魔導国の日常【完結】 作:ノイラーテム
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●ダンジョンの完成と、新しい居住区
それはエ・ランテルの街を視察中の事。
「あ、アインズ様!」
「おお、マーレか。町中で珍しいな」
アインズは街の区画整理の一端でスラムを確認しに行く途中、マーレと出逢った。
今日・明日の予定には無かったので、ここで出逢ったのは偶然だったのだろう。
しかし引っ込み思案なマーレの事、町中で見かけるのは奇妙であると言えた。
「そ、その…。ダンジョンがひとまず完成したんです。ですから、一刻も早くお知らせしようと…。御迷惑でしたか?」
「おお。こんなに早く出来あがったのか」
言われてみれば、ダンジョンの作成を任せていたのはマーレであった。
郊外というには少し離れた場所だが、魔獣をアウラに借りれば大した距離ではない。
マーレからしてみれば帰り道の途中で、アインズ一向に出くわしただけなのだろう(挨拶に来るのは当然と言える)。
ならば予想よりも早く完成したのかと思ったが、そこで明るかった顔がいつものように暗くなる。
「ええと…。完成したというかせざるを得なくなったというか。…お預かりしてるモンスターや僕の魔法で出来る限界に成ってしまいました。これ以上は土台を増やさないと…」
何でも掘っていく過程で地盤が緩くなるので、魔法を使って補強して居たらしい。
だがそれも限界が訪れ、注意しても穴が出来てしまうなど問題が生じたようだ。
「途中までは出来てしまった穴を使って部屋を作ったりしたのですけど。…その。そろそろ大きくなり過ぎて」
そこまで聞くとアインズにも予想が付いた。
上の階は亜人サイズで下の階は巨人やドラゴンサイズで収まっていた。そこまでは良いとしても、レイドボスでも放りこむしかない区画など不要なのだ。
「無駄に大きくする前に確認に来た。現段階で可能な範囲での完成報告と言うことか」
「ハイ! その通りです。勝手にお預かりしてる区画を増やすわけにもいきませんし…」
全体構造を大きくすれば、補強に使うエリアも十分に取れる。
だが予定区域に収まらないし、任せていた進捗を取り合えず終えたこともあって中間報告に来たのだろう。
「ご、御不満なら…もっと大きくしましょうか? もっと凄いのを…」
「いいや、良くやってくれた。魔法に寄る拡張と補強、アンデッドとゴーレムによる作業成果。そのデータをまとめて提出してくれれば理想的だな」
アインズは先に合格点を出してから、次の目標を付け加えた。
どうやらマーレは適当に終らせたのではないと説明しつつ、もっと良いモノを目指したいと思っている様だ。
(完成と共に次を目指すのは、やっぱり男の子ということかな。俺も覚えがあるな~)
アインズは納得したように頷くと、手を軽くマーレの頭の上に載せる。
その姿にかつて自分がユグドラシルで垣間見た、様々なビルドのキャラメイクやダンジョン攻略を思い出していた。
「任せた当時はドワーフやドラゴンも居なかったし、その上でこんなに早く完成してくれたのだから言うことはない。次は彼らとも協力して、サイズ重視や効率重視、そして面白い機能など…色んなタイプを目指すと良い」
「は、はい! 次はもっと良いダンジョンを作って見せます! た、たぶん…大丈夫です」
マーレの頭を撫でると嬉しそうな笑顔がこぼれて見える。
ユグドラシルで組み合わせを探るだけでも膨大な時間が掛り、しかも全てを知ることが出来たわけではない。
それでも知る過程で培った経験や楽しさは、今でも思い返せるくらいだ。
「何度かやればマーレなら必ずできるさ。あえて助言を付け加えるなら、思い付く端から継ぎ足すよりは、最初から計画した方が整合性が取れると言うことくらいか」
闇雲に次の成果を目指せと言うのではなく具体的な手段と、目指すべき地点を教えることが出来たと満足して頷く。
ここで終っておけばどちらにとっても幸せでいられただろう。
「流石はアインズ様です…。あ、そうだ」
「ん? 何かな」
するとマーレは何かに気が付いた様に、上目遣いで尋ねて来た。
「アインズ様はこちらへ何の御用事で? ぼ、僕でお役にたてるなら何か…」
当然と言えば当然の問いであるが、ここで出逢ったのは偶然なのだ。
「まあ私もマーレと似たような目的ではあるが、町の区画整理…街を大きくする為の下見というやつだな。興味があるなら一緒に見て回るか?」
上機嫌のアインズは言葉を間違えた。
それが何を意味するかを良く考えずに即答してしまったのだ。
(あれ? 何かキラキラした目だな。何か感動する様な事を言ったっけ?)
