モモです! 外伝集   作:疑似ほにょぺにょこ
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バロトン様
『王国で』『レエブン候が』『激しく困惑する』

のお題で作られたお話です。
困惑してもらうために激しく黒いお話になっていますのでご注意ください。

読む前にバロトン様に向かって一礼しましょうねっ


お題目短話-2 始祖の力

「──超位魔法というのは本当なのかね」

 

 ラナー姫より指令を送られて二ヵ月。この前我が子の見つけた古書を私の信頼する魔法研究者に依頼して十日が経とうとしていた。あまりといえばあまりな姫の指令に焦りばかりが募り、今日は奴の所に突撃しようかと思って居た所に奴が現れたのだ。

 どんなことが分かったのかと、軽い気持ちだった。正直な話、全体の1割でも分かれば重畳だと思って居た。しかし私の前に来た彼が持っていた書類は私の想像を絶するものだったのだ。

 

「はい。それが何を意味するかはまだはっきりとは分かりませんが、一般的な位階魔法とは明らかに隔絶したものであると思っていただければいいと思います」

 

 書斎に呼び寄せ、黒檀の机一杯に広げられた彼の書類一つ一つに目を通していく。総数にして100枚は下らないだろう。よくもこれだけのことをたった十日でやってのけたものだと感心する。

 ちらりと彼の顔を見る。この十日間一切寝ていないのだろう。妙なテンションが口から出ていた。見た目も決して綺麗とは言い難く、まるで死人のような様相だ。

 しかしその目は爛々と輝いており、一方の研究者然としていた。これで元はただの平民だったというのだから世の中分からないものだ。

 

「どこがどう、隔絶しているのかね」

「それは──えっと──ここです──ここ」

 

 ばさばさと乱雑に、他の書類が床に落ちていくのすら気にすることなく一枚の紙を手に取って私に見せて来る。それは魔法陣の一部だった。

 

「──私はマジックキャスターではないのだが?」

 

 何やら文字らしきものが書いてあることくらいは分かるが、それ以上は何も分からない。少し眉を顰めながら彼の顔を睨むと、彼は失念していたとばかりに目を見開いた。

 

「す、すみません。それは魔法陣の魔力供給部分にあたります。──えっと」

 

 一般的なマジックキャスターならば、この絵ともとれそうなものがどれだけ異常なのかが分かるのだろうか。さらさらと物凄い勢いで書いた別のものを私に見せて来る。分からない。が、似ている。私が手に持つものと、今彼が書いたものが、だ。

 

「私が書いたものが一般的な魔力供給用の陣の一部になります──ここの部分を作用させ、術者の魔力を注ぎ込むことによって魔法陣が作用するわけです」

 

 まるで魔法使用の講義である。しかしこの前提が分からないとどうしようもないのだろうと黙って聞いているが、正直頭が痛い。

 

「──となっていまして、それでここです。閣下。この部分」

 

 だんだんと話半分で聞いていた彼が突然私の手に持つ方を差してくる。

 

「──ね?」

 

 分からんよ。そう突っぱねてしまいたい。

 しかしこれは姫の指令──私の家の祖先に始祖の魔法が操れるものがいるかもしれない、そしてその始祖の魔法が通常では考えられない凄まじい力を持っているかもしれないという。だからそれが何なのかを調べろと言うのだ。

 そんな前提からして荒唐無稽な指令を実行しなければならないのが中間管理職の辛いところだろう。

 

「──私は素人なのだ。詳しく話し賜え」

「これは──すみません。この超位魔法という陣には魔力を供給する部分がありません。極論で言いますと、この魔法陣は成功しないよう意図的な欠陥を孕んでいる。もしくは、通常の位階魔法とは全く違う形態をとっている。そのどちらかというわけなのです」

 

 つまり──動力となる部分はあるが、その動力を動かすためのエネルギーを入れる場所がないということなのか。

 

