東京電力福島第一原発構内にたまり続ける放射性物質を含んだ大量の水。タンクの設置も限界と、政府は海への放出に前のめり。漁業者は反発を強めている。母なる海は受け止めてくれるだろうか。
水で薄めて海に放出-。シンプルで、わかりやすい解決法には違いない。でも本当に、それでよいのだろうか。
メルトダウン(炉心溶融)した原子炉を冷やすなどした汚染水には、多種多様な放射性物質が含まれる。そのほとんどは多核種除去設備(ALPS)で取り除くことができるという。
ただし、トリチウム(三重水素)は例外だ。性質が水素とそっくりなので、水から分離することができないというのである。ALPSで処理した後も、タンクを造ってため続けているのが現状だ。
トリチウムは放射線のエネルギーも弱く、生物の体内に入っても蓄積されない、とされている。だから、海に流せばいいと。
ところが、トリチウムは生物のDNAの中にまで水のごとく入り込み、遺伝子を傷つける恐れがあるとの指摘もある。
タンクの中に残った放射性物質は、トリチウムだけではない。
原子力規制委員会は、このような物質も「水で薄めれば基準値以下になり、問題ない」との立場だが、本当にそうなのか。
思い出すのは、「公害の原点」といわれる水俣事件である。
原因企業による有機水銀の海への垂れ流しを政府が放置し続けたため、深刻な被害が広がった。
「海水の希釈能力は無限と考えたのは誤りだった」。事件に関係した高名な学者が、後に漏らした苦渋のつぶやきだ。水銀と放射性物質は同列にはできないが、不気味ではないか。
規制委は「海洋放出は唯一の手段」と言うが、政府側からは、薄めて大気中に放出したり、地下に埋設したりなど、“代替案”も提示されている。ただし、海洋放出よりも手間や費用はかかる。
このままでは廃炉作業に支障を来すという、東電側の主張はよく分かる。だが言うまでもなく、最も大切な“物差し”は人体への「安全」だ。「海洋放出ありき」は危うくないか。
放射線の影響は未知なる部分が多い。漁業被害の問題だけにはとどまらない。
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