部下に仕事を任せることが難しくなっている3つの理由、上司の7割は任せ下手「正しい任せ方」とは

「部下に仕事をまかせる」というのは、いつの時代の上司にとっても難しい仕事。しかし近年、その難度がますます上がっていると指摘する経営者が少なくありません。

時代が変化し、社会がその複雑性を増す中で、部下に成果を挙げさせ、個人としての成長も促す、現代ならではの「正しい仕事のまかせ方」とはどのようなものか——。

そんな課題感から今回は、上司と部下の協働の質について研究し、著書に『なぜ部下とうまくいかないのか』などをお持ちの発達心理学者、加藤洋平さんを取材しました。

30〜40代の中間管理職の方々をコーチングする機会もあるという加藤さん。「今、部下に仕事をまかせることの難度が上がっている3つの理由」から切り出してくれました。

発達心理学者/人材開発コンサルタント 加藤洋平

PROFILE

加藤洋平: 発達心理学者、人材開発コンサルタント

一橋大学商学部経営学科卒業後、デロイト・トーマツにて国際税務コンサルティングの仕事に従事。発達心理学の探究を志して退職し、米国ジョン・エフ・ケネディ大学にて心理学の修士号を取得(MA)、オランダのフローニンゲン大学で「タレントディベロップメントと創造性」に関する修士号(MS)および「実証的教育学」に関する修士号(MS)を取得。現在、フローニンゲン大学で成人発達心理学を研究する一方、人材開発コンサルタントとして日本企業の人と組織の成長を支援している。

今、部下に仕事をまかせる難度が上がっている「3つの理由」

——本題に入る前に、加藤さんが研究中の発達心理学について簡単に教えてください。

20世紀、世界で最も影響力を持つ心理学者の一人だったジャン・ピアジェが開拓したのが、心理学の中の「発達心理学」という学問です。

以前は「子供が成人になるまで」の発達過程が、研究対象として焦点を当てられることが多かったのですが、近年は「成人したあと」の発達過程に関する研究が進んでいます。成人期以降、私たちが一生涯をかけて行う発達過程を研究しているのが「成人発達理論」と呼ばれる分野です。

成人発達理論は学術の世界における研究が進展しているのみならず、昨今では企業社会からも注目を集めています。その背景には、日本でも「人生100年時代」という言葉が浸透しつつあるように、寿命の伸びや高齢化などが相まって、長い人生を充実させたいというニーズが高まっていることがあるでしょう。

発達心理学は、欧米ではそれこそマッキンゼー、FBI、CIAのような高度な知的活動を行う先端的組織を中心に、人材開発への応用の試みが始まっているんです。

——成人の発達過程は、会社における「部下の育成」とも密接に関連しそうですね。

そうなんです。研究の傍ら、日本企業で働く主に30〜40代の中間管理職の方々をコーチングしているのですが、発達心理学で解きほぐせる悩みは大いにあると感じています。

冒頭の問題提起にもありましたが、彼らは実際、部下に仕事をまかせることの難度が上がっていると言います。話を聞くと、どうやら「3つの理由」があるようなんです。

1つめは、管理職として、新規事業などのイノベーション創出を求められており、自分が過去に取り組んだことがない課題解決を部下にまかせなければならない難しさ

2つめは、新たな職種が生まれたり、職種が細分化する中で、自分にない専門性を持つ部下をマネージする難しさ。特にこれは、技術的革新の早いIT業界で顕著ですね。

そして3つめは、部下とのジェネレーションギャップを克服する難しさです。特に「ミレニアル世代」と呼ばれる人たちとは、そもそも働くことに対する価値観からして異なりますから。

——そうした時代の変化が、部下に仕事をまかせることを難しくしているんですね。

これが30年前、バブルの時代なら「上司、役員がこう言っているからやれ」という慣習的なやり方でも、部下にまかせるということはある程度成立していたんだろうと思います。

それが今では、人びとの価値観が多様化し、「上司は価値観の多様性を受け入れましょう」という時代や政府からの要請が相まって、途端に仕事の複雑性が増大してしまった。しかし、社会や会社は相変わらず、上司に短期的に成果を挙げることを求める状態が続いています。

