魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム
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外伝。死者が棲む邦、六話

●カッツエ平原が消える日

 エ・ランテルの三重に造られた壁の中で、もっとも中央に位置するバルコニー。

 今まで数限りなく、王侯が立って来た場所に魔導王アインズ・ウール・ゴウンの姿があった。

 

「近隣に住まう聖俗の諸卿、並びに我が国民に対し私は詫びねばならない』

 とても陳謝して居る様には見えない態度で、魔導王は短い演説を開始した。

 

『これまでカッツエ平原が存在したこと、それは私の至らなさに在る。本気を出せば対処可能な災いに対し看過して来たのは私の怠慢だと言えるかもしれない』

 話の切り出しは実に傲慢不遜。

 カッツエ平原はもはや天災とすら認識されている魔境である。

 それに対し、自分ならば容易く対処できると豪語して見せたのだ。

 

『私はどんな相手にも一定の理解を示し、また挑む際にも油断せずに調査をしてきた。しかるにカッツエ平原を魔境たらしめて来た魔物の正体を掴んだのだ』

 入り込んで居る他国のスパイは、この言葉に驚きを隠せない。

 アンデッドである魔導王がアンデッドに理解を示すのは判る。

 カッツエ平原の主人の正体も歴史に詳しい者ならば推測くらいはできる。

 

 だが、アインズ・ウール・ゴウンはその強大さを知ってなお、倒すのは容易いと言っているのだ。

 

『全ての交渉チャンネルを拒みアンデッドを凶暴化させる()の者。己をヴァンピーア・ドラゴンと騙る存在の狼藉をこれ以上看過できない。よって私は討伐と浄化を決意した』

 ヴァンピーア・ドラゴン、プレイヤーからは白蓮土王と呼ばれる存在を魔導王は明らかにした。

 なんとなく正体の推測を付けていた者は、やはりという声を漏らしたに違いない。

 本物のドラゴンではないにしろ、強大な死霊魔法を操る存在を倒してみせると確信を持って宣言したのだ。

 

もう二度と(ネバー・モア)! もう二度と(ネバー・モア)! 人々が怯えて暮らさずとも良い未来を創るために』

 魔導王は世界を明らかにせんとする冒険者たちに。

 あるいは要請に応えて参集する兵士たちに。

 手を広げて招き寄せ、そして振り降ろして力の行使を宣言する。

 

『二度目の朝を越えることなくソレは果たされる。明日の明星が怯えて目覚める最後の目醒めである(ナハト・ウルティモ・メザノッティ)!』

 僅か一日、ただそれだけで魔導王は事態を解決して見せると豪語する。

 あまりにも早過ぎる宣言に対し、本来ならば鼻白んで呆れ返るべきなのだ。

 だが十万の軍勢をたった一つの魔法で壊滅させた魔導王の言葉だけに、信じるほかないと言う者も多かった。

 

『大志を抱く者はモモンに続きカッツエ平原に向かえ! 我はその思いに応えるであろう』

 ガラガラと引き出されて来たのは、概ね二種類の馬車だ。

 先頭集団を構成するのはカタパルトやバリスタを装備した、五人まで騎乗でき銅張装甲で守るチャリオット。

 第二群を構成するのは武装は無いが、それだけに十名は乗れるであろう輸送専門の馬車である。

 

 これを引くソウルイーターだけでも、その辺の魔物が束になっても太刀打ちできないのだ。

 魔法や武技を行使する冒険者や士官たちが騎乗し、豊かな判断を下せるのであれば、魔導王の手が無くとも対処可能なのではないのかと思われたのである。

 

 そして、分乗してカッツエ平原に向かった冒険者や士官たちは信じられないモノを見た。

「こんなに早く到着したのか…」

「しかもアレは…」

 派遣されたばかりの騎士やマジックキャスターたちが唸りを上げる。

 一時間もしないうちに装甲馬車がカッツエ平原に辿りついてしまったのだ。

 

「なんだよコレ…。カッツエ平原とアンデッドは何処に行ったんだ?」

 しかも現れたのは…。

 盛り上がった大地で均され、起伏がほとんど見えなくなってしまったカッツエ平原である。

 

