はるか遠い昔、霧に姿を隠しエリンの地へやってきたのは、
かしの木のように大きく、カモシカのように早く走り、魔法をあやつり、
あらゆる技能に秀でた強力な神々の一族でした・・・


アイルランド侵略の神話 Irish Invasion Cycle




シーザー族(Cessair)
最初にアイルランド島に渡り、この島に住み始めたのはシーザーが率いた人々とシーザーの夫フィンタンでした。紀元前3000年ごろ、コークあるいはケリー地方に居住したと考えられています。しかしこの島をおそった大洪水によってシーザーの人々はフィンタンを除いて死んでしまいました。フィンタンはその大洪水の間、鮭や鷲、雄しかや鷹などさまざまに姿を変え逃げのびたと言われています。シーザーはアイルランドに羊をもたらしました。


フォモール族(Formorians)
フォモール族もアイルランド島に最初に住んだ一族と考えられていますが、この一族の起源についてはよくわかっていません。シーザー族の時代にはすでに存在し、後に力を持ったか、または大洪水が引いたあと海からやってきたと考えられています。いずれにしても後にパーソラン族がこの国に来たときフォモール族はすでにかなりの勢力を持っていました。フォモール族は、恐ろしい魔力をもつ巨人の一族で、海の底に住み、人間と同じ腕と足にさまざまな動物の身体の部分を寄せ集めて創った醜い姿の怪物であったと言われています。“残酷なウーア”の息子は“破壊”と呼ばれ、手足からにじみでる毒液は触ったすべてのものを腐食させていきました。またフォモール族の戦争の女神ロットはフォモール族を多くの戦争に駆り出しました。ロットは胸に口をもち背中に4つの目がありました。フォモール族の母神は“深海”のダムヌ。フォモール族は初期の妖精の種族であると言われ、また今日も魔神や海の怪物の象徴とされています。


パーソラン族(Partholans)
紀元前2700年ころ、アイルランド島にわたってきた最初の侵略者はパーソラン族でした。王パーソランは25人の男と24人の女の兵士を率いてムンスター地方にやってきました。パーソランは故郷の国の王権を自分のものにするため両親を殺しましたが、目的は果たせず、その国を追われてアイルランド島にやってきたのでした。パーソラン族はアイルランド島を支配していたフォモール族と主権をかけて戦いましたが、300年にも及ぶ紛争ののちパーソラン族は敗れ、やがてフォモール族によってばらまかれた疫病によって滅んでいきました。しかしパーソラン族は“あらゆる手工業の達人”といわれ、兵士の他に7人の農夫、2人の鋤人、2つの鋤鉄、4匹の雄牛をひきつれ、アイルランドに農業と手工業をもたらしました。また2人の商人によって金や家畜ももたらされた。パーソランの長兄のルドーヒ(Rudraidhe)は古いアルスター地方の王の家系の祖先であると言われています。


ネミディア族(Nemeds)
パーソラン族に続いて紀元前2300年ころスペインかあるいはスキタイからアイルランド島にやってきたのはネミドをリーダーとするネミディア族でした。ネミドの息子、アーサーが先導してフォモール族の王モルカに戦いを挑みましたが敗れました。以後ネミディア族はフォモール族に支配され、毎年生まれた子供や家畜の3分の2を税金として差し出さなければなりませんでした。やがてネミディア族もパーソラン族と同じく疫病によってほろび、生き残ったわずか30人のネミディア族は2つのグループに別れ、一つは北の地方へ、もう一つは西の地方へ逃れて行きました。


フィル・ボルグ族(Fir Bolg)
西の地方へ逃れたネミディア族はフィル・ボルグ族として紀元前1930年ころ再びアイルランド島へもどってきました。フィル・ボルグ族の長老、セミオンのとりはからいにより、フォモール族と融合し、フォモール族とともにアイルランド島を支配していきました。フィル・ボルグ族は狩猟に長け、アイルランド島を5つの地方に分け、それぞれの地方はすぐれた王によって統率されていました。これらの一人は Eochaid で彼が支配権をもっていたころ収穫のない年はありませんでした。偽りは追放され、法律が成り立ち最初に裁判も行った王でした。