自らの失言。
…より正しくは、言葉と言葉のドミノにアインズはまだ気が付いて居なかった。
「どうしたマーレ? 何か気に成ることがあるなら…」
「アインズ様がお手本を見せて下さるのですね…。でも御邪魔じゃありませんか?」
へ?
アインズは一瞬、何の事か判らなかった。
(てっきり、どんなダンジョンにしたら良いかの相談があるのかと思ったんだけど…。違うのか?)
実のところ、マーレはダンジョンの政策を愉しんで居たわけではない。
アインズから命じられた任務をこなし、上手くこなせたから喜んでいたのだ。
守護者ならば更に次を目指すのは当然であり、もっと良いモノを作って見せると言っていたのに過ぎない。
つまりこの勘違いがどういう結果に成っているかと言うと。
「…何の事だ。マーレが邪魔に成るはずなどないが」
「アインズ様には大きな街を作るなんて、何でもないんですよね…。うわぁ…」
え?
そんなこと言ったっけ…。
思わず話の流れを思い返して、とんでもない勘違いに気が付いた。
(ヤッベ!? もしかして、今ここで『どんな街にするかの結論を出す』ことになってないか!?)
アインズからしてみれば、ダンジョンの話題は既に終わったことだと思っていた。
だから気軽にエ・ランテル見学の同行者に加えたつもりだったが…。
マーレの中でダンジョンと街の区画整理が二身合体していたらどうだろう?
というか、それ以外に自分が勘違いされる理由も、同行する事で何かを得られる事を喜ぶ理由にはならない(マーレなら何でも喜んでくれるとは思うが)。
(い、いかん。どうにか結論を先延ばしにして、アルベドかデミウルゴスに整理計画を聞かないと…)
マズイことにアインズは絶対者である。
ゆえに街の区画整理など、胸先三寸で決めてしまっても問題は無い。
だがそんな計画に欠片も自信が
「これからどちらへ? 場所によってはお姉ちゃんに返しておかないと」
「アウラに魔獣を借りてるなら先に…」
「後はスラムを確認して終わりです。お手数はおかけしないかと存じ上げます」
アインズのせつない望みは身内に寄って切り裂かれた。
秘書役を兼任して居る本日のアインズ当番、エイスが卒なく説明してしまう。
先ほどまでは二人の会話を邪魔しない様に控え、必要な所で口にする辺りは如才ない(アインズを追い詰める結果に成ったが)。
(何してくれてんだよ! でも間違った事は言って無いしなー。本当は見回って終わりにするはずだったんだよな)
さすがに当たり前のことをしたメイドに文句を言う訳にはいかない。
その結果が主人の胃を冥途送りにする結果であったとしても、ここで言うのが役目なのだから責められない。
一緒にくっついている官僚たちだけなら脅して黙らせる手も使えるかもしれないが、友人たちの忘れ形見であるメイドにはその手を使うつもりはなかった。
つまりは移動するまでに、何らかの結論を下さねばならないのだ。
(思い付かないことにして宿題にする? ありえない。
内心の焦りと裏腹に、一行は問答無用で街を練り歩く。
元もとスケジュールの大半を終えて居たこともあり、そう対して時間も掛らなかったのだが。
(駄目だ。適当な理屈で押し通すしかないか。だが完全な嘘は駄目だ)
マーレは素直なので不審に思う事はあるまい。
だがそんな期待を踏みにじりたいとはこれっぽっちも思わない。
(出来るだけ何かの理由に当てはまり、一時的な処置として過ごすのがベストだということにする。…これしかない)
なけなしの脳味噌で捻りだし、無意味なプライドと整合性を保てたのは『今だけのベスト』だったことにするというものだ。
今だけの正解であれば、後で新しいアイデアに上書きしてしまっても良いだろう。
(でっち上げた『今だけの理由』でこの場を凌ぎ、後は人間のやる気を出させると言う理屈で官僚たちのアイデアを採用するとしてしまえばいい。良し! ここまでは完璧だ)
内心で冷や汗をかきながら、アインズはどうにか妥協案にこじつけようとしていた。
残る中で、一番の問題は…。
(その『今だけの理由』をサッパリ思いつかねー!)
