this, it is absolutely essential that the record should be clear, full and concise, because it is only by such a record that your teacher can judge how it is best to help you. Your magical teacher has something else to do besides running around after you all the time, and the most important of all his functions is that of auditor. Now, if you call in an auditor to investigate a business, and when he asks for the books you tell him that you have not thought it worth while to keep any, you need not be surprised if he thinks you every kind of an ass.
It is — at least, it was — perfectly incredible to THE MASTER THERION that people who exhibit ordinary common sense in the other affairs of life should lose it completely when they tackle Magick. It goes far to justify the belief of the semi-educated that Magick is rather a crazy affair after all. However, there are none of these half-baked lunatics connected with the A.'. A.'., because the necessity for hard work, for passing examinations at stated intervals, and for keeping an intelligible account of what they are doing, frightens away the unintelligent, idle and hysterical.
There are numerous models of magical and mystical records to be found in the various numbers of the "Equinox", and the student will have no difficulty in acquiring the necessary technique, if he be diligent in practice.”
http://hermetic.com/crowley/book-4/chap17.html


 附録(第二部)
 附録I
  A∴A∴のカリキュラム
http://hermetic.com/crowley/book-4/app1.html
での推奨書をいくつか抜粋します。各種宗教思想や哲学に通じていないといけないことがわかります。
『易経』
流転の古典。中国魔術体系の奥義を授けてくれる。
『道徳経』
中国神秘主義体系の奥義を伝えてくれる。

二ノ国の賢者はみな、道教魔術師風のポコロ仙人のもとで修業します

『ウパニシャッド』
『バガヴァッド=ギーター』
『シヴァ・サンヒター』
『ハタヨーガ・プラディーピカ』
『ダンマパダ(法句経)』
『ミリンダ王の問い』

『金枝篇』測り知れぬ価値を持つ民間伝承の教科書。
アプレイウス『黄金の驢馬』

『不思議の国アリス』『鏡の国のアリス』はカバラを理解する者にとって貴重。

『千夜一夜物語』東方魔術伝承の宝庫。
(マギが元ネタこれにしたのってメイソンが強い国フランスの人が関わっているのと、この本で推奨されていたからかもね

『アーサー王の死』西洋魔術伝承の宝庫。
Macbeth; Midsummer Night's Dream; The Tempest(沙翁。W. Shakespeare)

聖書の原典はカバラ的価値が高い。魔術の喩え話が多く含まれており、民間伝承や魔術祭儀の話も豊富
(でもキリスト教は魔術を迫害する矛盾。独占したいからだね)。

お伽噺全般。
東洋の古典全般。
スーフィー教(イスラム神秘主義。スーフィズム)の詩歌全般。
北欧とチュートンのサーガ全般。
ケルトの民間伝承全般。

“「それが何なのか知らなければ、自分の〈真の意志〉を賢明に行うことはできない。」 (Magick, Book 4, p.174)
しっかり理解するがよい、わが息子よ、〈真の意志〉は決して過ちせざるものであると。なんとなれば、その〈命令〉が〈完全〉であるという点において、それは定められたお前の〈天における行路〉なのだ。」 (Liber Aleph, p.13)
「〈真の意志〉は、〈光〉の泉、内より湧き出で、とめどなく流れ出るのだ、〈愛〉に沸きかえりながら、〈生の海〉へと
。」 (Little Essays Towards Truth, p.76)“
真の意志(True Will)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E3%81%AE%E6%84%8F%E5%BF%97

「魔術 理論と実践」
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/magic/rironnjitusen.htm
魔術 (セレマ) 〈セレマ〉とはギリシア語で「意志」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E8%A1%93_(%E3%82%BB%E3%83%AC%E3%83%9E)

『法の書』のセレマの法。
“汝の意志することを行え、それが法のすべてとなろう“
“愛は法なり、意志の下の愛こそが“
“「汝の意志することを行え」を越える法はない”
セレマ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AC%E3%83%9E

‘‘Magick is the Science and Art of causing Change to occur in conformity with Will.’’
"Do what thou wilt shall be the whole of the Law."
この二つの名言は次の一文に短縮できる。
あなたの智慧(知識+技術)と意志こそ全て。
(大事なことなので二回言いました)

記事終了(おまけ除く)

※英文の引用は以下より(あなたも翻訳でおかしい箇所を見つけよう!)。
MAGICK IN THEORY AND PRACTICE
http://hermetic.com/crowley/book-4/aba3.html
Magick in Theory and Practice - Introduction and Theorems
http://hermetic.com/crowley/book-4/defs.html
http://www.sacred-texts.com/oto/aba/defs.htm

おまけという名の引用。

イルミナティの系譜を画像で【20090707】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/07/07/257

サイエントロジー(悪)の路線【20090914】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/09/14/387
“鳩山邸では、鳩=セミラミス=イシス=マリア=黒いアテナが、古代ローマの女神ミネルヴァ(ギリシア神話のアテナに該当)の梟と、文明の終焉を待つように、仲良く羽を休めています。
 
Let it be……じゃ、生きていけませ~ん。

この知恵を象徴するボヘミアン・グローブ・・・・、じゃなかった梟(ミミズク)は、国会議事堂というピラミットにも「番人」として飾られています。
鳩は巣に帰る本能が高いのです。
(中略)
とりあえず、トムクルーズ=サイエントロジーの顔みたいなもんである。布教ビデオとかにも出てくるし。

このサイエントロジーに鳩嫁が入っているかは、定かではないが、次期首相夫妻は、両方ともスピリチュアルに染まっていることは間違いないのである。
 
なら、サイエントロジーとスピリチュアルで解説してみよう。見えてくる。
 
サイエントロジーの創設者は、アメリカ人SF作家のL・ロン・ハバードである。(1911-1986)
ダイアネティックス(1950)などを出版して、出版→それが聖典という、近代の新興宗教の王道である。
その、基盤は幼少の時に、中国北部、インド、そしてチベットで聖人に学んだ事が基盤となっているらしいが、真偽は定かではない。むしろそんなことがあったかは、疑わしい。

このハバードを語る際、もう一人の方に出てきていただこう。
ニューエイジとも関係が深い、魔術師アレイスター・クロウリー(1875-1947)である。
アメリカの源流の読み方【20090721】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/07/21/276
 
俺の過去記事でも出てくる。
法の書でのニューエイジ=Aeonを説明するまでも無く、クロウリーは、1904年から既存宗教の時代が終わりを告げ、「新時代」が始まったと主張した、ニューエイジの創始者そのものなのである
エジプト学派でのつながりも再確認されたし。
 
サイエントロジーのハバートは、1945年の戦後にアレスター・クロウリーの弟子であるジャック・パーソンズに出会って、翌年から共同研究を行う。
彼らがやったのは東西の融合した近代儀式魔術の実践であり、セックスを魔法儀式として取り入れ女神を召還
するというのである。(ムーン・チャイルド)
これは没直前のクロウリー自身の記述でも残っている。
 
さて、ここからは裏付けがとれない部類の話なので、半分程度で聞いて欲しい。
 
アレイスター・クロウリーは3代目のOTO(東方聖堂騎士団・Ordo Templi Orientis)の首長である。
そのOTOにおける米国での第一人者が、サイエントロジーのハバートの共同研究者、ジャック・パーソンズである。
 
この東方騎士団の誕生は、実は新しく20世紀初頭である。
ドイツの裕福な製鉄経営者、カール・ケルナーによって設立された。
ケルナーはインドを旅行した際に東洋の性魔術の秘伝を伝授されたとして、このセックスオカルト魔術結社を立ち上げたのだ。
性魔術の仏教版の真言立川流と、インドから真如が秘儀を持ち帰ったと噂される、同じ流れを組む密教、真如苑みたいな話である。
むしろ、立川流が起源かも?
 