「魔導王たちが霧の湧き出る小さな穴を、魔法で埋めてしまったとか。大地を掘り起こして来る連中を見つけて倒してくれれば構いません」

「そ、そんなことが可能なのか……」

「くそー! その魔法みたかったなあ!」

 アインザックとラケシルは改めて魔導王の力を思い知るのであった。

 

●神智の賢者が遺したモノ

 この場に残る兵士や冒険者たちを置いて構成を組み直し、精鋭だけで移動を開始する。

 その先頭に立っているアインズは、大きな葛藤とストレスのただ中にあった。

 

(あの馬鹿…。どれだけハードルを上げれば気が済むんだ)

 出がけの演説でパンドラズ・アクター演じる自らの姿を思い出し、アインズは目の前が暗くなった。

 確かに情報を揃え、これならば確実に倒せるとの確信を抱きはした。

 だが勝負は水物であり、不運や何者かの介入によって中断する事もありえるのだ。

 

(それと俺の前以外でも、俺の姿でドイツ語を使うのは止めておけと言っておかなくちゃな)

 溜息が出そうになるが、リーダーであり皆の希望である自分が弱音を吐いた様に見える。

 魔導王として断言して無ければ別だが、いま不安を抱かせるだけにもいかないだろう。

 

「なあ。大した自信だったが、大言壮語ってことはねえのか? 今まで誰も倒せなかったんだろ」

「ん…ああ。それは初見殺しの裏技を使ってただけだ。倒すこと自体は難しくない」

 ガガーランが不安を押し殺しながら尋ねて来たので、アインズはそれを払拭する為にも断言した。

 

「初見殺しの裏技?」

「そうだ。それが知られた以上は魔導王の言葉じゃないが、奴の無頼は今宵までと言っても良い」

 ガガーランは脳筋に見えてこれで頭脳派だ。

 戦闘力に自信が無いからか(アインズから見て)、補助アイテムや攻める時期を窺うタイプである。

 

「人聞きだがな。神を名乗る存在を相手にするには…祭祀を継承する神主、存在を見極める審神者(さにわ)、対話する巫女の三者が必要なんだそうだ」

「初めて聞く話だが…。神を相手取るなんて大概だな」

 どう言ったら理屈を説明できるかと思案しながら、アインズは昔を思い出して居た。

 かつて神秘学や形而上科学に詳しかった…というかオタクを超えてカルトの域に達して居た、タブラ・スマラグディナの言葉を思い出して行く。

 

「要するに対抗する為の道具と知識、何を対処すれば良いかと言う見識、誰が最適かという対象者のことだ。…今まではその全てが的外れだった」

 タブラは厳かに語った後で、自分達にも判り易い様に翻訳してくれた。

「判り易く言うと騙されていたのさ…」

 そして最後まで結論を引っ張って、延々と知識を垂れ流すという悪癖があった。

 結論を最初にしてくれと、良くみんなで言い合ったものだ。

 

「まず本体はドラゴンを信仰する人間でも巨人でもない。そしてドラゴンそのものでもない。邪竜信仰そのものがミスリードだったんだ」

「あー。ドラゴンスレイヤーなんて持ってねえけど、討伐隊クラスなら判んねえな」

 実際にそうなのかはアインズも知らない。

 だが確実に言えることは、既に本体を本体と認識していないということだ。

 この場合に重要なのは、真実よりも隠して居る手段の方である。

 

「良く居るだろう? 肩に載せている使い魔や飾っている人形の方が本体だという話。アレだよ」

「リーダーが好きな芝居だったか本で見た気がするな。切り札の武器は効かねえ、挙げ句に倒した相手は影武者かよ」

 アインズは頷きながら説明を続ける。

 ここまで理解が進めば、手順を教えるだけだ。

 

「操っている偽者のドラゴン…バシリスクかナーガ。そして巨人族の英雄残滓(レギオン)。このどちらかが倒された段階で奴は必ず逃げ出す…そうこの出口にな」

「そこを待ちかまえるって寸法か」

 作戦自体は単純だ。

 偽ドラゴンか英雄残滓(レギオン)を倒せば、不利だと見て逃げることを考える。

 地下の穴も閉じてあるので、大地を埋め尽くされ脱出口はこちらが侵入する一か所しかない。

 

