カメラ100台のNHK「のぞき見ドキュメント」が描いた「少年ジャンプ」編集部の人間模様

NHK「のぞき見ドキュメント 100カメ」の1シーン(テレビ画面を筆者撮影)

NHKが100台のカメラを駆使する新型ドキュメンタリー番組を開発した

 その名も「のぞき見ドキュメント100カメ」。

 NHKといえば「NHKスペシャル」や「ETV特集」などの硬派のドキュメンタリーが局の顔だが、「のぞき見ドキュメント」というネーミングはいかにも王道からはずれ、品がないように感じる。 

 ドキュメンタリー番組は、視聴者にそれまであまり見たことのない社会の実態を示す、というのが一つのスタイルといえるジャンルで、時に感動を与えたり、生きる意味などいろいろなことを考えさせる効果もあるが、ドキュメンタリーというジャンルに「のぞき見」もあるのだと堂々と宣言する居直ったような姿勢には驚いた。

 かつてない多数の定点カメラを使った撮影のターゲットになったのは、集英社の少年ジャンプの編集部だ。

 番組のHPには以下のように記されている。

ひとつの場所に100台の固定カメラを設置して、人々の“生態”を観察する番組。インタビューもナレーションもなし、まさに「のぞき見」。今回の舞台は、毎週175万部を発行する「日本一売れる雑誌」、週刊少年ジャンプ編集部。創刊50年、ヒットを続ける秘密は何か?各編集者の机、足元、会議室、廊下、冷蔵庫の中まであらゆる角度から観察。個性的な編集者たちの決定的な一瞬や、思わず「あるある」と共感する人間関係が!

出典:NHK公式ホームページ

 この番組は9月17日に「100カメVS少年ジャンプ編集部」として放送された。

 創刊50周年を迎えた少年ジャンプ編集部の中に100台を小型カメラを仕込んで編集者たちの一部始終を撮影したものだった。

 ナレーションはなく、オードリーの2人が映像を見て、感想を挟みながら進行していく。

少年ジャンプの編集部の人間模様がリアルに描かれていた

 とにかく編集部員たちの机の上が雑然として汚い。いまどきマスコミ企業でもあまりなさそうな、古くからあるマスコミの職場という印象だ。しかも登場する編集部員たち18人(全員男性!女性は1人も登場しないのだ)の喜怒哀楽が人間くさくて面白い。

 「めんどくせー」

 「もーやだな」

 「今朝、嫁と喧嘩してさあ、仲直りすべきか?」

 などと独り言を口にしながら仕事をする生態を映像と音声で記録していた。

 

 編集マンたちの「生態その1」として、「作家のハートに火をつける」という、電話での口説き文句が登場する。

 「作者に振り回されてみたいんです。踊らせてほしいんです」など言っている。

 カメラは編集部員たちの机の下にも仕掛けられて、彼らの貧乏ゆすりも撮影している。また冷蔵庫の中や会議室、廊下などあちこちで編集者たちの生態を撮影している。

 少年ジャンプは有名な「読者アンケート至上主義」を採用していて、読者アンケートで人気が落ちた連載は打ち切りになってしまう。このため、アンケートの結果が配布される時は編集部員たちの緊張した様子は身につまされる。

 「あー、また落ちた」

 「あー、もう嫌だな」

 「何もいいことないなあ」

 「何かいいことないかなあ」

 「悲しみに出会うたび~(と中村雅俊の「ふれあい」を歌う)」

 打ち切る連載と新しい連載を決定する会議の日、その結果を戦々恐々と見守る編集部員たち。

 けっきょく、自分が担当する作家の連載打ち切りが決まると「人生はつまらんなー。あー何もいいことねーなー」などとグチの独り言が飛び出す。

 他方で、新連載が決まると、作家に電話して喜びを分かち合って激励する。

 

 こうして非常に人間くさいドキュメンタリー番組になっていた。少年漫画の編集部という空間がこれほど、変わった人たちが集まる場所で、仕事さえやっていれば、多少のことは許されるような雰囲気が面白い。たとえば編集部員の一人は女性のグラビア写真を眺めるのが趣味で、席の近くにグラビアのポスターも貼ってときおり眺めている。

