第11回

映画監督 石原貴洋インタビュー

現場で怒ったことは1回もない。こっちが本気で思ってたら、怒らんでも子どもには伝わるのよ

構成・文・タイトル写真/水藤友基
撮影/福嶋達哉(「VIOLENCE PM」スチール)

題字/masi. 企画編集/アライユキコ

映画監督 石原貴洋


大阪に"小学生映画"を作り続けてきた異色の自主映画作家がいる。主人公は小学生、ロケには小学校が全面的に協力。校長先生とマブダチになって授業中にカメラを回し、子どもらにセリフを言わせて映画を作っているという。2009年の作品「共存時代」にぶっ飛んだ僕は、インタビューを依頼して電子書籍「自主映画テクニカvol.1」を作った。それを読んだこの連載の企画編集者から連絡がきて、ぜひ再編集バージョンを掲載しましょうということになったのだ。

共存時代

「共存時代」
出演=石丸結理、中岡彩夏、桂和美、加藤芳紀ほか
監督・脚本・撮影・編集・音楽=石原貴洋/49分/2009
石原さんが2009年に作った9本目の小学校映画。「びんぼーびんぼー」と同級生からバカにされている小学生のちいちゃん。母親はろくに食事も作ってくれないので、仲良しの中学生・かなこちゃんの家に食べに行く。だがそこにヤクザのオッサンが帰ってきて……。




子どもが10人集まれば1人は「役者」がいる


PROFILE:石原貴洋

1979年生まれ。ビジュアルアーツ専門学校・大阪を卒業後、複数の職業を転々としながら仲間たちと映画制作を開始する。演技経験のない子どもたちをオーディションで募集し、小学校を舞台に撮影するという前代未聞のスタイルで「まさしくん」(2004)を制作。以後、約5年間で9本の"小学校映画"を作り続ける。「水曜日のスイミング」(2006)、「Stewed Beef & Potatoes」(2007)でシネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション(以下CO2)のオープンコンペ部門に2年連続入選。2009年の「共存時代」によって大阪市の助成金を獲得し、長編映画「VIOLENCE PM」を制作。中学生がある事件をきっかけに殺人を犯し、ヤクザになるも凶暴すぎて破門され、夜の街を守る自警団に居場所を見出してゆく……という怒涛のバイオレンスムービーだ。現在は新作を準備するかたわら「VIOLENCE PM」をベースとした長編小説を執筆中。


Filmography

「まさしくん」(2004)
「11才の誕生日」(2004)
「ソーダン先生」(2005)
「水曜日のスイミング」(2006)
 第3回CO2オープンコンペ部門入選
「色彩の夏」(2006)
「Stewed Beef & Potatoes」(2007)
 第4回CO2オープンコンペ部門入選
「少女と竜王」(2008)
「DAY SPEED BLUE」(2008)
「共存時代」(2009)
「VIOLENCE PM」(2010)
 第6回CO2助成作品
 ハンブルグ日本映画祭正式出品作品


サイト

「見巧者」石原貴洋紹介ページ
http://migohsha.com/db/d00762/

CO2助成監督ブログ
http://2009co2.blog18.fc2.com/blog-category-4.html



水藤友基

1980年生まれ。釣り雑誌「Basser」編集部を経てフリーライターに。エキサイトレビューやHonda釣り倶楽部などで記事を書いている。自主映画「どちらか魔女」「そうなんだ」を監督したり、映画「アイ マイ ミー マイン」の共同脚本なども担当。テンカラ釣りの伝説的名人・瀬畑雄三さんのDVD「天然キノコを探しに行こう!」が絶賛発売中です。

ツイッター
水藤友基 (tomokisuito) on Twitter
http://twitter.com/tomokisuito



──「共存時代」は、小学校映画の何作目ですか。

石原 9本目ですね。

──初めて見た時に度肝を抜かれました。なんだこれは、と。……これ、演じてるんですよね?

石原 ちゃんとシナリオがありますよ。セリフも全部書いてある。

──出演者はどういう子どもたちなんですか。子役?