 そこにはこちらの精鋭が足止めする幽霊船の船長が居る筈で、本体を捨てて乗り移ろうとするだろう。

 

「見定める見識は重要か…教えてくれた賢者に感謝だな。んでこっちの切り札になるブツは?」

 タブラが残してくれた知識によって、何を対象にするかを理解し、必要な道具を用意して居る。

 そのことに感謝されて悪い気はしないので、アインズは少しだけサービスすることにした。

 都合の悪い事を黙っているという罪悪感の整理も含めて…なのだが。

 

「最終段階では、ここの調査を始める前に用意した魔封じの水晶を使う。そして本体潰しには…丁度良いのがある。コレを渡しておこうか」

「んなモン何の役に…うおっ!?」

 アインズが手渡した物を見てガガーランは驚愕を覚えた。

 それほどまでに激的な変化があったからである。

 

「こいつはまさか…」

「そうだ。巨人がドワーフに贈った『自在の剣』だよ。ドワーフに『不壊の槌』を返すと決まったそうなので預かっている」

 誰でも使える、どんな職業でも使いこなせる剣。

 その真髄を見て、そして忘れ去られた本当の能力を知ってガガーランは切り札であると納得したのである。

 真価を発揮するキーワードを教えてもらい背中に背負うのであった。

 

 そしてアインズは肝心の事をあえて伝えなかった。

 三つの内、巫女に当たるのは幽霊船だけではないことを…だ。

 

●リターナー達の戦場

 やがてワザと残した、地下洞穴への入り口の孔へと一同は差し掛かった。

 そこには動きを止めた青銅巨人の代わりに、幽霊船が待ち構えている。

 

「では任せるぞ。その装備で大丈夫か?」

「問題無い。使いこなして見せる」

 アインズが声を掛けたのは新しく加わった仮面の男だ。

 その男は右肩にスパイク付きショルダーシールドに、右前腕部にはショーテル付きバックラー。

 左手には鏡の様に磨き抜かれた…、地下の小ぶりな青銅巨人が持って居た大盾『ペルセウスの盾』を装備して居る。

 

「ねえ、もしかして貴方…」

「今の俺は南方人の末裔、マスク・ド・ブランデッシュだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 レイナースの誰何に対し、盾を三枚も装備した男は断言した。

 スッパリと切り捨ててはいたが、何も隠しては居ない。

 

「…相変わらずね。何があったかは聞かないでおくわ」

「…。…」

 あまりの天然さと頑固さに、レイナースは誰であったか理解した様だ。

 それでも無視し続ける辺りが、この男の最硬たる所以である。

 

「幽霊船の突進は俺と武王でなんとかする。ロックブルズ、お前は地下組だろう」

「はいはい。病み上がりなんだし気を付けてね」

 この場で幽霊船を抑えるのは、実に独特のメンバーだった。

 前衛は仮面の男マスク・ド・ブランディッシュを始めとして、武王、ガガーラン。

 後衛にはアルシェ、そしてティアだ。

 地上組の中では精鋭であるが、とある共通点があった。

 

「大丈夫でしょうか? いえ、本体の方は地上までに可能な限り傷つける予定ですが」

「弱い結界だが、死体を持ち出せないというのがある。どこかで使い捨てるだろう」

 レイナースの質問は半分ほどは、地上に残る予定のメンバーの心配だった。

 だが、この言葉にはもう一つの意味合いが残されている。

 

「ワザワザ転移せずに地上から歩いて入り直すんだ。此処に向かうだろうよ。それに…乗り換えるのに丁度良いからな」

「丁度良い?」

 本当にこの場所を目指すのか確信が持てない。

 無駄足になるのではないかとの部分に対し、アインズはそっけなく付け加える。

 既に地上組は離れており問題無いだろう。

 