「──これが使える前提だとしたらどうなる」

「正直なところ、発動するとは思えません。火を使わずにパンケーキを焼けと言われるようなものなのですから。ですが、方法がないわけではないですね。パンケーキで言うなら、人の体温で焼く──魔法で言うなら、使用者の命を使用すれば発動は可能でしょう」

 

 人の命を使う魔法?つまりそれは──

 

「超位魔法は始祖の魔法だということなのか?」

「現在始祖の魔法を扱える者が極一部の上位ドラゴンしかいませんから、何とも──しかし可能性はあると思います。しかしその前提で行くならば、人は絶対に発動できないんですよ。人と上位ドラゴンでは、明らかに生命の量が違いすぎますから。それと、始祖の魔法と明らかに違うものが──ええと──これです」

 

 今度は床に散らばった紙束の中から一枚抜きだしてくる。彼にはこの部屋中に散らばり続ける書類一枚一枚がどこにあるのか把握しているのだろうか。

 見せられた書類に書かれたのは絵だった。中央に人らしきものがおり、その周囲に何重もの帯が包んでいる。

 

「──これは?」

「件の超位魔法を発動させるために必要な魔法陣です。暫定的に『多重立体魔法陣』と名付けています。恐らくこれが超位魔法の一番の肝となる部分ですね」

 

 馬鹿げている。そう言いたかった。

一般的な魔法陣の形くらいならば私でも知っている。円形、角形の二次元的な平坦な魔法陣である。上位になろうともその法則が崩れることは無く、大きさや複雑さが増えるだけ。第一位階という基礎があり、そこに幾重にも重ねていくことで上位の魔法になっていく。それが位階と言われる所以であると。

しかしこれは明らかに違う。魔法体系そのものが違うのだ。

 

「これは位階魔法なのか──?」

「どうなのでしょう。命名したものがどなたなのか見当もつきませんが──私の予測としては、位階魔法そのものを超えたもの。超位階魔法としたのでは、と思っております」

 

 位階魔法を超えた位階魔法。

 身体の力を抜き、ゆっくりと椅子の背凭れに体重をかける。

 位階魔法が確立して500年と言われている。しかし姫様の話ではその祖先は1000年はゆうに昔であると言っていた。つまり、この超位魔法は位階魔法が確立する前の魔法ということになる。

 

(この超位魔法というのは後付けか?我が祖先が始祖の魔法を人が使えるように落とし込んだ魔法を、位階魔法が確立した後に生まれたものが名付けた可能性がある、ということなのか)

 

 そう考えれば納得がいく。1000年以上昔の書物が現存するとは思えないのだから。

 

「話は変わるが、あの本は何年前のものだと思われるかね。例えば1000年以上経っているとか──」

「あの本ですか?──少なくとも3、400年は堅いですね。しかし1000年はありえません。そこまで風化は進んでませんでしたから」

 

 ビンゴ、か。と内心で頷く。そうすると最低でも300年程度昔の私の祖先はこの超位魔法が扱えたということになるわけだ。

 

「でもおかしいんです。この魔法──使えるわけがないんですよ」

「ん?──使えるわけがないというのはどういうことだ?」

 

 これで姫への報告の形が成ったかと思った矢先の言葉。やっとゴールに付いたと思った瞬間に石に躓いたかのようだ。

 

「だって、この魔法陣──ドラゴンでも無理ですよ。あの噂のアインズ・ウール・ゴウン伯爵様であっても不可能でしょう」

「──だからどういう意味なのだ。分かりやすく話し賜え」

「だって──足りないんですよ。基礎が、発動するための鍵がないんです。このままでは──」

「旦那様!大変です!!坊ちゃまが──坊ちゃまが──!!」

 

 突然執務室に入ってきたメイドは、顔面を蒼白にして泣いていた。

 

 

 

 

 

「これは──」

 

 彼と大粒の涙を流すメイドを連れ立って中庭に出ると、そこには想像を絶するものがあった。

 そこにあったのは、あの絵にあったものと同じもの。魔法陣だ。彼の言う多重立体魔法陣。

 

「いったい、一体何があった!何をしたのだ!!」

 