石原 いや、「共存時代」は全員が素人。大人も含めて、演技の経験者は1人しかいてない。

──たとえばNHKの「中学生日記」のように、子どもが大勢出てくるドラマを見ると、いつも違和感があるんですよ。上手な子もいるけれど、どうしても不自然に見えてしまう。ところが「共存時代」は、1人や2人だけじゃなく、もう全員がすごい。なんでこんなことができるのか、不思議でしょうがないんです。

石原 まず配役がうまくいった、っていうのがあるよね。あとはこっちの引き出し方しだい。想像やけど、ダメな子どもドラマの演出家さんは、あの子らとしゃべってないんちゃうかな。向きあってねえんだろうなあ。

──どうやって選んでるんですか。

石原 何本も撮ってきてるから、いまは常連になった子もおるんやけど、基本はオーディション。学校の撮影許可が取れた時点で、大東市の広報誌でキャストを募集する。市民やったらタダで載せてくれるからね。「市民会館で◯月◯日に映画の説明をするから、出たい人は親子そろって来てください」。しょっぱなに親子あわせて30人以上来てくれて、びっくりしたわ。

──オーディションの進め方は?

石原 まず脚本を見せて、映画の内容や日程を伝える。それから「カネ取ったりせえへんから安心して」「完成したらDVD渡します」とかぜーんぶ説明して、そのあとに主役とかを決めていく。

──え、配役もその日のうちに?

石原 当日やっちゃったね、強引に。まず脚本のセリフを読んでもらう。読み合わせって、けっこう演技力が出るもんなんすよ。やっぱり、うまく読めるヤツは演技もうまい。

──児童劇団に入っていたとか、経歴は考慮しますか。

石原 関係ない。シロウト集めた時点で分かったけど、子供が10人おったら、1人や2人は絶対にできる子がおる。

──そんなにたくさん!

石原 いる。学校なら1クラスに2~3人はいる。間違いねえ。しゃべったら分かるし、ちょっと何か読ませたら分かる。あ、いけるなーって。不思議なもんでね、好奇心が強いお母ちゃんがおって、そういう人が連れてくる子は好奇心が強い。魅力的な子は、親も魅力的やねんな。当たり前のようやけど、応募してくる親子はプラス指向の人が多いし、そういう子を直感で選ぶことが多いね。



どんだけ子供をなごますか勝負


このインタビューの元になった電子書籍版「自主映画テクニカvol.1」に寄せられた反応から


石原監督の子供たちへの接し方はもう映画とかいう枠を飛び越えて大人と子供、人と人の対話の原点に思えた。粘り強く、怒るかわりに子どもたちの一番の瞬間を信じる。そんな信頼関係から飛び出た映画をどうしても観たくなった。 山下知宏


電書フリマで水藤くんの「自主映画テクニカvol.1」に出会った。なにより映画の作り手への愛情、それを伝えたいという熱さに打たれた。そして、石原監督インタビューの生き生きとした関西弁、ダイナミックな人柄と現場感、にやられた。こういうテキストを「お前の目玉は節穴か」に掲載しなくてどうする? と思った。 アライユキコ


ドキュメンタリーのようでありながらファンタジック、爆笑した直後に戦慄の展開が待ち受ける石原監督の大傑作。あまりにも自然な演技を見せる子どもたちに対し、強烈な印象の大人キャラを配置する巧みさにも唸る。ちーちゃんが親友との約束を信じて公園で震えながら待つ名シーンは、思い出すだけで鳥肌が立ちます。

ドキュメンタリーのようでありながらファンタジック、爆笑した直後に戦慄の展開が待ち受ける石原監督の大傑作。あまりにも自然な演技を見せる子どもたちに対し、強烈な印象の大人キャラを配置する巧みさにも唸る。ちーちゃんが親友との約束を信じて公園で震えながら待つ名シーンは、思い出すだけで鳥肌が立ちます。



──長いセリフをやりとりするシーンがありますよね。大人でも覚えるのがたいへんそうな。

石原 ああいうのは、覚えてもらいやすい方法があるんよ。「覚えてこい」って言われたら子どもは緊張するでしょ。「覚えなくていいから、読んどいてね」って言う。で、撮影の時はシナリオを見せたまま「ここからここまで読んでみて」ってやらせて、スーッと読みよったら「もうちょっと長く読んでみようか」

──少しずつ増やしていく。

石原 「あ、イケるやんか。じゃあシナリオ隠してみよっか?」「うん、できるよー」っていう感じ。

──なんだか自転車の練習みたいですね。

石原 そうそう、それ(笑)。子供と一緒の目線で、どこまでできるか見ながら。その繰り返しやね。

──いま、すごく簡単に説明されてますけど、できる子もいればできない子もいますよね?