1921年には、シシリア島の別荘をテレーム僧院と名づけ、山羊とアニマルセックス&生贄行為というものを行っている。
 
そう、性義式はOTO→サイエントロジーと伝わったのだ。
そういうわけで、サイエントロジーは、この20世紀再興の魔術師(笑)のクロウリーOTOの流れを組んでいるのである。
 
さらに話を続ける。
 
99 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 02/01/14 13:22
1959年は、ダイアネティックスの発表から、チャーチ・オブ・
サイエントロジーの初期段階の組織確立期にあたります。
60年代にはいると、ロン・ ハバードは、拠点を英国の
セント・ヒルに移します。
52年に有名なフィラデルフ ィア・ドクトレート・コース
という講義を行いますが、その内容には、黒魔術、
イリュミナティの重鎮としてで知られているアレイスター・
クロウリーの影響が指摘 されています。
http://www.asyura.com/sora/bd11/msg/529.html

さて、サイエントロジーの骨格が出来るのは、クロウリー没後の1960年頃からなんですが、このようにハバートは英国、セントヒルに拠点を構えます。
OTOにおける英よりのポジションです。
先ほど、OTOがドイツ人カール・ケルナーによって設立されたことは記述しました。
 
OTO、東方聖堂騎士団については、補足があります。
OTOの首長がイルミナティの重鎮とも言われるアレイスター・クロウリーであり、それとニューエイジの関係を説明しました。
ニューエイジとしての祖はルドルフ・シュタイナーの名前が挙げられます。人智学の人ですね。
ソフトニューエイジでは、さらにスウェーデンボルグ、そしてエドガー・ケイシー
によって出来上がります。
 
クロウリーは、黄金の夜明け集団(ゴールデン・ドーン)と、黄金のあけぼヘルメス教団に影響を与え、一部では設立に関与したとも言われております。
 
自分は、これら秘密結社の設立時期さえ、まだ調べてないのですが、こういう意見もあります。
 
ルドルフ・シュタイナー(ドイツ)の黄金の夜明け集団と、ウイン・ウエスコット(英国)を軸とする、黄金のあけぼのヘルメス教団。
これら二つの国を結合させ、世界のありとあらゆる国の機関や民間に浸透し位相(トポロジー)心理学を駆使し洗脳をする機関が王立国際問題研究所(RIIA)によって、設立された。(ここらへんはゲームの達人)
 
それが、サセックス大学の一部、イギリスの軍事技術者、ジョン・ローリングス・リース少佐によって設立された「ダヴィストック研究所」である。(ここらへんはコールマン)
そして、そのダヴィストック研究所の元となった2つ、その流れはOTOのクロウリーであり、その技術は弟子によりハバートに伝わった。
それはナチス、ヨーゼフ・メンゲレ博士らによって開発された、マインド・コントロールの技術である。
 
クロウリー=ヘルメス学であり、サイエントロジーが、黄金のあけぼのヘルメス教団(英国)側というのは、簡単に推測できよう。
ハバートの「ダイアネティックス」=マインドコントロールであり、それがサイエントロジーである。
ナチスから続くマインドコントロール研究の集大成(モナークマインドコントロール)、つまり、サイエントロジーは、この説が正しければ、ニューエイジカルトの最先端、ダヴィストック研究所の理念の最先端とも言えるところから生まれてきた物である。
ま、たぶん間違っていないよ。
 
さて、だいたいのポジションがわかったかな?
なぜ、トム・クルーズが洗脳映画によく出るのか?とか。
サイエントロジーとニューエイジのポジション、スピリチュアル、ここらへんを押さえてから、ジョン・コールマンの300人委員会を読むと、また整理できるだろう。
余談だが、300人委員会での挿絵ではフリメで三角定規が載ってました。直角定規ではなく。
 
え?、サイエントロジーが、まだわからない?
イシス=セミラミス(鳩)=アテナである。
当ブログの読者、りおさんの話では、サイエントロジは弥勒菩薩が大好きらしい。
それは、太陽信仰のミトラ(マイトレーヤ)=弥勒=モロク教=ミネルヴァの梟 (アテナに該当する)でもある。
 
そういうこと。
同じ事、鳩と梟は同じ物なのさ。
サイエントロジーとニューエイジも。
イシス、ロスチャイルド、エジプト学派の関係とスピリチュアルが見えていれば、むしろ区別がつけられない。そりゃ、トムクルーズはロス茶側なわけ。

 (中略)
昔、日米でロックフェラー陣営が強かった理由も、このニューエイジ路線が影響してるんだよ。
米国ではニューヨークがDロックフェラー(ニューエイジに対立するキリスト教原理主義右派)の本拠地だったのとか、日本でもロック系が強かった理由。
 
それは両方とも20世紀最高の預言者(笑)のエドガー・ケーシーによって、「日本とNYは1998年に滅びる」と予言されてたからである。
そりゃ、勢力が弱くなるわな。

1. “On 9月 28th, 2009, kG さんのコメント:
ジョン万次郎の銅像を見るため、足摺岬に行ってきました。
以下に、現地で確認したこと、調査して分かったことを書きます。
・万次郎像が左手に持っているのは、三角定規と閉じたコンパス。
・中浜万次郎翁銅像建設青年会議(名誉会長は吉田茂→アマレスの八田一朗)と同建設委員会(委員長は高知県知事・溝渕増巳)によって、企画・制作され、完成は昭和43年。
・会の中心人物は、広田勝氏(土佐清水商工会議所会頭)。
・銅像は、明治3年の開成学校教授時代の姿(43歳)、とされている。
・ジョン万次郎の会は、平成2年放映のNHK番組「歴史誕生 ジョン万次郎 幕末・二つの祖国に生きた日本人」に感化された小沢一郎が、平野貞夫氏(土佐清水市出身)に指示して発足。銅像とは無関係。
・万次郎自身は、ユニテリアン教会の会員であった。
ジョン万が滞在したフェアヘーブン市があるマサチューセッツ州には、スコティッシュライト系のグランド・ロッジがあります。ユニテリアンとフリーメイソンの思想は、大きな括りでは同じ仲間に入るのでしょう。
銅像の制作者が、何らかの意図を込めた可能性はあります。
が、だからといって、ジョン万がメイソンそのものであるとは言えない。メイソンであることと、メイソンっぽいということは、当事者にとっては明らかに違うからです。
やはり、ジョン万次郎=フリーメイソン説は、鬼塚五十一氏(の背後にいた団体)が流したガセネタ(レッテル貼り)である、というのが私の結論です。これには、キリスト教の宗派争い、という面もあったのだと思います。