当たり前だがそんなモノを瞬時に思い付けるなら苦労はしてない。
まあ内政とか外交とか完全に嘘八百の理屈を作れば幾らでも出来るが、ソレをしたくないから苦労して居るのだとも言える。
●スラムと住人たち
中途半端な良心とプライドにありもしない胃を刺激されつつ、とうとうスラム街まで辿りついてしまった。
「思ったよりも人が少ないですね…えっと、なにかの行事でしょうか?」
「ん? ああ、働ける者には開拓村を任せてしまったからな。残ってるのは怪我やトラウマで、何もすることが出来ない者くらいだ」
探せばスパイや犯罪者もいるんだろうけど。
咄嗟のところでアインズはその言葉を思い留まった。
もし口に出せばどうなるのかは想像に難くない。殺してきましょうかと言いながら、魔法で殲滅するか撲殺して歩くだろう。
アインズとしては別にどうでもいいが、友人の子供とも言えるマーレにそんなことを率先してやって欲しくは無かった。
「エイス。お前が聞いている範囲で良いから、マーレにこの区画を使おうと定めた理由を教えてあげなさい。難しい言葉は噛み砕いて出来るだけ判り易くだぞ」
「承知いたしました、アインズ様」
聞いたことをそのまま説明するだけならメイドでも問題あるまい。
その間の時間稼ぎも出来るし、自分も考えの整理が出来るからな。
難しい単語があって説明できないとしても、自分も判らないから先延ばしにできるかもしれないとすら期待を抱いて…。
そう思っていたアインズの期待はものの見事に打ち砕かれた。
メイドにとって栄光のアインズ当番が、説明できないなどという落ち度をする筈が無い。
至高の存在によってそうあれと定められたマイナス面(おっちょこちょい・物忘れ設定)があったとしても、他の場所で再現すれば良いのだ。
「亜人の来訪者が増えつつあるため、彼らが居住し易い場所が必要になると予想されます」
何が問題だったかと言うと、聞いていることをそのまま口にしてしまったからだ。
「とはいえ元からの居住者とのトラブルは好ましくありません。陛下に生かされていることを忘れた愚か者などはどうなっても構いませんが、御名前に傷が付いてしまいます」
判り難い表現こそ判り易く直しているものの、説明した人物の評価をそのまま鵜呑みにしてしまっている(同意もしているようだが)。
「あ、ということは…」
察しの良いマーレはエイスが口に出すよりも早く周囲の様子をもう一度眺めた。
「はい。このスラムであれば普通の居住者は近寄りませんし、残っている者は居ても居なくとも構わないゴミばかりです」
まともな市民はスラムに行こうと言う認識自体が無い。
壁で塞ぐ必要が無いから安上がりだし、王が遮断したと言う噂も立たない。ゆえに亜人の居住地にするのは打ってつけだ。
残ってる連中が大したことないのも、まあ判る。事後報告で処分したと言ってくれれば承諾もしただろう。
だが人間に対する偏見をそのまま口にするのはどうかと思うのだ。せめて誰も居ない身内の時にだけ言って欲しい。
おそらく提案した者…アルベド辺りも自分が人前で口にする時はそうしているはずなのだから。
(せっかく人間の官僚も居付いてくれるようになったのに…止めて欲しいなぁ。でも理由もなしに王様が止めるのもなんだし)
くっ付いて来ている連中は、アンデッドの王でも構わないという覚悟しているだろう。
それでも同族が虐殺されるのを良いと思う筈は無い。
官僚たちの機嫌を窺う必要などは無いが、丸投げする相手が居なくなってしまうのは残念だ。
そうこするうちにエイスは全てを語ってしまい、マーレはワクワクした瞳でこちらを見上げて来る。
悩む間もなくモラトリアムは終ってしまったのだ!