「幽霊船もだが、此処に残る者はみんな一度死んだ人間だ。体を取り変えるならこれ以上は無い。だからこそ過剰なほどの装備を渡してあるしな」

「ということはナザミ以外も…」

 神を降ろす巫女に重要なのは貞潔ではない。

 そもそも古来の神は血や闘争を好み、床乙女は魔法的な強化触媒でしかないのだ。

 最も重要視されるのは、降ろす予定の神への親和性であると言う。

 

 

 やがて幽霊船がこちらの接近に気が付き、急速で突撃して来る。

 船長の知性が有効であれば、突入組が孔に飛び込む為のフェイントであると気が付いたろうに。

 

 

「不落城砦! 天地無用!」

「不落城砦! 流水加速!」

 二人の男が同時に同じ武技を使用する。

 マスク・ド・ブランディッシュことナザミ・エネックは、盾で受け止めた後で衝撃を緩和する武技を使用。

 吹っ飛ばされることには変わりないが、その隙に武王が身をかわす程度の時間を稼ぐことに成功する。

 

「行け!」

「……っ」

 自分が生贄であることを聞かされているのかもしれない。

 だがナザミは躊躇なくレイナース達を送り出し、いつもの様に最低限の言葉だけを告げて戦い続ける。

 

「不動、金縛りの術!」

「…行きましょう。時間を無駄にはしたくないですからね」

 更にティアが何度目かの術を仕掛け、ようやく動きを止めることに成功した。

 闘うフリをして徐々に近寄っていた突入組も、ここに来て一斉に突入していく。

 

 いつもならば他人のことよりも自分優先のレイナースであるが…。

 知っている人間を二度も死地に向かわせる心苦しさからか、少しだけ無事を祈ることにした。

 友人になったばかりの女たちに加えて、元同僚まで加われば無情では居られないのかもしれない。

 

●ナハト・ウルティモ・メザノッティ

 再投入して暫くは前回で攻略したエリアなので余裕がある。

 簡単な結界で新しい侵入を停止させた後で、クアゴア達が安全の為にも日夜アンデッド狩りをしているからだ。

 もっとも阻止できるのは侵入だけで、遠距離攻撃で狙い放題という欠点もあり油断はできない。

 

「王城から出撃するなという縛りが残っているので、巨人は出て来ない。大元を誘き出す為に清めの儀式を行うぞ」

「承知しておりますわ。この為に私が呼ばれているのですから」

 レイナースはその身に合わない剛力で戟を振り回した。

 穂先は槍であるが、両脇の刃の代わりに鈴が幾つか付属して居る。

 いわゆる錫杖の機能を追加した物であり、振り回すたびにシャンシャンと金属音が鳴り響く。

 

「この域は神の域。この域を浄化せしは神の意気」

 音はこの地に張られた結界に抵触しないモノの一つであり、聖水と違って消費せず、また判り易さや伝播性に優れている。

 

「この鈴の音は神の音。この域にて浄化しは神の想うところ」

 定型のリズムと鈴の音に載せて魔力が四方を走る。

 ソレは音魂というべきものであり、清められた祭具と呪に載せられた言葉によって紡ぐ初歩的な魔法。払い給え清め給えと()る。

 

(あした)昼日(ひるひ)(ゆうべ)夜長(よなが)のできごと。巡り捲りめく月日(つきひ)という名の()

 神に捧げる詩を唄い、今日一日を言祝ぎ、明日と言う日が来ることを祝っていく。

 声質が高まり、心のヴォルテージが昂るたびに載せられた魔力が四方へと伝播していく。

 清めた聖水ほどの効果は無いが、幾らでも繰り返せると言う点、音が聞こえる限りどこまでも拡がっていく点に置いてこの方法は直ぐれていた。

 

「日を繰り返すたびに四度、時を刻むたびに二十と四。定められし時は繰り返さん」

 タブラ・スマラグディナならば打点鐘と呼んだかもしれない。

 音魂による浄化はシャンシャン鳴る鈴の音、レイナースの言葉と踊りによって奉納されてこの地を清めて行く。

 

 それは閉鎖された王城の中には殆ど届かない。

 まして威力は低く、アンデッド・ジャイアント達には殆ど効かないだろう。

 だが格の弱いアンデッド…特に実体のないスピリットには十分に通用するだろう。そして制圧するにはそちらの方がスケルトンなどよりよっぽど邪魔なのである。

 