1. “On 10月 20th, 2009, mkmogura さんのコメント:
天皇のロザリオは、火薬のために日本人がキリスト教に改宗し人身売買をしたとかの、あたりまえのことしか書いていません。
 
終戦時の天皇カトリック化工作は失敗したと、鬼塚氏は言及してますが、これについては、自分はブログで紹介したとおり、エキュメニズム含めて、イルミナティの思想が宗教統一運動であり、スピリチュアルの誕生を含めて、「既にキリスト教である必要が無くなった」と考えております。
 
これでもわかるとおり、キリスト教はツールでしかありません。
最近投稿した記事、客家における浙江財閥、洪秀全などでもわかるように、歴史において侵略の際に出てきた、単なる侵略のツールです。
終戦時の統制では、キリスト教ではなく、別のツールを使っただけです。
つまり、メイソンもキリスト教も同じものです。
りおさんの視点は「キリスト教が正しくて、メーソンが間違っている」「キリスト教内部の悪行は乗っ取られたためだ」という言及であり、「侵略のツール」としての機能を一切無視しております。
 
悪いのは、そのツールではなく、そのツールを持っている手ですよ。”
1. “On 10月 22nd, 2009, mkmogura さんのコメント:
自分は宗教はすべて侵略や統制の為のツールだと思っています。
もちろん、仏教もね。
 
ブログでは余り仏教については言及しませんが、実生活では「本来の仏教徒ですから(仮入部)」っていう態度をとっております。たとえ坊主相手でも。
 
霊魂も墓も、生まれ変わりもない起源仏教ですね。
 
環境問題や反ユダヤ主義も、いきすぎたら宗教ですからね。もちろん、フリーメーソンも。
 
鬼塚氏の反キリスト教の姿勢も、一部歪みみたいなものはあると思います。
それも一種の宗教でしょう。エキュメニカルにも言及してませんし。
そしてキリスト教について一切無視した陰謀論も、これもそれだけで宗教の一つだと考えています。
宗教とはそういうものです。
自分が、起源仏教(仮入部)というのは、「他人に何も押し付けない、本来の無宗教に一番近いから」という理由でこれにしております。
無神論者というレッテルを貼ってくる宗教がうざいですからね。そして、「無神論はこうであるべき」という宗教からも逃げるのに丁度いいからです。
 
思想に、統制とか押し付けの要素があったら、それは宗教の一種でしょう。
そういうわけで、どんな宗教の人でも、俺は否定しませんし、受け付けないわけではないです。
それで拒否したら、それも宗教だから。
しかし、意見や論述においての問題点としては、明確に意見を言うべきだと思うわけです。
宗教という言葉ではなく「使えない価値観の形成」「価値観の押し付け」「誰にとって都合のいい価値観を形成するのか?」という風に考えてくださいな。
 
この価値観の統制が一番の問題なわけです
。”


アメリカの目的と予測【20100226】
http://www.mkmogura.com/blog/2010/02/26/616#comments
ダライ・ラマはCIAから金をもらっていた → オバマ会談。
アメリカの製造業を守るため → 反中国という姿勢
同上で、トヨタ叩き → GM復活のアホなシナリオ
台湾の武器売買も含む → さらにアメリカが中国を突っつく

さて、この動きの要点を簡単に言うと、
アメリカが製造業復活を目論むなら、「中国」「北米進出している日本企業」この2つが邪魔になってくるということ。
そそ、この動きは、すべて目的どおりのことなわけね。
反中国という姿勢なら、CIA路線のダライ・ラマとオバマの会談の意味も説明がつくわけ。
日本では知ってのとおり、反共カルト→反中国なわけで、ダライ・ラマの話は、勝共連合や、日本会議を連想させる。
CIAがチベット運動やら何やらで、日本でもマッチポンプというか「みせかけの大衆運動」
を陽動をしてきたことは、明確なことだからね。
もし宿主=アメリカの意思が、反中国であるのなら、民主党の根底には「反共カルトに対抗するために親中カルト」という部分があるから、・・・これは「自民党の巻き返しまで繋がっちゃうんじゃないの?」と、ここまで、考えなきゃならんのである。
それが、以前の記事のアメリカが、「どちらを向いているか?」の部分である。
しかし、以前と同じく、アメリカがわからんことには、正確な日本の動きも「わかりません」なわけである。
 
で、俺は「どっちを向いているかの根底」である、アメリカにおける「右」=ネオコンやキリスト教原理主義になれなかった人達=「ニューエイジ」について記事を書いたわけ。思想の源流ね。
 
この、今のアメリカの動きの「ツボ」になりそうな話があったので紹介したい。
ニューエイジの話を理解してれば見えてくる。
 
「日本を守るのに右も左もない」より。
http://blog.trend-review.net/blog/2009/07/001237.html
 
『ロサンゼルス・タイムズ』に衝撃的なインタヴュー。1966.0522
労働組合のナショナル・センターであるAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)が、CIA(中央情報局)と緊密な協力関係を持っている
AFL-CIO に加盟する全米自動車労組のヴィクター・ルーサー国際部長という人物がリーク。
全米自動車労組は、150 万人の組合員を擁するアメリカ最強の産業別組合。
 
↑部分要約。
さらに流れを要約。
ヴィクター・ルーサーが情報をリーク
「CIAと密接になり、労働組合に秘密工作を持ち込んだ、これは大問題だ!!!」
  ↓
CIA側から、「共産主義勢力に対抗するために、やったよ。」。
ひらきなおりである。で、「このルーサーにも工作資金をあげたよ」暴露返し。
ルーサーを偽善者と罵る。
  ↓
ルーサー資金提供の事実をあっさりと認める。
 
CIAをリークした人が、CIAからお金をもらっていたのである。
で、その金をもらっていた内部告発者が、「秘密工作と労働組合の繋がり」を暴露したという構図である。
 
予備知識もなく、普通の人なら「何?この滅茶苦茶な言い争い」とだけ、思うだろう。
 
でも以前にも言ったよね。
情報なんて「ひとつの単語に到達できるか?」で、全てが変わると。
その「とある一つの核」
がわかれば、この「お馬鹿リーク合戦」だけでなく、完全に見えてくるよ。
この情報の核は何なのか?ということ。
それは。「このCIAに金をもらっておきながら、喧嘩を売ったともいえる内部告発者のヴィクター・ルーサーが誰なのか?」ってとこね。
 
