夢追いサラリーマンが挑む宇宙開発! 素人だらけの小型衛星打ち上げプロジェクトとは

平日夜の取材だったため、仕事帰りのスーツ姿の方も多い「リーマンサット・プロジェクト」のみなさん

一部の選ばれた人だけのものと思われがちな宇宙開発。近年は、ベンチャー企業をはじめ民間企業参入のニュースも耳にするものの、宇宙へのハードルは依然として高いまいい。

そんななか、”趣味として”人工衛星の打ち上げを目指す新たな形の民間宇宙開発団体があるという。それがリーマンサット・プロジェクトだ。メンバーは全国で200人以上。メンバーは決して宇宙が大好きなエンジニアだけではなく、デザイナーやマーケター、さらには看護師や大工など、本業は宇宙ビジネスと無関係の人が大半を占める。年齢も20~40代のビジネスパーソンを中心に、中学生から60代まで幅広い。

打ち上げ予定の「RSP-00」の実機。現在は振動試験中

現在リーマンサット・プロジェクトで開発しているのは、キューブサットと呼ばれる10センチ四方の小型人工衛星。初号機「RSP-00」は、打ち上げに必要なJAXAとの契約や調整を済ませ、打ち上げ費用の一部である200万円をクラウドファンディングで調達に成功。2018年中の打ち上げを予定しているという

なぜあえて、ここまで多様な人々を集めて宇宙を目指すのか。どのように組織をつくってきたのか。創立メンバーの1人である大谷和敬さんを中心に、プロジェクトメンバーのみなさんにお話を伺った。

八百屋さんや魚屋さんも、宇宙開発に関われる場所を作りたい

――本日はお時間をいただき、ありがとうございます。今日も会社帰りだと思うのですが、普段はどのようなお仕事をされていらっしゃるんですか?

大谷和敬さん リーマンサット・プロシェクトの創立メンバーの1人。

大谷 私の本業は、ソフトウエアを販売する海外営業です。月の半分ほどはフィリピンや台湾などの海外で過ごしています。

――本当に宇宙とまったく関係のないお仕事なんですね。

大谷 そうですね。ただ、メンバーの中には大工や看護師もいるので、彼らと比べるとまだ本業と宇宙開発が近いほうなのかもしれません(笑)。私としては、八百屋さんや魚屋さんなど、もっともっと幅広い方に参加してほしいと思っています。

――さまざまな職業の方が休みの日にこれほどの人数が集まって、”趣味として”宇宙開発をしていると聞いて驚きました。

大谷 そういった団体はほかにもいくつかあるのですが、リーマンサット・プロジェクトほど多種多様な人が参加できるところは、私の知る限りないですね。

――開発に直接関わる技術や知識を持っていない方は、どんなふうに参加しているのですか?

大谷 リーマンサット・プロジェクトでは、人工衛星を開発する「技術部」と、活動を広める「広報部」に組織を大きく分け、希望の部で活動してもらいます。

開発に直接携わりたい人は技術部に。さらに、その中でも熱構造や電源、通信系、デザインなど、担当分野が細分化されています。そのため、未経験でも興味のあるテーマを学んだり、本業のスキルを生かしたりできます。

また広報部では、イベントの開催や取材対応、ウェブサイトの制作、宇宙ポスト【※】のメッセージを集めること、などが具体的な活動内容になります。全体の連絡はLINEグループでやり取りをして、あとは部ごとの活動です。月1回は、メンバーみんなで顔を合わせる定例会を都内のコワーキングスペースで開いています。

※ 集めたメッセージは、データ化し人工衛星「RSP-00」に乗せて打ち上げ予定

宇宙開発は、エリートだけのものじゃない 

――改めて、リーマンサット・プロジェクトを立ち上げた理由を教えてください。

大谷 宇宙に憧れている人は多いですが、宇宙開発はいわゆるエリート中のエリートしか関われません。たとえばJAXAや三菱、川崎重工に入れる人は限られているし、特殊な技術が使われるほど、宇宙は一般人から遠い存在になってしまいます。だから、そんな一握りのエリートじゃなくても、一般の人から見て「かっこいい」と思われるような開発をやりたいと思いました。

それを、「有人ロケット研究会」という宇宙開発団体のメンバーと飲んでいるときに話したら、大盛り上がりで。そうして、周りを巻き込んで始まったのが、このリーマンサット・プロジェクトです。サラリーマンだから、リーマンでいいかな、と。それが2014年の春のことです。

――その中には、技術的な部分に詳しい方もいたんですか?

大谷 創設メンバー5人のうち1人は有人ロケット研究会の副理事長で、関連する技術を持っていましたが、その人だけですね。しかも、うち3人は”宇宙バカ”でしたが、残りは別に好きなわけでも何でもなく……(笑)

――では、なぜそんなメンバーで?

大谷 実は、宇宙好きが集まって開発をしている団体は、他にもあるんですよ。リーマンサット・プロジェクトは、そうじゃない人すら巻き込みながらやっていくような団体にしたい。だから、まずは特に宇宙が好きなわけじゃないけれど、取り組みには賛同してくれて、客観的な意見や視点を持っていそうな知り合いに、あえて声をかけました。

――そこから、徐々にメンバーを増やしていったんですか?

