シャルティアが精神支配されたので星に願ったら、うぇぶ版シャルティアになったでござる 作:須達龍也
<< 前の話
「ちょっと…だいぶ弱いけど、わたしの器(からだ)の保険として、キープさせてもらうわね」
ゾワリ…
奴がそう言って、嗤った…仮面で見えないが確信できた…瞬間、圧倒的な悪寒、恐怖、嫌悪感、あらゆる負の予感で、全身に鳥肌が立った。
「っ! <魔法最強化(マキシマイズマジック)・結晶散弾(シャード・バックショット)>!」
近づくなという声にならない叫びを、魔法として放つ。
「そんなん効くか、ボケェ!」
気付いたら、眼前に仮面の吸血鬼がいた。
どうやって距離をつめたのかもわからない。私の魔法がどうなったのか、どうやって無効化されたのかも認識できなかった。
「<水晶防壁(クリスタル・ウォール)>!」
どれだけ効くかも不明だったが、忌避感から防壁を展開する。
「だぁかぁらぁ、無駄だっつってんだろぉがぁ!」
「ぐふぅっ!!」
防壁をあっさりと貫いた奴の拳が、真下からアッパー気味に私の腹に突き刺さる。
否、<飛行(フライ)>で実際に衝撃を逃がすように上空へと逃げなければ、本当に突き破られていた恐れがあった。
「ガガーラン、ティア、とっとと逃げろ! こいつはやばい!!」
「逃がすか、ボォケェが!!」
上空へ逃げた私を追ってくるように、奴が背中に蝙蝠の翼を生やして飛んでくる。
チラリと地上のガガーラン達の様子を伺うと、符術使いのメイドと再び交戦状態に入ったようで、逃げ出すのは難しそうだった。
(マズイ、詰んだ…か?)
イヤな予感がガンガンと音を立てているように聞こえた。
「えっ?」
いない! あの仮面の吸血鬼が見当たらない!!
ぐんぐん音を立てて、数瞬で接触すると思われていた、あの吸血鬼が消えた。
(嘘だ、どこに行った! 目線は奴から切らせてなかったぞ!!)
「ばぁ」
そんな声と共に、背中から抱きしめられる。
「なっ!?」
逃げようともがくが、女の細腕とは思えない力で、ビクともしない。
「お顔を拝見させてもらいまちゅねー」
左腕一本で私の体を押さえつけたまま、右手でゆっくりと私の仮面を外してくる。
「はぁ、くぅっ!」
奴の仮面の奥の視線から、目を外せない。ガチガチと聞こえてくるのは、もしかしなくとも、私の歯の音だろうか。
「んふふ、かわいらしいお顔。見た目は合格ね」
舌なめずりの音が聞こえるような、情欲の混じったその声に、声にならない悲鳴をあげる。
「どうしようか、このまま持って帰ろうかしら? それとも、やっぱり殺してから持って帰ったほうがいいかしら?」
ランチを店で食べるか、お持ち帰りにするか、そんな選択に迷っているかのような気楽な調子で、私をどうするのがいいかを言葉にする。
カポッ…
再び仮面をつけられる。
「あはっ」
あっさりと拘束が解かれる。
「やっぱり、先に殺しちゃうね」
思わず、更に上空に飛び上がった私の足が、つかまれる!
「そーれぇっ!」
<飛行>の魔法なんて関係ない、重力よりもなお大きな力で、無理矢理地面へと叩きつけられる。
「<損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)>」
その魔法が咄嗟に出た。そして、その魔法を使わなかったら、かなりの確率で死んでいた気がする。
陥没とひび割れで、ひどいことになっている地面から、のそのそと立ち上がる。
「へー、初めて見る魔法ね。面白いわ、貴方」
奴がゆっくりと降りてくる。
ガガーラン達も、メイドも、私の落下の衝撃で戦いを止めていたのか、唖然とした顔でこちらを見ている。
(ぼけっとしてないで、今のうちに逃げろよ)
悔しいが、あと数秒も経たずに殺されるだろうことがわかる。それだけの力の差があった。
そんな中に、新たな闖入者があった。
「…何をしているんです、エリザベート」
気付けば、仮面の吸血鬼の隣に、仮面の男がいた。
(あれは、南方の…スーツか?)