トゥアハ・ディ・ダナーン(Tuatha De Dannan)
一方、北の地方に逃れたネミディア族は変わりました。女神ダヌを母神とする神々の一族トゥアハ・ディ・ダナーンとなり、巨人で魔法を身につけ、紀元前1900年ころ霧の中に姿を隠しアイルランド島にやってきました。トゥアハ・ディ・ダナーンは高い文化、文明、すぐれた技能や芸術をもち、フィル・ボルグ族は彼らを巨人の魔術師と呼びました。トゥアハ・ディ・ダナーンはフィル・ボルグ族の土地をつぎつぎ侵略し、人々を支配下に治めていきました。そしてついにゴルウェイのコングの近くマグ・トゥレド(モイトゥラ)でアイルランド島の主権をめぐり2種族の戦いとなりました。フィル・ボルグ族は勇敢に戦いトゥアハ・ディ・ダナーンは苦戦を強いられ、戦いの末フィル・ボルグ族の王 Eochaid は命を失いましたが、トゥアハ・ディ・ダナーンの王ヌアダも片腕を失いました。戦いは4日間続き、トゥアハ・ディ・ダナーンはフィル・ボルグ族にコナハト地方を与え、和平を結ぶこととなりました。

片腕を失ったヌアダは王位の掟により失脚し、トゥアハ・ディ・ダナーンはその後任として、フォモール族との平和と善意の統治を期待してフォモール族の王子エラーサとトゥアハ・ディ・ダナーンの女神エリウの息子であるブレスにアイルランドの王権を与えました。しかしブレスは支配的な暴君となり高い税金を課するなどトゥアハ・ディ・ダナーンの人々を苦しめました。ヌアダの兄弟ディアン・ケヒトは腕を失ったヌアダのために銀で腕をつくり、やがてヌアダがその腕をつけて王位にかえりざくとトゥアハ・ディ・ダナーンはすぐにブレスを追放しました。怒ったブレスはフォモール族を再結集し戦いにそなえました。




その当時フォモール族の王は“こぶしの格闘家”と呼ばれたバロルでした。バロルは額に猛毒の一つ目をもつ怪物で、ひとたびバロルの目がひらかれると、目にうつるすべてのものを破壊してしまう力があり、そのまぶたはとても重くつねに4人の兵士がそれを支えていました。

バロルには、のちに自分の孫息子に命を奪われるという予言がありました。そのためバロルは娘のエスニウを塔に閉じ込め隔離しました。ディアン・ケヒトの息子キアンは、その予言を知るドルイドのビローグの助けをかりてその塔に忍び込み、やがてエスニウは男の子を生みました。その存在を知ったバロルはその子を海に捨てますが、ひそかにビローグに助けられ、少年は海の神マナーン・マクリルに育てられました。その少年こそがルーで、ルーはあらゆる芸術や技術を身につけ万能の神となって王都タラにやってきました。ちょうどヌアダが再び王位についた祝宴をしていたところでしたが、ヌアダはルーのたぐいまれな才能を認め王位をルーに譲りました。

紀元前1870年ころ、ルーを王としてのトゥアハ・ディ・ダナーンとフォモール族の戦いがスライゴーのアロー湖の近くで行われました(モイトゥラの2度目の戦い)。ここにアイルランドの歴史のなかでももっとも英雄的な戦いが開始されました。

トゥアハ・ディ・ダナーンからは多くの優れた神々がこの戦いに参加しました。かじ屋の神ゴブニュは強力な槍と剣をつくり、オグマはたぐいまれな戦力でつぎつぎと敵を倒し、ダグダは巨大なこん棒で恐るべき速さで敵を殺していきました。医療の神ディアン・ケヒトは魔法の泉で負傷した兵士の傷を癒しました。またトゥアハ・ディ・ダナーンの戦いの三女神のひとりバブドもこの戦いに加わりました。通常バブドはずきんをかぶったカラスとして戦場をとり囲んだり、兵士たちにまざって狼の姿となって戦場に現われましたがこの戦いにおいてはそのままの姿で現れました。

戦いがいよいよ激しくなり、ついにルーは、バロルと一騎討ちとなりました。バロルは目を開いてまずヌアダを殺し、次にルーに向ってその目を開いたとき、ルーはバロルの目をめがけて石を放ちました。石と目はバロルの頭をつきぬけ、宙に浮いたバロルの目はフォモール族の兵士をつぎつぎと倒していきました。目はやがて天高くのぼり、太陽に吸い込まれていきました。

