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中国の孤島に32年間駐留し続けたエキセントリックな民兵、死す

その破天荒な生きざまとは…

開山島、という中国の島の名前を知っている日本人はほとんどいないだろう。江蘇省連雲港市の陸地から9キロほど離れた黄海の海上に浮かぶ、東京ドームのグラウンド部分の面積とほぼ同じ1万3000平方メートルの広さしかない小島である。この島が最近、中国メディアの注目を集めている。

その理由は、32年間にわたって島に駐留してきた民兵の王継才さんが今年7月27日に急死したからだ。猫の額ほどの面積の島だったとはいえ、夏以降、中国政府は領土を守るために人生を捧げた王さんを盛んに顕彰して愛国主義キャンペーンに利用している。

※開山島の場所。距離はあるものの、遠い海の向こうにあるのは韓国と日本である。

……とはいえ、政治的な話はさておくとしても、報じられている王さんの一生はかなり面白い。まずはそちらを詳しくご紹介しよう。

※なお、当記事は有名中国ブロガーの水彩画氏が運営する『中国という隣人』のエントリーを参考にさせていただいた。

 

天安門事件の前から島に住んでいるおじさん

王さんが開山島の民兵哨所(歩哨詰め所)の所長として赴任したのは1986年7月のことだ。まだ中国がバリバリの社会主義国家で、六四天安門事件すら起こっていない時期である。

黄海を挟んで日本と韓国をにらむこの島には、もとは人民解放軍が駐留していたのだが、1980年代なかばに解放軍が撤退して民兵を置く形に変更されたのだという。

島はいちおう小さな集落があったとはいえ、陸地との行き来も簡単ではなく、動物どころか植物すらまばらな孤島。おまけに台風がしばしば上陸し、潮風も厳しい……と、様々な面で環境がヤバすぎることから前任の民兵たちが次々と任務を投げ出したいわくつきの地であった。

従来の所長たちは、最長で13日、最短で3日で逃げたそうである。王さんはそこに26~7歳ごろで赴任し、2歳年下の妻・王仕花さんとともに暮らし続けることとなった。

※孤島・開山島。中国の軍事サイト『鉄血網』より。

王さんは2010年代から、その奇特な人生がメディアで盛んに報じられるようになるが、それ以前の生活は相当ハード……というか、なんでこんな苦労をしているのか第三者には理解に苦しむほど大変な日々を送ったようだ。

赴任当時の時点ではガスも電気もなく、真水もないため30年近く雨水をためて生活用水を調達していた(貯めた雨水のなかでドジョウを飼い「これで寄生虫がいなくなる」と言っていたらしい)。