石原 そら違いますよ。だけど、それはこっちが子どもに合わせればエエだけやから。

──たとえば10行あるセリフを5行しか読めない場合は?

石原 セリフを削ることもあるし、ワンカットだったところを2カットに割るとか、うまく切り替える。そのへんのスピード勝負は自信があるんです。普通の映画みたいに夜明けから深夜まで撮影できるわけじゃないからね。限られた時間のなかで、どれだけスピーディーに無駄なく、臨機応変に対応できるかっていう。

──撮影前にリハーサルはやってるんですか。

石原 難しそうなシーンは公園で練習したこともあるよ。でもほとんどあれだね、撮影前に何するかっつったら、いかに仲良くなるか、ってことやね。

──どんなふうに?

石原 一緒に遊ぶのみ(笑)。「共存時代」でね、主人公の「ちほ」っていう女の子が、友だちの家で一緒に晩ごはんを食べるシーンがあるでしょ。途中でお父ちゃんのヤクザが帰ってきて、「お前なんでウチでメシ食ってんねん」って追い出されるところ。

──あのヤクザ怖いですよねえ。Vネックの胸元からチラッとタトゥーが見えて(冒頭の写真左参照)。

石原 スケジュールの都合で、ちほとヤクザの初顔合わせが撮影の当日になってしまった。あんなオッサンがいきなり現われたら、子どもはビビるに決まっとるやん? 案の定、オッサンが現場にガラッて入ってきた瞬間に女の子が青ざめて。

──ちなみに、あの方はモノホンの……?

石原 いやいや、音楽関係の仕事してるヤツなんやけど(笑)。でまぁ、やっぱりなと思ったから、2人を座らせてトランプをやったんですよ。はじめは女の子も顔が引きつってるけど、10分もたてば一緒に笑って遊んでて、よっしゃ、計算どおりやと。

──でも、このシーンは「女の子がビビってる」場面なわけですよね。仲良くさせてから撮影に入るのではなくて、「オッサンを見て本当にビビってる生のリアクション」をそのまま撮る、みたいなことは考えませんか。

石原 あー、それはできないね。もうホンマにそれは、できない。それがホンマの暴力やからね……。やったとしても、1回キリやね。

──それが役者を潰してしまう?

石原 そうなるなぁ、僕の経験上は。演出って実はそこなんよ。細かい指示もするけど、その土台作りはどんだけ子どもをなごますか、っていう部分やと思う。なごんでない状態で、こっちがあれこれ演技指導したって全く伝わらない。でもいったんなごんだら、こっちがひと言ふた言しゃべるだけですぐに伝わるんよね。その順番が大事。

──いまの話、映画監督というより小学校の先生みたいです。

石原 たぶん僕、小学校教師でもイケるよ(笑)。場数は踏んでるから。



ヤクザになって映画を作るはずだった


自主映画テクニカvol.1

自主映画テクニカvol.1"

「自主映画テクニカvol.1」(文と写真/水藤友基)
今回の記事のもとになった自主映画監督3名のインタビュー集。第1回電書フリマにて、電子書籍の形態で販売した(定価100円)。あまりメディアに取り上げられていない監督をピックアップし、映画作りの「技術」について聞くというのがコンセプト。石原貴洋のほかに天野千尋、青山あゆみが登場している。彼らの作った映画はマジちょー最高にハンパないので、話を聞くのは本当に楽しかった。vol.2を作ったら上映イベントをやりたい(写真下は筆者)。

シネマテクニカ http://d.hatena.ne.jp/cinema-technica/


VIOLENCE PM

「VIOLENCE PM」
出演=野中耀博、上野央、正野晃ほか
監督・脚本・編集=石原貴洋/80分/2010年
過去に「ジャーマン+雨」(横浜聡子監督)などを輩出したCO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション)の第6回助成作品。ダイレクトな暴力描写と叙情的なシーンが観るものを揺さぶる、イシハラ節全開の力作。ハンブルク日本映画祭に正式出品された。以下、「VIOLENCE PM」の撮影風景をいくつか紹介します(撮影=福嶋達哉)。

