魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム
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外伝。死者が棲む邦、五話

●少女の盲点

 帝国魔法学院を歩く中、私は不意に呼び止められられた。

 魔導士官の制服や年月の経過もあり、顔見知り程度では気が付かなかったのだろうが、彼女を誤魔化す事は出来なかったようだ。

 

「もしかしてアルシェではないかしら? フルト家の」

「今はフォーサイトと言う家を起こして居るわ。お久しぶり……フリアーネ」

 呼び止めたのは旧知の中でも二番目に親しい相手だった。

 

 フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド。

 魔法学院で学ぶ中で能力のある生徒が生徒会を主催する。

 その中でも彼女は実力と指導力の面で抜きんでており、生徒会長をしていた。

 

「仕官を許された以上は色々あったのでしょうけど…。大胆な事をするのね」

「家にはあまり良い思い出は無かったし、お先真っ暗なのは確かだもの」

 実家であるフルト家は『●●帝以来の~』で通用する、いわゆる名家だった。

 百年以上に渡って帝国を支えているというのは伊達ではない。

 

 派閥を経営する権門ではないが、何処かの傘下に入る必要もないレベルの独立貴族。

 力のある派閥に良い顔を売って居れば、それなりの地位を回してもらえる家柄と言えただろう。

 …まあ中途半端だからこそ、取り潰されたし再び浮かび上がる事も出来なかったのだが。

 

(屋敷を捨てたり呼称を戻すだけならまだしも、受け継がれた名跡を捨てるのは少し考えなくもないけどね…)

 リイルをリリッツに変えたのは良い。発音の問題なのか…リリッツであった時期があったからだ。

 フリアーネが言う様に名門以外はお断りな案件が多いのも確かなのだが、そうも言って居られない事情がある。

 

 皇帝に睨まれている以上は、役職どころか婚姻相手の手配など色々と絶望的だと言うことだ。

 家が健在だったとしてもお金など無い上、開拓など何か事業を起こしても援助が出る事も、ウレイやクーデが嫁げる貴族も居ないだろう。

 

「それで…。学院に復帰するわけでは無いのよね?」

「魔導国へ貸し出されてる魔導士官という立場だもの。そうもいかないわ。…調べ物をするためにちょっとね」

 フリアーネとは生徒で居られた時に、切磋琢磨し合った仲だ。

 彼女が惜しんでくれるのはありがたいが、ウレイやクーデを探し出し…蘇らせてもらう為にも此処に戻るわけにはいかない。

 

「調べ物?」

「…昇級試験の時に家と家を繋ぐ方式を見たことがあったじゃない? アレを他で見付けてね」

 任務を喋るわけにはいかないが、助力は欲しいので多少ボカして話す事にした。

 彼女も私と同じものを見たことがあるのと、まるで手が足りないからだ。

 

「ちょっと待って。今思い出すから。確か…。もっと帝国が貧しかった時代の名残だったわよね」

「そうそう。それの兼ね合い」

 家屋と家屋を屋根で繋ぐアーケードと呼ばれる手法があった。

 これにより、奴隷や家畜を管理出来る数が飛躍的に増える。

 なにしろ温度が一定に保たれるので、冬は暖かく夏は割りと涼しいままなのだ。

 

 当然ながら良い面があれば悪い面もあり火災に病気や、盗賊や亜人が入り込んで犯罪の温床になるともあって今の帝国では行われていない。

 

「良い面を部隊運用で取り入れた方法もあるって話になったでしょ? その時代の調査なの」

「天幕と天幕を繋いで…段々と思い出してきたけど…その辺りの知識…」

 閃いた後で思い出しながら来た私と、言われて思い出すフリアーネでは差があって当然だ。

 それでも思い出せるのは、彼女が並々ならぬ努力をしていることと、上位の貴族階級では記憶することが日常茶飯事だからといえる。

 

「…生憎とそれ以上は思い出せないわ。調べるアテでよければなんとかなりそうだけど」

「それだけでも助かる。教えてくれれば出来る範囲で御礼をさせてもらう」

 行き詰まった場合でも、そこから繋ぐ手段を見付けるべきだ。

 魔導王から色々指摘されたことだが、フリアーネは普通にできている。

 上に立つ者には必須の能力なのかもしれない。

 

「私自身が知ってることじゃないし、学院かウチの近くへ来た時に寄ってくれればそれで良いわ」

「ありがとう。その時は是非にそうさせてもらうから」

 次の行動など自分で組む権限は無いに等しいが、功績を立てればそんな未来もあるだろうか?