「あの…アインズ様。せっかくですし僕がこの辺を崩してしまいましょうか?」
「まっ、待て。その必要は無い」
マーレが今にも杖を掲げてしまいそうなのを、アインズは慌てて止めた。
人間など別にどうでも良いが、いたいけな少年が虐殺者の名前を背負うのは精神的によろしくない。
「た、建物を残すなら…、邪魔な人たちを一人ずつ連れて行きますけど」
「その必要も無い。彼らには別の役目があるのだ」
マーレがやる気を出してくれてるのは結構だし、言葉だけならソフトではある。
しかしやることは死刑執行人と同じでは、笑顔でやらせる訳にも行かない。
ここで止めるには、スラムに残った住民には利用価値があると言う他はない。
しかし、ハっとした顔で見上げたのはマーレだけではなかった。
「そうですよね。退去勧告済みとはいえ、やはり罪も無い住人を処分してしまうのは問題です」
「その役目とはどのようなものでしょうか? 早速、アルベド様たちにお伝えいたします!」
数少ないながらも付き従う人間の官僚は期待の目で、エイスは秘書役として働こうと鼻息荒く見守っている。
(やっべ。ハードル上げてどうするんだよ、俺!)
何がマズイかといって、この状況で今は思い付かないとか、アルベドに聞くとか言う方法が取れないことだ。
後でバレたらエライ事になるだけでは済まないだろう。
「しかし、怪我人や気力を失った住人達を活用する方法を見出すとは、さすがは陛下です」
「わわわ…アインズ様なら凄い方法に決まってますよね、でも…どんな方法なんだろう…」
官僚やマーレは発表を今か今かと待ち続けている。
もはやあと五分…すら通用しない雰囲気だ。
(なんで人見知りのマーレと意気投合しちゃってるんだよ。そりゃ俺やコキュートスよりも親しみが湧くだろうけど…。いや、それはむしろ良い事なんだ。早く思い付かないと…)
しかし、しかしである。
いきなり思いつけるようならば苦労などして居ない。
できるならここに来るまでに済ませているし、あの時よりもハードルが上がってしまっているのだ。
なんとかしようとアインズは己の知識…鈴木・悟であったころの記憶を総動員する。
(営業マンとしてルート営業の時や、飛び込み営業に駆り出された時…。駄目だ、なら他業種間で組んで新商品の時…も駄目だな)
小学生までの学歴しかない鈴木・悟に大した知識があるはずもない。
ならば会社で叩き込まれた知識を必死で探すが、見つかるはずもない。
何しろ何も出来ないから難民なのだ。何かを出来る人間が居たとして、それらは既に開拓村に行って居るだろう。
(やはりユグドラシル時代しかないか…。でも、街で住人がすること? そんなの出来あいのNPCくらいしか見たこと無いよ…)
だが現実は無情である。
ユグドラシルで見かけた光景など、その辺のファンタジーゲームと変わり無い。
鈴木・悟は手を出しては居なかったが、他のギルメンから聞いた話ではやはり同じ様な一定の会話しか出来ないNPCくらいだったという。
もちろんミッション用の重要NPCは凝った造りをしているが、それだって同じ会話のパターンでしかない。
だからこそ、こちらの思考を呼んだようにパターンが切り替わる悪魔メフィストや聖人イーノックなど、作り込みの濃いキャラが人気を集めたとも言える。
(街の住人なんて判を押したような会話だけ。例外はイベント中にテキストや服装が入れ替わったりくらいだしなあ…。ん? ……定型NPC?)