「VIOLENCE PM」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=Zk2MjpbAjyE



石原 小学校映画を撮る前はね……ジンセイ的な話になっちゃうけどいいすか? 避けて通れんよなあ。ほな、まず大阪でビジュアルアーツという専門学校を卒業したトコから。

──あ、その学校の話もお願いします。

石原 学生時代はヤクザ映画とゾンビ映画を作ってました。わりとこう、人間模様みたいなものをね。

──ゾンビ映画で人間模様ですか。

石原 「あなたにとってリアルと思える10分の映像作品を作れ」という課題があってね。僕は山のなかに自衛隊が逃げ延びていて、という設定のゾンビ映画を作った。リアル風に、シリアスに撮って。

──それ、10分で収まるんですか。

石原 20分くらいになったかなぁ。その講評会が面白かった。上映が終わったら作者が前に出て、他の生徒に感想を聞く、と言うシステムでね。ほかの映画はインターネットしてる少年がどうとか、公園で男女がもめてるとか、ショボい話ばっかよ。そこへ僕がゾンビVS自衛隊をバーンとかけて、感想もらおうと出て行ったら、全員が下を向いたまま顔を上げない(笑)。全員やで? 衝撃やったわ。「お前らなんで下向いてんねんコラァ!」みたいな。その時に悟った。あ、ダメだこりゃって。

──ダメ、というのは?

石原 僕、義務教育がすげー嫌いで。ブッ潰したろうと思ってるんです。クリエイターになりたい、監督になりたいと思って専門学校に来てるくせに、意見を求められたら下を向く人間になっちゃってるのは、義務教育に原因があると思う。

──卒業後の進路は?

石原 映像の制作会社に就職してADから始める道もあったけど、僕は嫌だった。つきたくないヤツの下にはつきたくないんよ。だから自分で映画を撮れる環境を作ろうと思って、東京に行くことにした。歌舞伎町に行ったんやけど、いきなり失敗して。そのコンプレックスがあるから今でも大阪で続けてる、っていう部分があるといえばある……

──ちょ、ちょっといいですか。なぜ歌舞伎町に?

石原 いったんヤクザになろうと思って。

──差し支えなければ、詳細を聞いてもいいでしょうか。

石原 歌舞伎町の風俗店に入って、そこでいったんワルになって、のしあがったらいいんちゃうか、と。

──のしあがるというのは、ヤクザになって映画を撮ろうと?

石原 そういうこと。だけど風俗店の面接に行った時、僕、生まれて初めてビビってん。バケモンみたいなオーナーが出てきたわけよ。そいつと向かい合った時点で「あ、負けた」と思った。なんちゅーかな、一瞬で勝負決まっちゃうのよ、強いヤツって。「オレ、絶対こいつには勝たれへん」みたいな。

──生物として負けたと。

石原 まぁ、勝つとか負けるとかって考え方がおかしいんやけど(笑)。



僕の先人は岩井俊二です


出演者の大半はオーディションで選ぶ。演技経験の有無は問わない。写真は中学生にカツアゲシーンをアドリブで演じさせているところ。できるヤツを一瞬で見抜く石原監督(中央)の眼光が怖い。

出演者の大半はオーディションで選ぶ。演技経験の有無は問わない。写真は中学生にカツアゲシーンをアドリブで演じさせているところ。できるヤツを一瞬で見抜く石原監督(中央)の眼光が怖い。


中学生たちがチンピラを山に連れ込み、殴り殺して復讐を果たす。PTAからクレームが来そうなシーンだが、子どもたちも、その親も協力的だ。なぜそんなことができるのか?

中学生たちがチンピラを山に連れ込み、殴り殺して復讐を果たす。PTAからクレームが来そうなシーンだが、子どもたちも、その親も協力的だ。なぜそんなことができるのか?



石原 結局その店では雇ってくれなかった。それでひどく落ち込んで。しばらく東京で新聞配達やってたけど、どうしようもないから大阪の実家に帰った。そこから1年間は現金輸送車の警備員をやって、ガッツリ働いてお金貯めて、キャノンで当時の最新機種のビデオカメラを買った。その次は三洋電機に入って。

──社員ですか?