 その日を夢見るくらいは許されるだろう。

 そして彼女の厚意を返せる日が来ることを祈る。

 

「書物に書き込まれた情報よりも、口伝のみで伝えられる情報の方が重要だったりするものよ。学長先生に紹介してもらってみたら?」

 言われてみてストンと落ちるモノがあった。

 冒険での調査で実感したので、口伝のことを忘れて居たわけではない。

 土台からして紙がもっと高価だった時代の情報なのだ。

 

「学長先生に?」

「そうよ。学長先生も教育者なのだし知ってるかもしれない。でもそれ以上に、古参の先生や引退された先生を知っておられるでしょうね」

 昇級試験がらみで見たわけだし、そもそも行軍用に取り入れた方式でもある。

 名目だけの長なら別として尋ねる価値は大きいと言えた。

 

 フリアーネが言う様に学長先生が知っている可能性はあったし、闇雲に尋ねて回るよりは紹介してもらった方が早いだろう。

 別々の先生に条件を付けられたら交渉するだけでも大変だが、一人なら最悪、魔導国の力を使ったり魔法に関する知識を伝える手もある。

 

 こうして私は学長先生の元に向かうことになった。

 

「フォーサイト君だったか? まあ掛けたまえ」

 優等生で大貴族の出身であるフリアーネが紹介してくれたから、スムーズに話が進んだ。

 学長先生の部屋に赴くと、にこやかな顔で席を勧められる。

 

「行軍訓練で稀に見られるアーケード様式の天幕を見ました。それをお尋ねしたいと思いまして」

「ふむ…。それが流行ったのは随分と昔になるが…」

 私やフリアーネは建物を見て、調べたら行軍訓練でも存在すると知ったレベルだ。

 それに対して学長は覚えがあるのか、僅かに懐かしそうな顔を浮かべた。

 

「私が現役だった頃には既に廃れて、こんな方法もあるのだと先達に教えてもらったレベルだな。まあそのくらいの過去と言うことになる」

「少なく見積もって百年ほどでしょうか?」

 フルト家が勃興を始めた頃で、リイルと発音して居るのにリリッツと呼ばれた頃のことだろう。

 私どころか父も生まれてすらおらず、肩をすくめて想像する他ない。

 

「そういうことになるな。せっかくだし魔法談義でもしながら話そうじゃないか」

 情報料として自分が知らない魔法に関する事を教えろ。

 そんな要求なのだろう。私が頷くと嬉しそうな顔で話の続きを始める。

「任務の最中で見掛けたのだろうから、まあ詳しいことは聞くまい。…そうだな。魔導国ではどのような魔法が使われているのかね?」

「効果的な使い方を学ぶだけで、『殆どは』そう代わりはありません」

 ごく一部は違うのだと言う意味を含ませて、私は学長の興味を煽ることにした。

 もちろん情報提供の報酬という意味であり、一方的に話す事は無いし、一応秘密にしておけと言われたモノは程度が低くとも喋る訳にも行かない。

 

「それ以外ですと、ごく稀に見せていただくこともあります」

「ほう。どんな魔法…いや軍事に関わることはマズイな。例えば健康とかなら教えてもらっても大丈夫かな?」

 私が水を向けると学長は嬉しそうに乗った後で、少しだけ訂正した。

 流石に軍事や行政に関わることは問題になると思ったのだろう。

 魔法で健康を維持するという、微妙な辺りから尋ねて来た。

 