 遠からずこの地は段階的に浄化される。

 音魂が通用せずとも、清めた聖水に正式な浄化の儀式によって…。

 そのことが判るからこそ奴らはやって来た。

 

「来たな。正確には巨人でもドラゴンでもないからな。出て来ると想った」

 足音も立てずに白いナーガが現れ、その隣に巨人が実像を結んで顕現する。

 おそらくはナーガの強者と、ソレに召喚された英雄残滓(レギオン)で元は巨人の戦士長か何かだろう。

 

「ナーベは一応、レイナースを守っておいてくれ。そっちには行かせないつもりだがな」

『承知しました。いざとなればアメン…あの女を連れて脱出します」

 アインズが命令するとナーベは中間地点に留まり、魔眼殺しを外して鞄に放り込んだ。

 

「一応は巨人の方が本体で、デスゲイズ・バシリスクを使役して居る可能性も考慮したんだがな。無駄になったか」

 その可能性を考慮し、ナザミに持たせておいた鏡の盾込みで色々と用意しておいたのだ。

 ガガーランに援助しておいたのもゲイズペインがあるからなのだが、全ては無用であったとも言える。

 

「さあ終わりの始まりと行こうじゃないか。いっておくが吸精攻撃(エナジードレイン)は効かんぞ」

 白い靄が白色のナーガより放たれるが、アインズは気合いを入れて抵抗すらせずに涼しい顔だ。

 なにしろオーバーロードはアンデッドなので、生命力を吸収しても意味が無い。

 おそらくは生命力の変動の探知を妨害するアイテムや、アンデッド探知を無効化する指輪を付けているからだろう。

 

「こないのか? じゃあこっちから行くとしようか」

 アインズが叩きつける大剣に即座の反応を巨人が示す。

 右手の一閃を大斧で弾き、左手の一撃を手甲のソードストッパーに絡めて受け流した。

 いつもは剛力によって押し込めば片が付くので、実に新鮮な気持ちである。

 

「能力を制限して武王と戦った時くらいの心境かな? まさかそれで終わるわけじゃないよな?」

『…承知しました。御主人さま』

 底冷するような表情のまま、巨人は何者かに返答を返す。

 そして大斧を振りあげると、怒涛の攻撃を繰り出してきた。

 

『限界突破。秋霜裂日』

「お、やっぱり武技を使えるんだな。確かダメージと引き換えに限界を超える技だったはずだが…」

 魔力で疑似的な肉体を作る英雄残滓(レギオン)に反動が及ぶ肉体は存在しない。

 反則気味のコンボだが、特性を考えれば実に有効だと言えるだろう。

 奇妙なのは続ける技がまだ一つだと言う事。

 

『能力向上。即応反射。能力超向上』

「ぬ、うおおお!?」

 ズンと手元に響く一撃を受けた後、刃を絡めたまま押し込んで来た。

 どうやら二つ目の武技である『秋霜裂日』は、タメを威力に転嫁するらしい。

 要するに振り被るのと同じ効果だが、ソレを武技の使用枠に置き換えた技の様だ。

 更に強化した技を食らわせた後、体勢が傾いた所にもっと強化した技を浴びせてくる程の念の入れようである。

 

「いや、驚いた。まさか俺よりサイズの大きい奴が、バランスを崩す繊細な技を使いこなすとはな」

 気が付けばクツクツと笑っていた。

 白兵戦に置いてもそれほど苦戦した覚えがなく、これまでは能力をカットして戦った武王くらいしか肝を冷やした覚えが無い。

 それを戦士としてだが優位を崩されるとは思ってもみなかったのである。

 

「お前が巨人の中で一番背が高いとも限らないしな。悪かった。正直なところ侮っていたよ」

 思えば巨人族の戦士長だからといって、育つと同時にその地位になれたわけでもないだろう。

 訓練の賜物であり自分より小さな相手を強敵と見抜いて、こんな連携を見せるほどにこの英雄残滓(レギオン)は強かったのかもしれない。

 

