「それだ!」感のある言葉作りにはコツがある!? 30分でできるネーミングの方法とは

新しいサービスが次々と登場する昨今、競合と差別化するポイントの1つがサービス名。より印象に残り、愛されるサービスになる――そんなサービス名をつけるには、どうやらコツがあるようだ。

今回お話を伺う加来幸樹さんは、30分単位でスキルの売買をするウェブサービス「TimeTicket」をプライベートで活用し、2014年からこれまでに350人以上と一緒に、一目でサービスの内容が伝わり、一度聞いたら忘れられないような「それだ!」とピンとくるネーミングやキャッチコピーを考えてきたそう。代表的なものは、LINEで電車内の席ゆずりを支援する「&HAND(アンドハンド)」やNPO団体等の活動支援と企業のマーケティング・広報活動を両立させながら社会貢献ができるプラットフォーム「gooddo(グッドゥ)」など。

本業では、株式会社セプテーニ・ベンチャーズでクリエイティブファシリテーション事業の事業責任者として、事業のブランディングやマーケティングに必要な言葉やクリエイティブを考えるためのワークショップを開催したり、コンサルティングを行ったりしている。そんな加来さんはどのようにして印象に残る言葉を作っているのだろうか。

「それだ!」と思えるネーミングは、どうやって作るの?

加来 幸樹(かく・こうき) 株式会社セプテーニ・ベンチャーズでクリエイティブファシリテーション事業 事業責任者。2006年セプテーニ入社。コミュニケーションデザイン領域のプランナー/プロデューサー、ソーシャルメディア戦略コンサルタントなどを経験した後、2017年10月よりセプテーニ・ベンチャーズへ転籍。また、シェアリングエコノミー型サービス「TimeTicket」を通じて累計350件以上のネーミング/コピーライティングを行うなど、プライベートでも幅広く活動。

――加来さんがこれまでに受けてきたネーミングに関する相談は、どのようなものが多かったのでしょうか?

新規事業を担当していたり、新しいプロダクトの開発をしていたりする人から、「新サービスの名前をつけたい」という相談が多いですね。業種や業界は、本当にさまざまです。あと、「会社を辞めてフリーランスになったタイミングで肩書を考えたい」という人もいました。

今の時代は、「何を始めるにしてもやりたいことが先進的すぎて、既存の言葉では表現できない」ということが起こり得ます。マーケットにおいて、今までとは違う新しいポジションを取りたいけれど、それをどういう言葉で表現するべきかわからない、ということもあるでしょう。

加来さんが利用する「TimeTicket」。さまざまなスキルの売り買いができる

――そこに良い名前をつけると、どのような効果が?

マーケティング活動など、複数の要因が関係してくる面もあるので、「ネーミングを変えたからすごく売れた!」とはっきり証明するのは難しいのですが、ネーミングによって、その後の意思決定で統一感を出しやすくなるという効果はあります。

たとえば、「このサービスならば、親近感を持ってもらうために『ユーザー』ではなく『クルー』と呼んだほうがいい」とか、「サイトデザインにもっと高級感のある色を使おう」など、ネーミングによってサービスの世界観が定まり、ウェブサイトやプロダクト自体のデザインまで含めて、サービス全体のUXの改善につながるようなケースもあります。

―――30分という短い時間で、「それだ!」感のあるネーミングに行き着くために、どういうことをしているのでしょうか?

TimeTicketで「あるサービスのネーミングをしたい」という相談をいただいた場合を例にしましょう。多くの場合は、僕がまだ知らないサービスなので、最初は一体どういうサービスなのかをヒアリングします。その後、依頼主と一緒に実際のネーミングの案を出していき、しっくりくるものが出るまで話していく、という流れです。

―――簡単に「案を出す」といっても、そこが難しそうですが……。

私はネーミングの考え方をよく料理にたとえます。料理をする時に最初にするのは「食材集め」ではないでしょうか。サービスの概要はもちろん、他のサービスとの違いや強み、弱みなどをそれぞれ細かく聞いていきます。それが料理でいう「食材」です。

次は、それらの情報から、サービスの特徴をすべて含んだ一番長い言葉をつくります。一旦、食材を台所に全部並べてみるです。最初は、その特徴を挙げるだけでも大丈夫です。

たとえば、相談されたサービスというのが、民泊とホームステイ、ゲストハウスのいずれにも当てはまらない、ラグジュアリーで手厚いもてなしがウリの宿泊事業だったとしましょう。聞いた特徴を食材として一旦すべて並べると、「民泊よりもフォーマルで、ホームステイやゲストハウスよりも高級感がある宿泊事業」となります。

そうやって整理すると、食材の中には、「メイン食材」と「調味料・スパイス」の2種類があることがわかります。メイン食材とは、肉や魚のように、究極的にはそれだけで成立する食材のように、ストレートにサービスの内容を表す言葉です。この例では、「宿泊事業」がそれに当たります。

