子どもの頃に、『デジモン(デジタルモンスター)』シリーズというアニメがあったのを覚えているだろうか。恐竜の姿のモンスターを思い浮かべる方も多いと思うが、最新のデジモンに登場するのは、人工知能を備えたアプリケーションの生命体“アプモン”。主人公のパートナーもバーチャル空間から現れた恐竜たち(デジモン)ではなく“検索アプリ”なのだ。さらに、作中に登場するキャラクターたちも、YouTuberやアイドル、ハッカーなど現代のインターネット事情を反映した設定。
1年間の放映を終えた今、『デジモンユニバース アプリモンスターズ:アプモン』の企画の狙いやその反響について、東映アニメーションのプロデューサーである永富大地さんと、シリーズディレクターの古賀豪さんに聞いた。
パソコンからスマホへ――リブートしたデジモン
――「デジモン」はとても長い歴史がありますが、その時代の「デジタル環境」を色濃く反映してきた作品でもありますね。
永富 最初のデジモンが生まれたのが1997年です。バンダイから男の子向けの“戦うたまごっち”として販売され大人気となり、1999年に『デジモンアドベンチャー』としてアニメ化、そちらも大ヒットとなりました。
永富 恐らく、当時は5歳~12歳くらいのお子さんに見ていただいていたのだと思います。それから約20年が経ち、その人たちが社会人として働き、なかには結婚し、当時と同じくらいの年齢のお子さんもおられるなか、デジモンは今回の復活を果たしています。
永富 実はデジモンはこれまでも6回、シリーズが作られています。『デジモンアドベンチャー』から『デジモンアドベンチャー02』『デジモンテイマーズ』『デジモンフロンティア』と4年間続くシリーズがフジテレビ系列で放送されました。その後しばらくお休みして2006年に『デジモンセイバーズ』が放送され、2010年にはテレビ朝日系列に放送局を変えて『デジモンクロスウォーズ』として復活しているんです。今日お話させていただく『デジモンユニバース アプリモンスターズ』が、テレビ東京系列で2016年10月から放送された最新作となります。
――最初のデジモンが生まれた1999年は、NTTドコモがiモードを開始したり2ちゃんねるが開設されたりと、インターネットが盛り上がりを見せだした年です。
永富 当時はネットやそこで展開されるバーチャルワールドに対して、多くの人が期待や不安を抱き始めた時代だったと思います。そんな時代背景のもと、少年たちが「デジタルモンスター」をパートナーにしてデジタルワールドの中を冒険する、というデジモンの世界観が生まれました。
永富 その後のシリーズもこの世界観を大切に継承していくのですが、そこから「飛び出す」ということがなかなか難しかったのも事実。しかし、最初のデジモンから20年近くが経ち、バンダイさんと「もう一度リブート(※シリーズ作品の連続性を捨て、一から仕切り直す)しよう」ということになりました。
もはや、パソコンやインターネットは物珍しいものではなくなり、子どもたちは当たり前のようにインターネットに常時接続し、スマホを使う時代です。憧れの存在もYouTuberになった今、「パソコンの向こうにデジタルワールドが広がっている」という世界観では、ワクワクしてもらいにくくなったかなと。
――いわゆる“デジタルネイティブ”の子どもたちに向けて「デジモンとは何か?」を一から検討したということですね。
永富 そうです。いまの子どもたちにとって、デジタルワールドといえば、スマホとそこにあるアプリから広がる世界だろう、と。であれば、アプリがモンスターだとおもしろいはず……という具合に、デジモンの系譜には連なりつつも直系ではない、位相が異なる世界として『デジモンユニバース アプリモンスターズ』が生まれました。最初は「デジモン」という言葉を取ってしまって、「アプリモンスターズ(アプモン)」だけで行こうという意見もあったくらいなんです。
ラスボスはダークウェブに潜む人工知能
――その世界観ですが、ネットの世界がサーフェスウェブ→ディープウェブ→ダークウェブという階層的な構造になっていたり、最終的にそこに潜むAIとの戦いや共存という非常に深いテーマが盛り込まれていたりと、大変興味深いですね。
古賀 従来のデジモンは「現実世界」と「デジタルワールド」は別のものとして描かれていて、そこに「冒険に行く」という世界観で、それはパソコン的でもあったと思うんです。それがスマホの時代になり、現実とデジタルの世界は、『ポケモンGO』のようなARゲームが象徴するように、レイヤーが異なるだけで重なった場所となりました。僕たちが生きているこの世界そのものがデジタルワールド化しているといっても過言ではない。それをどうアニメとしておもしろく、それでいて嘘にならないように表現するのか、というのが今作のチャレンジでしたね。
古賀 たとえば、主人公の新海ハルのパートナーとなる検索エンジンのアプモン「ガッチモン」は、最初は喋れない(筆者注:デジモンは登場当初は会話ができなかった)という設定も検討されましたが、「それではおもしろくないだろう」ということになって、喋れるようにしました。
他にも、モンスターでありながらアプリであるという感じをどう出すか、といった議論がありましたね。スマホアプリが実体化した彼らにとっては、自らの機能がアイデンティティであり、大切なものなんです。だからガッチモンであれば「検索」であり、その機能に紐付いた性格を描くことで“おもしろさ”が生まれるのではないか、と考えたんですね。
でもファンタジーになりすぎると、嘘になってしまいます。例えば天気予報のアプモンは、あくまで天気を予報できるのであって、天気を変えることはできないんです(笑)。あくまで彼らが働きかけられるのは、ネットの世界に対して。そういう能力の縛りがあるなかで、お話をどう組み立てるか、というのは苦労したポイントでもありますね。
――先ほど『デジモン』は5歳~12歳くらいの子どもたちに受入れられた、という話がありましたが、『アプモン』も同じくらいの子どもたちを視聴者層として想定されていたのですか?