このルーサー(ルーザー)、全米自動車労組のヴィクター・ルーサーと、全米自動車労組の会長ウォルター・ルーサー会長、通称ルーサー兄弟。
 
この兄弟、ニューエイジの人だよ。俺の過去記事にも出てくる。
 
ロス茶の作るマトリックスその2【20090917】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/09/17/407
 
>フラーは、彼の友人、全米自動車労組の委員長ウォルター・
>ルーザーに、GMと賃上げ交渉する際、「労働者の賃金を上げた
>ほうがGMの利益が出る」というのをニューサイエンティスト
>という試作コンピューターのシミュレーションで出して、
>賃上げを実現させた。そう、本の中に書いてある。
 
そそ、ニューエイジのシンボル、万博でのジオデシック・ドーム、宇宙船地球号の草案者、あのフラーの友達ね。
さらにアメリカの労組というポジション。
CIA(旧OSS)と共産主義ロックフェラー、太平洋問題調査会(IPR)、
これらがわかってれば簡単な話だ。
 
25 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 23:12:35 ID:2GCb+Nwo
また賀川機関を実行支配していたのが、アメリカ労働組合員であったユダヤ人のサムエル・ゴンバース。
米国労働組合はOSSの内部にある機関であり、この組織の開発支援者はロックフェラー財団。ロックの財団の地下室にはイギリス情報部のSISと米国の共産党部隊「リンカーン部隊」があり、その一つのレインボー部隊がOssの長官となったドノバァンである。ossが賀川機関を支援していたのはすでに事実。
ルートはこうだ。ロックフェラーセンタービル地下作戦部→共産機関oss部隊
→労働組合機関のサムエル→→米国IPR→賀川機関→日本IPR作戦部
→近衛文麿の閣僚→神の国敗戦運動→教会で敗戦活動を行ったため、
警視庁に革命容疑で逮捕される。

 
ニューエイジについても、そこらへんと繋がる労働組合のポジションについても、既に過去記事で説明してきたわけで、簡単である。
 
トヨタも愛地球博という愛知万博をやってるし、「宇宙船地球号」「エコエコ地球温暖化詐欺」、ロスチャイルド派閥と、ニューエイジの系譜である。
 
今回、めでたく「リコール隠し」という新技も追加されたわけだが。
日本のマスコミ、三菱のときととかと公平に報道しろや、リコール隠しと。
まあ、それでもこれは、あくまでもGMの再建のためである。
そのGMの再建の話の中に、このニューエイジ路線の労組→GMのラインが見えるでしょ?
トヨタもGMもニューエイジ路線であるわけ。
アメリカのニューエイジの都合で、アメリカの都合で叩かれたのがトヨタってだけ。
 
そのアメリカの労組も追いかけると、共産主義ロックフェラーだったころ=OSSだった頃=今のCIAのように反共カルト宗教ではなかった頃の時代の、OSSと労組の繋がりが土台としてあるわけ。
サムエル・コンバース→IPR→共産化運動→ニューディーラーなどなど。
 
反共カルト=自民党 と言う形。 労組、日教組=民主党
 みたいに、日本では分けれるからわかりやすいでしょ?
そういうこと、日本の国内で「生長の家」が、手繰られる「侵略の触媒」になったように、アメリカ本土では、OSS(共産主義だった頃)の関係=糸(この場合、労組に繋がる)を手繰ったんではないか?と考えられるわけよ。
 
オバマの行動は、まだ原子力推進派の部分などは「まだブレていない」わけです。
つまりは、ロスチャ+Jロックフェラー側という立ち位置自体は、ずれていない。
しかし、ここ最近の動きは「一部のCIAのご近所と仲良くなっちゃったんじゃないか?」疑惑が出ているわけね。
 
だから、ダライ・ラマの話も、俺も今まで、反中国共産党=反共カルト運動家=CIA=実際に金貰っているとしか、考えていなかったけど、もう一歩踏み込んで分析する必要があるかな?ってことなわけよ。
ノーベル平和賞(ロスチャ系多し)なわけだしね。
 
そういうとこを、過去の事例は教えてくれるわけさ。
米労働組合のルーサー兄弟の、内部告発&自爆ブーメランという事例は。
日本の逆コースと同じように、共産主義だった頃のCIA=OSSが、反共カルトになっていくわけで、その頃から支配者のツールとしてズブズブだったわけで。
思想が離反していく中で、こういう内部告発、馬鹿な言い争いがあったと。
で、金が実際動いていたわけ。
 
この本来、ロスチャイルド系の独占である労働組合というものに、関係があったCIAが、ロックフェラー系として進んでいく中で対立していったわけだ。
そして金も流れていたわけだ。
日本の民主党の中にも同じような事例が、あるであろうということ。
 
CIAから金をもらい、CIAをリークした労組であり、ニューエイジ路線のルーサー兄弟の話・・・・。
(中略)
トヨタ叩きが続く中、もう一度皆さんも視点を整理してくださいな。
「目的が何か?」を。
 