魔法蓄積(マジックアキュレート)は良いとしてもバンパイア・アタック? そんな物を武器に付与しても同じだぞ。直撃したとしてもな」

 それに対しナーガの方は酷いものだ。

 強いことは強いのだが偶然抵抗したのだと判断して、再び効きもしない魔法を放って来た。

 学習したとすれば、攻撃魔法では無く付与魔法に変更する事で偶然性の排除を行ったくらいだ。

 

「お前の敗因はな、能力の向上を怠ったことだよ。スキルレベルを上げられないにしろ、使い方くらいはなんとでもなっただろうに」

 おそらくは自分が強者であることに慣れ過ぎて、効率的な魔法しか使って来なかったのだろう。

 吸精攻撃などは決まれば確かに致命的なのだが、効かない相手にはとことんまで効かない。

 少なくとも格上に対して使用する魔法では無いし、それならば冒険者がやっている様な初歩的な強化魔法の方がまだ意味があるだろう。

 英雄残滓(レギオン)が善戦している内に強化して居れば、もしかしたら押しきれた可能性があったはずなのだ。

 

「やはり自分を絶対者と信じて歩みを止めるのは間違っているな。常に自分より上を行く者が居ると思っておくべきだ」

 アインズは大剣を横薙ぎに振るい、その際に僅かに跳ね上げることで大斧の一撃をいなす。

 あの一撃をまともに受ければアインズとて危険だったかもしれない。

 60レベルに到達して居ない武器ならば無効化できるが、英雄残滓(レギオン)は魔力で肉体を再構成した存在である。

 もしかしたら、60レベル以上扱いだったかもしれないのだ。

 

「私としてはもう少し続けたい所だが。楽しい時間はそうそう長くは続かないな。…武技は精神力を消耗するんだろう?」

 肉体を持たないモノが限界突破など反動が大きい武技を使用するのは、反則級の効率性を持っている。

 その反面、悪い面も当然ながら存在する。

 魔力で構成され精神力だけである英雄残滓(レギオン)は、自分で自分のHPを減らしながら戦っている様な物だ。

 短時間で押し切れず、武技を使用すれば使用するほどに敗北へ近づいているのだ。

 

『旋風撃。一点突破』

「遅い!」

 振りかざした大斧から真空波が放たれ、それが途中からピンポイントに集約し始める。

 避けることを許さない範囲攻撃と、範囲攻撃を一点に集中させる武技の組み合わせなのだろう。

 だがコンパクトなスイングから大振りに変更し、更に繰り返したことでアインズも付け込む隙が出て来た。

 大剣の片方を放りだし、こちらも片方に絞ることで高速で振り抜いたのである。

 

『見事。ここまでの戦士は……。承知しました御主人さま。自爆』

「はあっ!?」

 感情らしい感情を見せなかった英雄残滓(レギオン)が、最後に一瞬だけ自我を見せる。

 しかしその途中で新しい命令を受けたのだろう、大剣を受けたまま刃を掴んで閃光を放った。

 アインズは驚くと言うよりも、呆れてしまったくらいだ。

 

「あ、あれほどの部下を自爆させる!? いかにアンデッドとはいえ信じられん」

 道連れで倒す為と白いナーガが逃げ出す為の時間稼ぎを兼ねているのだろう。

 閃光が収まった後にナーガの姿は無かった。

 もし行動の推測をしていなければ、探し回る必要があっただろう。

 

「モモンさん、大丈夫ですか!」

「王としての誇りもないのだな。やはり吸血鬼化し巨人を全滅させて王様気どりになったナーガということか。…貴様を葬るのにもはや何のためらいも無い」

 アインズは心配するレイナースの言葉に耳を傾けるよりも、湧きあがる殺意を抑えることに気を取られていた。

 コキュートスが近くにいればきっと話が合ったに違いないと言う確信すら覚えるほどに、勝利に向かって邁進する良き戦士だった。

 それを使い捨てる様な相手に、同情やら憐憫が湧くこともあるはずがない。

 

「奴を追うぞ。このまま考える余地も無く追い詰めて罠に嵌める」

「了解しました。しかし、本当に治療は不要なのですか?」

 ようやくアインズはレイナースに指示を伝えると、既に飛行魔法で追撃を掛けているいるはずのナーベを追った。

 白きナーガ白蓮に引導を渡す為である。

 