古賀 そうですね。中心は7歳くらいかと思いますが、親御さんのスマホでYouTubeやゲームを楽しんでいる層ですね。主人公たちを中学生にしたのも、「自分のスマホを使いこなしている」という少し年上のお兄さん・お姉さんたちの活躍に憧れを持って見てくれるはず、という期待がありました。それでいて現在の、あるいは少し未来のデジタル技術を毎回のテーマにしていますので、親御さんが一緒に観ても興味深い内容になっていたはずです。
永富 『アプモン』を企画する際には、ターゲット世代の子どもたちへアンケート調査も行いました。その結果、スマホへの接触率はとても高く、とりわけYouTubeやゲームを親御さんのスマホを使って楽しんでいたり、あるいはもう使わなくなったスマホを家の中で常時Wi-Fiにつないだりして使っている。YouTuberが将来なりたい職業のランキングに入るなんて、1999年には想像もつかない未来ですよね(笑)。実は、ヒカキンさんにはゲスト声優として出演もしてもらっているんですよ。
――子ども向けのアニメは、おもちゃが売れることがとても重要ですが、スマホという一種の“おもちゃ”があるなかで、アプリドライヴをどう位置づけるのか、というのも難しかったのでは?
永富 たしかにスマホは何でもできるすごい機械なのですが、この作品は「バディ(相棒)」というのが重要なキーワードになっているんです。アプリドライヴはコレクションしたアプモンチップの合体によって「アプモン」を生み出すことができます。自分の「バディ」をこのアイテムから呼び出す――これを劇中では「アプリアライズ」と呼んでいます――この「自分だけのバティを呼び出すことができるアイテム」、「僕だけのガジェット」というのがポイントだと考えています。子供にとって「自分だけのアイテム」ってとても大切で、そう感じてもらいたいという想いで設定しました。
古賀 実はこのチップは、作中のアプリアライズを追体験できるアプリドライヴ以上に、オモチャの販売という意味でも中心的な役割を担っています。このチップはニンテンドー3DSでも読み取れるようになっていて、少し年齢の高いお子さんは3DSのゲームでも楽しめるようになっているんです。
時代が変わっても「仲間」の大切さは変わらない
――世界観もさることながら、本格的、かつ戦略的なコンテンツ展開だったわけですね。特に反響が大きかったエピソードはありますか?
