「絶対に採用基準は下げなかった」元Google及川さんが語るエンジニア獲得のコツ

グーグルを退職した及川卓也さんをファシリテーターに迎えて行われたスタートアップCTOのミーティングには、8社のCTOが参加。それぞれが抱える悩みをオープンにし、各社の工夫を共有することによって、さまざまな発見を得られる場となりました。前回に続き、その模様をお伝えします。

前編:元Googleの及川卓也さんに聞きました スタートアップのCTOが抱えるアノ悩み

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軽いランチをつまみながら、和気あいあいと進められたミーティング

開発拠点、海外にも置くべき? リモートワークのポイントは?

完全に国内で開発を行う会社もありますが、海外での事業展開を考えると開発拠点を海外にも置く方がいいようにも思えます。スタートアップにとって最適なのはどういった形なのでしょうか。

ブランド品オークションサイト「スマオク」のザワットは現在、海外向けサービスを考えるフェーズにあるそうですが、「東南アジアなどと比べると、日本はコスト面で5〜6倍かかるイメージがあります。経営陣が『5倍かかってるから5倍のスピードでやってくれ』というくらい温度差があるんです。コストも考慮しながら、どのタイミングでどうグローバルな開発チームにしていくのかが直近の課題です」と鈴木さんはいいます。

これに対し及川さんは、「正直、正解はないと思っています」と語りました。例えばマイクロソフトは、ビル・ゲイツの方針もあってレドモンドに研究開発を集約させていました。グーグルは逆に、世界各地に分散させる方式をとっています。

「集約にもいいことはあるけれど、一方で、世界各地の状況が分からず、必ずしも各マーケットのニーズに対応できるとは限らないため、競争力が落ちる可能性があります。一方リモートオフィスを置く場合は確実にコミュニケーションコストが増大するし、各国のレギュレーションなどに対応するための費用も生じます。単にコストで見るのではなく、現地にオフィスを置くということに意味を見出すかどうかではないでしょうか」と及川さんは述べます。

宮尾さんのリリースしているアプリ、モノミーは、社員だけでなく、副業の形で加わってもらっているエンジニアとともに開発したものだそうです。「まさに、うちのアプリはずっとリモートで作ってきてすごく大変でした」とのこと。

リモートのエンジニアとともに開発を進めていく際のポイントとして及川さんが感じるのは、「全員がリモートだったらいいんです。でも、どこかにメインのオフィスがあって、少数の人たちがリモートで働くような場合は、情報共有だったりいろんな問題が起きて、コミュニケーションコストがかかってしまいます」ということです。たとえ海外で展開する場合でも「日本からもリモートで参加する日を作って、基本的にどこから働いても一緒という環境を作る方がやりやすいのでは」ということです。

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今回の会場は、鈴木さん(中)が運営するスペースマーケットのサービス経由で手配されたもの。Loco Partnersの古田さん(左)、VASILYの今村さん(右)ともに話に夢中でランチが進まないほど。

エンジニアのサービスへのコミット、どう実現?

来年に向け、資産管理サービスのローンチを目指しているウェルスナビの白土稔さんは、「サービスそのものとエンジニアリングをどういう風につなげ、どのようにエンジニアにコミットしてもらうか」を考えているそうです。

白土さんは、金融系のITベンダーに所属していた経歴の持ち主ですが、「エンジニアは必ずしも、金融の業務について深く知っているとは限りません。金融業界の場合、問題があれば行政処分を食らう可能性もあります。ですから品質は死活問題で、そこまでエンジニアに関わってほしいのですが、『業務が分からないので検証しようがありません』となると困ってしまいます。エンジニアにもサービスにコミットしてもらいたいと思ってチーム編成を考えているのですが、分かれてしまうんじゃないかなと不安に思っています」と述べました。

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資産管理サービスのローンチを目指す白土さん(左)と、ブランド品のオークションアプリを提供する鈴木さん(右)。事業内容は異なれど、エンジニアをどのようにサービスにコミットしていくかという悩みは変わらないようだ。

FiNCの南野さんが携わるヘルスケア関連のサービスも、栄養学に関する知識が求められます。事業を進める中で「企画にどんどん口を出してくるエンジニアは栄養学に詳しいですね。しっかりサービスを作り込んでコアなところに入り込むには、ユーザーに接し、専門知識を身につけないといけません。だから、エンジニアリングと知識をつなぐ、ブリッジできるエンジニアを作っていくのがいいなと思います」と、これまでの体験を振り返りました。

及川さんは、自社オフィスにキッチンを設けているクックパッドを例に挙げ、「自分たちの思いをユーザーに伝えようとしているんだから、『社員が率先してコアユーザーであるべき』というのは正しいと思うんですよね。自分たちがコアユーザーであるからこそ開発できる、デザインできるという部分はあると思います」とコメントしました。

オンライン学習塾を手掛けるアオイゼミの青木さんは、「中高校生向けの会社見学会を実施しました。ワークショップにはエンジニアがホスト役として加わり、一緒にアイデアソンを行いました。やっぱり直にふれあうと、ユーザーに対する見方が変わるんですよね。こんな風に、やり方はいくらでもあると思いました」と、自社の取り組みを紹介しました。

ザワットの鈴木さんも「いつのまにか、エンジニアがみんなサービスを活用して、ブランド品を身につけるようになりました。実際に売り買いすることで、『ここは使いづらいから、こう直したら』っていうアイデアが出てきます。サービスに参加してもらうことでいろんなモチベーションが上がると思います」と、その効果を語っています。

自社の強みになるテクノロジ、何に賭ける?