物をつくるには、過剰な消費=戦争がある状態が一番なんだけどね
。 ”
“ On 3月 3rd, 2010, だいだいこん さんのコメント:
今日、リチャードさんのブログの、政府紙幣についての考えを述べた記事に、
輿水さんは一部の情報によるとロスチャイルドの血を引く家にお生まれになられたようですが・・・リチャードさんはユダヤユダヤといっておられるけど究極に本質を突き詰めるとそれはまさに国際金融資本家の権力ではないか、日本では日銀がその頭取のようなものではないかと(やや違うかも)、コメントしたら、ほんの30分もしないうちに削除されていました。
なぜ削除したのかということを聞こうと再びコメントしようとすると投稿禁止にされてしまっていたのでした。
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201003/article_3.html
ほほう。
案山子
2010/03/03 12:45
最期の方になるのですが、これが名残としての証拠です。(だって、誰のコメントに答えているか分からないですよね)
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201002/article_103.html
上の方の記事はコメントが残っています(同じく最期のほう)
とてもショックです。本当にそうだったのか、と。
また、もしそうでなくてもなぜ削除したのかと思って、色々考えてしまいました。
政府紙幣を導入しようとしているのは反共カルト・共勝連合と関わりの深い統一協会であるということは知っています。
ということで政府紙幣発行に反対という記事を4つも書かれていたのですが、コメント欄の全体としての論調が偏りすぎていたので少しアプローチしようと、
反ロスチャは統一に利用されているけど、
言っていることは基本的に間違っていないし、
それ(政府紙幣発行のマイナス点)よりも日銀の通貨発行権の独占の方が問題にすべきことだと言うようなことを頑張って言っていたのですがそれを無視するかのような反応だったのでこれはもっと追求しなければいけないと思って、上のようなコメントをしてみたらそうなったのです。
mkさんはそのことをどう考えていますか?
やっぱり、輿水さんにも都合の悪い指摘というのがあるのでしょうか。
宜しければ教えて下さい。
私も、ただちに政府紙幣を発行すべきなどとは思っていないのですが、吟味することもなく論外であると決めつけている人が多いので、日銀を考えることは大事ではないかと言いたいだけだったのですけど、なんでそれさえ分かってもらえないのだろうという印象だけ残りました。
記事と関係なくてすみません。
そういえば、ロックフェラー家の第4代がトヨタ社長と共に今度の公聴会に出席することとなったそうですですね。
posted on 3月 3rd, 2010 at 9:33 PM
1. 8 On 3月 4th, 2010, mkmogura さんのコメント:
>だいだいこんさん
記事にしたよ
>電気羊さん、
どうも。
これも記念に貼っときます。動画の要点。
42 :名無しさん@十周年:2010/02/26(金) 14:11:49 ID:bc17u4uy0
>>363
うわあああああああああ
GMのリコール数が9058でクライスラーが3260でトヨタがたったの669件w
で、オバマ民主党のは全米自動車労働組合から巨額献金受けてて、トヨタだけこの労働組合に加入してないw そしてGMは実質国営w
なんかもうどうしてここまでされなくてはいけないのかっていう忠臣蔵の気持ちを今実感してるわw“
↓記事にしたよ、の記事
リチャードさん、儲かり真っ赤?【20100304】
http://www.mkmogura.com/blog/2010/03/04/617
“コメントを要約。
>政府紙幣について、輿水のブログにコメントをしたら、コメ投稿禁止になったと。
それはどういうことか?ということですな。
解説しよう!(どこかのアニメ風ナレーションで)
・・・・。
その前に!!!おい、リチャードコシミズ。
俺のブログ引用しているぞ。どういうことだ?
 
本人なら、ありえな~い!!
調子に乗って大物ぶってゴーストライターでも雇ったのかな?
 
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201003/article_10.html

なぜ、自分のブログを引用している、つまり今のブログを書いている人間が、本人じゃないかわかるのかというと・・・。
通称「お犬様スレ」という「ユダヤ様の言うとおりスレ」というのが、2ちゃんにありまして、そこでコシミズと俺は、結構、昔からの知り合いであります。
 
そこで、昔、俺はリチャードを、けちょんけちょんに言い負かしたわけね。
で、反論できなくさせて、このブログでも「公開質問状」みたいなことをしたわけです。
それがこれね。
 
コシミズさんへのご質問【20080320】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/03/20/55
 
そんな事を、なんでしたかというと、陰謀のガイドライン、ロスチャとロックフェラーの仕分けのことを説明するのに、コシミズのおかしい所を説明する必要があったわけ。
 
http://www.mkmogura.com/site/menu3.html
↑ここの番組の途中ですが解説です・・・。のとこ。当時、作った。
 
単なるレッテル貼りではなく、911自作自演追求に憲法9条改正反対派などがリンクしてる事など、どうしてもロスチャと中国共産党よりの工作員として具体例をあげる必要があったから。
 
だから、ちゃんと説明して反論できなくさせたわけ。
公開質問状のとこは、そこの一番ソフトなとこを選んで、「答えてね」とやった。
(俺ってやさしい)
 
ま、それでも質問に返答できるわけねーけど。
そんなわけで、彼にはおかしいとこがある。そのとこを箇条書きにすると。
まず・・・、
・ ロスチャ→憲法9条改正反対派、同じくロスチャ→ニューエイジ(厳密に言うとスコ)こいつらが、911自作自演を追求する上でリンクしてる事。
・ ロックフェラーをユダヤといい、ロスチャをスルーしたコシミズ。
・ドル=ロック批判だけで、ユーロ=ロスチャでのほう、EU=世界統一政府とかは完全にスルー
・ 坂本竜馬=フリーメーソンという、簡単な国際金融資本の手先という関係を一切スルーしたコシミズ。ここに日銀=中央銀行とフリメの関係も含まれる。
・ 外国人地方参政権のこと。
 
 
まあ、明治維新のフリメ→日本から朝鮮半島へという構図がある。
それが朝鮮開化派というものがあって、これが彼ら「独立党」という呼称の元ネタなんだよね。
だから、フリメについても、ロスチャについても言及しない、できない。
 
 
極めつけが、外国人地方参政権の話なわけ。
今の「坂本竜馬ブーム」や、この外国人地方参政権が、Dロックフェラー系の衰退、そして民主党の政権交代とリンクしてるのは間違いないでしょ?
当時、これを未来進行形で説明したわけよ。

とくに外国人地方参政権は、一番熱心なのが公明党で、「創価学会の韓国での布教見返り」と言われている。
KCIAの分身である自民党にとって商売敵になるわけ。だから反対。
その韓国左派との関係、昔、これをやろうとしたGHQ民政局(ロスチャ系)との兼ね合いで、今、民主党はこれを推してるわけ。一旦引っ込めたけどね。
 
当時、リチャード・コシミズは「反創価」という姿勢を全面に出していた。
だから、当然、信者達は反対だと思っていたわけ。
よって、独立党の掲示板に「外国人地方参政権に絶対反対!!」ってスレがあったわけだ。
しかし、俺にはすぐわかったわけ。
リチャは、ロスチャ系工作員なわけだから「外国人地方参政権に彼は反対しない」と。で、実際にそのとおりになったわけ。
しかも、自身のサイトに、こういう反対スレがあるのに、今までスルー → やっぱ外国人参政権は賛成をやったわけ。これも現在進行形の説明に他ならないよね。
 
ガイドラインで言うと在日特権スルー=ロスチャ系のとこね。
 
信者よりも、俺のほうが思想を理解してる。
それは系列化された思想=工作員だからであり、そしてその反創価なのに、創価の法案を支持
する説明を、今もリチャード・コシミズはできないわけ。
 
それが、このスレ。
http://www.mkmogura.com/inu/1194397479.html
 
昔から、俺とリチャは知っている。
もちろん、おれがブログで公開質問状みたく送りつけた事も。
で、それ以前から、けちょんけちょんにしたことも。
そんなコシミズが、俺のブログを引用するとは、思わないんだよね~。
 
彼を否定することが、2ちゃんという、統一教会や勝共連合の工作員だらけの奴らの餌になるとわかってても、ちゃんと「レッテル貼り」ではなく、「区別」するために必要だから、俺はやったわけだ。
 
最初、「在日特権は問題だ!!」とか、「小沢含めて済州島人脈が日本を支配している。」「右も左も朝鮮人だらけだ!」なんて事を言っていたリチャード・コシミズですが、既に論調が変わっていました。
 
済州島人脈で支配され、右も左も朝鮮人なのに、在日特権をスルー=になったわけで。(幹事の小吹の影響が大きい。)