そして、スパイス・調味料とは、メイン食材の価値を引き立てる言葉のこと。「民泊よりもフォーマル」や「ホームステイやゲストハウスよりも高級感」などがそうです。これらをしっかり区別しないと、結局どういうサービスかわからないネーミングになってしまいます。

次にそれぞれの要素に優先順位をつけ、似ているものをくくったり言い換えたりしていきます。この例では「『ホームステイやゲストハウスよりも高級感がある宿泊事業』って、つまりはホテルのことじゃないの?」などです。そして、ホテルをメイン食材の言葉にして、表現しきれなかった残りの要素をまとめてスパイスの言葉として組み合わせます。

―――言葉の組み合わせ方のアイデアが浮かばない……なんてこともありそうです。

それは調理法の部分ですよね。よく使う方法がいくつかあるのでご紹介します。

1つ目が、先ほど紹介したように、とにかく「並べる」という方法です。たとえば「gooddo」のケースでは、社会貢献という「good(良いこと)」と「do(実際に支援する)」というサービス価値を表す2つのキーワードを並べたネーミングになっています。

一方「&HAND(アンドハンド)」のケースだと、「&(~と)」と「HAND(手)」を並べるだけではなく、「AND」という言葉にサービスから生まれる「安堵(あんど)」を掛けています。また「AND」と「HAND」で「韻を踏む」など、複数の「調理法」を組み合わせたネーミングとなっています。

このように「並べる」「掛ける」「韻を踏む」「混ぜる」などの複数のネーミング調理法を持っておくことで発想しやすくなるのです。

 

逆に、悪いネーミングってどんなもの?

 ―――この“言葉の調理”がうまくいくコツはあるのでしょうか?

あまり良くないネーミングでありがちなのが、特徴であるスパイスの言葉だけを並べてしまい、メインの食材となる言葉が入っていないために「一体何を意味しているの?」となってしまっている場合やスパイスの部分に他のサービスと差別化できる要素が入っていなかったりする場合です。

だからまず、メイン食材となる言葉をどれにするか決めておくことが重要です。ネーミングについて、どう表現したらいいかわからないと相談されたときに、その人の中で一番伝えたい部分が実は言語化されていなかったり、そもそも言葉にする前に諦めてしまっていたりするケースがとても多いのです。実際に叩き台となるアイデアが目の前に1つでもあったほうが考えやすいので、まずはメインの言葉を決めましょう。

ただし、しっくりくるネーミングをつけるには、この後のステップが重要です。なので、もし30分でネーミングを考えるとしたら、この案を出すところまでで最初の3分の1の時間、つまり約10分しかかけられません。

―――では、残りの20分で何をするのですか?

残りの20分は、ひたすらネーミング案の“味見”をしてもらいます。できるだけ早く見本となるようなアイデアを出して、そこにフィードバックや感想をもらい、調整を繰り返していきます。これが味見ですね。

実際にネーミングを見てもらうと、思った通りだったり、逆に自分の言いたいことと乖離していることに気づけたりします。何に違和感があるのかといった意見をコミュニケーションの中で拾いながら、残りの全ての時間を使って納得できる言葉を探します。

ここをしっかりやると、相手にも納得感をもってもらえるようになります。本当に良いネーミングができるのは、僕が何か天才的なひらめきを得たときではなく、僕も相談者もお互いがクタクタになるくらい頭をフル活用したときなんです(笑)

―――加来さんが思う、良いネーミングで大切なものはなんでしょうか?

世の中で一番大切なのは、両極端なものの間でバランスを取ることだと思っています。「柔よく剛を制す」とか、「飴と鞭」という言葉は、「バランスが取れた状態」をよく言い表しています。どちらかがゼロになるとよくありません。ネーミングに当てはめると、「情熱と冷静のバランスを取ること」です。

つまり、そのサービスのすごい部分である“情熱”をまずは反映するべきですが、それだと客観的には呼びづらい名前になったり、他のサービスの名前に似てしまったり、サイトのデザインにそぐわなかったりするかもしれません。

そこで、最初に情熱を込めた要素をいろいろと並べていき、今度は冷静に少し引いて見て、本当に良いネーミングになっているかどうかを考えて編集する。この2つのバランスが、ネーミングの良し悪しを決めるのだと思っています。

「クリエイティブな意思決定をする場」のつくり方にはコツがある

――そもそも、加来さんがネーミングを考える活動を始めたきっかけは、何だったのでしょうか?

2014年7月ごろに、「TimeTicket」というサービスを使い始めたのがきっかけです。新卒で入社したセプテーニでは、デザイナーとしてネット広告のバナーなどのクリエイティブや社内制作物を担当し、ディレクションや企画などを行っていました。

職業柄、新しいサービスである「TimeTicket」にもすぐ登録したのですが、そこで何のスキルを売るかを考えたときに、その当時に本業としてやっていたバナー広告やFacebook広告の作り方を教えること以外のスキルを提供したいと思ったんです。そこで、思いついたのが「ネーミング」でした。

―――それまでに、ネーミングやコピーライティングのお仕事をされたご経験は?