次から次へと生まれるスタートアップの中で、技術面で自社をどう差別化するかもCTOならではの悩みかもしれません。女性向けのファッションアプリ「iQON」を提供するVASILYの今村さんは「どのスタートアップも、何かしら、その会社の技術上の強みを見出していると思いますが、そこで何を軸にしていけばいいかで悩んでいます。アプリなのか、サーバサイドの技術なのか。何かを選んで突き抜けるか、それともまんべんなくいったほうがいいのか」と吐露しました。これは会社のブランディングにもつながる部分でもあり、悩ましいところでしょう。

IT関連のサービスならばまだしも、エンジニアとはちょっと縁遠いユーザーをターゲットにしている企業であればあるほど、エンジニア向けのアピールが難しいそうです。「僕らは女性向けのサービスをやっているので、正直言って(エンジニアには)知られていません。その中で、『こういう技術を知ってるよ』ってブランディングしていくのは大変だと痛感しています」(今村さん)。やや抽象的になりますが、技術を生かし、まだ誰もやっていないことをやって世の中に出していこうというモチベーション付けを試みているそうです。

では具体的には、どういった分野に注目しているのでしょう?

ウェルスナビの白土さんは「将来ですけれど、AIでブランディングしていきたいと考えています」とのこと。またFiNCの南野さんは「機械学習ですね。僕らのコアバリューは、データをセキュアに保持しつつ、そのデータを使って、ユーザーに合ったコンテンツを出して成果を出してもらうことにあります。そこを考えるロジックを磨ける技術にベットしていきます」と述べました。

ただ、ここで及川さんの厳しいツッコミが入ります。「『機械学習』って皆が言っていて、差別化になりにくいですよね。人材採用という意味でもレッドオーシャンに飛び込む形になりますし」——これには皆、「難しいですね」と首をひねります。

いずれにせよ、ブランディングやサービス作りに適した技術をどう見出すかは、テクノロジが刻々と変わる中、非常に難しい問題です。「今流行っているものが10年後どうなっているか分からないですしね」と及川さん。

「現場のエンジニアってみんな、新しい技術や言語をやりたいって言うじゃないですか。でも、そうした技術の中には、取り入れてもそんなに効果が出ないものもあります。例えば、今これを全部別のプログラミング言語で書き換えてもそんなにメリットはないけれど、この一部ならいいよね、とか……そういったハンドリングとは一生付き合っていかないといけないのかなと思います」という今村さんの言葉が象徴するように、簡単に答えの出る問題ではないのかもしれません。

雇う側にとっても難しい採用面接

最後に話題は、「人の採用」になりました。

南野さんはこう語ります。「採用面接時に人を評価するのってすごく難しいです。事業を大きくするために人を増やしていく必要がある以上、人数もある程度必要だけれど、あまりハードルを下げず優秀な人を入れたいですし……そのフィルターに悩んでいます。そもそも、初めて会った人をどう評価するかも難しいですね」

これに対し、及川さんがグーグルでの体験を話してくれました。「『3カ月後までに5人入ってくれたらこのプロジェクトをスタートできるんだけれど』という時でも、絶対に採用基準は下げませんでした」

Googleっぽい人かを判断する「エアポートテスト」

では、その基準とは何か。まずはシンプルに「まずコンピュータサイエンスの資質を多面的に見るんです。コーディング能力やアルゴリズム以外にもいくつかあるんですが、多面的に能力を見ます」というのが一つ。

もう一つは「この人と一緒に働いて楽しいか、同僚として一緒に働きたいか」というものです。「いわゆる『エアポートテスト』と呼ばれるもので、飛行機が予定通りに飛ばず、空港近くのホテルに一泊せざるを得なくなった。しかも相部屋になるしかない状況で、この人と一晩同じ部屋にいて楽しいかどうか、という観点で見るものです。『Googley(グーグルっぽい)かどうか』という表現でしたが、要はカルチャーフィットしているかどうかも見ないといけませんでした」(及川さん)

及川さんはさらに続けます。「グーグルに限らずどの組織でも同じことだと思います。カルチャーフィットが違う人が入ってきてしまうのは、小さい組織だからこそ大変じゃないですか。だから、どこかに妥協しないところを持っておかないと」。

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今回参加した企業のいくつかは、面接時に質問だけでなく、プログラミングに関する課題を用意し、解いてもらうことも試みているそうです。中には、せっかく応募してきてもらったにもかかわらず、問題が解けず、気まずい展開になってしまうこともあるとか。

これに対し及川さんは、「コードを書いてもらうにしても、難しい問題を出すのではなく、例えばこれから最初にやってもらおうと考えているプロジェクトやバグフィックスを少しやってもらい、どういうやり取りがあるかを見るといいんじゃないかなと思います。会社に入った後の業務を双方で小さく体験することによって、会社が一方的に評価するのではなく、入ってくる相手も、その会社でどういうやり方をしているかが分かって安心できると思うんです。面接が、互いにその会社で何をやってほしいかを理解し、能力やカルチャーフィットを確認できるような場になるといいのかなと思います」と答えました。