彼らの話を聞いていると「そもそも自分や日々の仕事を振り返る時間がない」と言うんですね。そうした状況では、上司が大局的なものの見方をすることができなくなってしまい、結果、部下に仕事をまかせることのみならず、部下との良好なコミュニケーションすらままならなくなくなってしまいます。

本人たちは成果を挙げるために、と懸命になって働いています。ですがあまりにも前のめりであり、かつ近視眼的に日々の仕事を進めてしまっている。このような状況では、上司がいつまでも時間に追われ、部下は成長できないまま、という悪循環に陥るのも仕方がないでしょう。

窓を向いてデスクにつく男性の後ろ姿

上司の7割は「レベル2:慣習的段階」 部下にまかせるのが下手

——そんな複雑性が増大した状況の中で、上司はこれまでにない価値づくり、イノベーション創出に部下と取り組まなければならない。

そうです。30年前と今とでは、理想の上司像はまったく異なりますし、特に新規事業を担当されている方でそうした未曽有の困難を抱えている人は今とても増えています。

以前なら、自分がこれまでやってきた仕事を部下に「引き継ぐ」ようなまかせ方でもよかったかもしれません。なぜなら、既存の事業や取り組みを続けていても、右肩上がりで成長できていた時代でしたから。

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それが今、多くの上司に求められる「まかせ方」はそうではなくなってきています。成人発達理論の観点からすると、上司はレベル2の「慣習的段階」からレベル3の「自己主導段階」に脱皮する必要があると言えます。

発達心理学に観る上司4つのレベル

成人の発達段階の分布として少ない「レベル1:道具主義的段階」を今回は掘り下げることはせず、イノベーション創出に向けて、部下に仕事をまかせる際につまずきやすい「レベル2:慣習的段階」に留まっている上司に焦点を当てていきたいと思います。

先ほど触れた「引き継ぐ」ような仕事のまかせ方は、レベル2の行動論理から生まれてきやすいです。しかしこうしたやり方では、過去の自分を超える仕事を部下と実現することは望めません。

新しい価値を創出するには「自分は過去にこの課題解決に取り組んだことはないけれど、自分と部下の専門性の噛み合わせを踏まえた時、この部分では部下に力を発揮してもらい、戦略や施策の検討からやってもらおう」という、単なる引き継ぎとは一線を画すレベル3的な発想が必要になります。

もしそれができれば、上司にも時間の余裕が生まれ、「上司がいつまでも時間に追われ、部下は成長できないまま」という先ほどの悪循環は少なからず解消され、上司は部下の成長を支援でき、その結果としてチームのパフォーマンスも向上していくはずです。

——しかし現実は、成人の7割が「レベル2:慣習的段階」で留まっているんですよね。

はい。レベル2の上司は、レベル1とは異なり、部下の立場でモノごとを考えることはできるものの、いかんせん独自の意思決定基準が確立されていないため、既存のやり方を自分の部下におしつけようとしてしまう傾向があります。これはいわゆる「指示待ち人間」の特性に近いと言えるでしょう。

さらにレベル2の上司は、自分が対処できない失敗を部下が犯してしまうことへの不安感や、自分にはない専門性を持つ部下が成果を挙げることへの劣等感など、上司としての「ネガティブな感情」に影響を受け、それが部下に仕事をまかせにくくしています

そうした内面の葛藤に加えて、ジェネレーションギャップがある部下に仕事の意味を伝え、最後までやり遂げてもらわなければならない難しさものし掛かってくるわけです。

レベル3:自己主導型へ進むためのキーワードは「感情の客体化」

——どうすれば部下に上手く仕事をまかせられる「レベル3:自己主導段階」に進めますか。

「部下とは上司より常に劣っている存在だ」という先入観、「上司は部下にとって絶対的な存在でなければいけない」という思い込み、「部下に仕事をまかせると自分の立場を脅かされるのでは」という不安をアンラーンできるだけの器が必要です。