コピーライティングを専門で学んだわけでもなかったですし、私の担当する業務では、「ネーミングを考える機会」というのはあまり多くありませんでした。

しかし以前、上司に言葉のセンスについて褒められたことが記憶に残っていて。言葉はもともと好きでしたし、たまに知人の会社名などを考える手伝いをするのもおもしろかったんです。だから、「ネーミングだったらできるんじゃないかな」という気軽な気持ちで始めましたね。

初めてチケットが売れた時は本当に緊張しましたが、最初に購入いただいた方に好意的なレビューを書いていただけたんです。そこから「TimeTicket」のサービス内でも注目され、活動の幅が広がっていきました。

――その後、副業で始めたネーミングや言葉にまつわる活動は、本業にも影響を与えましたか?

そうですね。現在は「クリエイティブ・ファシリテーター」という肩書で、社内で新しいネーミングやアイデアを短時間で作るワークショップを行っています。副業が本業になった感じです。

――どうして、そのワークショップを本業で始めようと思ったのでしょうか?

2017年の9月まではセプテーニの中でクリエイティブ部門の責任者として、ネット広告全般の最適なクリエイティブの作り方を研究していました。たとえば、ウェブプロモーションを始める際、エージェンシー側がプロモーション内容を練って、その提案を広告主側の担当者がジャッジして施策を決めるというのが一般的な流れとなっており、エージェンシーは、「商品・サービスのターゲット」や「他社のサービスとの差別化ポイント」「市場で獲得したいポジション」などまで広告主に提案していきます。

しかし副業の活動を通して、この一般的な流れで進めていくやり方以上に、より効果が高まる方法があるのではないだろうか、と考えるようになったんです。

というのも、ネーミングを考える中でいいアイデアが生まれるのは、依頼主と私がお互いに一緒になって考え抜いた時でした。

ウェブプロモーションにおいても同様に、エージェンシーだけが考えるのではなく、広告主の担当者やそのプロジェクトに関わる様々なステークホルダーの方を巻き込み、ヘトヘトになるまでみんなで一緒に考えたほうが、より良いアイデアが生まれるのではないか。そう考え、広告主とともにワークショップを始めたんです。

―――そうだったんですね。とはいえ、すぐにやり方を変えるのは難しそうです。ワークショップは実際、どのように行うのでしょうか。

内容によりますが、広告主、エージェンシーにかかわらずプロジェクトに関係する10~20人程度に集まってもらい、だいたい3時間ほどアイデアを出し合います。もちろん、僕もファシリテーターとして、前提条件や思考のフレームワークなど、アイデアを考えやすくするための土台は用意しています。

広告主とエージェンシーという受発注の関係や上司、部下、部署も超えて、クリエイティブな話し合いを活発にできる場があることで、「自由にアイデアを出していいんだ」という雰囲気が生まれます。その場で出したアイデアに対して、参加者同士が同じテンションを共有できる。そうすると、いろいろな良いことが起こります。

―――具体的にはどのような変化でしょうか?

これはネーミングの効果としても説明しましたが、やはり一番大きかった変化は、意思決定のスピードです。

たとえ大規模なプロモーションでも、このワークショップの形で意思決定を進めると、参加しているエージェンシーと広告主の担当者お互いの意見に対して常に合意形成をした状態で話し合いを進められます。これによってエージェンシー側も、その後のキャンペーンを実施するための具体的な進行がしやすくなります。

ワークショップにすることで、多くの人を巻き込むため手間はかかります。しかし通常は、オリエンテーションや進捗共有会議などに都度時間がかかる。そのため、ワークショップで全員まとめてアイデアを共有したほうが、結果として進行スピードの向上につながります。

また、ワークショップなら、参加した人数分の考えが集まるので、少ないメンバーでアイデアを出すよりも、飛躍的にいいアイデアが出る傾向があります。

このワークショップは、プロモーションやキャンペーンの設計だけではなくて、会社CI(コーポレート・アイデンティティ)やVI(ヴィジュアル・アイデンティティ)を決める場合にも有効です。今後さらに、ステークホルダーを巻き込みながら短時間でクリエイティブな意思決定ができる場を増やし、企業の新しいアイデアを生み出す力をもっと活性化させていきたいと思っています。

HRナビの新しいキャッチコピーを考えよう

最後に、加来さんにHRナビのスローガンをつくってもらいました。まずは、HRナビの要素をヒアリングしてもらいます。それはたとえば、ITやエンジニア、働き方、テクノロジー、ウェブ、デジタル、ノウハウなどなど。加来さんがウェブサイトを見ながら「こういうのもキーワードですか?」と質問をしてくれるので、スムーズにキーワードを挙げていくことができました。

取材の都合上、通常の30分よりも大幅に短い10分ほどの時間で考えていただくことに……。最終的に生まれたのがこちらのフレーズです。

「IT業界で自ら働き方をつくる人の技術やノウハウを聞き尽くす」

これまでに約500本の記事を作ってきたHRナビならではのスローガンですね。HRナビとして、これからも技術やノウハウを聞き尽くしていきたいと思います。加来さん、ありがとうございました!