2018年07月03日
織田 浩一 北米トレンド
アメリカで起こりつつある”働き方改革”
~ 急成長するフリーランス社会とは? ~
アプリによる配車サービス「ウーバー(Uber)」や、家具の組み立て作業などを代行する人を探す「タスクラビット(Taskrabbit)」など、アメリカではちょっとした業務をオンラインマーケットプレイスで発注・受注する仕組みが増え、数多くの人が利用している。こうした市場は「ギグ(Gig:単発の業務の意味)エコノミー」とも呼ばれる。
先述した例はブルーカラー的な業務であるが、ホワイトカラー業務に対応したオンラインマーケットプレイスも多数存在している。今回は、このような単発プロジェクトやパートタイムでサービスを提供するフリーランスという就業形態とそれをサポートするサービスや大手企業における利用状況について解説したい。
フリーランス社会アメリカ
フリーランスマーケットプレイスのアップワーク(Upwork)とサポート団体フリーランサーズ・ユニオン(Freelancers Union)が調査会社エデルマン・インテリジェンス(Edelman Intelligence)に依頼した調査『Freelancing in America:2017』によると、2017年のアメリカの総就業人口は1億6000万人で、2014年の1億5600万人より2.6%ほど成長している。これに対して、フリーランス人口は総就業人口の36%程度を占め、2014年の5300万人から2017年に5730万人に増加。8.1%の成長となり、総就業人口の3倍以上のスピードで急成長している。
この調査ではフリーランスを「補完的、短期的なプロジェクトや契約による業務を過去12ヶ月に行った人」と定義しており、企業などで通常の社員として勤務していても、このような業務に従事する人も含んでいる。この調査は過去4年にわたり、各年で6000人を対象に行ったものである。
同調査ではフリーランスの増加率が今までと同様に続く場合、2027年にフリーランスと非フリーランスの就業人口が逆転すると予想している(下図)。
このような予測が出てくるのにはいくつかの理由がある。この調査で示されているのは、米就業人口の54%の人々が、現在従事している仕事が20年後には存在しないと考えており、AIやロボティクスによるテクノロジーの進化で市場が大きく変化すると考えているフリーランスも多いためである。
また、ミレニアル世代(18~34才)の就業人口ではフリーランスが47%を占める。2008年の不動産バブル崩壊後の景気後退期に育った若い世代が、当初は仕方なく始めたこともあるが、フリーランス業務に慣れてきていたり、時間や就業場所に縛られないこともフリーランスになる理由の1つとなっている。
フリーランス全体では69%がキャリアとしてのフリーランスをよりポジティブに捉えており、これは対前年比で6%向上している。またフリーランスをフルタイムで行っている層も増加。2014年の17%から2017年には29%と急伸していて、平均週36時間業務を行っているという調査結果も出ている。
起業家や個人事業をサポートする、バーチャルアシスタント
ホワイトカラー的なフリーランス業務で、増加しているのがバーチャルアシスタントである。電話・ビデオ会議やオンラインプロジェクト管理、ログイン情報共有ツールなどが普及し、ネット接続環境とPCさえあれば、遠隔で従来の秘書のような業務を行うことができる時代になっている。一部に、Amazon EchoやGoogle Home、Apple Siriなどの音声によるAIアシスタントもバーチャルアシスタントと呼ばれているが、ここでは遠隔から人が業務を行うことを指す。多くのバーチャルアシスタントは女性で、小さな子どもや、病気の家族の世話をするといった理由で、家庭で特定の時間にできる、融通が利く仕事を求めている。
また個人、中小企業、スタートアップ企業などにおいて、常勤社員を増員することが難しい場合に、会社の成長にしたがってリソースを増やしたり、忙しい幹部のための秘書業務やサポート業務などをアウトソースしたりといったことが柔軟に行えるバーチャルアシスタントが求められている。
著者の会社でも、メールやカレンダー管理、ミーティングの設定、出張手配、ちょっとした調査やデータ入力などをバーチャルアシスタントが担当しており、Gmailやプロジェクト管理ツール、航空会社・ホテルなどへのログイン情報共有ツールなどを利用して、かなりの業務を任せている。
最近では、このようなバーチャルアシスタントを大手企業の社員に提供するサービス企業も増えている。例えば社員の税務やクレジットカード会社とのやり取り、子供の習い事の調査など雑務をバーチャルアシスタントが代行することで、社員が通常業務に集中できる環境を提供している。
フリーランスマーケットプレイスの登場
フリーランス人口の増加で、仕事発注側の企業や個人とフリーランス側をつなぎ、業務の管理などのツールを提供するオンラインマーケットプレイスが台頭している。
前述のフリーランス人口の調査を行った企業の1つであるアップワークは、フリーランスのためのオンラインマーケットプレイスの最大手で、2000年ぐらいに登場した当該分野の2社が合併してできた企業である。カバーする業務範囲は、通常のオフィス管理やバーチャルアシスタントなどに加え、会計、コンサルティング、Webアプリ制作、IT・プログラミング、デザイン、記事・ビデオ制作、顧客サポート、営業、デジタル・ソーシャルマーケティング、エンジニアリングなどまで幅広い。