「報酬の一環として行使していただけるようなモノになりますが…。腕を失ったり歩けなくなった者、あるいは呪医が投げ出した病などは良くある例です」

「……それは素晴らしいなっ。うん、あー詳しい話は紹介した所で聞いてもらうとして、私が知っている範囲でだが」

 学長は子供の様に目を輝かせた後、元の落ち着きを取り戻してこちらの用件を説明に掛る。

 流石に私が二重の意味で、報酬の一環だと言った事に気が付いてくれたらしい。

 

「アーケードを使ってドーム天幕を造る。要するに軍は動かせないが、不特定多数の精鋭を派遣する事件というのはそうそう存在しない」

「はい。ですからヒントになるお話が聞ければ、追って行けるかと思いまして」

 軍隊を正式に動かせるならば、天幕を無数に用意すれば良い。

 ということは何人増えるか判らない状態での調査行や、ちょっとした討伐任務で移動し続ける必要があると言うことだ。

 

 具体的にどんなとは言えないが…。

 英雄残滓(レギオン)の候補になるほど強力な、という前提で騎士やマジックキャスターも候補に上がる。

 調査して得意分野や特殊能力などが判るのであれば、大きな功績に出来るのではないかと思う。

 

「幾つか案件はあると思うが、当時の話で目を引くのはやはり『白蓮動乱』あるいは『白蓮土王の乱』と呼ばれる一件が怪しいかと思う」

「白蓮…動乱?」

 これまた判断に困る話だ。

 地方反乱や豪族が攻めて来たというなら英雄の可能性はある。しかし独立部族の併合しておいて、反乱を鎮圧しただけだと称するのは良くあることだ。

 

 だが英雄と呼ばれる酋長の話を聞いた覚えが無かった。

 

「あー君の言わんとする疑問は判るつもりだ。しかしな、世の中には口に出来ない秘密。判り易く言えばスキャンダルが関わっているので広くは知られていない」

「当時の帝国上層部が絶対に握り潰せと。スキャンダルになるような?」

 学長は重々しく頷いた後で、年齢に似合わない上目遣いでこちらを窺ってくる。

 交渉材料として自身があるのと、本当は秘密にしておく必要があるのだろう。

 

(もし校長の話が当たっているなら、フリアーネに感謝しないとね。…まずは話す前にセルフチェックしないと)

 もしかしたら<魅了(チャーム)>の魔法を掛けられているのかもしれない。

 常にそのつもりで居なくては、うっかり魔導国の秘密をバラして処分される可能性がある。

 学長が下手に出ているくらいにはこちらに魅力的な情報が有るわけだし、ここで気を引き締めて次の取引に備えるくらいが良いだろう。

 

(<魅了(チャーム)>された可能性をチェック。まず最大級に親しい相手へすら、話してはいけないことがあることを自覚すべし…だっけ)

 魅了された場合、相手は親友や家族に匹敵する相手なのだから大丈夫と認識してしまうらしい。

 そんな人が少ない筈であっても、その隙間に割り込む様に認識してしまうとか。

(大丈夫。ウレイ達が無事でも、ヘッケラン達が蘇っても話せないことが一杯ある。うん、学長はそんな相手ですらないもの)

 思考に冷静さを取り戻すと、私は話して良い事の中から魔導国のアピールになることを選んだ。

 

「魔導国の冒険者は一定ランクごとに、様々な許可がもらえたり高度なアイテムをもらったりできます。上位冒険者の最低条件は罪の無い亜人なら差別しないとか、聞いたことをちゃんと秘密にできることです」

 鉄級冒険者になると初心者卒業で、特訓用ダンジョンへの入室許可。

 そこから一定の昇格を果たす毎に、ドワーフ製の優良な武具やちょっとしたマジックアイテムがもらえる選択権が手に入るのだ。

 

 これが上位と呼べるランクまであがると、戦闘や警備の訓練を施して稼ぐなど、割りの良い仕事の斡旋や労役を指導によって払う権利が視野に入って来る。

 ここまで来ると一生の稼ぎが保障されている様な物だ。

 やれるだけ冒険を繰り返して、資金と野心を満足させる。その後は技術を指導することで暮らしていける。

 