大谷 はい。自分と同じように宇宙に憧れている人は一定数いるんじゃないかと思っていたので。メンバーを初めて募集したのは、2014年夏の「Maker Faire Tokyo」です。当時は「ロケットはお金がかかるけど、人工衛星ならできそう」くらいの見通ししか立っていなかったのですが、ビラを配っただけで参加希望者が30~40人集まったんです。この反響を目の当たりにして、宇宙開発をやりたいけど、その場がなくて探している人はやはりいるんだな、と実感しました。

――これまでの開発過程で、一番の課題は何でしたか?

大谷 一番難しかったのは、人工衛星のミッション、つまり人工衛星を使って「宇宙で何をするのか」を決定することです。これがないと、人工衛星に必要な機能が決まりません。

最初は全員で「こういう衛星を作りたい」というアイデアをどんどん出し合いました。突飛なアイデアも多かったですね。「宇宙好きじゃない人にも興味を持ってもらうには、猫型のかわいい衛星にしたらいいのでは?」とか、「乳歯が抜けたときに、下の歯を屋根に飛ばす習慣から、子どもの歯を宇宙に飛ばそう」とか(笑)

現実的には、衛星の打ち上げにJAXAからの許可が必要なので、できることとやりたいことの間を取って、現在進めている「人工衛星が自撮りをする」衛星RSP-01の案に落ち着きました。正直、ミッションだけで1年くらいは議論しましたね。でも結局、今回打ち上げ予定の試作機RSP-00には自撮り機能を持たせず、まずは衛星打ち上げの基本的な能力を検証することになりました。

人が集まることで進む宇宙開発――工場もメンバーが提供

――実際の人工衛星の開発環境は、どうやって準備したんですか?

大谷 江戸川区にある金属加工の町工場をお借りし、そこで開発を行っています。その1つは、リーマンサット・プロジェクトでの予算管理などをするために設立した一般社団法人リーマンサットスペーシーズの理事長を務める宮本さんの会社です。工場の上のフロアもリーマンサット・プロジェクト技術部の開発スペースとして、お借りしています。

宮本卓さん 2014年のMaker Faire Tokyoをきっかけに、リーマンサットに参加

――宮本さんの工場では、以前から宇宙関連の仕事をしていたんですか?

宮本 いえ、まったくの素人です。ただ、僕自身はずっと宇宙の仕事をやりたくて、新卒でJAXAを受験したくらいです。結局は別の企業で研究職に就き、その後は実家の町工場を継ぎました。

ずっと宇宙に関わる仕事をしたかったのですが、うちみたいな零細町工場が関わるには技術面や環境面で参入のハードルが高く、宇宙開発をできるところは限られています。だから、リーマンサット・プロジェクトを知った時、「これだ!」と思いました。工場を提供しているのも、僕自身がやりたかった夢をここで叶えているという感じです。

――とても素敵ですね。では、開発に必要な知識や情報は、どのように仕入れているのでしょうか?

嶋村 ほとんどの情報はインターネットで調べています。ただ、人工衛星を開発している企業は情報を外に出しません。そのため、東京大学など一部の研究機関や海外の文献で公開されている情報を集めて、真似して作っています。このサイズの衛星にできることは限られているので、基本的な性能や構造はだいたい一緒ですから。

RSP-00のプロジェクトマネージャーの嶋村圭史さん。本業は、鉄道関係のソフトウエア開発

――嶋村さんは、宇宙開発を学ばれていたんですか……?

嶋村 いえ、まったく。大学時代の専攻はソフトウエア系で、宇宙とは関係ありません。ただ、このプロジェクトに参加する前に、個人で人工衛星を開発していました。

――なかなか個人でチャレンジしようとは思いませんよね!

嶋村 前の仕事が忙しくて、やりたいことが何もできなかったんです。それで転職して時間ができたタイミングで、以前から興味があった人工衛星を作ろう、と思って。それに衛星ならお金がかからないんですよね。いろいろ調べてみると、必要なものはネットオークションで結構安く手に入ることがわかりました。たとえば、通信用の無線機
に使う高周波無線機の測定装置は新品だと何百万円もするんですが、それを10万円くらいで買える、なんてこともあります。それで自分で半年くらい開発をしていたときに、リーマンサット・プロジェクトに出会いました。

大谷 実は、RSP-00の打ち上げ計画は嶋村さんが入るタイミングで動き出したんです。嶋村さんは意欲もあったし、自分で衛星を開発する技術もお持ちだったので、プロジェクトマネージャーをお願いしました。

――新しいメンバーが加わるごとに、人工衛星を打ち上げるというプロジェクトの実現可能性が高まっていったんですね。

大谷 直接開発に関わる人以外にも、宇宙にまったく興味がないメンバーがいるからこそ、宇宙好きじゃない人の目にも留まるウェブサイトのコピーを考えられたり、さらに多くの人を巻き込めたり、という面もあると思います。