 近付こうとしても、まるで障壁でも張られたかのように弾かれてしまう。

 ゆっくりと我が子を中心として回り続ける白い魔法陣。そして見えてしまう。我が子の命が、風前の灯火なのだと。

 

「ぼ、坊ちゃまが何かを呟かれたと思ったら──突然こんなことに──」

 

 何故だ。何故発動しようとしている。あいつの話では発動しないのではなかったのか。

 まるで私を拒絶するかのように弾き続ける魔法陣に無理矢理近づいていく。押し開く。我が子の下へと。愛する我が子を助けるために。

 

「閣下!このままでは閣下も魔法に喰われてしまいます!」

「構うものか!この子は──私の──」

 

 荒れ狂う力の本流が私の身体を傷つけていく。幾重にも擦過痕が指に、手に、腕に走っていき、服も身体も諸共ずたずだに引き裂いていく。だが止まらぬ。止まるわけにはいかぬ。

 

「私の──全てなのだぁぁ!!」

 

 『キンッ』と何かが切れる音がした。

 それと同時に衝撃が、圧が、痛みが、ありとあらゆるものが無くなる。

 

「あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 倒れ込み、転がるように我が子へと走り、抱きしめる。勢い余り、抱きしめたまま数転してしまった。

 

「パ──パ──」

「リーたん──」

 

 抱きしめる我が子に傷はない。朝見たままの姿だ。か細い声で私を呼ぶ我が子を再び抱きしめる。もう、離さぬと。

 頬を伝う涙に歪む視界に、見える後ろ姿。

 真っ黒い細身の剣を持つ女性。同じく真っ黒い翼を生やし、頭に角を持つ女性が。

 

「もう大丈夫よ。その子の血は、封印したわ」

 

 それだけ言うと翼を生やした女性は、まるで最初から居なかったかのように消え失せていた。

 

 

 

 

 

「一気に寿命が縮まった気分だよ──」

 

 中庭で起こった事件から既に一刻ほど経っただろうか。愛しの我が子はベッドで安らかな寝息を立てている。起きたらお腹が空くだろう。何か準備しておいた方が良いだろうか。

 医者の話では、極度に衰弱しただけで身体に異常はないそうだ。本当に良かった。

 

「ふふ──我が子のために、我が右手を差し出す、か。かつての私では考えられんな──」

 

 左手で眠る我が子の頭を撫で、ふと右手を見る。痛々しく包帯の巻かれた右腕を。ずたずたに引き裂かれ、もう二度とペンを握る事の叶わなくなった私の腕を。我が子を助ける代償にしては安いものだ。そう躊躇なく思える程度には私は変わってしまっていた。

 

「閣下!閣下ぁ!!わかりました、鍵が!必要となるものが!血です!恐らくレエブン候の血を濃く受け継ぐものが発動の鍵なのです!!」

 

 夜も更けてきたというのにまだ帰ってなかったのか。いや、帰ってからまた来たのか。

 我が子の部屋を出て、自室に向かおうとした時に突然聞こえてきた叫びに似た大声に、思わず顔を覆ってしまったとしても責は無いだろう。

 いつ書いたのだろうか、エントランスで待っていた彼の両手には再びいっぱいになった書類があった。そこから一枚だけ渡される。そこにあったのは昼間に見たあの魔法陣の絵だ。ただ一つ違うのは、人の居る部分にも何か書いてある。

──I WISH と。

 

「ふむ──I wish<我願う>。我が右腕を治せ──っ!?」

 

 何気ないものだった。

 力が抜ける。すとんと腰が落ちた。徐に右手を床に付けてしまうも──痛みがない。

 使えるなんて思って居なかった。思えるはずがない。直系であったとしても、一体何代続いたというのだ。血だって相応に薄くなっている。はずだったのだ。だというのに──

 

「は──はは──頭が痛いな──全く──」

 

 命を食らい、発動する異質の魔法。

 まるで何事も無かったかのように動く、傷一つない右腕を見て頭を抱える。これは個人が所持していい力ではないのだから。

 かくての私ならば、まるで神の如き力だと喜んだだろう。レエブンは王となるべくしてあった家であったと声を大にして叫んでいただろう。

 だが今は違う。ただただ、これからの事に胃と頭が痛くなるだけだった。

 