 そしてナーベの雷撃や、適当に用意した投げ槍を使って地上へ地上へと追い詰めて行く。

 まだ夜の筈であるが、それでも地下よりは明るいために孔の外は輝いて見えた。

 あるいは…そう。

 自在の剣と呼ばれた剣を構えるガガ-ランが、剣が持つ本来の姿を解き放ったからなのかもしれない。

 

「アインズ・ウール・ゴウンとティアー・フルフラットの名前に置いて、このオレ様が命じるぜ」

 相対位置や気のせいかガガーランの姿が巨人のように見える。

 正確には剣が放つ光が、彼女の姿を大きな影絵に見せていたのだろう。

 

守護者(スプリガン)の剣よ、元の…姿に!」

 コマンドワードと共に振り抜いた瞬間、剣が拘束を解かれ大元の巨人が持つ大剣サイズに戻っていく。

 そう、誰でも自在に扱える。どんな職業でも自在に扱える剣とは…。

 人間の姿にも変身でき、巨人の姿にも戻れる正義の義侠心を持つ特殊な巨人。スプリガンが持つべき魔法の武器だったのである!

 

 剣が振り降ろされた瞬間に光輝く大剣と化して一閃された。

 そのことにより巨大な刃の直撃を受け、既に傷付いていた白きナーガは崩れ落ちた。

 ただし、外見上は。である。

 

「良いか、そろそろ来るぜ?」

「いつでも準備はできている。みなも準備をお願い」

「問題無い」

 いつもの鉄槌に持ち替えたガガーランが声を掛けると、アルシェは魔封じの水晶を開放するところだった。

 そしてナザミは四方のどこから迫ろうと、魔法の盾を持って殴りつける準備を整えている。

 

『…その体を、ヨコセエエ!』

「さようなら!」

「消え失せろ!!」

 飛び掛って来るナーガのレイスに対し、アルシェは開封した水晶よりアストラル・スマイトを放つ。そしてトドメとばかりに、その場にいたメンバーが魔法武器で切り裂いたのである。

 

 こうして魔境としてのカッツエ平原は、長らく支配したその主人と共に終わりを告げた。

 魔導国がこの平原を傘下に収めると宣言したのは、報告を受けたその日の事であったという。




 と言う訳で外伝終了となります。次回に締めとして学園物を一本入れて、物語は終了ということになるでしょうか。
この外伝は十二巻で出て来た情報と、それまで書いてた物を繋げる為のものです。
出て来た情報の何割かは『こういうことやってるだろうなー』ということでやっていたので、穴埋めで対応できるんじゃないか? と思った為でもあります。

・自在の剣
 外伝の構成としては、ドワーフの王都にあったアインズ様も扱える剣を見て、ふとピグマリオという漫画の大地の剣を思い出したので、その閃きを下敷きにしました。
実際にあの剣がスプリガン用の剣かどうかはともかくとして、思いついたネタだからやって見ただけです。

・ナザミさん
 盾二枚流って昔あったゲームのブランデッシュを思い出すよね…。ということでやってみたかったので出てきました。
単純に締めで冒険シーンを入れて、盾二枚で戦う為の前振りです。

・神降ろしと打点鐘、前回の禁術などのネタ
 アルシェの学園退魔行とか研究する為の前フリです。

・一言しかないボスの白蓮さん
 整合性のある能力と、出ている情報に可能な限り合致するボスとして用意していました。
モチーフはルナ・ヴァルガーのヒュレーネさんなのですが、あくまでナーガの強者なのであんまり強くは無いです。
ただし人形師として、自己保存には長けていたというのが裏話になります。

・墓杜の村の人々
 あちこちで使ってネタの六身合体になります。伏線というよりはただの趣味です。
ドラゴンバスターの主人公クロービス。ルナ・ヴァルガーのロビス・バレイ。スプリガンの主人公達。
これらをちょろちょろっと拝借しております。なので彼らのうち何人かはスプリガンということになるでしょうか(だからフロストジャイアントとも仲が良い)







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