「そういった上位冒険者は低利で借金が可能になる他、功績に応じて色々と注文できるようになります」

 ミスリル級になると、ルーンの武具のほかに話が通じるゴブリンの集落地までの移動許可。

 オリハルコン級ならリザードマンの集落への移動許可や、武具以外でも冒険を便利にする様々なマジックアイテムを任意で注文する事も可能だ。

 そこまでランクが上がると、協会としても繋ぎ留めておきたいし、秘密を共有しても良い相手ということになる。

 

「貯めておいた功績に応じて、工房に特注したり自分で鉱石回収の依頼を出したり、様々な陳情も可能になったりですね」

「上位の魔法を見学したい。治療魔法を掛けて欲しい…などもだね?」

 反応が良いだろうという確信があった。

 フールーダ師のみならず、マジックキャスターは魔法に関して好奇心が強い物だ。

 学長も多分に漏れず先ほどから関心を示して居るし、功績…というか発言権を溜めておいて、望んだ魔法を使ってもらうというのは意欲をそそられるのではないかと思う。

 

 また魔導国の冒険者がかなりの自由度を許されているというのは、冒険者を志す生徒が居るなら流れて行っても良い情報と言える。

 他所に漏らしても処分されないだろうと言う確信を持って、私は話の続きを促した。

 

「それで、先ほどの白蓮動乱というのは?」

「ドラゴンを信奉する宗教が流行ったのだよ。加護の一つもくれなかったそうだし、私ならば神様か邪神様かは別にして魔導王陛下を崇めるがね」

 冗談は別にして、学長の言葉は意外なモノだった。

 ドラゴン信仰というのはマイナーな部類だが、隠す様なモノではない。

 

 つまり生贄を要求する様な邪悪なドラゴンを信仰していたか、交渉相手に選んで力を借りていたということだ。

 無知な者を馬鹿にする様な学長の優越感を考えれば、前者の可能性が高い。

 そんな奴が上流貴族の中に居れば、確かにもみ消したくなるだろう。

 

(でも、これで裏は取れたかな? 教団の幹部か魔獣使いが相手に居る可能性が出て来たんだし)

 ドラゴンが居たと言う伝承も残っていないので、おそらくはドラゴンも居なかったのだろう。

 力のある死霊魔術の使い手が悪霊を使ってみせたか、魔獣使いが地下に棲む魔獣を操ったという可能性が高いと思う。

 

 成果に満足して、追加で質問する事が無いか思案し始めたが…。

 ここまでの流れに迂闊な点があるとしたら、学長以外の情報入手先を考えてみなかったことだ。

 

「その当時はどうやって騒ぎを収めたのですか?」

 後は討伐した時の情報が入手できれば言うことは無い。

 その点について学長に尋ねておいたのだが、この時、子供が悪戯を見つけられた様な表情を浮かべていた。

 

「その、なんだ。フールーダ師が研究されていたと思うが、南方渡りの魔術があったと思う。討伐に当たったのが南方系の傭兵だったので直属兵として抱えることで他言させなかったとか」

「……っ」

 思い返せばフールーダ師がそう言ったことを研究されていない筈が無い。

 以前に尋ねた時は、まったく別方面から情報をすり合わせたので繋がらなかっただけだ。

 

 良い気になって盲点に気が付かなかったことで、私は思わぬところで足を取られた事になる。

 決して学長に尋ねたことが無意味ではなかった筈だが、この事に気が付いて居れば他の情報を聞きだす事も出来ただろう。

 例えば…。

 

「そういえばフォーサイト君は姉妹が居ないかね? いや、勘違いならば良いのだが」

「もしかしてクーデリカとウレイリカを御存じなのですか!?」

 ドラゴン教の情報が軽くなってしまった代わりか、学長は何かを思い出す様に切り出して来る。

 それこそがもっとも望んだ情報であり、私は幾つかの違和感に気が付かなかった。

 後から考えれば不自然な事もあったが、この時の私では到底無理だったろう。

 