巡り巡った指向は、同じ場所でループを始める。
最初に否定した項目に何度も行き辺り、とうとう何故駄目なのかを思い出せなくなっていく。
(そうか。この世界じゃNPCなんて作れないんだから、NPC代わりに配置すれば良いじゃないか。給料を払って…いや、食料と家賃を代わりに払うことにすればいいんだ)
それが正解かどうかは判らない。
だが、それ以外に思い付かなかったし、既に時間切れしているこの状況では、これで押し通すしかない。
なんだったら職業訓練の一環で、生きる気力が湧くまで待ってやった扱いで、新しいアイデアが湧くのを待つしかないだろう。
「あの、陛下?」
「もしや聞いては不都合なことでも?」
思ったよりも考えて居たのだろう。顔を巡らせると恐る恐る口を開いた。
「いや、どうやれば面白い使い方になるか再計算して居ただけだ。普通に使うだけなら何でも良いのだがな」
「流石は陛下です。何通りもの策を瞬時に巡らせて居られたのですね!」
「そ、それでどんな策なのでしょう…」
う、うむ。
長らく沈黙して居たことを誤魔化しながら、アインズはマーレが来た道を指差した。
●始まりの町へようこそ!
「マーレが建設してくれたダンジョンの周囲に、冒険者が扱う施設を複数作る。その冒険者村とも言うべき場所に配置するのだ」
「で、ですが、彼らには商売や鍛冶などは不可能です」
「預けた物を盗むか、何もしないうちに逃げ出してしまうかと」
話を始めて間もない内から、事情を知っている官僚たちから声が上がる。
アインズはニヤリと笑うと、エイスやマーレが『そんな不心得者は殺してしまえば良い』というのを手で抑えた。
「そうではない。大して苦労のある事をさせはしない。簡単な事を説明させるだけだ」
例えば…そう。
小さく間を置いて説明を続けていく。誰もがアインズが何を言うか同じ様に見守っていた。
「村に入って最初人間は基本的に『始まりの町にようこそ』と言うだけで良い。この程度であれば誰でもできよう?」
「しかし、それくらいの説明ならば立て札や場合によってはアンデッドでも良いのでは?」
当然の意見に対し、アインズはゆっくり首を振る。
「立て札では一つの事しか伝えられないし、アンデッドでは委縮させてしまう。…言葉に意味を見出すのは他の人間だ」
「ということは、暗号の伝言役ですか?」
「確かにそれならば、喋ることも出来ない者以外は…。いや、木の札でも渡せば良いのか」
帝国で切れ者だったというロウネ・ヴァミリネンは、流石にアインズの言葉を即座に理解した。
その説明を受けて、他の者たちもなるほどと理解の色を示して顔色が変わっていく。
「特定の条件が揃うまではそういうことだ。住人が慣れ、冒険者も慣れた頃に少し付け加える」
「生きる気力が湧かない者も、会話する事で少しずつ変わってくると言いますしな。悪い方向にいったものは別の役目を与えれば良いのですし」
「それならば可能でしょうし、表向きの役目としてはピッタリですね。流石は陛下」
ん?