例えば、「部下に指摘されたらいきなり怒り出す上司」っていますよね。その時に思わず出てしまう態度は、自分が「レベル2」なのか、「レベル3」なのかを見分ける物差しになります。

確かに、部下の言い方に問題があることもあるでしょうけど、突然怒り出してしまう上司はまだ「レベル2:慣習的段階」に留まっている可能性が高いです。なぜなら、レベル2の上司は、自分の中で何か感情が起こった際、その感情の出どころに気づかず、感情と同一化したまま瞬発的にその感情を発露してしまうからです。

一方、「レベル3:自己主導段階」の上司だと、「自分は今、なんでこういう感情を持ったんだろう」と感情の出どころに光を当てることができます。さらには、自分がモノごとを見るときの「レンズ」や「バイアス」の存在や傾向にも気づくことができます。

つまり、レベル3の上司というのは自己理解が深く、感情を客体化できる人なんです。この段階に到達すれば、部下に仕事をまかせる際に最大のハードルとなる「感情」的な難しさを克服し、部下と良好なコミュニケーションを図れるようになっていきます。

レベル2とレベル3の違い

——そうして部下と率直なやり取りができるようになり、仮に部下を信頼して、仕事をまかせることができた後にも、また難しさはありますよね。

部下に仕事をまかせて、プロジェクトが動き始めたとしても、どうしても成果が挙がらない時期というのはイノベーション創出に取り組むうえで、特に初期のころは付きものだと思います。

そういう時、人は「失敗した。上司に怒られるかもしれない。部下から冷ややかな目で見られるかもしれない。出世できないかもしれない」と、ここでもさまざまな感情に直面します。

しかし、この時にも「失敗した」という思考が生み出すネガティブな感情を客体化し、自己と感情とが同一化しないのが「レベル3:自己主導段階」の上司です。また、生じた感情を出発点に、さらに深い自己理解を獲得したり、感情への自分なりの向き合い方を構築できるのがこの段階の特徴でもあります。

「早く結果を出したい」と思うがゆえに感情的になりがちなことはよくあると思います。「レベル2:慣習的段階」の人はそういう時、「どんな要因で失敗したのか」と冷静に考える余裕を持てない傾向にあります。というのも、この段階では感情と同一化してしまっており、自らの感情を客体化できるほどの認識力を持っていないからです。

一方、「レベル3:自己主導段階」の上司の場合、成果が挙がらず、一時は落ち込んだとしても、深い自己理解を持っているがゆえに、すべてを一旦は自分で受け止め、問題の原因や打開策を考えることができます。こうした特徴がまさに「自己主導型」と言われるゆえんです。

仮にそのプロジェクトが撤退することになっても、「レベル3:自己主導段階」の上司なら、その撤退にすら「自分がその過程で何を紡ぎ出していったのか」を意味づけし、学びを深めていくことができます。ですがレベル2の段階にとどまっていると、「プロジェクトが終わってしまった」という現象にしかフォーカスできないんです。2つの段階には意味づけの力に関しても大きな差があります。

上司の7割は部下に仕事をまかせるのが下手〜4つのレベルを知り、上司力を上げる

「部下へのまかせ方」を皮切りに考えたい、次なる大きなテーマ

——今回の本題からは逸れますが、「レベル4:自己変容・相互発達段階」に進む際のポイントは。

「レベル4:自己変容・相互発達段階」は、レベル3で構築したような自分の意思決定基準を常に検証する「自己の脱構築サイクル」に突入している上司です。

新規事業のケースに置き換えるならば、自分で一度構築した勝ちパターンすらも疑い、時代の変化に合った新たな勝ちパターンを模索し続けられるような人はそうした段階に向かっている と言えるでしょう。

自ら構築してきた価値観や仕事の進め方を絶えず検証していくためには、組織外の人や異なる価値観を持つ人と常日頃接する機会を持つことは一つ重要な事柄として挙げられます。なぜなら、私たちは異質な他者と出会った時に、自らを深く省みることを促されるからです。