「以前に人手を探した時に奴隷市で似た子を見掛けたことがあってね。気になるなら調べておくが…あまり期待はせん方が良いだろうな」

「可能な限りで構いません、お願いします…。妹たちは父が造った借金のカタで…」

 待ち望んでいた情報が思いがけず手に入ったことで、戸惑う頭をできるだけ冷静に保ちながら言葉を連ねて行った。

 これが魔導国の情報ならば警戒もしたが、学長の質問は蘇生の他に若返りなど健康維持の魔法に終始したこともあるだろう。

 

●立ち去ることを禁ずるは、立ち入ることを禁ずるよりも易し

 フールーダ経由でアルシェから連絡があったのは、地下洞穴の半ばを攻略した辺りだ。

 青銅巨人の脅威を抑え、キャンプ地周辺の安全を確保する為にアンデッドを掃討中だったのが幸いした。

 一度、エ・ランテルに戻って応対する。

 

「ほう…呪禁道(じゅきんどう)か、珍しいな」

「…? それは禁術とは違うのでしょうか」

 フールーダの質問に対し、アインズは山ほど覚えた魔法の知識を楽しそうに披露した。

 

「仙術の一つとしての禁術は、幅広い応用が可能な術だ。そこまでは良いな?」

「はい。私もそれを応用することで年齢の経過を抑えております」

 己も禁術師(きんじゅつし)であるフールーダは師の言葉に重々しく頷いた。

 完全に抑えることが出来ていないのが口惜しいが、彼自身も重要視している魔法だからだ。

 

「たった一つの魔法でありながら高い汎用性を持つ。だが同格の相手に通じ難いのが欠点だ」

「まさに。私は抵抗する気が無いのですが、どうも抵抗してしまうらしく完全に年齢経過を抑えられぬのです」

 フールーダはある種の予感を持って長年の苦しみを吐露した。

 この術が完成して居なくともアインズに師事したであろうが、ヒントをもらえるならばこれ以上のことはない。

 

「そう言った難問をどのように回避するか、どうすれば効率良くできるかを考えるのが呪禁道(じゅきんどう)という魔法体系だ」

 タブラ・スマラグディナであれば体系の成り立ちから説明したのだろうが…。

 生憎とアインズが知っているのはユグドラシルで見たゲーム的な知識のみ。

 

「スキルで言えば歩き方や法印などの簡易儀式。時間を掛けるモノだと例えば条件付けだな」

「そのようなモノが…。師よ、条件とはどのようなものでしょう」

 フールーダにとって未知のモノばかりだ。

 目を爛々と輝かせて一語一句覚えようと意識を集中する。

 

「判り易いのは待ち構える場合で、例えば炎を禁じたエリアにフロストドラゴンを配置すればいい。グっと難易度があがるのは突発的な事態と、起きて当然のことだな」

「やはり時間が掛る術ですからな。それだけに師の仰せられた簡易儀式は瞠目の知識です」

 待ち伏せに使用するのは良くあるトラップで、警戒したり自分達でも利用して居るので説明が楽だ。

 問題なのがそこから先だ。ゲームの中では可能な事自体が限られているが、そう説明するわけにもいかない。

 

 対策の為に覚えただけでそれほど詳しくはないし、八層に居るあの娘に会わせることもできない。もったいぶるフリをして時間を稼ぎながら喋る。

 

「まあ大自然を説得するようなものだと思えば良い。落ちて来る岩の動きを降り坂で止めるのは至難だが、登り坂なら割りと簡単だろ? 草原に火が点いたなら、周囲を伐採すれば楽だ」

「だ、大自然と会話するなど…改めて師の偉大さに頭が下がります」

 イベントを思い返せば説明は簡単なのだが、問題なのは使用方法の説明ができないことだ。

 コンソールを開いてコマンドを選択しろなどとは言えない。どこかで話を打ち切る必要があるだろう。

 

「話がそれてしまったが、地下で見たアンデッド・ジャイアント達が何故出て来ないかは簡単だ。王城の外に出る事を禁ずるのではなく、守りから優先順位を変えることを禁じている」

「なるほど! 守備隊が城を守ることは至極当然、すなわち鎮護より出撃を優先させることを禁じたと」

 帝国を守る仕事もやっていたせいか、フールーダには馴染みが深かったようだ。

 現在の問題に照らし合わせて応用方法を示したことで、発動条件などから話を反らせることができた。

 