永富 第19話で「グローブモン」が登場した回は評判がよかったですね。グローブモンは、主人公のパートナーであるガッチモンが他のモンスターと合体し、最強段階まで進化したキャラクター。その合体をのきっかけとなったのが、ハルと彼のバディとなるアプモンが、より深い絆で結びついたことだったのです。今でも非常に高い評価をいただいている劇場版『デジタルモンスター 僕らのウォーゲーム』を彷彿とさせる展開で、往年のファンの方にも響いたのかもしれません。
――主人公のハルは内気で、気になる女の子にも素直になれない「ヘタレ」っぽさが、いかにも今風な男の子です。一方で、その親友が運動神経抜群で仲間にも気を配れるいわゆる「主人公キャラ」として描かれ、しかしそれがやがて……、というのもおもしろいポイントですね。
古賀 主人公がそういうキャラで大丈夫だろうか? 子どもたちが感情移入してくれるだろうか? これらは僕たちも最初、心配したポイントですね。しかし、比較的早い段階で、「ハルがかっこいい」という評判が出てきてホッとしたんです。時々しっかりしたところを見せるし、仲間に働きかけて物語を動かしているのは彼なんだ、ということが上手く伝わったのだと思います。アプモン「ドカモン」の恋愛話も視聴率が良かったですし、意外と子どもって、人間関係を敏感に感じ取っているなと。
永富 ハルは「サッカーが上手い」「みんなのリーダー」みたいな、従来のデジモンの主人公とは真逆のキャラなので、たしかに不安はありましたね。でも位相を変えた作品にしたかったので、そこはこだわったポイントです。仲間、そしてアプモンたちバディとの関係を通じて、彼がどう成長していくのか、というのは綿密に設計した自負があります。結果的に、放送終了後に行ったアンケートでも、登場キャラの中でハルが一番人気を集めたので、新しい主人公像として手応えを感じました。
古賀 1万人以上の方が対象になっているアンケートを、放送前・放送中・放送後と定量・定性あわせて3回ほど行っています。深夜アニメと異なり、子どもはネットに感想を書き込んだりはしないので、ハルへの共感だけでなく、ストーリーの思わぬところが響いていることがわかるなど、とても興味深いデータでした。
永富 バンダイさんや放送局、代理店、そして映像を作っている我々が重視するポイントというのは少しずつ異なるのですが、新しい『デジモン』=『アプモン』を良いものにしようという観点では一致していました。特にシナリオの打ち合わせは毎回とても長く、回数も膨大ですが、シナリオライターさん含めてみんなで、議論やアイデア出しをしていましたね。
――『アプモン』はAmazonプライムビデオやNetflixで配信されています。とはいえ50話以上あるため、忙しいHRナビの読者=大人にもぜひ観てほしいエピソードを挙げていただけませんか?
永富 そうですね……、できれば全部見てほしいですが(笑)。強いて言えば1話を見ていただいて、次に47話から最終話まで見て頂くと、「おぉー!」となると思います。
――1話からいきなり47話ですか(笑)
永富 ここからはネタバレになってしまいますが、1話の最後に、ハル君の親友で「いわゆる主人公キャラ」でもある大空勇仁(おおぞら ゆうじん)の目が一瞬赤く光るシーンがあります。彼がその正体を現すのが47話なんです。初見の方はびっくりされると思いますが、これは物語の大きなテーマの1つである「AI」と大きく関わってくるのです。
――おぉ、ワクワクしますね。
永富 『アプモン』におけるAIの描き方については、ゲームAI開発者で『なぜ人工知能は人と会話できるのか』(マイナビ新書)の著者でもある三宅陽一郎さんの監修を受けています。
三宅さんが「AIは体を持たなければ、欲求が生まれない」と言っているのがとても興味深くて。たとえば、人間は「腕が痛い」から「病院へ行く」などのその解決を図ろうとするわけですよね。ところが、AIは体がないから悩みが生まれない。さらに学習して進化しようという動機に乏しい。
ラスボスであるAIプログラム「リヴァイアサン」はなぜ、進化への欲求を強くしたのか。これがまさに、三宅さんの言う「欲求を生む動機」によるものなんですね。
――深いですね……。大人でも十分に楽しめそうです。
永富 三宅さんはアニメ好きということもあって、「アニメ作品におけるAIの描かれ方」といった詳細な資料を用意して、我々に説明をしてくれました。その結果、我々スタッフの間でもAIの善悪を白黒はっきり描くことはやめようという共通認識に至ったのです。
古賀 AI自体が「悪」や「脅威」として描かれたり、紹介されたりすることもあるなか、『アプモン』はバディ=仲間たり得る存在であり、その可能性を描きたい、という思いがありました。子ども向けアニメとしては、悪者が「ガハハ」と笑ったりしている描写のほうがわかりやすいのですが、あえてそうせずに、脅威と可能性の両方を提示することにこだわりましたね。
――デジタルネイティブな子どもたちのほうが、実は私たちよりも、そういった感性を持ちやすいのかもしれませんね。
永富 AIとは何かを突き詰めると、「人間とは何か」という哲学的なところに行き着きます。AIやプログラムと友情を育み、バディとして受け入れたハルの行動は、この問いの1つの答えを提示したことになるのかもしれません。
古賀 僕自身はデジタル人間ではないのですが、たとえ『アプモン』のように作品テーマがAIでも、人と人、人とアプモンのようなキャラクターが関係を結び、未知の世界に挑んでいくという『デジモン』アニメシリーズの本質は、これからも変わらないと思います。
子どもの頃に『鉄腕アトム』を見てロボット工学を志した人たちが多いように、『アプモン』を見て、人とAIの関係を大切にしながら、これからのAIの研究に進んでくれる人が出てくれたら、うれしいですね。
編集:ノオト