おっと、リチャだけの話で長くなったね。
政府紙幣の話も、ちゃんと説明したいから、そこは次回にするか。
 
リチャが俺のブログを貼ったわけで・・・(本人ならありえないけど)。
信者の方はここらへんでも見て行ってくださいな。
 
李氏朝鮮が解ると在日工作員が見えてくる パート1【20080218】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/02/18/38

明治維新後の李氏朝鮮【20080215】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/02/15/35
“メーソンがしでかした明治維新の後、奴らの目的は朝鮮半島の支配というものであり、それと日本のスパイが連携してたのではないかという非常に高い根拠が見つかりました。
 
当時朝鮮は独立への運動があり、それが開化派と言われる人達です。
独立党から独立教会
と続き、結局は日本の工作員に解散させられ日清日露戦争後に、韓国併合ということになってしまうわけです。
 
その独立党とリチャードコシミズの独立党の関係を疑うべきところと判断してるわけですが。

107 :朝まで名無しさん:2008/02/06(水) 02:03:11 ID:0p2rqdqp
どうやら、独立党の名称は李氏朝鮮まっきの「開化派」に由来している様だね。
気が付かなかった・・・w
独立党と言われてピンと来るのは、やはり在日朝鮮諸兄の方々だけか?
 
  
独立党(朝鮮の)は日本から独立を考えていた、反日本対抗意識の高い、組織であったはずなのに、甲申政変などは日本と連携して行われ、失敗したクーデターを起こした人物は次々と日本へ亡命する
 
反ロ、反日本、などの感情が混ざりながら、清への対抗など読みきるのは難しいですが、まとまったらお犬様スレへ貼るつもりなので、よろしくお願いします。
 
そもそも現在進行形で、こんな事情があるわけです↓。
 
53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 20:07:33 ID:duII3QX3
>> 51
大阪人=済州島系在日を敵視する
慶尚道系の統一工作員さん乙。
 
悲しいことに右も左も朝鮮人は本当としか言えません。
そこの対立がどういう積み重ねで生まれたのか、きちんと判断できるようにがんばります。
 
朝鮮の開化派って、やってることが、まんま日本の統一教会と一緒だな。
操り主の糸は違うんだろうけど。
独立新聞(最初のハングル新聞)は完璧な反日だったし、なのに日本と連携し、日本に利益誘導することを影であってたわけ。さらに日本に亡命するし、クーデターの強引な手法は残虐そのものだし。
大韓帝国初代皇帝や韓国の国旗を作った人に繋がるわけだけど。

 
在日の方で情報を紹介してくれる方がもしいれば、メールで教えてください。”

李氏朝鮮が解ると在日工作員が見えてくる パート1【20080218】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/02/18/38
“統一教会と中核派の同時家宅捜査記念!!!
ってわけではないですが・・・・・
あ、そうそう。この家宅捜査は日銀総裁でのロスロック対立ですよ。
どっちが、どっちかは言わなくても解ると思いますので。

「李氏朝鮮が解ると在日工作員が見えてくる」
 
さて、これを読んだ後は、なぜ在日右翼が嫌韓なのか、リチャード輿水が、なぜ在日特権をスルーするのかすっきりすると思います。
 
281 :まっこうモグラ ◆Pb89XQnQgg :2008/02/18(月) 14:37:03 ID:N2FESeVf
今、ブログのために執筆中だが、調べて解ったことがいろいろある。
実に簡単なことだった。
 
明治維新で日本をユダヤ属国化させたあとの次の目標は何か?
簡単。朝鮮半島の属国化だよ。
メーソン人脈が日本人スパイを使って、朝鮮の開化派を使って侵略していく図がすぐに見つかった。
その中核になるのが李氏朝鮮の独立党や独立協会なんだよ。
東亜日報(東京支部は朝日新聞とビルが一緒)、湖南財閥などに繋がる。
これが朝鮮左派の流れ=つまり起源は明治維新後の朝鮮支配のための日本スパイ

それに対して嫌韓をやってる在日右翼は、李承晩を中心としたアメリカ直系のスパイそれが朝鮮右派。太平洋戦争後の統治はこっち
日本とスパイ繋がりの朝鮮左派は、日韓併合後に日本へ渡航してきたが、右派は少なかった。だから戦後の在日朝鮮人返還は、李承晩大統領自身により「裏切り者」として、帰国を断られているという事まであるわけ。
朝鮮右派と連携してきたのが統一教会など。ほら嫌韓やってて、在日特権を追求してるのもこっち。右翼に在日が多い理由も理解してもらえたよね?
この対立は予想以上に凄まじい。
日本のスパイ活動と繋がりがあったのか、済州島は併合後、日本への初期渡航者、大半がここなんだけど、そこで済州(左派)と右翼青年団体や鮮国防警備隊 (後の韓国軍)が対立し、島民の処刑・粛清を行ったという惨劇がある。
そこから在日が流れてきたのは知ってのとおりです。8万人殺されたそうな。
その後、朝鮮戦争の流れなんだけど朝鮮右派左派の対立はあっただろうけど、この状態で戦後復興することになる。
一瞬いいことかな?と思うでしょ?逆。この状態で朝鮮関係で特需を得るという恐ろしい事態になったので、現在の右も左も朝鮮人というシステムを磐石な物にしてしまったわけ。
 
これをもう少し詳しく説明する前に一つ、言っておきたいところがあります。
私は反ユダヤでも嫌韓でもありません。
 
ユダヤ(笑)であり、韓国wwwwwww。であり、日本さえプギャーの対象でもあります。
そこんところ、ご理解してお読みください。
 
それではいきましょう。
 
すべてはメーソンが仕組んだ明治維新から始まります。
参考図書 ”石の扉”(陰謀論の本ではないですよコレ)
日本を明治維新でユダヤ属国にさせた後の、次の目標は何か?
 
次の目標・・・それは朝鮮半島のユダヤ属国化です。
 
そこに李氏朝鮮と独立党が関わっているのですよ。
朝鮮半島の属国化のために日本からスパイが次々と送り込まれたのです。
 
じゃあ、簡単に朝鮮半島属国化に出て来るユダヤスパイは誰か?
中心になったのは、伊藤博文です。と日本の外交官達です。
そして実行犯と言われる人達が開化派と言われる朝鮮の政治家の皆さんです。
そして、その中心に独立党があります。
祖国の英雄を貶されるようで気分が悪かろうが、最後まで読め。
 
まず、李氏朝鮮の独立党について
独立とか言ってるのにヘタレ。似てますね。
明治維新のメーソンからの流れ。あれ?どこかもメーソンネタには・・・。
 
登場人物。
 
高宗=大韓帝国初代皇帝=統治後の大日本帝国の李太王
迫り来る西洋の列強諸国に対する対外策はあくまでも鎖国・攘夷であり、
決して国交を結ぼうとしなかった。でも自衛策はヤダヤダ病が発症。AA略。
ならロシアや日本を頼るな!おまえがフラフラするからこうなったんだ。
 