バロルは予言どおり孫息子のルーに倒されました。戦いの最後にはタラのドルイドの王フィゴル・マクマモスは巧妙な魔法を使い、ついにフォモール族を倒しました。

戦いの後生き残ったフォモール族は海に逃れ、ロックランと呼ばれる海の怪物としてテスラ王のもと、海の底の王国マグ・メルに住んでいると言われています。 現代でも物語の中にフォモール族はたびたび登場します。またアイルランドの西の地方では夜になるとぞっとするような生き物が海から岩の海岸に上ってくるのが見られるのだそうです。

モイトゥラの戦いで、戦場となったスライゴーの広大な平原は“フォモールの野原”と呼ばれ、アイルランドの主権をかけたこの3種族の激しい戦いを記念するかのように、多くのケルンや柱石や古墳が点在しています。




英雄トゥアハ・ディ・ダナーンは後に5番目の侵略者マイリージャ族にアイルランド島を奪われますが、約200年の間アイルランド島を支配し、島に数多くの痕跡を残しました。トゥアハ・ディ・ダナーンは今日も謎とされる巨石群や古墳を各地に建てました。またタラの丘にリア・ファイル“運命の石”と呼ばれる石柱をたて、アイルランドの上王たちはその上に立ち王位を授けられたと言われています。もしその石が満足げに大声で笑うとその人物は王としてふさわしく、もし王にふさわしくないものが乗ると苦悩で大声で泣きました。またトゥアハ・ディ・ダナーンはアイルランドを4つの地方に分割し、それぞれ独自の行政権をもたせました。そしてさらに4つの地域に細分し、それぞれ中心となるひとつの町に重要な役割を与えました。



マイリージャ族(Milesians)
やがて紀元前1700年ころミルが率いるマイリージャ族(ゲール族ー古代ケルト人と起源を同じくする民族)がスペインから大軍を引き連れアイルランド島にやってきました。

マイリージャ族がアイルランド島に侵略してきたとき、トゥアハ・ディ・ダナーンの3人の戦いの女神たちは、かわるがわるそれを阻止しようと試みました。最初の女神はバンバでした。バンバには魔術師の才能が備わっていましたが、力は及ばず、マイリージャ族はさらに前進して行きました。2番目にマイリージャ族に立ち向かった女神はフォドラでしたが、彼女も侵略者たちに打撃を与えることはできませんでした。

最後にマイリージャ族の前に立ちはだかったのはエリウでした。エリウは強力な魔力で敵の軍隊に向かって泥の玉を激しく投げおとし、地面について粉々になったときそれは何百という荒々しい兵士に姿をかえました。エリウは勇敢に戦いマイリージャ族の前進をくい止めました。
しかしトゥアハ・ディ・ダナーンはティルタウンの戦いにおいてマイリージャ族の大軍を前についに敗れ、アイルランド島はマイリージャ族の手にわたることとなりました。そしてミルの息子エリモンはアイルランドで最初の人間の王となリ、現在のアイルランド人の祖先となりました。




マイリージャ族の偉大なる詩人で吟遊詩人の Amhaighin はエリウの勇敢な戦いに敬意を表わし、アイルランド島をエリウ(エール)と名付けました。

神々の一族トゥアハ・ディ・ダナーンはすぐれた技能や技術を有し、マイリージャ族はトゥアハ・ディ・ダナーンをたぐいまれな魔術師と呼び恐れました。マイリージャ族が倒した偉大なる神々の伝統を受け継いだマイリージャ族の子孫たちは、それを後の王国にも伝え残し、トゥアハ・ディ・ダナーンの神や女神は異教の神々として崇拝され、子孫たちに多くの神話や伝説を残しました。
アイルランド島をマイリージャ族に譲りダーナ神族トゥアハ・ディ・ダナーンは地下の世界や遠い海の彼方「常若の国」(ティル・ナ・ノーグ)に逃れ、妖精となって目に見えない世界を支配していると言われています。

マイリージャ族だけでなく、フィル・ボルグ族やトゥアハ・ディ・ダナーンによってもたらされた多くの文化や文明も今日のアイルランドの基礎を築きました。これら3種族ははるか昔に同じケルト民族から枝別れし、東ヨーロッパからさまざまな文化圏をとおり最後に再びアイルランドで出会ったものたちです。その後大陸からやってきたケルト民族がこの西の地に落ち着き、すでに存在したゲールの神話や文化を引き継ぎながら、アイルランドのケルト人社会が確立しました。





「神話と妖精」のトップページに戻る
エールスクエアのホームページに戻る


Copyright 2005 Globe Corporation. All rights reserved.