石原 そう、工場ラインの監督をやってた。それがいちばん向いてなかった。やっぱりサラリーマンできねぇなって悟ったけど、1年だけ耐えて、今度は映像編集のために最新機種のマックを買って。それ以前も撮影はしてたんですよ。女子高生の青春映画を撮って、第2弾は世界終末映画みたいなヤツ。

──かなりの飛躍ですね。

石原 個人的にいろいろキツイ時期やった。同い年の親友が自殺しちゃったんよ、22で。オレも危なかった。イヤイヤ実家に住んでて、出て行きたいけどカメラとパソコン買ったから金がないし、親とも話は合わんし、仕事も苦しい。どんどん破滅的な考え方になってた。

──だから終末的な映画を?

石原 ネガティブな感情は映画に全部出しちまえ! と思って、ゲロ吐くみたいにね。これでしばらくドロドロしたものは撮らないって決めた。僕、基本はネガかポジかどっちかなんですよ。日常は撮らん、て決めてる。だから次はとことんポジティブなものをやろうと思って、小学校映画を始めたんです。

──そこもぶっ飛んでますよね。ゾンビ映画ならジャンルとして分かりやすい。でも小学生を使って小学校で映画を撮るという発想は、どこから?

石原 岩井俊二監督の「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」という映画。すごいショックを受けたんです。なんちゅう新しい作品なんだと。

──意外な作品が出てきて驚きました! たしかに、子どもが主人公の映画です。

石原 カット割りも見せ方も音楽の入り方も、僕にとってはめちゃくちゃ斬新だった。とりわけ子供の演出がね。だから僕にとって、小学校映画の先人は岩井俊二。ただ、あの人は小学校映画を1本しか撮ってない。僕が何本も撮ったらどうなるだろうと思って、それで始めた。

──小学校へはどうやってアプローチしたんですか。

石原 めっちゃたいへんでしたわ。スタートしようと思った矢先に池田小の殺傷事件が起こってしまった。それまで僕らが校庭に入り込んで遊んでも平気やったのが、門を閉めて部外者立ち入り禁止。あちゃーと思ったけど、まずは自分の知ってる先生に会いに行った。こんなふうに相談したの覚えてるわ。「小学校で映画撮りたいんやけど、議員の力、使ってええか?」。そのころ僕、地元の市議会議員の広報ビデオとか作ってたんよ。その人に頼んで話を通してもらえば、学校もウンて言うやろと。

──先生の返事は?

石原 「イシハラ、それはやめといてくれ。角が立つ」って言われた。権力者を使うのはあかんと。「ワシがいい校長先生を紹介するから、そこで撮りぃや」って言ってくれた。それで、別の小学校を訪ねて行って。

──撮影できるかどうかは校長しだいなんですね。

石原 映画の内容を説明して、こんな内容です、いつやったら撮影できますかと。校長先生も「夏休みならええよ、この時間帯は警備員がうるさくないから」とか協力してくれた。学校の許可があっても、うるさい警備員とうるさくない警備員がおってね……。でもその親切な校長先生に会えたおかげで、ようやく最初の小学校映画がスタートできた。



映画撮影のある時間割


石原監督の交友関係には謎が多い。大阪・梅田の高級クラブで撮影した際には、キタの親分から30人分の上寿司の差し入れがあったというウワサ。

石原監督の交友関係には謎が多い。大阪・梅田の高級クラブで撮影した際には、キタの親分から30人分の上寿司の差し入れがあったというウワサ。


こちらも素人俳優のみなさん。ちなみに刺青は特殊メイクではない。彼らが金属バットで主人公を拷問するシーンには異様な説得力があった。

こちらも素人俳優のみなさん。ちなみに刺青は特殊メイクではない。彼らが金属バットで主人公を拷問するシーンには異様な説得力があった。



──タイトルの「共存」って何だ? と思って見はじめると、家が貧乏で、母親がごはんを作ってくれないから友だちにおかずをもらいに行く話!