事態についていけず、どうでもいいことを考える。
「で…ヤルダバオト、ちょっといろいろと取り込み中だっただけよ」
常に不遜だったあの女が、まずいところを見られたとばかりに、ばつの悪そうな口調だった。
(ここで、あの女と同格の男が登場するだと、完全に詰んだ…か)
見れば、戦闘が終わったと勘違いでもしたのか、ガガーランとティアがこちらへと向かって来ていた。
(馬鹿が、こっちに来るくらいなら、そのまま逃げろ)
「大丈夫か、イビルアイ」
心配そうな声音に、ガガーランの気持ちはわかったが、こっちの気も知らないでというイラッとした気分はどうしようなかった。
「馬鹿、状況が理解できてないのか? 静かに、ゆっくりと、騒がずに、さっさと逃げるんだ」
できるだけ声を抑えて、ガガーラン達に指示を出す。
「けど、イビルアイが…」
「私は大丈夫だ、転移の魔法で逃げるから」
小声で、最後になるかもしれない言葉を交わす。
「あーっと、イビルアイだったかしら」
あの女から急に呼びかけられて、ビクッとする。
「わたしはここで帰るけど、その体、大事にしなさいよ」
楽しそうにそう告げると、奴の目の前に黒い穴のようなものができる。
「っ!」
転移系魔法の、私の知らない上級魔法! …一瞬驚いたが、奴ならそれくらいできても不思議ではないか。
その穴を通って、奴とメイドが消える。
残されたのは我々と、最後に現れた仮面の男…確か、ヤルダバオトとか言ったか…だけになった。
「さて、どうしますかね」
奴が行動を決めかねている!
「早く逃げろ!!」
弾かれたように二人が背を向ける。貴重な時間だ。奴が躊躇してくれるならありがたい。
「まず、出会って早々、別れるのも辛いですし、転移は阻止させていただきます。<次元封鎖(ディメンショナル・ロック)>。別れは挨拶と共にするのが礼儀的にも感情的にも嬉しいですよね」
逃げ道が断たれたのを感じたが、まあ、もう…今更だ。
「死ぬならば順番だ。若い奴が生きて、長く生きた奴が死ぬ。それが最も正しいんだろうな」
覚悟ならばとっくにできている。むしろ、ガガーラン達を逃がすことができて、良かったとすら思っている。
「さて、先にどうぞ。しかしあなたが何もやらないのであれば私の方から攻撃させてもらいます」
その言葉に苦笑せざるを得なかった。
先手を譲ってくれるとのことだが、残念ながらその為の魔力がほとんどなかった。特に最後の死ぬほどのダメージを魔力ダメージに変換したのが大きい。転移分の魔力があるかないか、どの魔法が一番時間をかせげるか。そんなことを考えていたら、時間切れになったらしい。
「ではこちらから。<獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)>」
「えっ…」
覚悟は決まっていた。連中の為に死ねるなら本望だと思った。
背後で起こった光景は、そんな想いをあざ笑うかのようだった。
「……難しいですね。死なない程度の手加減というのは。あなたを基準に考えてはいけませんし……なぜ実力差があるのにチームを組まれているのですか? それさえなければもう少し丁度良いところを探れたんですが」
プツン…と、何かが切れた音がした。
「…おまぇがあああああ! いうなああああ! うわぁあぁあああああ!!」
イビルアイさん、基本的に俺様TUEEE!プレイをしていたはずなのに
ナザリックの面々の前では、なまじ強い分だけボコられるという・・・