金玉均  日本名は岩田秋作
日本に遊学し、福沢諭吉(メーソン)の支援を受ける。
当時のソウルで日本新聞、漢城新報の創刊に協力。社長社員は日本人。
これは歴史湾曲新聞。
明治維新を模範に?!甲申事変(クーデター)を起こすが、失敗。
日本に亡命。上海で殺され慶尚道などに晒される。
墓は日本の青山霊園。犬養毅らが支援。後に親日派に認定

 
朴泳孝   日本名は山崎永春
修信使として来日する船上で太極旗のデザインを考案。
甲申事変の失敗後、日本に亡命。神戸へ。娘は親和女学校へ。
韓国併合後に侯爵(朝鮮貴族)、東亜日報社初代社長、京城紡績社初代社長
朝鮮殖産銀行理事、朝鮮総督府中枢院顧問、貴族院議員など、日本統治下の
朝鮮における重要な官民のポストを歴任した。後に親日派に認定


ま、こんくらいでいいでしょ?
 
あとは独立新聞を作った開化派の政治家、あと徐載弼ぐらいかな?、
もち日本留学&亡命でアメリカへ後に行く。
それを支援した慶尚道系の金弘集もいるけど、
この人はどっちかというと、反露で後のアメリカの思惑が強くなる。
 
朝鮮右派の李承晩とかの流れにね。
この人は実にわかりやすいので後で詳しく。
 
徐載弼はスパイではないっぽいね。↑3人は完璧だが。
日本を通さずアメリカから石油を買おうとしたり、(田中角栄みたいだな)
それで殺されかけたり、独立新聞のことで小村寿太郎に圧力かけられたりしているわけで。
 
さて、新聞だけをとってみても、面白いことが解る。
独立新聞は反日の新聞で最初のハングル新聞だ。(新聞の日の由来)
これをとって開化派は反日だと言う。↑見て本当にそう思うか?
日本留学歴だらけで、表は反日かもしれんが、日本が喜ぶことばかりの利益供与
させてきたんだが。
まあ、独立新聞が初の民間新聞らしいから、情報整理能力は低すぎるな。
これも独立協会の機関紙らしいが。
 
朴泳孝が初代社長となった東亜日報は現在も朝日新聞のビルに入っていたりする。朝日だけが文鮮明に侵されてない新聞でしたっけ?輿水さん。 
http://www.mkmogura.com/
inu/1183640784.html#R209
 
で、こいつらが日本のスパイであることがはっきりする事件がある。
1884年の甲申政変だ。
これは郵政局落城式典に、統一教会もびっくりの残虐さで政敵を、文字通り血祭りにしたわけだ。
でも日本にそそのかされて支援されて実行したが、三日しか持たないという恐ろしいへたれっぷり。しかもクーデター後の防衛まで日本に丸投げ。
で、清軍に日本が追い返されて失敗する。
そして朝鮮政府に対して謝罪と賠償を日本が要求する。
 
っふ、やはり朝鮮起源ではなかったか。日本の真似しやがって。
 
で、失敗しても、朝鮮のユダヤ属国化という目標に向かって日本は、さらにがんばってしまう。明成皇后殺害事件などがそれだ。
この事件は決定的な絵をとろうと、佐世保銃乱射の日テレカメラよろしく漢城新報の記者が一緒に突入してるという、わかりやすさだ。
 
しかし、余りのわかりやすさ故に反日感情が尾をひくことになる。
よって一部の人間が暴走したという見方も多い。
 
で、高宗はロシア大使館に逃げてしまうという。
後述するが、もうね、アホかと。
 
ここまでの流れには、守旧派を支援する清に対して、開化派を日本が支援したわけで。その流れから「朝鮮半島をめぐる戦争」である日清戦争が起きたわけです。1894年ですね。
 
明治維新後の日本の方向性はユダヤの属国化しながらも、どうやって生き残るかだったと思います、そのためにどう力を蓄え、いつ戦うかとかです。
で、朝鮮半島は亜細亜全体の生死さえ関わる問題ですよ。冗談抜きで。
その当事者である朝鮮のお花畑っぷりに驚いてください。
 
朝鮮史に関する本を買ったのに、日清戦争に関する記述は「ない」。
多少はあると言いたいところですが、「ないっすね」
いきなり下関で日清講和条が結ばれ、朝鮮の独立を認める。と出て来て、びっくりします。
驚きすぎて本の表紙を確かめ、目次も確かめました。
 
つまり、こいつら自分じゃ何もやってねぇ!!

朝鮮系の方とかには、ホント悪いがこれだけは言わせて頂く。
当時の朝鮮は国なんてもんじゃねぇよ。
 
独立というが、独立に関することは何一つやってないだろ?
日本も独立戦争はない。でも西洋との差を感じ、ユダ属国になっても盛り返す時期を作るため、国自体を疲弊させないため1000年は続く汚名をかぶって敵前逃亡という形をとった徳川 慶喜。
それでは納得しない武士をまとめよう努力し、新政府に殺されるためにギリギリまで遅らせて決起をした西郷。
それを地盤強化に使い、最初は町内会のような政府だったが、なんとか形にし、西洋を飲み込むことで国の活路を見出そうとした維新派。
これ全員、ユダヤの手先な。でもそれぞれの人間模様がある。
 
それに比べて朝鮮は・・・・
日朝修好条規(江華条約)という不平等条約結ばせたけど、対等の国なんていえるしろもんじゃねぇ。最初、すまない気分だったがふっとんだ!
 
1894年の甲午農民戦争の時も清に派兵を要求。独立はどうした?独立は?
日清講和条で朝鮮の独立を認められ、自分達では何もしてないのに大喜び。
で、独立門を立てよう!これはいい。許す。
で、日露からも独立とも言いながら、独立門はロシア人が設計。おい!
高宗は人間味溢れてますね。ロシアが脅威と感じると日本に頼り、自分で何もしないから、日本が強引な手を使うとロシア側へ逃げ出す。
 
朝鮮・・・・。好きになったじゃねェか。
おまえらこの時代から2ちゃんねらーみたいな奴らだな。フリーダムだ。

さて無駄な文が長くなったが、明治維新後に朝鮮支配という目論見があった。
そしてその実行部隊である日本製スパイと現在の独立党が酷似してる。
 
で、次は具体的にいうと統一教会と、こいつらの対立の話。
統一教会がどのように生まれ、日本のほとんどの在日、済州系と、どう対立したのか。なぜ嫌韓なのか。
そして開化派スパイがどうして反米になったかも説明することにしよう。
 