石原 いつの時代や、て感じでしょう(笑)。知り合いの主婦さんに聞いた話が元ネタです。子どもが小学校の低学年なんやけど、下の階にいる友だちが、お茶碗持って晩メシ食べに来るんやって。約束もせずに、いきなり押しかけるのが面白いらしい。

──なんとなく分かる気がします(笑)。

石原 それとね、「共存時代」の前に作った「Stewed Beef & Potatoes」っていう映画で、僕は「晩ごはん」に開眼したんですよ。悪ガキ同士がケンカするんやけど、一緒に晩ごはん食べて仲良くなるっていうストーリー。よその家でメシ食うと、いろんな違いを発見するでしょ。ショウガ焼きにキャベツの千切りがついてるかどうか、みたいな。そのキャベツにはマヨネーズをつけるのか、ソースか、それともしょう油なのか……。

──自分の知らないシステムがあると。

石原 だから友だちの家でごはん食べると戸惑うけど、同時に「違いがあるんや」ってことに気づく。それでいいねん。あそこの家はああなんだねって知ることは、違いを認めることに繋がるから。だから、よその晩ごはんっていうのは、子どもの頃に絶対体験しておくべきことやと思う。

──それも小学生の映画ですか。

石原 そう。総合学習の時間に作った映画なんやけど。

──え、授業の一環で? そんなことできるんですか?

石原 うん。たぶん日本でやったのオレだけやと思うな。

──総合学習って、時間割にどのくらい組み込まれてるんですか。

石原 本当は1週間に2時限だけやったけど、実際は5時限から10時限くらい使って撮影してた。担任が融通のきく先生で。

──教室には生徒がわんさかいるわけでしょう?

石原 最初はみんな「ピースピース」とかしてくるけどね。撮影の何日も前から学校に行って、算数の授業なんかもずーっと撮ってたから、しまいには飽きられて目も合わさなくなった。そこまで行ったらこっちのモンやね。

──羽仁進監督の映画で、同じようなエピソードを聞いたことがあります。学校にカメラを持ち込んで子どもを慣れさせたという。

石原 へぇ。やっぱおるんやね、同じこと考える人も。

──でもそれはドキュメンタリーの話です。石原さんの場合は劇映画だから事情が違いますよね。

石原 たとえば体育の授業中にカメラ回して、芝居させてひとつのシーンにしちゃう、みたいなことをやってた。

──セリフもしゃべってるんですか。

石原 もちろん。

──他の生徒は授業してるのに?

石原 うん、もうムチャクチャやで(笑)。完成したあと、体育館で上映した時はすっげー楽しかった。全校生徒がドッカンドッカン笑ってくれて、あれは人生ベスト5に入る嬉しさやったな。

──石原さんの「小学校映画」は、どんな人をお客さんとして想定してるんですか。

石原 僕が「打ち上げ花火」を見て影響を受けたのは高校2年の時で、やっぱり自分の映画も、新しい何かを欲している若い人間に見てもらいたい。こういう映画もあるんだよって。

──「義務教育をつぶす」って言ってましたが、映画で若者を洗脳する、みたいなイメージ?

石原 そういうのもあるね。義務教育って、すごく閉鎖的な空間なんですよ。子どもたちは教師を選ぶことができない、クラスは自動的に運命のように決められて、先生の教えに従うしかない。ほかの価値観が分からんわけよ。そこへ、さっきの晩ごはんの話みたいに、違う種類の大人が出てこなアカンと思う。こういう大人もいるんだよと。義務教育が変わらんのやったら、自分から入っていこうと思って、それも小学校映画を始めたきっかけになってる。



カメラを見てもいいんだよ


撮影は時間との戦いだから、演出には迷いがない。予算の少ない自主制作映画でクオリティを保つために身につけた職人技。

撮影は時間との戦いだから、演出には迷いがない。予算の少ない自主制作映画でクオリティを保つために身につけた職人技。


大阪府大東市が石原監督のホームグラウンド。この神社の裏山は作品に何度も登場するお気に入りの場所だ。一種の「異界」として描かれることが多い。

大阪府大東市が石原監督のホームグラウンド。この神社の裏山は作品に何度も登場するお気に入りの場所だ。一種の「異界」として描かれることが多い。



──映画撮影の順番というのは、シナリオの流れと違うことも多いですよね。ラストシーンを先に撮ったり。

石原 なるべく順撮りでやってますけどね。

──プロの俳優ならバラバラに撮っていても全体の流れを考えて、いま撮っているシーンの意味や感情を把握できると思うんです。でも、子どもたちは混乱しませんか?