 

 

 

 

「──なるほど、そういうことでしたか」

 

 それから数日後、姫様に報告をさせていただいた。術者の命を対価にあらゆる奇跡を生み出す、始祖の魔法と類似した超位魔法を扱えたと。今は使えない、ということにして。

 

「命を対価にする奇跡、ですか。あれが喜びそうな力ですね」

「あれ──ですか?」

 

 ラナー姫はゴウン伯爵を呼ぶときは、必ずアインズ様と呼ばれていた。他の者が呼び捨てにした場合は窘めていたくらいだ。そんな彼女があれ呼ばわりするのだろうか。

 疑問は尽きないが、それを詮索する気力などない。この数日で一気に老けた気分なのだから。

 

「随分とお疲れの様ですわね、レエブン候」

「はは──祖先にそのような強大な力を持つ者が居たなんて、胃が痛くなりますよ」

 

 『ご自愛を』と、笑顔を向けられる。しかし、いつもの作った笑顔ではないような気がするのはなぜなのだろうか。クライムとかいう姫自らが見繕った騎士に向けて以外は見たことのない笑顔だ。

 

「変わられましたな、ラナー様」

「あら、それはお互い様でしょう」

 

 『くすくす』と笑う彼女の顔は、仮面だった。私に見せた笑顔の意味は何だったのだろうか。

 

「ですが、ありがとうございます。お陰様で──あれに一手、打つことができます」

「は、はぁ──」

 

 彼女の眼には一体何が映っているのだろうか。まるで深淵を覗くようなその瞳には、私には想像も付かないものが見えているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「本当にこれでよかったの、デミウルゴス」

「あぁ、これで大きな布石を置くことができた。感謝して居るよ、アルベド」

 

 王国のはるか上空。デミウルゴス、ルプスレギナと共に人間共の動きを見て居たが──こんなことに何の意味があるのか私には全く分からない。デミウルゴスの話では、とても重要なものらしいのだけれど。

 

「エイトエッジアサシンを使ったり、ルプスレギナまで使ったり。もう少し詳しく作戦を話しても良いのではないかしら、デミウルゴス?」

「全容を話しても構わないのだけれどね。君が、全てを騙せるほどの役者をしてくれるなら、だけど」

「まったく──わけがわからないわ──」

 

 アインズ様もあまり揚々に話される方ではないが、デミウルゴスはそれに輪をかけて話してくれない。同じ仲間なのだから完全な意思疎通は大事だと思うのだけれど。

 軽くため息を付いて、ナザリックへと帰還する。用事は終わったのだから。後はデミウルゴスが何かするのだろうから。

 

 

 

 

「やはり話してくれませんでしたか──」

 

 レエブン候が部屋を出て行ってから、軽いため息交じりに呟く。王となるべく色々と城も黒もと手を伸ばしているが、中々信用は一朝一夕にとはいかないようだ。

 

「やはり、白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>様のおっしゃっていた通りのようですね」

 

 ゆっくりと窓を開け、空を仰ぐ。もう黒い雲はないようだった。

 

「始祖の力──アインズ・ウール・ゴウン──そして、アインズ様」

 

 窓を閉め、顔を整える。随分と崩れやすくなっている。気を付けないといけない。

 ノック音が耳に届く。クライムがお茶を持ってきてくれたようだ。

 目尻を少し落とし、口角を少し上げる。さぁ彼の一番好きな笑顔にして、彼を迎えよう。

 




というわけで、本来書く予定のなかった外伝になります。
実はピンポイントでかなり大事な場面なのですが、文章量の都合によりカットした部分でした。
無い方が、読者様たちを騙せるかなぁって──くすくす──

とはいえ、この話によって新たな謎が増えたかと思います。
結果だけ見ると大したことのない謎ですがっ

こんなお題目を頂きましたバロトン様に多大なる感謝を、です!







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