「それでは何故、地下洞穴の主人はカッツエ平原に霧を放ち、アンデッドを支配する事ができておるのでしょう?」

「む…」

 当然と言えば当然ながら、フールーダは最初にカッツエ平原に関心を抱いた理由を持ち出した。

「封印されておれば不可能、さりとて出歩いた様子も無し」

「おそらくは複数の封印を、矛盾せず相互に干渉し合わないように掛けた。そして齟齬の原因としては指定した内の幾つかが的外れだったんだろう」

 アインズは執務室にあった壺を指差し、適当な布をその上に掛けた。

 

「この壺がカッツエ平原にある大穴として、この布が封印だ。しかし普通のマジックキャスターでは難しいので、複数で一つの封印を掛ける」

 そして糸や紐、あるいは縄やチェーンのようなモノを次々に指差して行く。

 

「王城から出てはならない、洞穴から出てはならない。アンデッドが、死体が、巨人が出てはいけない」

「矛盾せず干渉し合わない複数の条件…。なるほど」

 フールーダはアインズが指差したモノを取り外し、口の中で反復しながら順番に壺の上に置いて行く。

 アンデッドと言う条件と死体という条件は、似て非なる条件であり矛盾もしてない。

 王城から出ることを禁止し、巨人が出ることを禁ずる。

 

 糸や紐を置くたびに、壺の上に置かれた布はピッタリと封を施して行くではないか。

 

「最後に締めとしてドラゴンロードが出る事も禁ずる。…だが地下に棲む黒幕は別にドラゴンでもなんでもないとしたらどうだ?」

「全ての封印が機能すれば完全だとするならば、大きな問題になると思われます」

 最後に装飾用のチェーンを置くが、鎖だけならともかくとして先に付けられた飾りの重さでズリ落ちてしまう。

 先ほどまで万全に見えた布すらも巻き込んで、僅かに崩れたと思うと壺の中に呑み込まれてしまった。

 

「そして思考錯誤を繰り返す内に本体である死体は持ち出せないが、霊体化(レイスフォーム)で魂だけは動き回れることに気が付いた」

「ああ…。言われてみれば! それならば時間を掛けて様々な術や能力を行使できます」

 アンデッドには時間が幾らでも残されているのだ。

 本体である死体は動かせずとも魂だけならば動けると言う法則を見付ければ、他にも封印のルールに抵触しない方法を探し始めるに違いない。

 また霊体化(レイスフォーム)は憑依することで他者を操れるし、一石二鳥だ。

 

 もし吸血鬼や上位の人狼ならば体を霧にできるだろうし、自ら移動するのではなく風を起こして外に出したりといったチャレンジも可能。

 そういった種族でなくとも、なんらかの方法で地下領域を広げれば、動ける範囲が増えるかもしれないと思うだろう。

 最終的にカッツエ平原全てが地下帝国の領地だと認識できれば、封印が掛ったままでも地上に出ることができる。

 

(繋がった…ちゃんと繫がったよ)

「師のおかげで長年のつかえが取れました。カッツエ平原の謎だけでなく、禁術の改良という方向性まで…」

 フールーダーが深々と頭を下げるのに合わせて重々しく頷いておく。

 思い付けたことで良い気になって、途中で数秘術がどうのと聞きかじったことを付け加えようとしたが言わなくて正解だった。

 

「バシリスクかナーガの強者が死霊魔法を使えたが、周囲の人間はまとめてドラゴンロードという括りに入れてしまっただけだろうな」

「まさに」

 今回の件でレギオンという言葉を聞いた時、残霊軍団や英雄残滓そして伝説級の魔獣を思い立った。

 だがその時に伝説級の魔獣がいたとしても、ドラゴンロ-ドと呼ばれると聞き及んだ。

 仮に呪禁道による封印を施した者がプレイヤーであるとするならば、ドラゴンロードと聞けば対ドラゴン用の結界を張った可能性も高い。

 