石原 それも、こっちの説明しだいやね。「主人公はよぉ、いま、すげぇ悲しい気持ちなんだよ」って伝えればいい。分かりやすい言葉で、全力で説明する。子どもだからって絶対にナメない。

──アラ探しみたいな質問ですけど、「悲しい気持ちだよ」と説明したせいで、子どもが型にはまった演技をする怖れはないでしょうか? 大げさに泣きそうな顔を作るとか。

石原 だったら、何度も繰り返せばええわけよ。大げさすぎたら「ちょっとだけ悲しんで」って言うし、足りなければ「もうちょっといっぱい悲しんでみて」って。

──そこまで具体的に?

石原 やりますよ、もちろん。何回もやる。カメラは準備せずに、演技だけしつこいぐらい練習する。「じゃあ次、ちょっと怒ってみて」「こんなん?」「いや違う、もっと怒らな」「うわーっ」「違うなぁ、もっともっと」「もっと叫んでええの?」「ええよ、もっと」「ウワーッツ!!」「それや! オッケーオッケー」「やったー」みたいな感じ(笑)。

──カメラを回したら急にダメになったりは?

石原 全然ねえな。子どもたちがリラックスしてたら大丈夫。だからリハーサルは長くてもテイク数は少ない。

──最初は、子どもがアドリブで勝手にやってるようにも見えたんですよ。

石原 ああ、それはよく言われる。隠し撮りでやってるんじゃないか、とかね。全然違うんやけど。

──一瞬カメラ目線になっちゃったりするシーンもあって、そういうのもアリなんですか。

石原 それは、「こっちを見てもいいよ」っていう雰囲気で撮ってるから。

──え!? カメラ見てもいいルール、みたいになってるんですか?

石原 「見たらあかんぞ!」っていうオーラを出したら、それだけで演技の範囲が狭まってしまう。何やってもいいんだよ、ってことにして初めて、失敗を恐れないのびのびしたものが出てくる。

──なんと……。じゃあたとえば、慣れてない子が「あ、間違った」とか言うのもあり?

石原 全然ありやね。何してもOK。そのへんはもう、マザー・テレサなみに受け入れるから(笑)。

──怒ったりすることは。

石原 ぜーったいしない。これまで現場で怒ったことは1回もない。

──そこはガマンしてる?

石原 怒っちゃおしまいっていうか。怒るかわりに、僕も粘るから頼むぜ、っていう気持ちで臨む。失敗しちゃったけど、次はがんばろう。こっちが本気でそう思ってたら、怒らんでも子どもには伝わるのよ。そこは信じてるんやと思う。



死ぬ前に思い出す映像


映画はフィクションだから「殴っているように見せる」「切られたように見せる」ためには演出のノウハウが必要だ。

プロの現場を知らない石原監督はそれらを独学で身につけてきた。

映画はフィクションだから「殴っているように見せる」「切られたように見せる」ためには演出のノウハウが必要だ。プロの現場を知らない石原監督はそれらを独学で身につけてきた。



──石原さん自身はどんな小学生だったんですか。

石原 遊び呆けてた(笑)。塾とか行ってなかったから、とにかく片っぱしからいろんなヤツの家に遊びに行って。アイツんちに行ったら新しいファミコンソフトがあるとか、あの家なら親がファンタ出してくれるとか。

──情報を把握してるわけですね。

石原 そのへんはいまも似てるな(笑)。撮影させてくれる校長先生がどこに転勤になったとか、大事なことは全部つかんでるから。

──「共存時代」のなかでも、カレーの匂いに気づいてもらいに行く場面がありましたね。だけど友だちのお母さんに追い返されて。

石原 ああいうのも計算するんよ。アイツんちのオバハンは4時からパートやから、そのあとに遊びに行こう、とか。

──極めてずるがしこい(笑)。

石原 黄金時代やったなぁ。いい思い出しかないんすわ。あの、幻みたいな時間を映画で再現したいなぁって、いつも思うんです。情けないロマンチストみたいやけど。

──だから中学でも高校でもなく、小学校映画なんですね。

石原 単純に子どもが好きっていうのもあるけどね。僕、中途半端な大人が嫌いなんですわ。ものすごい頭の切れるヤツか、本当に好奇心たっぷりで生きてる大人、でなけりゃ白痴か馬鹿か。そういう強いキャラクターを映画で描きたい。なにかにつけ民主党はダメだとかリーマンショックのせいやとか、一般論しか言わん大人はどうでもいいんよ。まっさらな子どものほうがええわって。

