あらゆる交通サービスを統合する「MaaS(Mobility as a Service)」と呼ばれる概念が広く知られるようになってきた。公共交通ネットワークの再編でクルマ依存からの脱却を狙う地方都市で、その具現化が期待される。可能性を秘めるのが、宇都宮市だ。LRT(次世代型路面電車)を軸にネットワークの再編を図り、ネットワーク型コンパクトシティへの構造転換を推し進める。

「宇都宮が、急に動き出した」。宇都宮市建設部LRT企画課協働広報室副主幹の篠原永知氏は期待をにじませる。このまちでようやく、懸案の投資案件が動き出した。

一つは、宇都宮駅東口地区整備事業。駅前一帯の土地区画整理事業で生み出された約2.6haの区域に、コンベンション施設を核とする複合施設を市と民間グループが公民連携で開発するものだ(写真1、図1)。

(写真1)JR宇都宮駅東口。ビル群の手前、駐車場として暫定利用されている部分を含む一帯約2.6haの区域が、整備事業の対象エリアにあたる(写真:茂木俊輔)
(図1)宇都宮駅東口地区整備事業の完成予想パース。優先交渉権者に選定された民間グループの提案では、LRT(次世代型路面電車)の停留場の目の前に交流広場やコンベンション施設で構成する公共施設を配置する。民間施設としては、ホテルとオフィスなどの複合ビル、ホテルと商業施設などの複合ビル、分譲マンション、医療施設などを提案している(資料:野村不動産)

すでに完成していいはずの開発事業だった。市は2003年度に提案競技を実施し、最優先交渉権者として民間グループを選定していた。ところが09年度になると、世界金融危機を背景に同グループが辞退届を提出。民間パートナーの選定は白紙に返った。

それが、約10年ぶりに動き出す。市は2017年度から翌18年度にかけて再び提案競技を実施し、野村不動産を代表とする17者で構成する民間グループを優先交渉権者として今年7月に選定。すでに基本協定書を交わし、9月下旬以降、事業契約を結ぶ見通しだ。

駅前の一等地であるとともに、市が構想するネットワーク型コンパクトシティの中核として位置付けられた地区。民間グループでは各施設機能の広域連携によって、アフターコンベンションやメディカルツーリズムなど新たな需要の創出を図る。

もう一つの投資案件が、そのネットワーク型コンパクトシティへの構造転換を促すLRT(次世代型路面電車)の整備である(図2、図3)。市が検討委員会を立ち上げ、郊外部の工業団地への通勤需要を見込んだ新交通システムとして本格的に検討を始めたのが、1997年度。それから20年余り。今年6月、軌道敷設に向けてようやく着工に至った(写真2)。まずは、JR宇都宮駅東口と芳賀・高根沢工業団地の間、約15㎞の優先整備区間で、2022年3月の開業を目指す。

(図2)LRTの整備区間。JR宇都宮駅東口を中心とする市街地と、隣接する芳賀町・高根沢町内にまたがる工業団地との間を、各停留場に停車する普通列車では44分で結ぶ。この一帯に立地する工業団地は1970年代から開発されてきたもの。80年代にはいわゆるテクノポリス法(高度技術工業集積地域開発促進法)に基づく開発計画の承認を受けている(資料:宇都宮市)
(図3)LRTの車両デザイン。LRTの整備事業を進める宇都宮市と芳賀町では外観デザイン3案の中から一つを選ぶアンケート調査を実施し、その結果を基にこのデザインを決定した。車両定員は155人(資料:宇都宮市)
(写真2)宇都宮駅東口付近では、軌道敷設に向けて中央分離帯の撤去工事を進めている。このほか、車両基地や橋梁など工事に時間を要する構造物の整備から優先的に着手していく(写真:茂木俊輔)

ネットワーク型コンパクトシティへ

基盤整備は宇都宮市と隣接する芳賀町、車両運行は民間、と公民で役割を分かち合う、いわゆる公設型上下分離方式を採用する。概算工事費は宇都宮市域と芳賀町域の合計で約458億円。車両運行を担う民間会社「宇都宮ライトレール」は2015年11月に設立済みで、株主には、基盤整備を担う2つの公共団体のほか、地元経済界で立ち上げた持ち株組織や地元のバス事業者である関東自動車などが名を連ねる。