 

 濃密な人間模様が強烈だ。個性的な登場人物たちのダメダメぶりに共感しながら面白く視聴した。

 NHKも番宣番組である「どーも、NHK」でもPRするほどの熱の入れようだったので、NHKとしては推しの番組なのだろう。

 この「100カメ」は新しいドキュメンタリーとして定着するのだろうか。

新型ドキュメンタリーは他にもある

 実はNHKを中心にして、このところ新しいドキュメンタリーはテレビで増えてきている。私は「新型ドキュメンタリー」と呼んで、NHKスペシャルのような正統派ドキュメンタリーとは区別しているが、放送批評誌などでも最近はこうした番組に注目している。

 時間を限定してその間の人間模様を記録する「ドキュメント72時間」。ナレーションを使わないで登場人物が自ら状況を説明したり、テロップで説明したりという「ノーナレ」。民放だと「家、ついて行っていいですか?」もドキュメンタリー番組の一種といえるだろう。この100カメもそうした流れなのだと思う。

 テレビが社会のリアルを映し出さなくなって久しい。視聴者は社会のリアルに飢えている。

 よりリアルなものを見たい。

 そういうニーズは視聴者には根強くある。

ドキュメンタリーとは似て非なるもの。人間観察バラエティ「モニタリング」

 他方、リアルではあるけれども、ドキュメンタリーとは言えないのが「モニタリング番組」だろう。「どっきり」を仕掛けておいて、隠したカメラで様子を撮影しておいて別の部屋でタレントらがその様子をモニタリングしているものだ。

 人に対する「仕掛け」があるのが、モニタリング番組。これに比べるとドキュメンタリーは一般的に「仕掛け」をしない。「仕掛け」をするとヤラセになってしまう。つまり、撮影対象の人間に対して「他人の作為」が介在しないのがドキュメンタリーだということができるだろう。

カメラマンがいない!?それでドキュメンタリーといえるのか?

 ただ、今回の「100カメ」のように固定カメラを駆使したドキュメンタリーは「これははたしてドキュメンタリーといえるのか」という声がベテランのドキュメンタリーカメラマンたちから上がっている。ドキュメンタリーの撮影という行為は、どんな場合でもカメラマンという生身の人間が取材対象と向き合って、相手とかかわりながら撮影していく。こわごわ撮影するにしても強引に撮影するにしても、カメラマンの人格や感情が撮影に投影される。カメラに表れるカメラマンの人間部分こそ、ドキュメンタリーの妙味や醍醐味であるという制作者も少なくない。

 たとえば取材対象の状況に撮影者であるカメラマン自身が心を動かされて涙でピントが合わなくなってしまうような場合がある。生身の人間であるカメラマンの感情が映像に投影されるわけだが、こうした生身のカメラマンが介在しない撮影だと従来型のドキュメンタリーの撮影とはいえないのでは?という声がベテランのカメラマンからは根強くあることも事実だ。ただ、ドローンやGoPro のような装着型アクションカメラなど新しい技術がどんどん登場する時代に、まったく新しい技術を使わないという選択肢はないだろう。新しい技術を利用したドキュメンタリーがもっと開発されてもいいと思う。

この後、どんな場所を撮影していくのか

 今回、少年ジャンプ編集部の「生態観察」をリアルに行ったNHK。続編はまだ発表されていないが、おそらく「次」を考えているだろうと思う。少年ジャンプは確かに様々な編集部員の個性を見ることができて面白かった。少年ジャンプの50周年ということもあって、編集部の全面協力があったからこそ成立した企画だったと思う。だが、同じように100台のカメラを設置してリアルな面白さが撮影できる現場が他にあるのか、となるとなかなか難しい。だから、第1弾の少年ジャンプ編集部は、続編をやるとはいわずに今のところ単発で終わったのかもしれない。

 とはいえ、100カメの第2弾、第3弾がどんな形で登場するのか、社会のリアルを映し出すドキュメンタリーの新しい形を見たい視聴者としてはとても気になる。