──でも、子どもを題材にしたせいで表現が規制されることはありませんか。暴力的なもの、性的な描写はできないとか。

石原 そこも計算しとるわけよ。親がシナリオ読むわけやから、納得するように書いて、なおかつ自分のやりたいことを入れる。

──ダミーのシナリオを渡したりは?

石原 それはないです。お互いに納得の行く線で書く。それが自分の修行にもなるしね。いずれこっちに引っぱってったるぜ、っていう目論見もあったから。

──こっち?

石原 今年、「VIOLENCE PM」っていう新しい映画を作ったんですよ。小学生時代から始まって、中学で人を殺して、ヤクザになって……という内容のバイオレンスムービー。その中学生役に、僕がこれまで撮ってきた小学校映画の子らが出演してるんです。

──あ、小学生だった子どもたちが大きくなって。

石原 そう。ずっと一緒に撮ってきた信頼関係があるから、不良役でもオッケー、人間を殴り殺す役もやってくれる。

──それって、小学校映画を撮りはじめたころから考えてたんですか?

石原 考えてたねえ。

──「VIOLENCE PM」を想定してたかどうかは別にしても。

石原 ちょっと念頭にあったけどね。いずれ、どうせ中学生になるんやから、っていうのは。

──いつかはヤクザ映画に連れていこう、と(笑)。

石原 そうそう。だからお母さんたちとはずっと仲良くしてる。

──そうやって石原軍団が増えていくわけですね!

石原 そんなことは言ってません。

──えーと、今後はどういう映画を?

石原 純粋な小学校映画は、ひと区切りついたかなと思ってる。その先の人生、小学校から始まる人生の映画を追求したい。ヤクザ映画に限らず……でも、バイオレンス系はもうちょっとやりたいかな。

──実写版「じゃりン子チエ」を撮ってほしいです。

石原 あー、鋭いね。たぶん僕やったらハマるなぁ、自分で言うのもなんやけど。

──「子ども」と「暴力」という、2つの要素が溶け合っているのが石原さんの映画の魅力だと思うので。

石原 いつもどっかで死ぬ時のことを考えてるんやと思う。自分がくたばる間際に、最後に思い出すのは何やろうか、って。僕はやっぱり楽しかった子ども時代を思い出すんじゃねぇかな。その究極の映像美というか、どうしようもない美しさを映像に焼きつけたい。怖い感覚やけどね。



次号予告


「VIOLENCE PM」は2011年1月28日(金)21:00より大阪・プラネット+1で上映予定です。午前ですか午後ですか、と聞かれて「ピーエムに決まってんだろうが!」とブチ切れる、めちゃめちゃカッコいいシーンを日本中の映画ファンに目撃してほしい。

「VIOLENCE PM」は2011年1月28日(金)21:00より大阪・プラネット+1で上映予定です。午前ですか午後ですか、と聞かれて「ピーエムに決まってんだろうが!」とブチ切れる、めちゃめちゃカッコいいシーンを日本中の映画ファンに目撃してほしい。


迫力の石原監督の映画哲学、いかがでしたか。このコーナーでは、レギュラーライターのみならず、このように優れたインタビュー企画も取り上げていきたいと考えています。
さて、次号11/1更新号では、大井正太郎ことたろちんが、『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』で注目を浴びる古市憲寿さんにインタビュー。同い年の気鋭の社会学者に挑みます、お楽しみに。


連載の打ち合わせなどは、ツイッター上でも積極的に行なっていきます。ご意見のあるかたは、ハッシュタグ #omanma_kuitai を自由につかってください。@もどんどん飛ばしてくださいね。


専用ブログ「おまんま食い隊レポート」でメイキングも随時掲載

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