フリーランス側にとってみれば、マーケットプレイスは自分の実績やスキルのマーケティングツールであり、ニーズがある発注側と出会う場になる。時給を含めて発注側から検索され、連絡をもらうための様々な情報を掲示している。
一旦プロジェクト発注や契約が決まるとプロジェクト、タスク管理ツール、コミュニケーションツールが提供され、それを使って業務を進めていく。発注側がクレジットカードなどで支払いを行い、フリーランス側が受け取れる課金システムも搭載している。そして、発注側がフリーランスの人を評価できる仕組みもあり、それが次の発注企業からの検索でのランキングに影響を与える。
同社は、180ヶ国で1400万のユーザーを獲得しており、例えばIT・プログラミングプロジェクトをインドの開発者に、あるいはデザインプロジェクトをブラジルにアウトソースしたり、バーチャルアシスタントをフィリピンに持つことで、コストを抑えながら業務を行うことが実現可能となっている。
他のフリーランスマーケットプレイスも2000年代後半ぐらいに登場。Fiverr、Zirtual、PeoplePerHour、Freelancerなどが主要な企業群で、他にもデザイン業務に特化した99designsやFolyoなどがある。
P&Gも戦略的に使うフリーランス
大手企業の人事戦略にもフリーランス人材が使われるようになっている。前述のアップワークはアクセンチュア、エアービーアンドビー(Airbnb)、ドロップボックス(Dropbox)など大手企業にもフリーランスを提供している。データサイエンティストやアプリ開発者など、特に採用が困難であったり、採用に時間がかかる人材をフリーランスとして大手企業に提供するケースが増えている。
同社は人材系カンファレンスにて、P&Gとの業務における2016年のケーススタディを発表している。それによると、2回のテストを実施してから通常業務に組み込む形となっていったことが語られている。
まず、第一段階のテストでは、10万ドルの予算を用意。フリーランス人材を評価する指標を設定し、15のプロジェクトを行った。その結果が下図である。ここに見られるように、かなりの業務分野で費用、スピード、品質、能力の点で通常の社員や契約社員よりも有効であることが示された。総合的には、今までよりも70%以上のコスト削減が実現でき、何ヶ月も採用に時間がかかるところを平均4.2日で業務を始められ、60%のケースでより速く、60%のケースで品質も向上したという。
この結果を受けて、P&Gでは、下図のように翌年に第二段階のテストを開始。2つの部署では予算消化目標を掲げた。ここでも品質やスピードなどの指標の評価を行い、問題のないことを確認してから月10万人を超えるフリーランスに業務委託するようになったという。
このフリーランス利用テストの結果を受けて、同社ではこれからの人事戦略を策定し、下図のように「P&G人材モール」という概念で説明している。今まではP&Gの社員を中心とし、サポートスタッフとして広告エージェンシーのパブリシス、デザインエージェンシーのLpkなどからのマーケティング・デザイン担当者やIBM、HPなどからのITスタッフを加え、アデコ(Adecoo)からの契約社員などを受け入れてチームを編成してきた。
これに加えて、アップワーク経由のフリーランス人材も短期戦略として含めて業務を実施するというモデルである。多様な店舗があるショッピングモールで様々な商品を購買するように、目的とタイミングに合わせてスタッフに様々な形態でアクセスしようという概念を、「モール」という言葉で表現している。
次はやはりAI
フリーランス分野でもAI(人工知能)の波は押し寄せている。フリーランス、あるいはバーチャルアシスタントの仕事の一部を奪うことになるが、ミーティング設定などは徐々に自動化され、フリーランスもAIを使いながらクライアントにサービスを提供するようになっていくと考えられる。
この5月にGoogle IOで美容院での予約を電話で行うGoogle Duplexのデモが行われた。電話でAIであることを明かさずに行うのは倫理的に問題ではないのかという議論が出たものの、すでにAIがメールで相手と自動的にやり取りし、ミーティングや会食の予定などを設定するアプリとしてx.aiがある。すでにかなりのユーザーを獲得している様子で、著者もAmyと名付けられたx.aiのボットからミーティング調整のメールを何度か受け取っている。
著者は、Zoom.aiを使っており、ボットがメールでミーティング時間の候補を相手に提示し、チャットツールSlackを介して設定されたミーティングの確認を毎朝行っている(下図)。
フリーランスだらけの社会では新しい低所得者を生むのではという議論はあるものの、自分の得意分野でオンラインマーケットプレイスを利用して業務を受託し、支払いを受け、オンラインツールを使い好きな時間に、どこにいても仕事ができるというスタイルは確実に一般化しつつある。あるいは通常の仕事に加えて、副収入を得るためにも使われている。働き方の多様化ではアメリカが一歩先を進んでいると言えるだろう。