広報部イベント課リーダーの成田由佳さん

成田 私はあるイベントをきっかけにリーマンサット・プロジェクトを知りました。当時は宇宙開発に興味はなかったし、小型の人工衛星なんてものがあること自体知らなくて。「サラリーマンが本気で人工衛星を飛ばすって、ちょっとクレイジーだな」と思っていたくらいです(笑)

でも当時、自分のやりたいことを諦めそうになっていた時だったので、好きなことを楽しそうに堂々と話すメンバーの姿に心から感動して、勇気をもらったんです。宇宙開発に関わることは、女性でも未経験でもできます。たとえば、イベントを開催したり、基盤を使ったアクセサリーを企画したりも、開発プロジェクトの大切な一部。最近は女性メンバーが増えてきて嬉しいです。

――テスト機であるRSP-00の打ち上げの費用は500万円とのことですが、この一部をクラウドファンディングで集めていましたね。

大谷 もしスポンサー企業を取ると、その会社の技術で開発していると思われてしまう可能性もあるので、今回はクラウドファンディングを利用しました。ただ、資金集めよりも仲間集めという意識が強かったです。リーマンサット・プロジェクトは、誰でも開発に関われる団体を目指しているので、クラウドファンディングをきっかけに、宇宙が好きだけど開発経験はない人と出会うきっかけになったり、支援を通じて参加する人が増えたりすると嬉しいな、と。

「嫁さんに怒られない形」で宇宙開発できる場所

――リーマンサット・プロジェクトの組織づくりで大切にしていることを教えてください。

大谷 まずは、継続できる団体であることですね。そもそも、宇宙開発の一番の課題は継続性です。大学の開発プロジェクトでは、学生が卒業したら技術が継承できなくなってしまうことがあります。

同様にリーマンサット・プロジェクトでも、設立メンバーが結婚して、子供が生まれて……という変化が起こっています。子どもが夜泣きしているのに、衛星開発にかまけていたら、確実に嫁さんに怒られますよね(笑)。

リーマンサット・プロジェクトには、仕事や家庭がありながら、それでも宇宙開発を続けたい人たちが集まっています。社会人の趣味の集まりだからこそ、足元をしっかり固めて「嫁さんに怒られない形」で10年、20年と継続できる開発のあり方を模索したい。そうして知見や技術が貯まって初めて、大きなことや先進的なことにチャレンジできると思っています。

――そのためには、どういう工夫を?

大谷 たとえば、定例会は日曜日の昼間からやって、懇親会まで入れても20時には帰れる、というように、翌日の仕事に無理のないスケジュール設定にしています。

あとは、性別も年代も所属もバラバラな中で、フラットに意見を交わせる雰囲気づくりはすごく大切にしています。まずは一度、定例ミーティングに来ていただき、顔を合わせて話すのです。「どんな人が意見を交わしているか」をわかっているのといないのでは、その後のコミュニケーションが大きく異なります。遠方の方だとなかなか難しいのですが、このためだけにわざわざ石川や大阪、北海道などから駆けつけてくれるので、みんなの熱の高さを感じます(笑)

幅広い年代の方がいるので、先輩パパに子育ての話を聞いたり、違う職種の人に仕事の相談をしたり。将来同じようなライフステージを進む人とも、なんのしがらみもなく話すことができる。そんな江戸時代の長屋のような「サード・プレイス」であれば、リーマンサット・プロジェクトに居続けること自体も魅力になっていくんじゃないでしょうか。

リーマンサット・プロジェクトが目指すのは?

――プロジェクトの会社化などは、考えていないのでしょうか?

大谷 ビジネスにしてもいいのですが、現状、メンバーの働いている会社には兼業規定があるので考えていません。この活動が本業に影響をするのを避ける意図から、あえて「趣味は宇宙開発」というキーワードを使っている側面もあります。

ただし、この場で出会った人同士で起業することは考えられます。ここでテストマーケティングしてもらって、宇宙関連ビジネスをやりたい人のフォローが自然とできる団体にはなっていきたいですね。

――それも、「宇宙開発を一部の人だけのものにしない」という取り組みにつながっていますね。

大谷 宇宙ビジネスをやっている人が、「実はリーマンサット・プロジェクトの出身です」と言ってもらえるような世界だといいですよね。起業する前から一緒にプロジェクトをやっていたら、その後も連携しやすい。将来的には、アジア最大の開発団体になりたいです。

――最後に、宇宙開発に夢を抱いている方々へメッセージをお願いします。

大谷 そういう方は常にウェルカムです。いまは大学で宇宙開発を学んでも、関連企業に就職できないと、研究や開発を続ける場所はありません。

野球が好きなら草野球があるけど、宇宙開発にはそういった場所がない。そういう理由で、リーマンサット・プロジェクトに参加する学生さんも多いです。一方、このプロジェクトをきっかけに人脈を作ったりスキルを磨いたりして、本職としての開発を目指し直す人も出てきました。素人たちの草野球から再びプロ野球を志す道もある。

もし宇宙関連の企業に採用されなかった履歴書をお持ちの方は、一旦全員来てもらってもいい、と思っているくらいです(笑)。楽しく、でも真剣に。これからも、そんなふうに宇宙開発を続けられる場所でありたいですね。

 

編集:ノオト