——なるほど。まさにこれからの時代にふさわしい、先端的な理想の上司像ですね。

はい。成人の発達過程に関する研究は日進月歩で進んでおり、最近ではレベル4のさらに先の発達段階が存在することが明らかになってきています。

加藤さんのご著書『なぜ部下とうまくいかないのか』では、「レベル4:自己変容・相互発達段階」についても詳しく触れられています。

ちなみに、レベル2の上司を擁護するようですが、実はそうした段階に留まってしまうのは、必ずしも本人だけに原因があるわけではありません。「親と子供」「先生と生徒」「上司と部下」……連綿と続く「上下関係」が重要とされる日本的な教育・組織構造・人材育成は、慣習的な人格を形成しやすいのです。

特に大企業においては、組織階層の上の者が下の者を抑圧するような「見えないメカニズム」が働いていて、上から降ってきた指示や情報に対して受動的な態度を取ってしまう癖が入社以降染みついてしまいがちです。

そうした日本の企業社会の構造特性を考えると、今回の「部下へのまかせ方」というテーマは確かに大切なものではあるものの、ほんとうは「日本の会社のあり方」「企業の評価制度のあり方」など、より大きなテーマに向き合っていく必要があると思うんです。

——確かにそうですね。特にどのような課題意識をお持ちですか。

窓際のオフィスの様子

一つは、評価制度に関するものです。私たちはそれこそ無数の能力を本来持っているのですが、ひとたびある評価尺度によって一つの能力が測定された瞬間に、その他の能力がないがしろにされてしまう傾向があります。

発達心理学の世界でアセスメントの歴史を取り上げる際に、IQという評価尺度が必ず話題になります。IQは本来、発達の遅れた子どもを特定し、そうした子どもへの支援を行うために開発されたものだったのですが、広く活用され始めたのは、戦争に駆り出す兵隊の選抜にうってつけだと米軍が判断してからです。それ以降、米国のみならず、広く多くの国々で、IQという単一の尺度で人を評価するような潮流が生まれました。

ここで何を言おうとしているかというと、現在の日本の企業社会を眺めてみた時に、果たして私たちの多様な能力を真に測定してくれるような評価尺度があるのかということ、そして本来「評価(アセスメント)」とはさらなる成長につながることを本質に持つがゆえに、評価尺度による単なるレッテル張りではなく、私たちの成長を真に育んでくれるような評価尺度が今の企業社会の中にあるのか、ということに問題意識を持っています。

もう一つは、「成長」という概念を取り巻く諸々の誤った発想に関するものです。昨今の企業社会では「成長は早ければ早いほど良い」という危険な発想が蔓延しています。拙書『なぜ部下とうまくいかないのか』の中でも取り上げさせていただいたように、私たちの成長はゆるやかに成し遂げられるものであり、無理な成長を強いられた場合には、後々に成長が止まってしまう危険性や、歪な成長を遂げてしまう危険性があります。

また、成長には揺らぎが必要であり、それは時に「停滞」や「退行」として現れます。しかし、現代社会においては、停滞や退行というものが悪だと見なされがちです。発達心理学の観点からすると、それはまったく逆です。私たちの成長は行きつ戻りつしながら、絶えず揺らぎを経験しながら進んでいきます。つまり、成長には停滞や退行が不可避であり、逆に言えば、停滞や退行があるからこそ、さらなる成長が実現されると言えます。

これは人のみならず、プロジェクトや組織においても等しく当てはまります。人も組織も仕事も、絶え間ない揺らぎを所与として、紆余曲折を経ながら非線形的に発展していきます。その点に関して盲目であることが、急激な成長を人や組織に求めることをしてしまい、結果として一向に成長しないというような事態を招いているように思います。

要約すると、「評価のための評価」を目的とする単一的な評価尺度によって、本来私たちが持つ多様な能力がないがしろにされてしまっているということ、そして成長に対する誤った発想が蔓延していることに私は問題意識を持っています。自分が能力や成長だと捉えている概念が、社会のどのような物語構造によって生まれているのかを捉える思考の枠組みを持てて初めて、 その人は「レベル4:自己変容・相互発達段階」に到達したと言えるでしょう。

(文・岡徳之、ウルセム幸子)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年8月10日公開の記事)

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