「王城に乗り込む前に今回の情報が手に入ったことで助か……敗北の可能性が限りなくゼロになった。あの娘にはいずれ褒美を取らせよう」

「師の敗北など思いもよりませぬが、きっとアルシェも喜ぶことでありましょう」

 恭しく御辞儀をしたあとで、フールーダはアインズが考え込み始めたことに気が付いた。

 まだ何か不安材料があるのだろうか? いや、限りない知性のことを考えれば不安材料よりも新しい策の方がありえるだろう。

 

「師よ、まだ何か素晴らしい案を思い付かれましたので?」

「うむ。出入に関する複数の条件がある…で思い出したのだがな。エ・ランテル入国時のトラブルにも使えると思っただけだ」

 宿泊まで辿りつく頃には問題無くなっているのだが、入国して直ぐトラブルを起こす者が出るらしい。

 デスナイトが成敗するが、実は勘違いや慌てふためいて抜刀した結果だという報告だ。

 

「自業自得な気もしますが、デスナイトが相手とあっては判る気もします」

「そこで予め説明する役や、待合室に当たる場所が複数あって段々と慣らせば良いと思ってな」

 アインズはそう言いながら、誰を管理に回せば良いかを考え始めた。

 その姿には既に、地下帝国の討伐など些事であるとの余裕が窺えたのである。




 と言う訳で今回は解説回・考察回になります。
何故カッツエ平原に霧が掛っているのか、地下にボスが居るとして何故出て来ないのか、前回で巨人のアンデッドが居ると言ったけどなんで動か無いのか。ついでに入国時の話。
それらをまとめて理由をでっちあげて、一気に解決してみました。

 フールーダは気が付いて無いだけで知ってる可能性はあるので、探すのはアルシェである必要は無いのですが…。
まあその辺は帝国魔法学院に行って学長先生とお話したかったのもあります。

 ここからは本編整理用に設定書いてるだけなので、スルーないし流して読まれても大丈夫です。
/村のアーケード
 中世ヨーロッパの戦争もので、傭兵雇用するとどこからかワラワラ出て来るアレです。
王国の家屋でそんな記述が無いので、帝国の方の文化だとしました。

/白蓮動乱と時系列
0:どこかのギルドが転移して、巨人を中心とした地下の国が出来る
1:少なくとも百年前に白蓮と言うドラゴンが暴れ、巨人の国が滅びると情報が伝わる。
2:邪竜を神と崇める宗教が暗躍しており、それを駆逐しながら討伐。巨人の生き残りと共に地下洞穴を封印する。
3:実はドラゴンではないので、封印が完全に機能していない。
4:地下のボスは徐々に領域を拡大し、今ではカッツエ平原全体に霧が及ぶ

/呪禁道
 仙術の一つである、禁術に特化したマジックキャスター用の様式

『禁術』
 指定したことを禁止するというシンプルな術
同じ術を白と黒に使い分け、行動を不可能にする重度の禁止や、罰則を設けるだけの軽度の禁止に使い分けることが出来る。
ただし、基本的に同格の相手に使用しても成功しないので、様々なテクニックが必要。

・歩法(以下、各スキルの正式な名称は失われている)
 常に両足を大地に付けたまま歩くことで、その領域内に入った者は禁止事項を受け入れたことにする。
ウルトラ制限が厳しいので、戦闘中に使用するのは不可能に近い。

・法印
 行使する達成値が増えるほか、白と黒の切り替えなども出来るようになる

・繰り返し唱える
 何度も繰り返して達成値を加算、新しいルールを導入して達成値を加算。
と言う様に行使する側が複雑なルールを用いることで、達成値をどんどん上げて行く。

・見たてる
 元は別の仙術であるが、基本的には禁術と併用されることが多い。
AダッシュもAプラスもAマイナスも、全てAというグループである。
あるいは、A=BでありB=Cが成り立つ時、A=B=Cであるというルールを設定する。
このルールを使って迂回する事で、対象に直接魔術を行使せず、間接的に成立させる。
(風邪は風の一種であり、季節が変わったら風邪は治る…など)







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