日本では岸信介のような昭和の妖怪と呼ばれた人間がいる。
それと酷似してる人が、これまたいるわけだ。
そこから朝鮮戦争の流れになっていく。
 
じゃあ韓国の妖怪、李承晩大統領について。
経歴から何から岸信介にそっくりである。というか、この人が大統領になった時、統一教会ができたわけだが。
 
操り人形のパターンをとくと見るがいい。
                           続く

李氏朝鮮が解ると在日工作員が見えてくる パート2【20080222】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/02/22/39
“さて、日本での情勢把握は戦後から見ることが多いが、明治維新のメソから見ていくと実に解りやすいわけだ。
 
前回、日本から送り込んだスパイ朝鮮独立志士達の恐ろしいヘタレっぷりを紹介したが、そこから脱亜論とかがでてくることにもなるわけだ。
 
では、朝鮮左派が日本から送られたスパイが基で構成されてることを、なんとなく理解したら、その天敵の朝鮮右派に行こう。
これが統一教会につながるわけだ。
 
その中心がこの人。↓
独立党や開化派の流れ、独立協会の人なんだけど、独立協会の解散時に監獄に捉えられて拷問を受ける。でアメリカに助けられて、手先となって
あれやこれやとがんばる。
ほんと岸信介が後に味わう顛末と、そっくりだな。
 
李承晩 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9

1896年に設立された独立協会にも参加したが、時の親露派政権が高宗皇帝に讒言したため、1898年11月には独立協会の解散、逮捕される。
無理くり釈放。アメリカ留学、ルーズベルトに会う。シカトされるが。
アメリカに渡る途中に日本へ立ち寄り、下関、京都、東京を観光。
ハワイのホノルルに居を構え、学校職員として勤務する傍ら、朝鮮の
独立運動に携わった。そして、長年の功績が他の独立運動家たちによって
評価され上海で結成された大韓民国臨時政府の初代大総理に就任し、
その後、臨時政府大統領となった。
太平洋戦争の終戦後70歳になっても元気にアメリカの刺客として帰国し、
韓民党と連合して独立運動をして反共統一を掲げた。
朝鮮には強力な右派が存在しなかったこともアメリカの支持を受けた理由。
1948年8月13日、アメリカ合衆国の後押しで大韓民国が建国、初代大統領に収まるわけだ。
で、野党勢力になる、当時朝鮮半島における、最大の地主であり、最大の民間企業グループである「東亜日報グループ」≒「湖南財閥」≒「三養財閥」を締め付けたりする。
 
79 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん :2006/05/18(木) 16:55:02 ID:Qr/bAoTa
日本政府は終戦後に韓国の李承晩大統領に日本政府が旅費を負担するから
日本にいる全ての韓国人と朝鮮人を帰らせたいと申し出ました。
しかし、李承晩大統領は祖国を裏切って日本に渡った韓国人と朝鮮人の帰国は許さないと拒否し、李氏朝鮮の王である李王の帰国さえ認めませんでした
 
ここが最重要なんだけど、
 
見えてきた?そういうこと。南朝鮮右派は日本に渡った同胞を「裏切り者」として切り捨てたわけ。
ほら、統一勝共が何か見えてきたでしょ?朝鮮右派すよ。
それを叩いてる工作員も朝鮮左派なのですよ。
 
そして、こいつが大統領になる時、無理やり南半分だけの選挙でやったので、後の朝鮮戦争に繋がる。米ロの枠組みで決められていて、やらされたんだね。
 
その選挙ではこんな事件が起きている。済州島四・三事件。
 
済州島四・三事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8
%88%E5%B7%9E%E5%B3%B6%E5%9B%9B%E
3%83%BB%E4%B8%89%E4%
BA%8B%E4%BB%B6
 
右翼青年団体や鮮国防警備隊(後の韓国軍)が、島民の処刑・粛清を行ったという惨劇。
1957年までには8万人の島民が殺害されたとも推測される。
 
じつは韓国併合後、植民地時代の初期に朝鮮から日本に渡った20万人ほどの大半は済州島出身であったという。
まあ、ここは韓国の部落みたいなもの。罪人を流す島。
開化派の朴泳孝もここに島流しにあっている。
島だからもっと日本の部落より太刀が悪い差別を受けていたんだろうな。
四・三事件の難を逃れようとした済州島民は再び日本などへ避難あるいは、密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。事件前に28万人いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減した
 
あーめんどくさくなっちゃった。
 
ソースを貼るのもだるくなったので、適当に。
 
日本の左翼→在日の多数や帰化朝鮮人北系→済州島や開化派(独立党含む) →李氏朝鮮時代の独立運動が起源→明治維新後のスパイ→ロス系
 
日本の右翼→統一教会が日本会議系を勝共つながりで乗っ取る →慶尚道を主軸とした反共朝鮮右翼→アメ直属のスパイ→ロック共和党系
 
 
全羅道=百済 慶尚道=新羅 北=高句麗
で、地図を見れば解ると思いますが済州島は百済に属していたわけ。
よって、韓国では米露で南北に分断される時に、北(高句麗)がロシアに、慶尚道が中心に大韓民国を無理やりアメリカの命令で作り、左派の全羅道は、一部は韓国内でそのまま慶尚道と対立し、また一部は左派として北に行き、もしくは済州島などの人のように在日になったわけ。
 
そして日本の左派=朝鮮左派が反米になったのは、対立する慶尚道をアメリカが支援して自分達を裏切ったと言う感情からなんだね

朝鮮戦争のときに。
 
この右も左も朝鮮という状態で、朝鮮戦争の特需があり、日本内でも対立しながらも、両朝鮮系が力を得ることになり、三権分立がすべて朝鮮系に融通してしまうと言う最悪な現在の状況になってしまったわけ。
 
調べるつもりだけど、今ある大企業はどこも朝鮮戦争と何かしら繋がりがあって発展したとこが多いと思うぞ

 
ほら、あなたは見えてきたね。
嫌韓工作をやっている在日右翼の人が嫌いだと言ってるのは、左派朝鮮系であり、具体的に言うと全羅道や高句麗に属する在日。そしてその人達は
明治維新後から続く日本のスパイであり、在日特権でおいしいところを、すすってたりするわけで。
 
嫌韓といっても、それは対立する朝鮮人のための嫌韓であり、在日特権を批判してても、実際には批判だけ。(自分達もどうせ利用してんだろ!)
むしろ、特権階級としての宣伝になってるし。
その統一教会系を叩いてるのも、大昔から通名を使って日本に入り込んでるメーソンスパイと繋がる奴らなわけです

ね、在日がなぜ嫌韓工作をしてたのか、リチャードがなぜメーソンを追求せず、明治維新や坂本竜馬のことをスルーしてきたか。
 
↑これは書籍からとかの判断ではなく、実際の彼らの行動から判断した俺の当てずっぽうですが。暇ならお犬様の過去ログ見てみ。

でもね、全部説明ができてしまうのですよ。

小林よしのりのような統一に踊らされてる馬鹿に騙された人が、今度はリチャードコシミズのような人間に騙されてしまうわけです。”
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