表向きという言葉に違和感を覚えたものの、アインズは思い付きの説明が形になったことで満足してしまった。
そして新しいアイデアとして、かつでユグドラシルであったことを得意げに盛り込んで行く。
「祭りの日など特定の条件で、酒の代わりに情報を渡すとか『友人』を紹介するというのは面白かろう?」
「出かけた先でちょっとしたことを覚える訓練にもよさそうですね。微妙な変化に気が付くとかは慣れないといけませんし」
「情報収集役としても期待できるな。…情報収集? なるほど、そういうことか」
一部の官僚は何故かしたり顔で頷いている。
どうやら冒険者の村に配するスパイや、それらが社会復帰したことにして他の町に移動させる時のアリバイ作りなどと誤解してしまったようだ。
だが当のアインズにはそんなつもりはまったくないので、延々とNPC役としての説明を続けて行った。
「そうだな。建物は確りしたものではなく、定期的に入れ換えても面白かろう。新しい技術や建て方を試す為に大工を募り、費用そのものは労役で集めた物資を使用する」
「もしや、簡易的な建物を組み合わせていけば、騎士たちの突入訓練もできるのではないか?」
「おお! なるほど。たかが村の住人とはいえ、毎回用意するのも苦労しますからな」
気が付くと今度は出動訓練の概念に移っていた。
アインズはそんなことに気が付かなかったが、官僚たちの方には知識があるので勝手に思い付いて行ったようだ。
「と言う訳で、郊外に作ったダンジョン周囲に冒険者の施設村。そこと街とを挟む形でスラムへ亜人達の居住区を作る」
「冒険者が直ぐ傍で見張っているわけですから、住民たちも安心できましょう」
「これならば対して回収費用も掛りませんし悪くな…いいえ、様々な策を同時に実行できると言う意味ではこれ以上のモノはありません!」
アインズのアイデアはただの思い付きであったが、あれよあれよと言う間に官僚たちが塗りたくって行く。
またたく間に出来あがる計画に『あれは思い付きです、直ぐに変更するから』なんて今更言えない雰囲気だ。
「さ、流石はアインズ様です! ぼ、僕はダンジョン作るだけでしたけど…、郊外に作れと指示された時からこんな計画を考えておられたのですね」
(上手く繋がったよ…。とりあえずこの期待を裏切らない様にしないとな)
キラキラした目で見上げるマーレや、何度も口の中で呟いて反芻しているらしいエイスを傍らにアインズは心の中で胸を撫で降ろすのであった。
こうして一難去ったアインズの元に、新しい一難が自爆に寄ってやって来る。
それは執務室でのこと。
「そうだ。偶にはマーレも冒険してみるか?」
「良いのですか!? 僕は嬉しいですけど、お忙しいのでは…」
あれ?
アウラと組ませて簡単な御使いクエストを頼むつもりだったのだが…。
(あ…。『も』って言ったのを、俺と一緒に行くって勘違いしたのか。しまったなあ。…でも、久しぶりに冒険で息抜きってのも良いよな)
流石に今回の勘違いは、マーレの願望が入り過ぎている。
自分の失策ではないので否定するのは容易いが、そこにアインズ自身の願望が入り込んでしまった。
「構わないさ。ちょうどマーレがダンジョンを作りあげたからな。御褒美と言う訳でもないが何日か周辺を一緒に見て回ろう」
「はい!」
とても嬉しそうなマーレの気持ちに水を挿す気も起きず、御褒美という理由を使って自分も便乗する事にしてしまった。
これが新しい騒動との出逢いのキッカケに成るとは思いもしなかったが…。
と言う訳で、今回は十二巻で出て来た情報との繋ぎになります。
見た感じで、『あれから●年が立った』的な感じですので、半年~三年程度の経過後として考えています。
魔導国は割りとまとも? と評判が出始め、亜人や冒険者を中心に出入りが始まっているというところでしょうか。
丁度、街道・ドワーフ・支配魔法での不正対策はやってしまっているので、今回は亜人居住区を終わらせて、次回に入国管理官とかその他の理由付けをする予定です。